留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第8話「ニル=レオルトンの選択」その4

「なに、これ……メフィラス?」

「リンネ。君との契約を慎んで破棄する」

「……まさかニルまで? ニルも私を裏切ったの?」

 

 唇を嚙みながら目を潤ませ、リンネは私を見上げた。胡散臭い上目遣いは悲痛さを前面に押し出そうとするが、何一つ感じ入るところは無かった。

 

「リンネ。私は、未来の自分とは異なる選択をします。私は貴女を抹殺対象と認識します」

「そんな……一緒に、地球の人間を成長させようって言ったのに」

「そのような下らない計画には同意出来かねます」

 

 咄嗟に状況を読み取った零洸が、メフィラスから離れる。彼女の光のブレードは、今度はリンネに向けられた。

 

「まだ殺さないように」

「分かっている。鈴羽の身体から引きはがすのが先だ」

 

 呆気に取られていた愛美とルミへの謝罪や説明は、今は差し置くことにする。

 それより優先すべきは、@ソウルだ。

私は真っ先にシュラの持つ@ソウルを取り上げようとした。

 

「――させるかよっ!!」

 

 シュラが装備していた大剣が、突然飛んでくる。私と@ソウルの間を遮るように地面に突き刺さった。

 

「リンネ嬢!」

「シュラ、思いっきり暴れて」

「ああ……ぶっ潰してやるよ!!」

 

 シュラが@ソウルを発動した。

 

『ギャラクトロン――Dark Fusion Summon』

 

 腕のデバイスに叩きつけられるカード。

 シュラの全身が紅く発光し、怪獣の形となった。そしてみるみるうちに巨大化していき、疑似空間内のいたるところがひび割れたように崩壊していく。

 

「メフィラス」

「君との有益な“取引”のため、助力しよう」

 

 彼が指を鳴らすと、疑似空間が消失した。@ソウルの放つ強大なエネルギーに空間が破壊されては、全員が元の場所に帰れなくなるかもしれないからだ。

 

「ルミ、愛美さんを頼みます」

「指図すんな」

 

 そう言いながらルミは、愛美を抱えてこの場所を離れていった。同時に零洸は変身アイテムをその手に、シュラが変身した巨大怪獣に立ち向かおうとする。

そして全員が、強制的に現実空間に引き戻された。

 場所は沙流市の都市部だった。ギャラクトロンの出現によって何棟ものビルが破壊されていく中、ルミは愛美を抱きかかえて退避し、零洸はソルの姿になってシュラと対峙している。

 そして私は、拘束状態のリンネと共に安全な位置まで後退していた。とあるビルの屋上に降り立った私は、身動きの取れないリンネをコンクリートの上に転がし、見下ろした。

 

「ニル、何が気に食わないのかなぁ? ニルだって地球の人間が強くなった方が良いと思わないの?」

「貴女の語る強さとは、単なる暴力に過ぎません。生憎、私は暴力を嫌悪しています」

「そんなこと言ってたら、他の宇宙人に侵略されちゃうじゃん」

「人間は存外しぶとい生き物です。さて、死にたくなければ、佐滝さんの身体から出て行って下さい」

「それもニルらしくない。鈴羽ごと私を殺した方が手っ取り早いのに」

「貴女の考える私の人物像は、どうもずれています。知ったような気になられると不愉快です」

「酷い……傷つくよ、そんな言い草」

「白々しいです。とにかく、生き残りたければ――」

「生き残りたければ、隠し玉ってね」

 

 その時私の背後に、何者かの気配を感じ取った。

 しかしこの程度の奇襲は予想の範疇。既に小型爆弾を構えて――

 

「っ!」

「お人好しの、お馬鹿さん♪」

 

 顔面への衝撃と共に、私は吹き飛ばされた。

 当然リンネの身体からも引き離される。

 

「くっ……」

「ちょっとした動揺ってのは、いつも命とりだねぇ。未来のニルにとっても、だったけど」

 

 私の代わりにリンネを抱えていたのは、黒いマントに身を包んだ人物だった。

 私は、マントのフードから垣間見えたその顔に見覚えがある。

 そしてその人物がこの場に居るはずの無いことも、頭では充分理解出来ているはずだった。

 

