留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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またも遅くなりすみません……!


第10話「ダークサイドムーン」(中編)

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 1台の宇宙カプセルがゆっくりと月面に降り立った。登場定員2名の小型艇は高度なステルス性能を有しており、レーダー機器はおろか感知能力に長けた怪獣や宇宙人にも容易には認識されない。

 

「着きましたわね……」

「こ、これが月ですか!? ついに宇宙にまで来ちゃいましたよ~!」

「しっ! 長瀬さん、お静かに」

「えへへ……ついテンション上がっちゃって」

 

 杏城逢夜乃と長瀬唯は、通信機越しに会話している。

 そして互いに見えるその姿は――紛れもなく宇宙人であった。

 

「いいですか、私たちはケムール人の兄弟。わたくしが兄で、長瀬さんは弟役。沢山の宇宙人の気配をキャッチしてここまでやって来ましたの」

「了解ですっ」

「昔の仲間は人間に殺され、恨みがある。もし共に戦えと言われたら喜んで協力するつもりですわ」

「父と母の仇! 何でもやらせていただきます!」

「それでは、行きますわよ」

 

 彼女たちはゆっくりと月の大地を踏みしめていく。そして間もなく彼女たちの視界に巨大建造物が姿を現した。

 灰色の大理石用の物質で構成された城壁は、その両端が視認できない程左右に広がっている。その上を怪獣の黒い影が闊歩しており、この建造物がどれだけ大規模であるかを物語っている。

 城壁に囲まれている広大な土地には、様々な高さの塔が乱立している。塔は大きさの異なる直方体を、不規則にいくつも積上げた形状である。内部の構造も複雑極まっていることは容易に推測できるだろう。

 

「長瀬さん。あそこから入れるのではなくて?」

 

 逢夜乃は城壁の一角に、アーチ状の開口部を認めた。そこはまさに、場内に通じる“門”であった。

 しかし彼女たちが30分ほど歩いてようやくたどり着いた門の奥から、巨大な影が迫っていた。それはかつてウルトラマンジャックやレッドマンとの激闘の果てに倒された怪獣サータンであった。

 

「誰だ貴様ら! どこからやって来た!」

 

 怪獣の肩から飛び降りてくる宇宙人。彼はメトロン星人である。

 

「ケムール人か。 怪獣ハンティング用の武装で何をしに来た」

「あぁん? 聞きてぇのはこっちだよ、メトロン星人!」

 

 唯が突然声を荒げたことに、逢夜乃は内心ぎょっとしていた。

 

「なぁ兄ちゃん、そう思うよなぁ?」

 

 しかし逢夜乃から見える唯の姿は、出発前にニルから聞かされていた宇宙人像に近いように思われた。

 

『光の国と敵対する者は、大抵が好戦的な性格をしています。ですからどんな相手を前にしても堂々としていることが肝要です』

 

 逢夜乃は踏ん切りがついたように、小さく咳払いをした。

 

「弟よ、そう逸るんじゃァない。俺たちは仲間に加わろうとここまで来たんだ。喧嘩をしに来たわけじゃないだろう」

 

 相手の宇宙人には野太い声で、かつ宇宙語に自動変換されている。とはいえ逢夜乃自身が耳にする声は自分のそれである。違和感と羞恥心によって、この場に居る恐怖感が上書きされるほどである。

 

「つまりお前たちは、星間連合に入って光の戦士と戦いたいと?」

「その通りだ。そこで提案と言ってはなんだが、君らのボスに会うことは可能か?」

 

 逢夜乃の頬を汗が伝う。

 彼女の口にしたことこそ、逢夜乃と唯に課せられた任務なのだ。

 

「……」

 

 メトロン星人はしばし考えた末、怪獣サータンに中に戻るよう命を下した。

 

「ババルウ様は戦力を欲している。だがお前たちがそれに値するかを決めるのはババルウ様に他ならない。ついて来い」

「ははっ! やったぜ兄ちゃ――」

「待て弟よ。悪いが、まだボスに会うのは遠慮しておこう」

 

 メトロン星人は予期しなかった答えに憤りを覚え、再び怪獣を振り向かせる。

 

「我々は確実に勝てると思えなければ、配下には付けない。そうだろう、弟よ」

「そ、そうだな!」

「少し君たちの戦力を観察させてくれないか? この基地がどれだけ立派な物かも気になるしな」

「生意気な奴らだ……!」

 

 メトロン星人の怒りに反応するように、怪獣がうなり声を上げる。

 ――ここで下手に出ては駄目。強気の宇宙人を演じるのですわ。

 逢夜乃は不安を悟られまいと、必死に感情を押し殺す。

 

「……」

「……ふん、勝手にしろ。気が済んだらここに戻って来い。ババルウ様のもとには俺の案内が無ければ通せないからな。あまりに遅いようなら敵対者とみなす」

「感謝する。行くぞ、弟」

 

 逢夜乃と唯は努めて落ち着いた動作で、ゆっくりと一歩、また一歩と進んでいく。

 そして門を抜けて内部に進入、メトロン星人たちから離れて2人きりになったところで、逢夜乃は安堵の息をついた。

 

