留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第11話「育ちゆく者の物語」その2

 

「ふふふっ。ようこそ、私のお部屋へ」

 

 ルミとババルウ星人の戦闘が始まったのと同時刻。メトロン星人の案内で塔の上層階にひたすら昇っていった逢夜乃と唯は、遂にリンネが座する“女神の間”に足を踏み入れた。

 

「私がリンネ。あ、この姿を不思議に思わないでね。地球の人間の身体を借りてるの。結構気に入っててさ」

 

 佐滝鈴羽の姿でそう語るリンネを、唯はスーツの下から悔し気に睨んでいた。

 

『唯さん、今は抑えてください』

『は、はい……大丈夫、です』

 

 スーツ間でのみ通じる音声通話で、逢夜乃と唯は今後の行動について手短に話し合う。この部屋が目標地点と判明し、そこまでのルート情報を記録した時点で彼女たちの任務は完了。残るは彼女たちの脱出のみではあるが――

 

「まぁまぁ、そうかしこまらないで。ちょっとお茶でもしない?」

 

 リンネは玉座の裏から小さなカートを押し始める。

 その上には上等なティーセットが並べられ、ポットからはゆらゆらと湯気が上がっていた。

 

「紅茶で良いよね?」

「女神リンネ。我々は――」

 

 逢夜乃の声を遮るように、リンネは人差し指を立てて自身の口に軽く当てた。

 

「何もしないから、本音で話そうよ。そうだな……私の見立てでは、杏城先輩かな?」

「……何を言っている」

「すごい、意外と冷静だね。そんなところが適任だって、ニルは考えたんだろうね。それに、お隣さんは唯ちゃんでしょ?」

「っ!」

「あははっ! 唯ちゃんの演技力はまだまだって感じかな?」

 

 リンネは、逢夜乃たちの近くに設置されたテーブルに彼女たちを促す。そして自らもその傍らにカートを停めた。

 

「愛美ちゃんたちが来るまで時間があるだろうから、少しお話しようよ。脱出はその後でも充分でしょ?」

「……逢夜乃センパイ」

「ここは従いましょう」

 

 大人しく椅子に腰かける2人。彼女たちは黙ったまま、リンネがカップを並べて紅茶を注ぐのを見つめていた。

 

「ヘルメットも取って大丈夫だよ。この部屋の環境は地球と同じにしてあるからね」

「……分かりましたわ」

 

 逢夜乃と唯はヘルメットを取り外し、その素顔をリンネに晒す。恐る恐る息を吸うと、冷たい空気が彼女たちの肺に吸い込まれていった。

 

「私とニルは付き合いが長いんだよ。だから彼の考えてることなんて、すぐに分かっちゃう」

「じゃあどうして、わたくしたちをここに誘い込んだのですか?」

「愉しいから、だよ」

 

 リンネは優雅な動作でカップに口を付けた。

 

「すごく美味しい。お2人もどうぞ」

「鈴羽! もうこんなの止めようよっ! 早く地球に帰ろうよ!」

 

 唯が手を伸ばそうとするが、その手首は逆にリンネによってきつく握られてしまう。唯は想像だにしていなかった力に、苦痛の声を漏らしていた。

 

「私はリンネ。もう鈴羽ちゃんは眠りから覚めないよ。永遠にね」

「でも……もうすぐ愛美センパイが来る。きっと鈴羽は、応えてくれる!」

「それがニルの狙いだもんね。ふふ……全部お見通しだよ」

 

 その時、塔の低層階から爆発音が響き渡る。

 

「2人が撒いたんでしょ? 爆弾」

「……レオルトンさんの作戦、本当に見抜いてるようですわね」

「もちろん」

 

 リンネが人差し指をくるりと回すと、非実体モニターが何もなかった空間に現れる。

 そこには、“月の神殿”への強硬突破を始めた4人の姿が映っていた。

 

「さぁ、一緒に楽しもうよ」

 

 頬杖をついたリンネは、愛おし気に画面を見つめる。

 

「か弱い人間が奮闘する姿。私が愛してやまない“成長”の物語を、ね」

 

 愛美をはじめとした4人は、ニル=レオルトンが地球人間用に完成させた強化スーツ『ニルローダー』に身を包んでいる。

愛美は航空機の翼を模した飛行ユニットを装備するType-W。

 樫尾は大型重武装のType-F。

 残る2人は地球の特殊部隊兵装に近似した汎用タイプのType-RとType-Aを装備し、リンネの待つ“女神の間”を一路に目指す。陽動のために各所に仕掛けられた爆弾の衝撃をものともせず、4人は疾走していた。

