「あーあ。チック、あんな怪獣使ったら身体壊れそう」
佐滝
「うーん。ここからだと上手く見れないや。屋上行こう」
おそらくリンネによる攻撃で私の身体は麻痺状態にあったが、症状は回復しつつある。
今すぐ彼女を振り切って愛美たちを追うことは出来るが……。
「愛美ちゃんが気になる?」
「……いえ」
私が最後に感知した時、彼女たちは地下通路の入り口に立っていたはずだ。私が行かずとも、とうに安全を確保しているだろう。
それよりも、リンネと名乗るこの相手を見過ごすことは出来ない。チックが使ったデバイス『@ソウル』は、驚異的な技術といえよう。おそらく使用者はカードに記された怪獣や宇宙人、そして光の戦士にも変身し、その力を忠実に再現できる。しかもこの宇宙だけでなく、おそらく他次元宇宙の存在の力をも操ることができるだろう。
そんな超技術を手にしているリンネが何をする気なのか、私には見極める必要がある。
「それとも娘の方?」
「……何故あなたが知っているのです?」
「ってことは、ニルも気付いたわけね。星野、じゃなくて早馴ルミの正体」
「彼女のことは一時拘束しましたから。もう逃げられたようですが」
「あの子は抜け目ないよねぇ。私たちも何度か追い詰めたんだけど、その都度逃げられてたのよ」
「あなたの目的は、彼女が持っていた@ソウルですね?」
「そ。あの子はね、今から18年先の未来次元で、私から@ソウルを奪ってここまで逃げたの。だから私、こうして追いかけてきたんだよ」
リンネが椅子から立ち上がり、私の手を取った。
「行こ」
「……ええ」
私たちは屋上に出た。ソルとファイブキングが上空で対峙している。
既に学園を覆っていたバリアは消失し、隙を見て人間たちが脱出している。
「これはね、ちょっとした実験なの」
リンネがポケットから取り出したカードは、今学園にばらまかれている怪獣のカードであった。
「@ソウル。ルミちゃんから取り上げたなら分かるでしょ?」
「生憎、私が拘束した時に彼女はデバイスなど持っていませんでした」
「え、それほんと?」
「用心深いのでしょう。どこかに隠したとしか」
「それは残念。ま、こっちに一つでもあれば問題なし。それに――」
リンネが再び、私の頬に触れようと手を伸ばした。
その時だ。私の背後に何者かが空から降り立った。
衝撃に目を細めるが、見ずとも誰がやって来たかは明白であった。
「リンネっ!! とうとう見つけたぜ、この外道が」
「あら、ウルトラマンゼロ。別次元ではどうも♪」
「やはり本当なんだな……てめぇは複数の次元に存在するリンネと意識を共有してるんだろ」
「ご名答! それが私のすごいところ。各次元のリンネは全部私自身ってこと。つまり私は、この世界全ての知識と記憶を持っているのと同じなんだよ」
「へっ。全員ぶっ飛ばせば良いだけだ」
「出来るかなぁ? 親の七光りくん?」
「言ってろ!」
ゼロの鋭い飛び蹴りが繰り出されるが、リンネの周囲には不可視のシールドが展開されていた。見えない壁に阻まれたゼロだったが、気に留める様子は全く無い。
「おい、ニル。お前は結局リンネの仲間なのか?」
「そだよ。ニルは私の相棒――いや恋人かな?」
「どうだって良いけどな。だがリンネ、お前一つ勘違いしてないか?」
「なぁに?」
「そんな薄っぺらの盾に守られていても、俺からは逃げられないぜ」
「へぇ」
「それとも、アイツが俺を倒してくれるのか?」
ファイブキングを一瞥するゼロ。
ソル相手に互角に渡り合う凶悪な怪獣を前にしても、彼はわずかとも怯む様子は無かった。
「お仲間が居なくて倒せるのかなぁ?」
「勘違いだぜ。倒すのはオレじゃねぇ」
凄まじい風圧、そして竜巻のような轟音が空気を揺らし始めた。
地上で戦っていたソルと怪獣の方に振り返る。怪獣の胸部に現れた小さなブラックホール状の何かに、怪獣の身体が粉砕されながら吸い込まれ始めた。ソルの持つ剣と盾の能力のようだが、怪獣は爆炎を上げることもなくブラックホールの中で消滅し、後には何も残らなかった。