「懐かしい顔かなぁ?」

「……下劣極まりない」

「その怒った顔、すごく好み」

 

 リンネが手を伸ばし、マントをはぎ取る。

 青く長い髪、女性らしい華奢な身体。

 模倣や幻覚ではない――その姿は私の友人が心を許し、その死を悼んだ宇宙人

そのものでしかなかった。

 

「じゃじゃーん! ガルナ星人のアリアちゃんでーす! もう死んでるけど」

「リビングデッド、ですか」

「そ。ニルの人間くさーい部分に響きそうな宇宙人を選んでみたけど、効果てきめんだね! やったぁ!」

 

 生気の無い皮膚や瞳からは光も艶も消えている。生前のアリアと容貌は同じであっても、それが屍であることは一目瞭然だった。

 だが私の内側からせり上がってくる不快感は、私の咄嗟の判断を狂わせるようであった。

 

「ねぇねぇどんな気持ち? お友達の恋人を弄ばれて、イライラしてるのかな?」

「……」

「草津くんに見られる前に壊しちゃいたいよねぇ? ほらほら、早く戦わないと!」

 

 アリアのリビングデッドが歪な動きで迫って来た。まるで他人の手に操られているように、四肢は不自然な軌道で私を攻撃する。関節はあり得ない方向に曲がり、私の身体を確実に痛めつけてくる。

 

「言っとくけど、ニルの戦闘能力じゃ倒せないと思うよ。かなり強く作ったから」

 

 リンネの言う通りだった。私の光線は一発も当たらない。あっという間に距離を詰められ、私は腹部に再度打撃を受けてしまう。

 それだけではない。私の反撃の手にも鈍りがある。

私の記憶に色濃く残る人物――ガルナ星人アリアは、決して単なる悪人ではなかった。むしろアリアは人間に愛情を持ち、私に宇宙人と人間の絆を示してくれた一人であった。草津と結ばれることなく命を落とした彼女を思い返すと、私は久方ぶりの無力感に絞めつけられる感覚を覚えていた。

 

「アリアちゃん、一気に殺しちゃお」

 

 アリアの口が、突然大きく開かれた。整った口元は、顎が外れた化け物のように醜く変貌してしまう。そして口内から飛び出た紫色の触手たちが、私の両手両足と首に絡みついた。

 

「時が経っても経たなくても、ニルは変わらないよねぇ」

「私は、そう簡単に、他人は、信じませんからね」

「信じないどころじゃないよ! ニルの奴、@ソウルにトラップ仕掛けてたんだからね? 2台が同じ次元に存在してないと使えなくなるようにさ」

 

 リンネに悟られないように仕込むとすれば、その程度の罠になってしまうのは致し方ないか。だがリンネが過去の次元に渡れるならば意味が無い。

 

「同じ、目的を共有していたはずが……上手くは、いかないもの、ですね」

「結局、それが私たちの生き方ってことかなぁ」

 

 触手の一本がリンネの拘束を破壊する。解放されたリンネは首をぐるりと回し、ため息をついていた。

 

「でもニルのこと、割と本気で好きになれそうだったのに。もし愛し合えたなら、こんなのは要らなかったのにね」

 

 “こんなの”呼ばわりされたリビングデッドのアリアの口から、更に大量の触手が現れる。その先端は鋭利な槍のようになっている。質量の法則を無視するほどの本数の触手によって、もはや四肢のあった生物の面影はそこには無かった。

 

「ばいばい、ニル」

 

 巨大な塊のように迫る触手の群れ。

 その影によって私の視界は、完全に失われ――

 

『メフィラス星人 アーマード・ダークネス――ブートアップ――Dark Fusion Summon』

 

 触手の濁流が空を切る。

その衝撃の中を、私は抜け出していた。その身に紅い光をまといながら。

 

「……やってくれるね。ニル=レオルトン」

「使わせてもらいますよ、貴女ご自慢の玩具を」

 

 引きつった頬で無理やり笑みを作ろうとするリンネ。

 私の左腕のデバイスが紅い光を失ったと同時に、奴の目に映っただろう。

別次元のメフィラス星人の力を得た私の姿が。

 

 

 

 


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