 

「怪獣の反応!」

 

 早坂の声に、4人に緊張感が走る。

 彼らの行く手を阻むように神殿の入り口に立つのは、黒い鱗の怪獣ドラコ。かつてレッドキングに翼を引きちぎられた状態のままに再生した怪獣である。その巨体で踏み潰されれば、人間など原型すらとどめないだろう。

 

「まともに戦ってたら進めねェ! 俺がやる!」

 

 ニルローダー“Type- F”を装着する樫尾が叫ぶ。原型となったチブローダーに最も近い形であり、他のタイプよりも大型かつ、重火器を含む複数の兵器を装備している。

 

「この先にはデカブツは居ねェ。俺はアイツを引き付けながら砲撃する。お前らは先に行け!」

 

 梶尾が他のメンバーから外れ、ブーストを全開にして再生ドラコに接近した。

 

「おらぁぁぁ!!」

 

 肩部に装備された2門の迫撃砲が火を噴く。ニルローダーType-Fはその衝撃にも十分耐えうる重量があるが、その移動能力は背部高出力ブースターによって強化されている。ドラコが反撃にはなった火炎弾も、その足に追いつけないのだ。

 

「そろそろ……いけそうだなっ!」

 

 砲撃によって態勢を崩したドラコに、樫尾が突進をかける。

 

「武装切替え。スパイラルクロウ起動!」

 

 樫尾の声に反応し、操作補助AIが右手の武装を迫撃砲から近接戦闘用ドリルスピアに変更。

 

「今だァ!」

 

 ドラコの脚に、スピアが突き刺さる。スピアの先端が固い鱗を貫通し、ドラコは苦しみの雄叫びを響かせた。

 

「へっ。ここは倒せなくても……構いやしねェ!」

 

 樫尾は再度砲撃を繰り返しながら距離を取る。そして彼を追う様にドラコの重々しい足音が響き渡った。

 その一方で、早坂たち3人は樫尾が切り開いた道を突き進んでいく。彼らが最初に踏み入れた広大な空間を走り抜け、その先にある狭い通路に入り込む。

 そして通路を抜けると、再び開けた空間が現れる。

 

「う、うそでしょ……」

 

 愛美は眼前の光景に、思わず足を止める。

 そこにはカイラン星人の軍勢が、所狭しとひしめいていた。彼らのもつレーザーガンの銃口が、一斉に3人に向けられる。

 

「……愛美さんなら、向こう側まで飛べるよね?」

「ちょっと之通、何言って――」

「少し離れてて!」

 

 早坂は肩にかけていたロケットランチャーを構え、発射する。

 白煙とともに空を切ったロケット弾は正面の壁に着弾、そこに人一人が通れる程度の風穴を開けた。

 

「行って!」

「……ごめん」

 

 愛美はニルローダー Type-Wの背部飛行ユニット『スノーホワイト』を起動させた。航空機の翼に似た形状のユニットは青白い光を放ち、愛美の身体を飛翔させる。

 このニルローダーは機動性を追求するため、徹底した軽量化が図られている。そのため愛美の肩、腰から大腿部は不可視の特殊バリアで覆われているだけであり、あらゆる攻撃が致命傷となりうる。

 当然下方に蠢くカイラン星人は、単身脱出しようとする愛美を狙ってレーザー銃を乱れ撃つ。だが華麗な軌道を描いて空を駆ける愛美には、一撃すらかすりもしない。

 

「これだけ置いて行くから!」

 

 早坂の開けた穴に滑り込む直前、愛美は背面に格納された補助兵器を投擲する。Type-Wは武装面においても機動性を重視するため、全ての兵器が軽量の光学兵器である。愛美が放ったのは自動追尾型設置兵器『ディフュ―ジョン・レイ』。光の弾丸が無数に放たれ、大量の敵を射撃する兵器である。

 

「助かるよ。さて……」

 

 汎用戦闘タイプであるニルローダー Type-Rを装備した早坂はロケットランチャーを投げ捨て、脇に固定した特殊武装に手をかける。

 

「ニルくんにわがまま言っちゃったかな」

 

 ゆっくりと早坂が抜いたそれは、早坂の求めに応じてニルが作り上げた近接戦闘武装であった。形は日本刀を模しており、名刀工の手で打たれたような白銀の刃が美しい。そして性能面も優れており、並みの宇宙人が精製した物質ならば容易に断ち切る程のエネルギーが込められている。

