留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第9話「最後の抗戦」その3

 ゼットン攻略作戦まで残り20時間となった。

 私とルミは依然隠れ家兼宇宙船のコンピューターの前に並び、50時間近く作業を続けていた。睡眠を必要としない私はともかく、ルミの目の下には隈がうっすらと浮かんでいる。

 かく言う私も苛立ちと焦燥感は禁じ得なかった。メフィラスの情報が本当に正しいのかという疑念は晴れないし、作戦の成功率を上げるためには時間はいくらあっても足りないくらいだ。

 

「ねぇ、さっきから電話鳴りまくってるけど」

「無視で問題ありません」

 

 ルミは訝しげにするが、構ってはいられない。

 何度も入る着信の主はCREW GUYSの星川隊長だった。対ゼットンについて私と協議したいのだろうが、私は一言「何もするな」とメッセージを送っただけであった。

 そもそも今度の敵に対しては、人間は役に立たない。

 そして何より、零洸があれだけの覚悟をもって一人で戦うと宣言したのなら、人間たちの力を借りるのは約束が違うだろう。

 

「これ見て」

 

 ルミに呼ばれてモニターを確認すると、ゼットン内部に急激なエネルギー上昇が発生している。展開を終え、いよいよ火球のチャージに入ったようだ。

 

「1テラケルビンの火球を射出するとなると……やはり予定時刻は当初の予想通りですね」

 

 私はモニターの画面を切り替え、次元転送装置のシミュレーションを開始した。メフィラスが残した方程式に加え、私とルミで独自に考案した理論と新設計を組み込んだ装置である。ゼットンをゲートに押し込むのと同時に装置に仕掛けた爆弾を起動、ゼットンとソルを無理やり引き離す算段だが――

 

「くっ……やっぱり、駄目なの?」

 

 立ち上がっていたルミは、力なくその場に膝をついていた。

 次元ゲートの吸収力は絶大で、ソルだけをこの次元に残すことはやはり不可能なようだった。

 

「ソル以上の推進力をもって彼女を引っ張ることが出来れば、危険域から脱出は可能かもしれません」

「そんな力……一体どこに在るっていうのよ」

 

 もちろん、この地球には存在しない。

 雪宮――グロルーラやリュールのドラゴンどころか、現在地球に滞在しているウルトラマンの力を借りたところでどうにもならない。当然私が助力しても無駄だろう。

 

「……そろそろ装置を作り始めなければ」

「……」

 

 ルミは無言でプログラムを起動した。実行ボタンを押せば、最新版の設計図を基にオートメーションで装置が組み立てられていく。

 だが彼女は実行ボタンに手をかけたまま、わずかの間動かなかった。

 

「ルミ――」

 

 しかし私が手を出す前に、彼女はボタンを押していた。

 後戻りは、もうできなくなっていた。

 

「……これで良いんでしょ」

「少し休んでください。ゼットンの監視は私が」

「……うん」

 

 よろよろとその場を離れ、ルミは浴室に入っていった。

 それから1時間経っても彼女は戻らなかった。シャワーの出る音は止んでいるが、まさか浴室で気を失ったのだろうか。

 私が急ぎ浴室の扉を開けると――

 

「……」

 

 既にシャワーを終えていたルミは、上下の下着を付けたところで睡魔に負けたようだ。脱衣室の床で丸まって、彼女は寝息を立てていた。

 ブロンドに脱色された髪が濡れたままではあるが、私は彼女を抱き上げてベッドに運んだ。心底嫌悪していた私が触れても気付かないとは、相当に疲れているようだ。

 だが無理もない。単身過去にやって来て、誰一人味方の居ない中で未来を変えようと奮戦していたのだ。リンネたちから逃れるだけなく、その上私を殺そうとは、彼女一人には荷が重すぎる。

 

「ママ……未来さん……」

 

 彼女の口から洩れる寝言。

 全てが終わった暁には、どちらかを失ってしまう。零洸の命か、愛美と地球の人々の命のどちらかを。

 この小さな身体には、その選択はあまりにも重い。

 

「っ!」

 

 私は、伸ばしかけた左手を右手で掴んでいた。

 今、私は何をしようとしていたのだ。

 ルミの頭に触れんばかりの位置で止まった私の手は、ゆっくりとそこから離れていこうと――

 

「っ!! な、何してんの!?」

「起きましたか」

「え、ちょ……なんで!? 服は!?」

「シャワー後に倒れて寝ていたのですよ」

「この変態っ!」

「かつて愛美さんにも同じことを言われました」

「じゃあ本当の変態ってことだ」

 

 ルミは私に背を向け、しばらく口を開かなかった。

 しかし私がコーヒーを飲んでいるうちに、彼女は私が用意したスウェットに袖を通してコンピューターの前に戻って来ていた。そして大きく深呼吸をしてから、再びキーボードを叩き始めるのだった。

