留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第9話「最後の抗戦」その4

 

 零洸、その身体を共有する百夜が宇宙に向かって飛び立っていく。

 それを見送った私とルミは“ゼットン攻略作戦”のサポートをすべく地下に戻った。

 私たちは並んでモニターの前に座る。ルミの操作で、ゼットンの定点観測画面がモニターに拡大される。ゼットンからかなり離れた場所を航行させているドローンからの映像だ。

 主砲の周辺は紅く発光しており、太陽系を焼き尽くす炎が今にも吐き出されそうな様子であった。

 

「監視ドローンをマニュアルモードに移行」

 

 ドローンが撮影方向を変えた。その方角は地球であり、今しがた地上から飛び立った零洸を映し出していた。

 

「零洸さん。私とルミが設置したドローンの近くで一度止まって下さい」

 

 平時のプリズムスタイルで接近してくるソル。ぎりぎりまで体力を温存するつもりだろう。

 

「ここから先はゼットン自身の放熱により、身体にダメージが生じます。このドローンは高熱を遮るバリアを展開しますから、それを抱えながら前進を」

『了解した』

「転移ゲートの発動タイミングはお任せします。ゼットンに衝撃を加えるのと同じタイミングで問題ありません」

『ああ』

「……こちらからの説明は以上です。通信は間もなく切れてしまいますが、何か質問は」

『みんなを、頼む』

「未来さ――」

 

 ルミの言葉を待つことなく、ソルは左手に埋め込まれた鉱石に触れた。

 強い閃光と共に、彼女はソル ノクティスに変身する。今の彼女が持ちうる最大の力で臨むのだ。

 そして彼女は超速で飛行を再開し、彼女との通信は途絶えたのだった。

 

「……作戦開始です」

 

 ルミは応えなかった。迫る決着までのわずかの間に、彼女は最後の最後まで思考を止めていないようだった。

 おそらく私たちは同じことを考えている。

 零洸の考えなど無視してウルトラ兄弟に助けを求めるべきだったのではないか? 

ゼットンを覆う全方位バリア『ゼットンシャッター』を貫通する術はあったのでは――例えば『ペダニウムランチャー』のような超兵器ならばゼットンを破壊できたのではないか?

 超速の中で揺れるドローンの映像を凝視しながら、私たちは静かに抗っていた。みるみるうちにゼットンの姿が大きく画面に迫り、地球を滅ぼす巨大兵器が眼前に立ちはだかっていても、現状を打破する策を必死に探し回っていた。

 あとほんの10秒ほどで決着がつく。

 その秒読みの中で、不意に私の思考が止まった。

 脳裏に流れるのは情景――地球に降り立った時は敵として、そしてその後は協力者として彼女と関わってきた日々だった。探り合い殺し合う関係から、並び立って敵を向かい打つ“友人”になるまでの、長くもあり短くもあった日々。

 だが全てを振り返るには、この10秒という時間はあまりにもあっけない。

 

「……うあぁぁぁぁ!!!」

 

 悲鳴と共にルミが椅子から崩れ落ちる。

 私は咄嗟に彼女を抱きとめた。

 

「未来さんっ! 未来さんっ!!」

 

 ルミの叫びも空しく、ゼットンの主砲が一際強烈な光を放ち始める。

 ドローンのカメラは機能不全を起こして、もう何も映し出さなくなった。

 

「嫌だっ! もっと一緒に居たかったのに!」

 

 その瞬間に、次元転送装置が発動した。

 

「行かないでっ!!」

 

 何も映さない画面に、ルミは手を伸ばす。

 それをあざ笑うかのように、私とルミが作り上げた装置は何のエラーも無く発動し、尋常ならざる質量の物体をこの次元から消し去っていた。

 それは地球がゼットンの脅威から救われたことを意味していた。

 

「……」

 

 黒い画面に示された“complete”の文字列。ルミも、そして私も、それを前にして口を開かない。

 今ごろ地上ではゼットンの消滅に歓喜とする者もいれば、何の事情も知らずに日常を送る者もいるだろう。

 このあまりにもあっけない刹那――だがそれは我々と零洸未来との、永遠の離別の始まりでもあった。

 

「パパ……どうしよう」

 

 私にはルミの涙を止めることはできない。

 

「もう、未来さんに会えないよ」

 

 そして友人を死から救うことも叶わなかった。

 いくら必死に考え抜いても、私に出来ることはもう一つも無い。

 これほどの無力感は、生まれて初めてだった。

 

「誰か――」

 

 私は呟いていた。

 全てが終わってしまった今、一体誰に向けて放った言葉なのだろうか。

 

「誰か――」

 

 そこに在りもしない希望にすがる声。

 そうか。

 人間が“彼ら”を呼ぶ時は、こんな思いだったのか――

 

『――聞こえたぜ、その声ッ!!』

 

 それは聞こえるはずの無い声だった。

 だが確かに私の耳には聞こえていた。

 私の求めに応じる、その声は――

 

『わりィな。遅くなった』

 

 ブラックアウトした画面が砂嵐に変わり、少しずつ形あるものを映し始める。

 黒い宇宙空間、まばらに散った星々、そして人型の影――

 

「ウルトラマンゼロ、ですか」

『よお! 帰ってきたぜ!』

 

 監視ドローンは確かにウルトラマンゼロだった。

 そして彼に抱きかかえられているのは――

 

「未来さんっ!!」

 

 ゼロの腕の中に、ルミと私はソルの姿を捉えていた。彼女は気絶しているためか反応はないが、ゼロの様子からして生きているに違いない。

 ゼロの方はというと、見たことの無い形態に変身している。しかしソルはともかくとして貧弱なドローンまでもゼットン消失から救い出すとは、一体あの場で何が起こっていたのだろうか。

