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ニルとメフィラス、そしてリンネの消失を前にした零洸未来。彼女は3人の気配が追えないと判断すると、すぐさま愛美や仲間たちのもとへ直行した。
未来には、ニルの真意は測りかねた。それでも彼女は、ニルの裏切りじみた行動の裏には、何かしらの考えがあると思い込もうとした。
だがそんな未来も、早馴ルミの登場には動揺を隠すことが出来なかった。
「未来さんっ!」
ニルの隠れ家に着いて早々、未来はルミからの突然の抱擁に面食らっていた。
それからすぐルミが自分の正体を未来と早坂、雪宮に打ち明け、未来の失踪から光の国崩壊、そしてニルの死までのエピソードを話し尽くした。
「その、急に抱き着いてごめんなさい。また会えるなんて思ってなくて」
「いやはや……だいぶ荒れた性分だと思っていたが、可愛いところもあるじゃないか!」
「草津は黙って」
「ふはは! 俺のあしらい方も両親そっくりだな!」
「次はぶん殴る」
ルミが正体を隠すためにわざと濃くしていた化粧が無い今、いやむしろ旧知の面々に対して心を開いたルミを前に、未来は確かに母である愛美の面影を認めていた。
「ルミ。話を戻そう。キミは、理由は不明だがレオルトンの手によって過去に遡ることになり、未来を変えるために私たちに近づいたんだな?」
「そう。でもリンネたちも私を追って過去にやって来た。その結果、元の歴史よりも早くリンネが動き出して、アイツも――ニル=レオルトンも早い段階で私たちを裏切った」
「ならば次にリンネが何を仕掛けてくるのかを予測することは出来ない、か」
「でも状況は悪くない。未来さんは地球に居るし、敵の正体は明らかになってる。ウルトラマンゼロが代わりに次元転移させられたのは痛いけど」
「未来の私も、おそらく同じやり方で異次元に追いやられたんだろう。だが、同じ手にかかる気は無い」
未来も、そしてルミも言葉には出さずとも認識は同じだった。
「リンネを急ぎ見つけ出し、倒す」
未来は一人隠れ家を出て地上に出た。そこで彼女はウルトラ念力によって、リンネ、そしてニルの気配を追う。一方ルミは隠れ家のコンピュータを用いて、地球上に設置されたニルの隠れ家、宇宙船その他各種装置の監視を始めた。
「ルミ、って呼んでいいの?」
操縦桿とコンソールの前に立つルミに、愛美が声をかける。
「……うん」
「何て言うか、どう接していいか分かんない」
「私だって。親が自分と同い年なんてあり得ないからさ」
向かい合った2人は、立ったまま互いを見つめ合っていた。
まるで年の近い姉妹のような2人。時間遡行という異常現象が引き合わせた親子。ルミはともかく、愛美は自分と瓜二つの目元を前に混乱するばかりだった。
「ママ。これだけは言っておく」
「うん」
「ニル=レオルトンとは二度と会わないで」
「それは出来ない」
「いや、私が会わせない」
ほんの一瞬。ルミの放った気迫に、愛美はニルの雰囲気を重ねていた。敵を前にした時にニルが纏う冷徹さを、ルミが受け継いでいるのだと実感させられていた。
「ママ。あの男はママと私を見捨てて、悪人の手先になった」
「違う。ニルには何か考えが――」
「じゃあどうして、アイツはここに居ないの!?」
激しい怒り。
未来の映像では彼女の言葉からしか読み取れなかったその感情を、愛美も、そして他の面々も直接感じ取っていた。
そして誰よりも愛美自身の胸に、ルミと同じ疑問が渦巻いていたのだ。
普段の彼女ならば、ニルの裏切りなど到底信じえなかった。しかし鈴羽に聞かされたニルの言葉、そして鈴羽と共に姿を消した事実――それはニルに対する愛美の想いに、わずかなりとも亀裂を生じさせていたのだ。
「アイツは、元の歴史よりも早くリンネと組むことになった。未来を知っていたのに、私が失敗したから」
「……失敗って?」
「私は殺し損ねたんだよ。アイツを」
隣の部屋でそれを聞いていた樫尾が立ち上がったが、草津と早坂が制止していた。ルミが過去を変えようとしていることは皆が知っていたが、その方法まではルミは明かしていなかったのである。
「アイツが私を過去に送った理由なんてどうでもいい……でも私は、このチャンスを逃すわけにはいかない。リンネだけじゃなく、ニル=レオルトンも抹殺して、私は未来を変えてやる」
「なるほどな。君のやろうとしていることは、確かに理にかなっている」
草津は腕を組みながら、数回頷いた。
「星野嬢、いやルミちゃんと呼ぼう。この時点で連中を止められれば、もしかするとソルの失踪も無かったことになると考えているんだな?」
