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――まるでまどろみの中にいるような感覚の中に、ソルは居た。
……ここは、どこだ?
動けない。そうか、私はガッツ星人に捕えられたのか。
私は負けたのだろうか?
『いーのぉ?諦めちゃうのぉ?』
誰だ!?
『アナタって、ガッツ星人ごときにやられるようなコじゃないでしょ?私ぃ、知ってるんだから。ふふふっ』
待て!
『いつか会えるわよ。アナタが…死ななければね』
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第7話「救世主と処刑人」
分身宇宙人 ガッツ星人
登場
「ふっ…ふははははははは!!!!何たる僥倖!俺は嬉しいぞぉぉぉぉぉ!!!!」
草津が場違いな奇声を上げた。それに対し大越担任が注意するも、草津の興奮は冷めやらぬ、といったところだ。
「失礼!つい、はしゃいでしまいました。まさかクラス全員、教室でお泊りとは……修学旅行の前哨戦じゃないですか!(ふははは!非常時で不謹慎ではあるが、この教室の中、麗しの女子たちと一夜を共にするとは…涙が出そうだな!)」
まぁ、草津の頭の中を推測すると、こんなことを言っているに違いない。
「そういうわけだ。政府から緊急外出禁止令が出てしまったからな。悪いが家には帰せないんだ」
「お国の心遣いに感謝します!」
担任の言葉に、草津をはじめ別の生徒たちからも様々な反応がなされた。しかし不満の声は無く、草津程ではないにしろ、皆若干興奮している様子が見受けられた。
「みんなも不安だろうけど、耐えてくれな。そういうわけで、男子は体育館に移動だ」
「……はい?」
担任は、草津の反応をしげしげと見つめた。
「だから、男子は体育館に移動だ。申し訳ないが、一晩はそこで寝てもらうと」
「嘘だ!認められない!ここはクラス単位で教室で泊まるのでは!? そうでなくては……女の子がいないではないかぁぁぁ!!!」
「当り前でしょう!その……色々と危険ですもの」
杏城が割って入る。そんな彼女の所に草津が駆け寄り、机に両手をついた。
「馬鹿なぁぁぁぁ!!! 俺は紳士だ! 安心してくれっ!」
「その発言がいやらしいですわっ!」
「そこのイケメン!! 何か言い返してみろ!」
草津が突如、私を指差す。
「何か言ってみろレオルトン! この状況への不平不満を!」
「いや、別に」
「裏切り者ぉっ!! 俺は親友をやめるぞ!」
「とにかく、男子は移動。災害時用の毛布があるから、女子の分も運ぶからな」
担任に引きずられ、草津は自分の席へ戻されるのだった。
「嫌だぁぁぁ!!!女の子と同じ部屋がいいぃぃぃぃ!!!」
午後4時となった。
授業は普段通りに終了し、その後は19時までは教室内で自由時間となった。地球へ危険が迫っているというのに、生徒たちは逆に状況を楽しんでいるように見える。
「まじ超サイコー! 修学旅行みたいだし」
「だよねー。いい思い出じゃん」
「写真とろーっ」
気楽なものだ。誰も敵の恐ろしさに気づいていない。人間の、宇宙人への認識の甘さは予想以上だ。
そんな中、私の隣に座る少女だけは様子が違った。
「元気が無いですね」
「……別に」
先ほど屋上ではなした時は、本当に束の間の元気さを見せていた彼女。
その眼は“知っている”眼だ。
この状況の危うさ、恐ろしさ――それらを認識した上での態度である。やはりこの女、過去に怪獣との関わりがあるに違いないが、それがソルと関連しているかどうかは確証が持てない。
「ニルは普通だね」
「実感が湧かない、というのが本音です。頭では分かっているつもりです。もしかすると、今すぐにでもガッツ星人とやらに校舎ごと吹き飛ばされるかもしれません」
「……そうだね。正直、怖い」
かすかな微笑みにも元気は無い。無理やりにつくった笑顔だとすぐ分かってしまう。
「こんな不安なときです。ここにいるよりご家族と一緒の方が安心する気がしませんか?」
「そう、かもね。でも私、家族居ないからさ」
「それは――」
「愛美!学食でケーキ食べない? 逢夜乃も行くってさ」
「あー、うん、行く!」