 

「ゼロ、差し支えなければ教えてください。どうやってソルを救い出したのですか」

『ああ、シャイニングの力で少し時間を巻き戻したのさ』

「……あなた方ウルトラ戦士の能力は、聞いていると頭が痛くなります」

『まぁそう言うなよ。誰かさんの声が聞こえて、よーやく戻ってこれたんだからよ』

 

 他次元に誰かの声が届くなど……現実味皆無の話にいよいよ辟易する。しかしそれを表す言葉があるのだと思い出されてしまう。

 

「……奇跡、というものですか」

「あんたがそれ言うと……なんだか気味悪い」

 

 私とルミはわずかに笑みをこぼし合って、大きく息をついた。

 

『まぁ誰かに呼ばれたってのは本当だけどな、それまではなかなか戻れなくて大変だったんだぜ? 最初なんて――』

「お疲れ様でした。また後ほど」

『あ、ちょっ――』

 

 通信を切ると、数日分の疲労感が一気に身体にのしかかってくるような感覚だった。

 結局はウルトラマンゼロの超常能力によって解決したわけだが、そもそも宇宙人メフィラスが彼を異次元に飛ばさなければ、こんな気苦労は必要無かったのではないか。あのニヒルな薄ら笑い顔を思い出すと、怒りが湧いてきそうだ。

 

「ルミ、一度眠りましょう。お互い疲れたでしょうし」

「……」

「ルミ?」

「な、なんか……足に力、入らなくて」

「ではベッドまで運びます」

 

 軽い身体を横に抱え、立ち上がる。

 

「ちょっと! 恥ずかしいから下ろせっ!」

「誰も見ていません」

「そういうことじゃない!」

「親に頼るのは恥などではありません」

 

 それきり文句を言わなくなったルミをベッドに寝かせ、布団をかけてやる。

 真っ赤に目を腫らしてはいるが、数分前までの絶望に打ちひしがれた表情は嘘のように消えている。

 

「……さっき言ったことは、すぐに忘れて」

「さっき? どのような言葉でしょう」

「き、気づいてないなら、もういい」

「まさか、パ――」

「死ねっ!」

 

 投げつけられた小さなクッションをキャッチした時には、もうルミは瞼を閉じ、眠りについていた。

 

「……忘れるのは、少し難しそうです」

 

 むず痒いような、こそばゆいような、上手く認識できない感情を誤魔化すため、私は飲みかけになっていたコーヒーカップを掴んでいた。

 

 

 

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 灰色の不毛の大地の上。佐滝鈴羽の肉体を操るリンネは、低重力下特有のスキップする様な足取りで歩を進める。彼女が見上げた漆黒の空には、星一つ輝いてはいなかった。

 やがて遠方で巨大なマイナスエネルギーが消失すると同時に、黒い空を一本の流れ星が切っていく。

 次の瞬間には、何かがリンネの足元に突き刺さっていた。

 

「シュラ、お疲れさま」

 

 使い手を捨て置いて帰還した@ソウル。それを手にするリンネ。

 

「もう少し役に立たってほしかったけど……嫌いじゃなかったよ」

 

 規格外の性能を有していた『ゼットン』のカードの使用――それは使用者の肉体だけではなく、プロトタイプの@ソウルにとっても大きすぎる負荷となっていた。その証拠に@ソウルの本体には何本もの亀裂が刻まれていた。

 

「この辺を使うのは……もうキツそうだね」

 

 リンネが持つ10枚のカード――『エンペラ星人』『ジャッカル大魔王』『邪神ガタノゾーア』『カオスロイド』『レイブラット星人』『ダークルギエル』『グリーザ』『マガタノオロチ』『アブソリュートタルタロス』そして『ウルトラマンベリアル』。いずれも『ゼットン』並みのパワーを宿すカードであり、戦力としてこれ程心強い物も無いだろう。

 ところがリンネは、それらのカードを何の躊躇もなく斜長岩の大地に投げ捨てたのだ。

 

「餌としては充分でしょ? さぁ……起きてもらおうかな」

 

 全てのカードが紫色の炎を上げ始めると同時に、大地が激しく振動する。地表面に無数の稲妻が走っていき、何か恐ろしいものが浮かび上がるように、禍禍しい光が岩々から湧き上がってくる。

 

「貴様か……私の眠りを妨げるのは」

「あれぇ? まだおねんね足りなかったかな?」

「ふっ、戯言を」

 

 いつの間にかリンネの傍に立っていた黒い宇宙人。

 彼は気取った手つきで金色の長髪をかき上げた。

 

「何か私に望みがあるようだな?」

「生意気な態度は止めてよねー。キングヤプールに代わって私が、アナタを従えるんだから」

「もとよりヤプールに忠誠を誓ってなどいない。私は偉大なる星間連合の盟主なのだから」

「じゃあ盟主様は子分どもを引き連れて、やりたいようにしてちょーだい」

「ふっ、よかろう」

 

 その宇宙人は黒いマントを翻し、稲妻と閃光に包まれた大地に向き直る。

 

「わが復讐の時は来た。怪獣ども、このババルウ星人に従うがいい」

 

 地鳴りと轟音と共に大地が割れる。

 いくつもの岩が波のように突き上がっていく。

 

「恨みと憎悪を糧に復活せよ。向かうは地球。討つべき敵は……光の戦士ソルとメフィラス星人だ!」

 

 ババルウ星人の眼下に広がるのは、無数の墓標であった。

 ウルトラ戦士たちに敗れた怪獣たちが眠る冥府の地――その名は『怪獣墓場』である。

 

 

――第10話に続く




いよいよクライマックスまで残りわずか!
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