「な、何とか疑われずに済みましたわね……」

「逢夜乃センパイ、完全に宇宙人になり切ってましたね!」

「いえいえ、レオルトンさんが用意してくれた道具のおかげですわ」

 

 彼女たちが着ているのはケムール人を模して造られた宇宙スーツである。見た目が精巧であることはもちろんのこと、宇宙語翻訳機能付きの変声機、そして緊急脱出用のテレポート装置も組み込まれている。

 

「ここからは基地構造のマッピングと、敵情視察ですわ。わたくしたちが集めた情報が、レオルトンさんの作戦に役立つはずです」

「そうですね! 張り切っていきましょっ!」

 

 2人は小さくハイタッチすると、まずは現在地の周囲をぐるりと見まわした。

 壁の各所には外と通じている窓が設置されているため、室内は淡い外光に照らされている。よって彼女たちは自分たちの立つ場所が、シンプルな四角い空間の内部であるとは判断できた。だがそのスケールは地球の建造物とはけた違いである。天井の高さはもちろん、他の空間や通路に繋がるアーチ型の開口部もすべて巨大怪獣が通れるだけの大きさが確保されている。しかも開口部は彼女たちが確認できるだけでも5か所以上存在し、薄暗い奥の方には更に出入り口があることは間違いない。

 そして彼女たちを最も戦慄させたのは、絶え間なく聞こえる轟音――幾体もの怪獣が鳴らす、唸るような足音であった。

 

「あてずっぽうで進んだら、一生出られなくなりそうです……」

「後続の皆さんたちの道を切り開くのは、わたくしたちの使命ですわね――」

 

 その時、向こう側から強風が吹き込んできた。そして青白い強烈な光が室内に差し込む。それは突如上空から接近してくる宇宙戦艦からの光であった。

 

「逢夜乃センパイ! あれ見てください!」

 

 2人が窓の外に見たのは、塔と城壁の間に広がる平地であった。そこに戦艦が着陸し、下部のハッチが開放される。

 そこから姿を現したのは、無数の宇宙人の軍勢であった。彼らは統制の取れた動きで別の塔に流れ込んでいく。

 

「あれはたしか……カイラン星人ですわね」

 

 逢夜乃がすぐに分かったのも当然である。

 彼らカイラン星人は、9年前の『ガイアインパクト』に乗じて地球に対し“第一次星間戦争”を仕掛けてきた者たちなのだ。

 カイラン星人の一軍は絶えず戦艦から月に降り立ち、吸い込まれるように基地内に進行していく。

 

「あちらに向かうのは止めておきましょう。反対側の方に――」

「おぉ!? お前ケムール人か?」

 

 いつの間にか逢夜乃たちの背後に、ササヒラーが近づいていた。

 

「やっぱり星間連合に加わるつもりか」

「ふん。光の国を攻めるんだろう? 当然俺たちも一枚噛ませてもらうぜ」

 

 だが唯は少しも驚いた気配を見せずに応じるだけでなく、むしろ自分からササヒラーに近づいていく。

 

「そしたら仲間ってことになるんだな。よろしく頼むぜ」

 

 そしてあろうことか、唯はササヒラーの肩を軽く叩き始めたのだった。これには逢夜乃も絶句である。

 

「ちっ。馴れ馴れしくしやがって」

「そう言うなよ。なぁ、他にはどんな連中が集まってるんだぁ? 俺たちはさっき着いたもんだからよ、ババルウ様に会うのもこれからってところだ」

「じゃあ“女神様”にも会ってないのか?」

「女神様ぁ?」

「女神リンネ様だよ。ババルウ様と他にも多くの宇宙人や怪獣を怪獣墓場から蘇らせたお方だぜ」

「それはすげぇな」

「カイラン星人が軍門に下ったのも、女神様あってのものらしいぜ。他にもペダン星人の一団が向かってるとか。あぁそうだ、かつてのジュダ軍団の怪獣戦艦も加わるんじゃないかって噂もあるぜ」

「へへっ。物知りだな。助かるぜ」

 

 唯はササヒラーと他にも雑談を交わしてから別れを告げた。

 

「ち、ちっとも怪しまれませんわね。長瀬さんすごいですわ」

「宇宙人と話すのは任せてください! あ、でも大事な所は逢夜乃センパイにお任せしますっ」

「ええ。じゃあ急いで建物内を調べましょう。あ、そうですわ」

 

 逢夜乃は隠し持っていた“球体”を、外光の届かない暗がりに向かって転がしていた。

 

「これを沢山仕掛けるのも、大事な仕事でしたわね」

 

 そして彼女たちは、更に奥へと足を踏み入れていった。

 

 

 

 

 

 巨大建造物のとある一室。そこは他の部屋に比べても特別に天井が高く、例えるならば中世ヨーロッパの教会のような空間であった。壁の各所に据え付けられた発光体は淡い光しか放ってはいないが、それがかえって室内を神秘的たらしめている。

 最奥には一段高くなっている箇所があり、その中心には玉座が据えられている。

 そしてこの部屋は“女神の間”と名付けられていた。

 