 

「さぁ、死合だ」

 

 軍勢に単身突っ込む早坂。

 その後ろに控えるのは、支援兵器をメイン武装とするType-Aを装着した――

 

「ふはははっ! 俺の名は草津! その実力、地球を越えて月でも華麗に披露してくれるわ!」

 

 彼はそう叫んで、高さ1m程の円柱型の機械を設置した。それは『フォースフィールド』と呼ばれ、一定量域内のニルローダーに防護エネルギーを送り込む。現在の早坂たちは、多少の被弾ではダメージを受けない状態となった。

 

「はぁっ!」

 

 早坂の放つ一閃。前方に待ち構えていた3体のカイラン星人の腕が切り落とされる。Type-Rは他兵装と比べて特徴が無い代わりに、使用者の筋力や反射神経、動体視力を極限まで底上げしている。そのためあらゆる環境下で戦闘行動が可能なタイプなのだ。

 その早坂に襲いかからんと群がるカイラン星人。早坂の鬼のような斬撃に多数のカイラン星人が斬り殺されていくが、その人海戦術は徐々に早坂を包囲する。

 

「早坂! この草津に任せてもらうぞ!」

 

 早坂に後ろから迫っていたカイラン星人の頭上に、機銃掃射が降り注ぐ。これはType-Aの操るドローンの攻撃であった。また彼はカイラン星人のレーザーを避けながらハンドポインターによってある地点を照射し、頭上に浮かんでいたもう一機のドローンを放つ。

 

「拡散式メーサー砲、起動!」

 

 早坂が後方に退避した瞬間、ドローンが強力なエネルギーを放出する。『拡散式メーサー砲』と呼ばれるその兵器は一定範囲内全ての敵を足止め、殲滅する。

 

「ふぅん! まだまだ湧いてくるな、カイラン星人!」

「簡単に通してはくれないみたいだね……」

 

 四方八方を武装した宇宙人に囲まれながら、2人は互いの背中を合わせる。

 未だ無数の軍勢を前に、彼らの額から汗が伝う。

 それでも2人は、一歩も引くつもりは無いのだった。

 

 

 

 

 

「うん……すごく良い! 樫尾玄、早坂之通! あなたたちは素晴らしいっ!」

 

 カップを手に持ったまま一口も手を付けずに、リンネは興奮に満ちた口調でそう言った。彼女の眼は宙に浮かぶ非実体モニターにくぎ付けとなっている。

 

「皆さん……!」

 

 一方で逢夜乃と唯は、固唾を飲んで見守ることしかできなかった。いくらニルの開発した強化スーツに守られているとはいえ、彼らが死と隣り合わせにいる事実は変わらない。

 

「鈴羽ちゃん! 目を覚ましてよ! そんな悪い奴、身体から追い出そうよっ!」

「しつこいな……もう黙っててくれない? 今イイところなんだから」

 

 モニター越しに、樫尾と怪獣ドラコの激戦が繰り広げられている。

 しかし樫尾のニルローダーは各所が損傷し、いつ生命維持機能が不調になってもおかしくない程のダメージであった。

 

「ところで唯ちゃん」

 

 リンネが唯の顎を掴み、その首をくいと上げる。

 

「草津一兆はどこに居るのかな?」

「え?」

 

 唯の視線が、モニターに映る早坂たちに向けられた。

 

「へぇ。だったら――」

 

 その時“女神の間”の重い扉が音を立てて開かれていった。

 

「……はぁ。今はアナタと話したい気分じゃないの」

 

 興を削がれて怒りの込められたリンネの視線が、扉の前に向けられる。

 

「私だって、アンタに用は無いよ……リンネ」

 

 装甲の無い肩を抑えながら、ふらふらと現れる愛美。

 彼女はハンドガンを正面に構えながら、ゆっくりと3人のテーブルに近づいていく。

 

「撃てもしないくせに」

「撃つよ……アンタになら」

「まだ鈴羽ちゃんの身体を取り返せると思ってる?」

「当たり前でしょ」

「お馬鹿もそこまでいくと笑えない――って、嘘!?」

 

 モニターに再び目を向けた矢先、リンネは口を押えて小さく叫ぶ。

 

「ちょっとちょっと……樫尾玄はどこ行ったの? え、連合艦隊の誤射? なにそれ……面白くない。あれ、早坂之道も一人になってる?」

 

 映像の中の早坂は、周囲に地上設置型のセントリーガンの援護を受けながら相変わらず果敢に宇宙人を迎えうっている。

 しかしもう一人の仲間は、既にその場から忽然と姿を消していた。

 