「この世界のソルが倒す。分かったか?」
強き者同士の信頼というものか。出会ってから日が浅くとも、彼らは互いよくよく理解しているらしい。
「もう一度聞くぜ、リンネ。俺とソルから逃げられるか?」
「……はぁ。がっかり」
リンネが僅かにうつむいた瞬間に、ゼロが地面を蹴る。
頭部に装着していた刃状の武器を握り、彼は真一文字にリンネを斬る。
見えなかったバリアが姿を現すが、それは砕け散っていた。
「えっ……」
「覚悟しろ、リンネ!」
ゼロの追撃が、リンネを捉えた。
だが刃がリンネに触れる直前、私の耳が聞き覚えのある音を捉える。
パチン、と指を鳴らす音。どこか演技じみたその仕草は、私の記憶に鮮明に刻まれていた。
「ウルトラマンゼロ。しばしご退場願う」
ゼロの動きが止まった。
「くそっ……これ、は」
ゼロは球状の薄い膜に包まれていく。膜に無数の稲妻が走っていく。
「次元の彼方へ、さようなら」
膜は音もなく萎み、ゼロの身体ごと消滅していた。
「もう……ゼロに斬られるかと思って少し怖かったよ」
「それは失敬」
階下から屋上に通じる扉が開かれ、黒いスーツの男が現れる。
「ニル=レオルトン。また会えて喜ばしい」
不敵な微笑み、気品を感じさせるいで立ち――狡猾な手段で地球に挑戦してきた宇宙人メフィラスが、再び私の前に現れた。
「……何故貴方がここに?」
「リンネと盟約を結んだ。あれ程特異な生物はなかなか居ない。興味深いと思わないか?」
「そこまでして、まだこの地球に執着しますか」
「さぁ? しかし君と共闘することになろうとは。袖振り合うも他生の縁。私の好きな言葉です」
メフィラスが地上の方を指差す。
そこには零洸未来の姿があった。しかし彼女は、私の隣に立つリンネに驚愕の表情を浮かべていた。
そして彼女の驚きは、私にも同様に向けられたのだった。
「何故そこに居る……レオルトン!」
私がかつて“侵略者”であった頃。私が沙流市の人間たちを狂わせた張本人と知った時の零洸は、ここまで動揺を示さなかったはずだ。
そして私は、何も答えなかった。
そのうちにメフィラスが指を鳴らし、私たちは沙流学園の屋上から姿を消したのである。
第8話「ニル=レオルトンの選択」
私たち3人は、見覚えの無い小さな公園に移動していた。周囲に人影は無く、不自然なほどこの一帯は無音であった。
「次元の狭間に形成した疑似空間だ。ソルの感知能力でもそう簡単には見つけられない」
ブランコを漕ぎながら説明するメフィラス。空いている隣のブランコを、リンネが愉快そうに動かし始めた。
「それでニル。私に聞きたいことが色々あるんじゃない?」
「……未来の世界では、私と貴女は仲間だった。それは真実ですか?」
「そ。出会いは18年後。私はニルとソルを地球からおびき出して、ソルだけを別のマルチバースに追放したの。その時にニルと手を組んだんだよ」
「にわかには信じがたいですね」
「でも本当だよ。ニル、あなたはね……地球の人間たちに心底愛想が尽きてたんだ」
リンネが語る18年間。地球はGUYSと一部の組織の活躍により、ついには他の宇宙人と同盟関係を構築し、地球の防衛力を大幅に強化していた。
その一方で旧来の人間勢力は、宇宙人から新たにもたらされた技術を自らの私利私欲のために利用し始めた。新技術は富の格差をますます広げ、人間同士の戦争は世界規模まで発展しかかった。最終的には、私と零洸未来が介入したことで戦争は食い止められたらしい。
「未来のニルはひどく残念がってたよ。あなたは地球の政治や経済には絶対に関わらないことを信条にしてた。それだけ人間を信頼してたんだね。それが結局裏切られたわけだけど」
頷きながらも一定のペースでブランコを漕ぎ続けるメフィラスに対し、リンネのブランコはやがて止まった。