「ババルウ様。軍勢は着実に拡大しております。カイラン星人の戦艦は全5隻。さらにバット星人が傘下入りを表明しました」

「結構なことだ。バット星人らには、M78星雲周辺での威嚇行動に専念するように伝えろ。光の国がこちらへ援軍を送って来れぬように、な」

 

 ババルウ星人は威厳たっぷりにそう答えるが、彼は玉座の右側に立っている。

 代わりに玉座を占めるのは、桃色の髪の小柄な少女である。だが彼女の纏うマイナスエネルギーは、前にした者が自然と跪いてしまう程の脅威を感じさせるのだ。

 

「待ちくたびれた」

「そう言うなリンネ。光の国を攻めるのなら、戦力はいくらあっても足りないくらいだ。欲を言えば軍勢の質にこだわりたいが、今はそうも言っていられんな」

「あーあ。もう少しゼットンで時間稼げればねぇ」

「充分だ。今にこの『月の神殿』は、過去最大の“反光の国勢力”の中心地となる。そして@ソウルを量産化さえできれば……必ず勝てるだろう」

 

 この神殿に集結した大規模戦力と、その後の戦争のことを想像するババルウ星人。彼は高笑いしたい欲求を抑えながらも、にやりと笑みをこぼしていた。

 

「大袈裟だねぇ。こんな大きなお城まで建てちゃって」

「これは旗印さ。そして神輿はお前だよ、リンネ。怪獣墓場から死した魂を呼び起こす奇跡、そして@ソウルという強力な武器の創造主――お前を暗黒の女神として祀り上げることで、新生星間連合はより強大となる」

 

 担ぐ神輿が無ければ宇宙人も怪獣も集まらないのだ、とババルウ星人は言葉を締めた。

 しかしリンネは、途中でババルウ星人の演説への興味を失っていた。彼女は気だるげに玉座から立ち上がると、前方の窓から垣間見える青い星を見やった。それは漆黒の宇宙に輝く地球であった。

 もう少しで、あの星に住まう生物が進化してゆく様を眺めることができる。

 星間連合、光の国――既に成熟しきった下等生物などに、リンネの関心には無い。ただ彼女は、未だ進化の可能性に満ちた子ども――幼年期にある星と生物が@ソウルを手にし、強く成長するさまを愉しみたいだけなのだ。

 

「あのう、ババルウ様」

「なんだ、まだそこに居たのかメトロン星人」

「実は星間連合に加わりたいと言う者がいまして……一度ババルウ様にお目通しせねばと思うのですが」

「役に立ちそうか?」

「多少は。ケムール人ですが怪獣ハンティング用の武器を持っているようなので……」

「奴らは今どこにいる?」

「はっ。我が方の戦力を確認したいと随分前から月に滞在していたようですが、先ほど腹を決めてババルウ様に会いたいとのこと」

「……連中はどこにいる」

「西門に待たせてあります」

 

 ババルウ星人は探知能力を研ぎ澄ませた。

 この西門に集中しながら“月の神殿”全体を探知範囲に収めると、彼はかつて自分に敵対した者ども――ニル=レオルトンやソル、雪宮悠氷や光の戦士たちの気配を探る。

 だがその時、“月の神殿”の管制室から通信が入っていた。

 

『ババルウ様。オープンチャンネルにてメフィラス星人ニル=レオルトンより連絡が入りました』

「ここに繋げ」

 

 するとババルウ星人とリンネの前に、ホログラムがうっすらと浮かび上がる。

 

『ババルウ星人。リンネもそこに居るようですね』

「ニルっ! 元気してた?」

 

 ぱっと満面の笑みを浮かべたリンネに対し、ニルは何ら反応しない。その無関心さに、彼女は頬を膨らませてこれ見よがしに拗ねていた。

 

『@ソウルを渡します』

「良い判断だな」

『今私は数人の搭乗員と共に宇宙船に乗り、地球から月に向かっています。着陸許可を頂きたい』

「構わんさ。ただしお前が降りた後、宇宙船は監視下に置かせてもらう」

『承知しました。位置情報を送ってください』

 

 ホログラム通信が途絶える。

 相変わらず機嫌を損ねているリンネをしり目に、ババルウ星人は“女神の間”の出入り口に向かった。

 

「リンネ。私がメフィラス星人に会いに行く」

「えぇ~」

「奴には何かしらの策があるだろう。お前に直接会わせるわけにはいかない」

「お優しいこと」

「この戦争にお前は必要不可欠だ」

 

 金色の髪をかき上げ、ババルウ星人はその場を去っていった。

 

「あ、メトロン星人」

「はっ」

「さっき言ってた子たち、ここに連れて来てくれる?」

「しかしババルウ様は何と……」

「いいのいいのっ。彼、私のこととっても信用してるみたいだから」

「しょ、承知しました!」

 

 一人になったリンネは、子どもっぽい笑い声を上げながら足を組みなおした。沙流学園の制服のスカートから伸びる足が、鈍い室内光に照らされて淡い光に包まれているようであった。

 

 

――後編に続く


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