 画面には、装置組立てプログラムの進行状況が示されている。

 不意にルミの指が止まった。

 その人差し指がかすかに震えながら、少しずつ近づいていく――プログラム中断を命じるキーに。

 

「ルミ」

「っ! な、なに」

「コーヒーでもいかがです。淹れたばかりですから」

「……私に?」

 

 ポットから注がれたコーヒーは、まだ白い湯気を上げている。カップを手に取ったルミは一口だけ飲むと、カップの黒い水面をじっと見つめていた。

 

「もう少し休むべきでは?」

「充分寝たから。それにコーヒー飲んだら寝れないし」

「その程度のカフェインが効く身体ではないでしょう」

「……小さい頃は、苦くて飲めなかった。ママが美味しいって言ってたから羨ましがったくせに、ちょっと舐めたら吐き出したっけ」

 

 ルミはもう一度コーヒーに口を付けると、一口目よりも味わう様に、ゆっくりと喉を動かしていた。

 

「あんたの淹れるコーヒーは、こんな味だったんだね」

「もっと先の時代なら、今よりも上手く淹れていたかもしれません」

「さぁね。飲めるようになった頃にはとっくに居なくなってたよ……“あいつ”は」

 

 目の前の私ではない、別のどこかに居る誰かのことを考えるように、彼女は遠い目をしていた。

 

「一つだけ頼んでもいい?」

「私の出来ることであれば」

「……もう二度と、勝手に居なくならないで」

 

 ルミは事も無げにそう言った。

 しかしその声はわずかに震え、彼女は何かに耐えるようにきつく手を握り締めている。

 

「約束して」

「分かりました。あなたを寂しがらせるような真似はしません」

「はぁ!? べ、別に寂しかったとか言いたいんじゃないから!」

「そうでしたか」

「勘違い野郎っ! もう口きかないから!」

 

 ルミは耳まで真っ赤にして、そっぽを向いてしまった。

 その姿は妙に可愛らしく感じられる。だがその感情は、愛美に対して抱く感情とはどこか異なっていた。身体を突き動かすような激しい情動ではなく、もっと穏やかで、じんわりと胸を満たすような感覚であった。

 

 

 

 

そしてとうとう、その時間が訪れようとしていた。

 

『プログラム完了』

 

 モニターに大きく表示された通知文。私は席を立ち、部屋の端に設置されたボックスの重い扉を引いた。

 3本の足に支えられた台の上に、銀色のペン状の装置が置かれている。これこそが『次元転送ゲート発生装置』である。形状はあえて、零洸に馴染みのある変身アイテムを参考にしている。

 私がそれに手を伸ばそうとすると、後ろからルミの手が先にボックスの中に差し込まれた。

 

「私から、未来さんに」

「……そうですか」

「もう連絡したから。すぐに来てくれる」

 

 私の短い返事を聞く前に、彼女は地上に続く階段を昇り始めていた。

 

「ルミ」

「あんたは残ってていいよ」

「いえ、行きます」

「そっか」

 

 早足で階段を上がる彼女を追う様に、私も続く。

 早朝の森の中は、鳥や虫の鳴き声に包まれていた。ほぼ無音の室内に長時間居たせいか、自然の発する音が随分懐かしく感じられる。

 だがそんな感慨をあざ笑うかのように、異形の兵器が白んだ空に浮かんでいた。もはや人間の肉眼でも形を掴めるほどのサイズであった。そして主砲と思しき部分には、禍禍しいエネルギーの光が輝いている。地球を照らす太陽以上に、その光が地球に降り注いでいるのだった。

 

「あれを止めた次は、リンネを殺さないと」

「そこからが本当の戦いになるかもしれませんね」

「……未来さん抜きで、勝てるのかな」

 

 ルミの顔に浮かぶ不安の色。

 

「いや違う。私たちが戦って、勝たなくちゃいけないんだ」

 

 その不安を無理に振り払うように彼女は、語気を強める。

 だが私は、その言葉に頷くことは出来なくなっていた。

 

「……果たして、その必要があるのでしょうか」

 

 ルミが何か言葉を返そうとする前に、私は続ける。

 

「ルミ。あなたは誰のために未来を変えようとしているのですか?」

「誰って……そんなの決まってんじゃん。ママと、友だちと、逢夜乃さんや唯さんたちのために――」

「そこに“地球”は含まれていますか?」

「あんた何を言って――」

 

 ルミは私の言わんとしていることを察したように、一歩私から遠ざかった。

 