早馴は、別の女子生徒に誘われて教室を出て行った。
私は、早馴たちに続いて教室を出て行きかけた杏城の手を握った。
「レオルトンさん、な、何ですの?」
「ちょっとよろしいですか?」
私は杏城を連れ、人気のない屋上にやって来た。
「早馴さんのことで伺いたいことが」
「応えられる範囲なら構いませんけど、どうしてこんな所で?」
「早馴さんのご家族についてです」
その瞬間、杏城の表情が困惑を見せた。
「それはその、話しづらいと言いますか……」
「大丈夫です。もうご本人からは伺いました」
「そうでしたの」
杏城は、私の嘘の言葉で若干気を楽にしたようだ。
「早馴さん、やはり気にしておられるのでしょうか?その……」
「亡くなったご両親のこと、ですか?」
予想が確信に変わった。
「私が打ち明けられた時は、愛美さん、あまり気にせずに話していましたけど……私には何とも言えませんわ。私も、彼女と仲良くなってすぐに聞いたんです。小さい頃、確か8年前に亡くされたそうで、直後はご両親と懇意にしていた方と一緒に住んでいたようです」
ソルに対するトラウマ、両親の死――なかなか謎の多い女だな、早馴愛美は。
「愛美さん、本当に心の強い方だと思いましたわ。家族がいないって、孤独って、とってもお辛いはずなのに……」
彼女は、まるで自分のことのように悲痛な表情をしていた。
「レオルトンさん!」
「は、はい」
急に杏城の両手が、私の両肩に置かれ、思わず驚いてしまった。
「愛美さんと、仲良くしてあげてくださいね」
「私が?」
「ええ。この前不審者に襲われた時も、今日愛美さんが倒れた時も、レオルトンさん、すごく愛美さんを気にかけていましたから。きっと、この先も仲良しになると思ったんです」
「それは……ありがとうございます。そういえばさっき早馴さんと話した時、私はつい配慮に欠けたことを言ってしまって。後で謝らないと」
「きっと大丈夫ですわ。愛美さんは優しいし、強いですから」
杏城は、ふっと息をついた。
「でも愛美さん、本当は少しだけ無理をしている気がします。この前わたくし、愛美さんのおうちに泊まったでしょう? あの時に何となく分かったんです。普段は気にしてないように振る舞っていますけど、本当はとても寂しがっているだろうって。ですからわたくし、どうにかして愛美さんを元気づけたくって」
彼女は、私の目を真っ直ぐに見つめた。
「レオルトンさんなら、愛美さんを元気づけられる気がしたんです」
「私、ですか」
「ええ。女の勘です」
彼女は悪戯っぽく笑った。
「知り合ってまだ少ししか経ってないのに、ですか?」
「時間が全てではありませんよ。何というか、レオルトンさんと愛美さんを見ていると、すごく相性の良さが伝わってくるんです。それに、レオルトンさんはすごく良い方だと思うので」
「はぁ」
人間の早馴と宇宙人の私の相性が良いなどとは、それは全くの見当違いだと言ってやりたいが、ここは素直に受け入れておこう。
「しかし、そう言われると嬉しいです。ありがとうございます」
それから、無言で「帰ろう」と互いに目配せし、私たちは階下に続く扉に向かった。
「戻ったら、先ほどのことを謝ろうと思います」
「レオルトンさんは律儀ですね。ちょっと考えすぎだと思いますわよ?」
「そうですかね。まぁ確かに、早馴さんはそんな細かいことを気にするタイプに見えませんしね」
「あ、今の愛美さんに言っちゃいますわよ?」
「それはご勘弁を」
「冗談ですっ。さて、そろそろ戻りましょう? 愛美さんたちに遅いって言われちゃいますわ」
私たちは扉を開け、早足で階段を下りた。
無論私は、早馴と懇意になる気である。何せ彼女は、ソルと関わりを持っているかもしれない人間なのだから。
「じゃあ、男子諸君!今日は粗相なく一夜を過ごしてくれたまえ」
教頭の号令で、体育館の明かりが消された。
「地獄の始まりだ」
今度ばかりは、草津に同意せざるを得ない。
体育館に500人近い男子生徒が集まっているのは、流石に衛生上良くないだろう。だからといって、女子がいるから変わるかと言えば、そんなことはない。男女限らず人間を密集させるのは良くないのだ。私にはひどく苦痛だ。
「俺はもう寝る。起こすなよ」