「……やっぱりねぇ」

「鈴羽ぁっ!!」

 

 リンネがモニターに見入っている隙を狙い、愛美が地面を蹴る。

 飛行ユニットが弧を描くように愛美を運び、リンネの頭上に迫る。両肩を掴まれたリンネは愛美と共に宙に舞い、転がるようにして近くの壁に激突した。

 

「うあぁっ!」

 

 愛美が背中を強打した衝撃で飛行ユニットが警告音を発する。

 だが彼女の手から、既にリンネは離れていた。衝突前にするりと抜け出したリンネは冷ややかに愛美を見下しながら、彼女に馬乗りになる。

 そしてその細い首を両手で掴み、体重をかける。

 

「もういい加減死んで――」

 

 だがリンネの全身が突如、小刻みに震えだしていた。

 

「くっ……こんな、時に、愛美ちゃんに、反応するな……佐滝鈴羽!!」

 

 苦し紛れに背後に振り向いたリンネ。

 そんな彼女に接近するもう一つの影。

 それはニルローダーType-Aの姿であり、その後ろを付いて飛行するドローンだった。

 

「く、来るな――」

 

 愛美の上から飛び退くリンネ。

 彼女は拒むように手を前に向けた。

 

「――なんちゃって」

 

 リンネが歪な笑みを浮かべた瞬間、目の前まで迫っていたニルローダーType-Aの動きが止まる。彼はリンネの念力によって動きを奪われたのだった。

 

「バレバレだよ。お粗末な策で挑んできちゃってさぁ」

 

 小首をかしげたリンネは、静止したニルローダーにゆっくりと歩み寄っていく。

 

「アナタ草津じゃなくて……ニルでしょ」

「なん、だと……?」

 

 それは間違いなく、草津の声であった。

 しかしリンネの表情は少しも崩れず、愉快そうに軽やかな歩調のままだった。

 

「私ね、ずっとニルを探してたんだよ? アナタの能力だけが鈴羽ちゃんの意識に干渉できるからね。愛美ちゃんの忌まわしい記憶を呼び起こして、闇の中から救っちゃったようにさぁ」

 

 リンネは上目遣いに覗き込むようにして、ヘルメットの向こう側に語りかけていた。

 

「でも返してあげないよ? だって鈴羽ちゃんの身体ってすごく居心地が良いんだもん」

 

 リンネの細い指が、ヘルメット下の首筋に触れ、妖艶な指使いでなぞっていく。

 

「そんなスーツで気配隠して、声まで変えちゃって。間抜けな演技だったけど……可愛い」

「う、うおぉぉぉ」

 

 草津がくぐもった呻き声を上げると、リンネはくすくすと忍び笑いで応じ、唇を舐める。

 

「まだ続ける?」

「ぜ、ぜひとも! この草津を、もっと愛でてくれぇ……!」

 

 リンネの白い指は首からヘルメットを伝っていき、やがてバイザーの黒い鏡面にたどり着く。

 

「残念♪ もうお終い」

 

炸裂音と共にバイザーが割れた。

 

「ほら。その顔、よぉく見せて――」

「ふはははっ! 悪女とはいえ、君のような魅力的な女性に迫られるのは悪くないなっ!」

 

 割れたバイザーの中から、草津のウインクが完璧に決まっていた。

 

「……は?」

「ふぅん! レオルトンごときに俺の演技など100年早――」

 

 凄まじい力で草津の身体が吹っ飛んでいった。

 

「……ニルはどこ?」

 

 リンネが再び愛美の方に振り返ったその時だった。

 彼女は急接近してくる物体を感知した。それは“女神の間”の外――高くそびえる塔の側壁を貫こうと一直線で飛来する小型宇宙カプセルであった。

 そしてカプセルは的確にリンネの位置を捕捉しながら、外壁に突っ込んでいた。リンネが飛んでくる瓦礫から身を守ろうと両腕で身を庇った瞬間、彼女の額に氷のように冷たい感触が走った。

 

「貴女の頭なら、草津への変装を疑ってくれると思いました」

 

 黒い髪の少年が、白い息を吐きながらリンネを見下ろしていた。

 

「しかし深読みが仇となりましたね」

「ニル――」

 

 水の滴る髪から覗く青い眼が、鈍い光を放つ。それと同時に、リンネの意識はその瞳に吸い込まれていくようにして途絶えていった。

 

 

――その3に続く


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