「ちゃんづけはムカつくけど、その通り」
「だが仮に、現在のレオルトンは何もしてないようなものだ。まだ未確定の罪でやつを裁く権利が、君にあるのだろうか?」
ルミは唇を噛んだまま、何も言い返さなかった。
「すぐに頷かないのは、君の中にまだ迷いがある証拠だ」
「迷いなんて――」
「迷って結構! レオルトンをどうするかは、これから決めれば良い」
それを聞いていた愛美は、怒りに任せて草津に掴みかかろうとした。しかしぎりぎりの所で逢夜乃と早坂が割って入り、事なきを得たのだった。
「草津まで……ニルを疑うの!?」
「お前のレオルトンを想う気持ちはよく分かる。だがルミちゃんの無念も察するに余りある」
「じゃあアンタは――」
「会って話すべきだ。愛美もルミちゃんもやつを直接問い詰めるんだ。ここで議論しても意味は無い」
愛美の手から力が抜けていく。
彼女は気づいた。自分と同じくらい、いやもしかすると自分以上に、草津たちはニルを信じようとしている。彼が地球を窮地に陥れる真似など、絶対にしないということを。
「……ごめん。叩こうとしちゃった」
「ある意味ご褒美だ」
「はぁ……こんな時でも、草津はいつもの草津なのに、私ったら……」
「仕方ないですわ。一番気が気じゃないのは、愛美さんと、それにルミさんですもの」
逢夜乃に優しく背中を撫でられながら、愛美は思い出していた。
ニルは表情の読めない男だった。言葉にも感情が込められることは極めて稀であり、その内心ともなれば、何重もの壁に囲まれているようであった。
そんなニルの心に触れた瞬間。それを愛美は、忘れたことなど一度も無かった。
いつだってその時、ニルはその命を懸けて戦い愛美を守ってきた。
その時ほど、愛美はニルの想いを強く感じたことは無かったのだ。
「ルミ、私はニルに会いに行く。私は自分の目で、ニルの心を確かめる」
「ダメ。ママはここに居て。ママが来たって危ないだけでしょ?」
「絶対について行く」
逢夜乃からそっと離れ、愛美は屹然とルミの前に立った。
「ルミ。私はアンタのお母さんで……ニルの奥さんなんだから」
「……誰が邪魔しようと関係ない」
ルミの青い瞳に、燃え盛る炎のような輝きが宿る。
だが愛美は決して怯まない。彼女はニルへの疑念を綺麗に捨て去ったわけではない。だがここで考えあぐねているくらいなら、その目で真実を確かめたい――愛美はニルの心に真正面から向き合う覚悟をしたのだった。
「ルミ。少しいいか?」
そこに、ニルたちの探索に出ていた未来が地上から戻って来る。
ルミと愛美が期待を込めて未来の言葉を待っていたが、未来は首を横に振るだけであった。
「未来さんの念力を遮断してる?……クソ、何かいい方法があれば」
『あるわよ。とっておきのが、ね』
未来の身体に宿る百夜過去の人格が、念話でルミに応じた。
『あんたを使うわ、早馴ルミ。ニル=レオルトンから遺伝子を引き継いでいるあんたが居れば、どうにかなるかもしれないわ』
「どうするの?」
『匂いよ』
ルミがびくりと肩を震わせ、後ずさりしていた。
『あのろくでなしども、気配やエネルギーをシャットアウトする特殊な場所に潜んでそうなのよね。まぁ、ごく小さな物質くらいは通り抜けられるとは思うけど』
「だ、だからって……匂いが何の役に立つの!?」
『一番感知しやすいのが匂いってわけ。ニル=レオルトンと共通の遺伝子を持つあんたの匂いを利用しない手は無いでしょ?』
「い、遺伝子情報なんて、他にもあるじゃん! 髪の毛とか」
『なぁに? 私に髪の毛舐めまわせとでも言うつもり?』
ルミは自分の両肩を抱くようにして、未来に背を向けた。
しかし未来の身体を借りた百夜は、舌なめずりをしながらゆっくりと迫っていた。
「首と耳の裏……それに腋なんかも良いかもねぇ」
「わ、私……ずっと捕まってたから、その……お風呂もシャワーも出来てなくて――」
「百夜! こんな時に冗談はよせ!」
未来がすぐさま身体の主導権を取り返した。
「ふぅ……安心したぞ未来。そんな濃厚なシーンが流れたら我々がどきどきしてしまうよなぁ? 樫尾と早坂よ」
「草津てめェ! お、俺は何も思っちゃいねェ!」
「雪宮先輩の前でなんてこと言うんだ!」
「おい。キミたちまでふざけないでくれ」
未来はため息をつきながら、林檎のように頬を赤く染めたルミの額に触れた。
「百夜の言ったことは半分正しい。キミのエネルギーはレオルトンのエネルギーとよく似た波長を持っている。それを手がかりにするだけだ」
