留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第8話「ニル=レオルトンの選択」その3

「ソル。私の疑似空間に無理やり穴を開けるとは。いつも驚かされる」

 

 レクシュウム超光波がこじ開けた空間の割れ目から現れた、零洸と早馴ルミ、そして愛美。

 

『細かい話は任せるわ、未来ちゃん』

「分かった」

 

 一歩前に出た零洸の刺すような視線の切っ先は、宇宙人メフィラスに向けられていた。

 

「自分の宇宙に帰れと言ったはずだ」

「気が変わったものでね」

「お前はこれ以上地球に関わるな。リンネはどこだ」

「彼女はここには居ま――」

 

 私の返答を待たずに、ルミが光線を放った。

 私の眼前に展開されていた見えない壁によって阻まれたものの、直撃すればただでは済まない程度の威力はあった。

 

「ルミ! ニルに攻撃するのはやめて!」

「ママ。私を止めたかったら、力ずくでやれば?」

 

 ルミは地上に降りて愛美を解放すると、地面を蹴って一気に私に襲いかかった。

 見えない壁は強力ではあるが、ルミの拳は壁にわずかながらひびを入れる。

 

「未来で何が起こったか、愛美さんたちには話したようですね」

「お前も聞いたんだろ? 仲間から」

「リンネから聞きました」

「やっぱりお前……私たちを裏切ったんだ!」

 

 渾身の廻し蹴りによって、壁が破壊される。

 なおも涼しい表情のメフィラスをしり目に、私はルミから距離を取った。

 

「@ソウルを返せ」

「貴女が未来の私から奪った物を、ですか?」

「てめぇらみたいなクズに使わせない」

「力を貸そうか?」

 

 メフィラスが片手を挙げた。

 しかし瞬時のうちに彼の背後に回った零洸が、光の刃をメフィラスの首筋に向けた。

 

「お前は関わるなと言った」

「ふっ……ご忠告に従うとしよう」

「ルミ。今レオルトンを殺しても、何も分からない。きちんと話すんだ」

 

 零洸の言葉にわずかなためらいを見せたものの、ルミは私を追う姿勢を崩すことは無かった。

 だがそんな彼女の前に立ちはだかったのは、他でもない、愛美であった。

 

「ママ!」

「あんたには、とても喧嘩じゃ勝てそうにない。でも止めるよ、命懸けでも」

「……」

 

 愛美に両肩を抑えられたルミは、大人しく数歩後に退いた。

 

「ようやく、ちゃんと話せるね。ニル」

「……愛美さん、何故ここに来たのです?」

「そんなこと決まってるでしょ。ニルと話すためだよ」

「どんな目的があろうと、あなたのような普通の人間が立ち入る状況ではありません」

「……そうやって未来でも、ニルは私を遠ざけたんだろうね」

 

 愛美は不意に、微笑を浮かべた。そこに感情は読み取れない。

 だが次の瞬間、私は彼女によって頬を打たれていた。

 

「馬鹿にするなっ!」

 

 私は一瞬、頭が真っ白になっていた。

 その間に愛美は、私の上着に掴みかかる。

 

「確かに私はただの人間だよ。ニルとは違う生き物かもしれない。でも、家族のことも、友達のことも……どんな時だって一緒に考えたいし、必要なら一緒に戦いたいんだよ!」

 

 愛美がまくし立てる度に、私の頬に残る痛みと熱がどんどん強くなっているように錯覚してしまう。

 

「私が弱いって決めつけないでよ! ただ守られていれば良いだなんて、これっぽっちも思ってない!」

「私は――」

「ニルと同じ場所に居たいんだよ……。ずっと、死ぬまで、並んで立っていたいの」

 

 愛美が私の背に腕を回す。彼女の柔らかな身体が、私と触れ合った。

その温かさはじんわりと私に流れ込んでくるようであり、私を包み込むようでさえあった。

 

「ニルのことが、好きだから――」

「はいはいはい。そういう茶番はお終いにしてくれる? 正直気色悪い」

 

 闇のオーラと共に、リンネが突如姿を現した。

 彼女は、傷だらけのシュラの髪を掴んで引きずるようにして、公園のベンチに腰を下ろす。

 

「愛美ちゃんって、なんて夢見がちな女の子なんだろう。虫唾が走るってやつだよ」

「レイの身体、返して」

「だーかーら、そういう所が夢見がちだって言ってんの」

 

 苦い物を食べたように、リンネは舌を出して顔をしかめた。

 

「お馬鹿さんでも分かるように説明するね。確かに私は、この次元では佐滝鈴羽の身体を借りてる。ちょうど、ガイアインパクトの直後くらいからかなぁ」

「じゃあ、ずっとレイの振りをしてたってこと……!?」

「違う違う。私は身体を間借りしてるだけ。この身体の主導権はついさっきまで、鈴羽自身にあったんだよ?」

「……嘘」

「だからね、愛美ちゃんからニルを奪おうとしたのは、リンネじゃなくて鈴羽の意思なの。私自身、そこはびっくりしたんだぁ。だって私もニルのことが欲しかったんだもの」

 

 リンネはその細い足を組み、小首をかしげて私に向き直った。

 

「ニルとキスしたのも、鈴羽の意思。ま、あの子はニルに惚れたって言うより、愛美ちゃんの大事な物を奪いたかっただけだと思うけどね」

「……では、佐滝さんの人格はどこへ?」

「さぁ? 取りあえず分かるのは、満足した鈴羽は、もうこの身体が必要じゃ無くなったってことぐらいかな? ま、あんなに気持ち良いちゅーしたら、満足するよねぇ」

「それ以上戯言を吐くな、リンネ」

 