「それにニルはね、家族のことでも悩んでた」
「……娘のことですか」
「スマートなあなたと違って、早馴ルミは攻撃的で感情的だったのね。でも仕方ないよ。あの子の半分は、未熟な人間なんだから」
「それで私は、貴女と組して何をする気だったのでしょう」
リンネが、赤い唇を舐めた。
「あなたはね、人間を進化させようとした」
立ち上がった彼女は、熱を帯びた視線を私に送っていた。
「びっくりしたよ! 私とニルは、まったく同じことを考えてたんだから!」
「貴女が?」
「そう! リンネという存在はね、沢山のマルチバースそれぞれに独立して存在してる。けど私“たち”は離れた所に居ながら、互いに意識や記憶を共有出来るんだよ」
それが真実だとすれば、メフィラスが興味を惹かれるのも頷ける。
複数の次元から知識や経験を得るリンネは、私の想定以上に恐ろしい存在だ。その知識を活用した@ソウルが、この宇宙で確認されていない怪獣の力を操れるのも合点がいく。
「だから私は、この広い世界をどこまでも見知ってるの。それで気づいたんだよ……この次元、特に地球はあまりにも幼いってことに」
リンネが私の前まで早足で迫り、強引に手を取る。強く握られたその手には、人間らしい体温が感じられなかった。
「ニルだって悲しいでしょ? ずっと弱いままじゃ……人間が可哀そう」
いくつかの情景が、私の脳裏を去来する。それは“心”を喪失した人間たちの姿であった。
かつての私や魔王カーンデジファー、そして宇宙人メフィラスも、方法は違えどいとも簡単に人間たちの“心”を蝕み、彼らの絆を破壊した。この沙流学園で繰り広げられている醜い争いと同じように、己の欲望や命に固執し、立ち向かうべき本当の敵を見失っていたのだ。
「その弱さなんだよ。ニルと地球人との間にある、どうしようもない隔たりの正体は」
些細な感情のすれ違いを、結局解決できていない私と愛美。
血が繋がっているにも関わらず、互いを理解できていなかった私とルミ。
そんな18年間を経た私がいずれ、人間に対する“失望”を抱いたというのだろうか。
それを現在の私は、100%の確信をもって否定出来るだろうか。
「でも仕方ないんだよ。人間はずっと甘やかされてたんだから。宇宙の平和を守る正義の味方――ウルトラマンたちに」
「彼らの平和が、進化発展を妨げていたと?」
「そうでしょ? この地球の歴史を見たって明らかだよ。生存競争は常に、新しい技術や思想を生み出してきたじゃない? でも平和ボケは停滞しか生まないんだよ」
つまりリンネは、沙流学園に起きた出来事を宇宙規模で引き起こしたいのだ。
光の戦士が作り上げた宇宙の平和を崩壊させることで、誰しもが闘争状態の中で生を渇望するようになる。その過程で自らの進化を余儀なくされる。それは技術に留まらず、思考や生の様式までもアップデートさせるだろう。
「しかし非力な人間が他の宇宙人と戦争になれば、すぐに滅びてしまうでしょう」
「ふふふ。そのお悩みを解決してくれるのが@ソウルなのだ!」
リンネが持っていたのは、シュラとチックが用いていた物だろう。ソルとの戦いの中でも破損しなかったようだ。
「これはね、人間のために作られた物なの。どんな人間でもこれを使えば、怪獣や宇宙人に変身して、その力を思う存分使いこなせる。それどころか……あの光の戦士に変身することだって出来ちゃうんだから」
真正面から戦えば、彼らは恐るべき戦闘力を発揮する。しかし本拠地に潜入されて彼らの最大の弱点を攻撃されては、戦いにすらならない。
「これで分かってくれたかな? 私たちが一緒に居るべき理由が」
繋がれた私たちの手。
「私たちならきっと出来る。幼年期の人間を、強くて賢い大人にしてあげようよ。そしたら必ず……あなたはもう一度、人間が好きになれるんだから」
18年後の私は自ら彼女の手を握り、こうしてリンネと繋がれていたのだろうか。
――その2に続く