「零洸さん抜きでリンネと戦うのはあまりにリスクが高い。守るべき人が犠牲になる可能性すらあります」

「そ、それは……」

「ですが極論、この地球を見捨てようとも……あなたと愛美さんたち、そして零洸さんさえ逃げ延びることができれば、あなたにとって望ましい結果になりませんか?」

「こ、ここまで来てふざけたこと言ってんじゃ――」

「私は本気で言っています。零洸さんの命を引き換えにして、大切な人を危険に晒す程の価値が地球にあるのかどうか。あなたの見解はどうでしょう」

「……」

「少数の人間だけを乗せて他次元に脱出する方法は、既に確立しています。今動き出せばゼットンの攻撃に巻き込まれることは無いでしょう」

「……」

「ルミ、装置を渡してください」

 

 差し出された私の手を、ルミの黒い瞳が捉えていた。

 

「ルミ。皆を救うチャンスは今しかありません。零洸さんのことは私が説得します。応じなければどんな手を使ってでも連れて行きます」

 

 ルミが装置を渡さないのならば、無理にでも奪い取るつもりだった。

 そして解放してやりたかった。私と一緒になって知恵を絞り、零洸の命を犠牲にした罪悪感――そんなものにルミがこれ以上苦しむ必要は無いはずだ。

 

「大気のある無人の惑星ぐらい、たどり着くにはさほど苦労はないでしょう。もし未開拓の惑星なら興味深い経験ができるのでは? 仮に外敵が居たとしても、樫尾さんや早坂くんなら早々に戦う術も身に着けるでしょうから、全員で生き残れる可能性は大きい」

「……」

「リュール少年のドラゴンに乗って惑星中を悠々と巡るのも良いでしょう。このせせこましい地球より余程自由です。まるでこの地球で流行っているゲームのように楽しいでしょうね」

 

 黙ったままのルミに向かって――いや彼女の持つ装置に向かって手を伸ばす。

 

「後のことは全て私に任せてください。さぁ、装置を――」

「そんなこと――」

 

 しかしルミは力の限り、私の手を払っていた。

 

「そんなこと、私だってさんざん考えた。何度もよぎったんだ……そんな考え」

 

 ルミが装置作成プログラムの停止ボタンを押そうとした時の情景が、不意に脳裏に浮かんでいた。

 

「でも駄目なんだよ……それじゃ誰も幸せになれない」

「……」

「大勢の命を踏み台にして生きるなんて、誰も望まない。そんなことのために、未来さんの魂を汚すことなんてできない!」

「あなたが私の子であるというなら、分かるはずです。合理的な選択が何なのか――」

「違う! あんたの子だから、こうするんだよ」

 

 ルミは自らの手首を私に見せつけるように、前に差し出していた。

 

「あんたの血なんだよ……感情的にならないで、きちんと先のことを考えられるところ。それが無かったら、とっくにあんたの考えに乗ったと思う」

「……」

「みんな優しい人たちだから、きっと苦しむ。逃げた先には何の幸せも無い。それに誰よりも未来さんが、一番後悔する。あんたなら分かるでしょ?」

「しかし――」

「メフィラス。いい加減馬鹿なことばっかりほざいてるんじゃないわよ」

 

 突如、上空から人影が下りてきた。

 

「れい――いえ百夜さんでしたか」

「未来ちゃんにはぎりぎりまで眠っててもらってるわ」

 

 紅い瞳の零洸は、私とルミの間に割って入った。

 

「それにしても可笑しいわねぇ。父親ぶったくせに空回りしちゃって。動画でも取っておけば良かったかしら。ねぇルミ」

「百夜さん、それってどういう――」

「この馬鹿の言うことなんて無視しなさい。私と未来ちゃんは誰が何と言おうと好きにやるだけだから」

 

そしてルミの手から装置を奪い取ると、百夜は再び飛翔する。

 

「メフィラス。アンタのことは嫌いだけど、最後に一つだけ教えてあげるわ」

「……はい」

「アンタが思ってる以上に、その子は大人なのよ」

 

 じゃあね、と言い残してはるか遠くに飛び去っていく百夜。

 最後の最後まで身勝手で、相手を逆撫でする様な態度は変わらない。だが――

 

「ごめんなさい未来さん、百夜さん。ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 隣で泣き崩れるルミの悲痛な姿を、零洸には見せまいとしたのだろうか。

 

「……ルミ。立てますか」

「……」

「私たちの最後の仕事です。零洸さんたちの戦いをサポートします」

「分かってる」

 

 涙を拭い、立ち上がるルミ。

 そのまま零洸と百夜が去っていった方向を見上げている彼女を置いて、私はその場を離れた。

 

「さっきの……クソみたいな提案のことだけど」

「私が間違っていたようです。もう忘れてください」

「……気遣ってくれて、ありがと」

 

 ルミの声に、私は振り返った。

 だが彼女はとうに歩き出し、立ち止っていた私を追い抜いて地下への階段に足をかけていた。

 

 

――その4に続く


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