未来は目を閉じたまま、ルミの額を通じてその固有のエネルギーを感じ取る。
「時間が惜しい。皆気を付けてくれ。少し身体が痺れるかもしれない」
未来が瞼を閉じる。彼女の黒い髪がわずかに揺らめいた直後、周囲の空気が強い静電気を帯びたようにスパークが起こり始める。これは未来が強力なウルトラ念力を放っている証であった。
やがて隠れ家兼宇宙船内に設置されている機械は、異常を知らせるアラートを響かせる。そして唯と逢夜乃が、首や頬にひりひりとした痛みを感じ始めたその時、未来はルミの額から手を離した。
「……見つけた」
「さ、流石未来さん! じゃあ皆さん、一緒に――」
「すまないが、逢夜乃。ここからは私と愛美、それにルミだけで行く」
「そんな……」
「皆の気持ちは分かる。だが危険な敵だ。それに奴らの居場所は、私のテレポートでしか侵入出来ない特殊な空間にある。一緒に行けても愛美とルミが限界だ」
「……分かりましたわ」
歯がゆさに唇を嚙みしめる逢夜乃。しかしその悔しさは、誰もが同じであった。
「愛美さん、未来さん、ルミさん。お気をつけて」
「絶対帰ってくるよ。ばかニルと一緒にね」
精一杯の強がりだった。
愛美は無理やり笑顔を作って、逢夜乃たちに別れを告げる。
「じゃね。行ってくる」
未来のテレポートにより、愛美とルミもその場から一瞬で姿を消した。
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「さぁてとっ! そろそろ頃合いかなぁ」
ジャングルジムの頂上で暇を持て余していたリンネは、軽やかに地上に飛び下り、メフィラスに合図を送った。
「シュラを呼んできまーす」
「リンネ。この後の予定はどうなっています?」
「ニルのせっかちな所は、未来と全然変わんないねぇ。今からシュラに来てもらって、光の国への攻撃を始めようと思います!」
「性急ですね」
「そうかな? 未来ではね、ソルを異次元に飛ばしたせいで宇宙警備隊が随分警戒してたんだよ? M78星雲に近づくのも大変だったんだから」
リンネが既に経験した未来と異なり、今の光の国は事の重大さを認識していないだろう。零洸に追われさえしなければ、比較的有利と言うことも出来る。
「もう。ニルが早馴ルミから奪ったもう一個もあれば良かったのにね」
「すみません」
「ううん、謝らないで! ニルはただ、私の味方でいてくれればいいの」
小走りで私に近づき、リンネは私の頬に口づけた。
「ではでは!」
メフィラスの指鳴らしと共に、リンネは仮想空間を出ていく。
残された私とメフィラスは、互いに示し合わせることも無しに、ベンチに並んで腰かけていた。
「ニル=レオルトン。君はこのままリンネに従うつもりか?」
「そう言う貴方はどう考えます?」
「質問をしたのはこちらだが」
「……」
「良いだろう。私から話そう。私が懸念しているのは、未来の君の思惑だ」
「と言うと?」
「君は賢い。未来の君は、リンネにただ殺されるような男とは思えない」
「どんな策を巡らせようとも、死ねば終わりです」
「死せる孔明生ける仲達を走らす 私の好きな言葉です」
簡単には思考を読み取れない薄ら笑い。
彼はじっと、私の回答を待ち続けていた。
「……メフィラス。貴方は私の考えていることを察しているはずです」
「それはどうかな?」
メフィラスと私は、たった一言ずつ言葉を交わした。
具体的な事柄は、何一つ口にしない。だが我々は、言葉が無くとも互いの伝えんとすることを理解することが可能だった。
似た者通し、とは考えたくはないが。
「時間だ」
メフィラスが立ち上がった。
その瞬間、静止画のような青空に閃光が走った。目の眩むような光から目を背けた私は、凄まじい衝撃波に後ずさりせざるを得なかった。
「強い念導が飛ばされていたことは察していた。しかし――」
『レクシュウム超光波!』
ヤプールの操る“次元の割れ目”のように、亜空間に通じる出入り口がこじ開けられていた。
その先から現れたのは、もちろん予想に違わぬ人物であった。
「躾の時間よ、お馬鹿さんたち」
ソル ノクティスの姿から人間態に戻った零洸。今は百夜がその肉体を操っているようだ。
「ニル=レオルトン。今度は……逃がさない」
零洸と並ぶのは、青い片目をぎらつかせる星野――いや早馴ルミ。
そしてもう一人。
「ニルっ!!」
叫んだのは、愛美だった。
彼女はルミにおんぶされる格好であった。今にも激闘が始まりかねないこの場所に、彼女はあまりにもそぐわない。
しかしその声は、誰よりも真っすぐに私に届いていたのだった。
――その3に続く