毛布に包まり、草津は早々に寝息を立て始めた。
さて、うるさい男の邪魔も無くなったところで、私はやるべきことをしなければならない。
一時間ほど経ってから、私は音を立てずに寝床から出て、体育館の出口へ向かった。見張りのごとく立っている教師は、私の姿に気付くとすぐに近づいてきた。
「どうした?」
「トイレに行きたいのですが」
「まぁ体育館には無いからな。仕方ない、ここから一番近い校舎内のトイレまで行ってこい」
「分かりました」
「教室行くなよー」
「分かっています」
私は後者に入り、トイレを通り過ぎた。
まず確認すべきは雪宮悠氷の居場所だ。怪獣が現れた際に学園を抜け出した彼女は、ソル候補の1人だ。剣道で相手取った際も、どこか人間離れした雰囲気と能力を持っているように見受けられた。彼女が光の戦士なら納得できないこともない。その彼女が今、学園内に居ないとなれば、彼女がガッツ星人に拘束されているソル自身である可能性が一気に上がる。
逆に彼女がここに居れば、もう一つの可能性――零洸未来がソルという可能性が膨らむ。
早馴が過去にソルに接触していることを考慮すれば、彼女に近しい人物がソルの可能性はゼロじゃない。それに彼女は、これまでやたらと授業を休んでいた。怪獣との戦闘のためにそうしていたのかもしれない。
私は階段を上がっていった。向かうは3年生教室のある4階だ。
それから、4階の廊下をこっそりと見渡した。雪宮の個人データは学園のデータベースから拝借済みで、彼女の身辺調査も完了している。彼女のクラスの教室から女子生徒が1人出てきたことを、私は見逃さなかった。
「あの、すみません」
彼女が一番近くの女子トイレに入ろうとしたところに、私は声をかけた。
「あの、すみません。3年2組の雪宮さんの居場所は分かりますか?」
「雪宮さん? 今日は休みだけど」
「ありがとうございます」
「あれ?この時間は男子って――」
『時ハ来タ。光ノ戦士ノ処刑ハ今ヨリ執行サレル!』
その時、不快な声が外から響いてきた。いいタイミングだ。
「しばらく眠っていてください」
女子生徒の頭に微弱なエネルギーを流し込む。気絶して倒れる彼女を抱きとめ、廊下の端に寝せておいた。これで私の接触は露呈しない。
『生徒のみなさん、どうか落ち着いて! 女子は各教室! 男子は体育館で待機すること!』
校内に非常放送が流れ、多くの生徒が混乱しているのに乗じて、私は学園を抜け出すことにした。万が一ガッツ星人がソル抹殺に失敗した時、上手くいけば、ソルの正体を確認できるかもしれない。
「ニル!?」
私が昇降口を出かけた時、聞き知った声が後ろから聞こえた。
「さ、早馴さん?」
振り返ると、早馴愛美が訝しげにこちらに近づいてきた。
「ちょっと、何してるの?」
「私は――」
その時、窓の外から強烈な光が差し込んだ。
それと同時に、校舎のすぐ近くに戦闘機が飛ぶ轟音がやって来た。
「な、なんなの!?」
「早馴さん、こっちです」
今はまず、早馴をどこかに閉じ込めて逃れなければならない。私は彼女の手を取り、急いで廊下を走った。
その間、窓から強烈な閃光が入ってくる。戦闘機の音といい光といい、GUYSの攻撃が近くで行われているに違いない。この学園は戦場の真ん中かもしれないな。
「ちょっとニル! どこ行く気!?」
「教室に戻り――」
ガシャーン!
外からの衝撃波によって、近くのガラスが割れる。私が咄嗟に早馴を抱き寄せなければ、彼女はガラスの下敷きだっただろう。
「あ、ありがとう……」
それにしてもガッツ星人め、人間ごときに手こずっているのか? ソルを捕らえたほどだというのに、何があった。
「こちらへ」
私は、ちょうど目の前にあった『資料室』の扉を開けた。校舎が揺れているせいで、白い埃が舞っている。
「ねぇ、何する気――」
「眠っていてください」
額に触れてエネルギーを流し込むと早馴は一瞬で意識を失った。それと同時に建物が揺れたせいで、私は彼女を抱きとめることができず、早馴は埃まみれの紙の束に頭を突っ込んでしまった。
彼女を抱き上げると、顔が埃で真っ白になってしまっていたことが分かった。たがまぁ、いいだろう。
―――後編に続く