 凄まじい怒りを隠そうともせず、零洸がリンネに敵意を向けていた。

 

「お前のようなマイナスエネルギーの塊に侵され、鈴羽の心に影が差しただけだ。それが彼女の意思であるはずがない」

「勝手にそう思ってれば? でも肝心なのは、もっと別のことだよね、愛美ちゃん?」

 

 リンネの邪悪な笑み、いや愛美にとってはかつての友人である鈴羽の笑みに思われているのかもしれない。

 

「ニルはこの先も、それに今この時も、私の味方だよ」

「ふざけたこと言わないで」

「じゃあ教えてあげるよ。これ」

 

 既にシュラ腕に装着された@ソウルを、リンネは指差した。

 

「未来の地球を戦禍に巻き込んだ@ソウル……これ、作ってくれたのはニルなんだよね」

 

 零洸とルミ、そして愛美の目線が、私と@ソウルを交互に行き交っていた。

 しかし私は、ルミからこれを奪って解析した時点で予測できていた。このデバイスには、私の知っている技術――同胞であるメフィラス星人が発見した理論が主として利用されている。設計の所々にも、私自身が考案した形跡があったのだ。

 

「愛美ちゃん言ったよね、ニルと同じ場所に立ちたいって。でもその願いは叶わない。だってニル自身が、それを望んでないんだもん」

「どういうこと……」

「未来のニルは、愛美ちゃんたちみたいにひ弱で馬鹿な人間に絶望したんだよ。人間と本当の意味で分かり合って、一緒に居ることに疲れたんだね。だから、人間を自分と同じレベルまで進化させるために@ソウルを作って、私と一緒にクソみたいな平和をぶち壊したんだ」

「嘘だ……」

「でもニルの気持ち、愛美ちゃんなら少しは理解できると思うなぁ。愛美ちゃん、鈴羽との微妙な関係のこと、ちょっとはニルに相談とかしたの?」

「それは……」

「しなかったよねぇ。だって愛美ちゃん、宇宙人のニルには人間の感情のことなんて理解出来ない、相談相手にならないって思ってたんだから」

「違う! そうじゃない!」

「違わない。愛美ちゃんだって見下してたんだよ……私たちみたいな存在と、地球で暮らす善良で優しい人間様が共に生きることは出来な――」

「無駄話はやめましょう、リンネ」

 

 私は愛美の腕を振り払った。

 

「私は既に、選択しています」

 

悠然と待つリンネの元に近づき、彼女の座るベンチの後ろに回りこんだ。

 その肩に手を置くと、リンネは満足そうに頷いていた。

 

「ママ……これではっきりした」

 

 怒りのあまりか、ルミの声は震えている。

 それでも愛美は、何かを懇願するように私から目を離さない。

 

「……未来の私は選択を誤った。リンネとの協力関係を長きに渡って続けながら、結局は反故にし、計画の主導権を奪おうとしていたのですから」

「やだなぁ、やっぱりそうだったんだ」

 

 未来の私は、計画の肝となる@ソウルをリンネから引き離そうと試みた。その行先はリンネが追っていけない場所――選んだのは、同じマルチバースの異なる時間次元であった。その時間次元にリンネが既に存在している以上、2人目のリンネが立ち入ることは不可能だからだ。

 

「ところがどっこい、この私リンネは特別なのです。色んな次元に存在する私たちは、意識や記憶だけじゃない、身体だって共有出来るの。だから別次元のリンネ同士で融合しちゃえば、片方が別次元に弾き出されることなんて無いんだよ」

「ですが“彼”の意図は、貴女と@ソウルを引き離すだけではなかった……その真の目的は、過去の自分――つまり私の手に渡ることだったのです。ルミが私を殺そうとすること、そして私がルミを拘束することも読んでいた」

 

 それでも“彼”も読み切れなかったのは、リンネがこのような手を使って私を懐柔したことだろう。

 

「まさか私と貴方がこうして手を取り合うとは考えもしなかったのでしょう」

「しょうがないよ。未来のニルと私は、すごくビジネスライクな関係だったしね」

「しかし私は、“彼”とは違う選択をした。ただそれだけのことです」

 

 リンネの頬が、私の手の甲に重なった。

 同時にルミが憤りを爆発させて手をこちらに差し向けた。そんな彼女を必死に抑えようとこちらに背を向けた愛美自身も、今となっては私を軽蔑の対象としているはずだ。

 

「ママ……アイツは絶対に許せない」

「ルミ!」

「ママと、私の気持ちを踏みにじった……最低の宇宙人なんだ!!」

 

 もう時間は無さそうだ。

 零洸に動きを封じられたメフィラスに目配せすると、彼はわずかに口の端を上げた。

 

「待ってメフィラス。今から@ソウルのとっておきを使うから、何もしなくて良いよ」

「リンネはそう言っているが? ニル=レオルトン」

「ならば……善は急げ、ですよ」

 

 メフィラスが頷いた。

 

「私の好きな言葉です」

 

 その瞬間、メフィラスがリンネを守るために形成していた見えないバリアを消失させた。

 そして同じタイミングで、私は隠し持っていた小型拘束装置のスイッチをオンにする。私が発動した光学結束バインドがリンネの首、腰回りと両腕、そして両足首に巻き付いた。

 

「……ニル?」

「リンネ。これが私の選択です」

 

 

――その4に続く


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