雷が落ちたかのように、闇の中から何かがソルの両腕に向けて放たれた。
右手に握られていたのは、剣だった。
その名は『宵闇の剣』――緩く湾曲した銀色の刃が淡い輝きを纏い、どんなに暗き夜をも斬り裂く力を持つ。
左手に握られていたのは、盾だった。
その名は『暁光の盾』――甲冑と同じ美しい装飾は見る者を圧倒するだけでなく、その眩さはあらゆる悪意を挫く。
『アハハハハハ!! それ、私の猿真似ってやつですよねぇ!!』
ファイブキングが左腕の眼球と、まだ真の力を見せていない右腕の鋭い鋏を合わせて打ち鳴らす。
『ちょっと武器を持ったからって、このファイブキングには――』
チックの声が途切れた。
それから彼女が、自分が地上に落下しかかっていることに気づいたのは間もなくだった。
地上のソルが剣を一振りした時、真空刃が超速でファイブキングの翼を切断していたのである。
『えっ、嘘、なんで――なんで!』
地上に降りたファイブキングの頭部、右腕、腹部から光線、火炎、光弾が何度も繰り出された。
同じく地上に立ったにソルに降り注ぐ無数の攻撃。
学園を背に、ソル ノクティスは盾を構えた。
盾は全ての攻撃を受け止めている。やがてソルは盾で攻撃を防ぎながら、一歩、また一歩とゆっくりファイブキングに迫る。
だが、チックにも最後の奥の手が残されていた。
『うあぁぁ!! 死ねぇえええええ!』
右手の鋏――レイキュバスから突如強烈な冷気が放たれる。M78星雲人の共通の弱点である冷凍攻撃こそ、チックの切り札だった。
激しい冷気に包まれるソル ノクティス。その姿は吹雪の中で霞んでいくが――
『え――』
ソル ノクティスの盾は、それさえも防ぎ切った。かのウルトラマンジャックと同様、ソルも自らの弱点を克服するための力を手にしていたのだった。
『来るなっ! 来るなっ! 来るなぁああああ!!』
チックの絶叫がファイブキングの咆哮と混ざり合う。ついに左腕の目玉から、吸収されたラス・オブ・スペシュウムが放出された。ファイブキングのどの攻撃よりも強力な一撃は、ソルもろとも地上を焼き尽くすには充分過ぎる威力が――
『私の後ろには、一発も通さない!』
ソルの盾には、傷一つ付かなかった。
そして彼女は、ゆっくりと剣を振り上げる。
ファイブキングとの距離は、もはや触れられるくらいだった。
『ハァッ!』
ファイブキングの胸部が、斜めに斬り裂かれた。
『なっ……アハッ! なぁに、それ!!』
チックが狂ったように笑い出す。
何故なら、ソル渾身の斬撃はファイブキングに真っ二つにするわけでもなく、ただ浅い傷を付けただけだったからだ。
『どうしようって思ったけど、全然痛くなぁい! 何ですぅ?防御全振りってやつですかぁ!? こんな見かけ倒しなんて――』
その時だった。
ファイブキングの胸部に黒い孔が開いた。そして周囲の肉体が突如、その孔の中心に吸い込まれ始める。ブラックホールのように全てを砕き、無に帰す黒腔は、次元と次元の狭間に存在する混沌空間――何者の生存も許さない暗黒領域――への入り口なのだ。
『嫌だっ!! シュラ姉さま、私、死にたくな――』
ファイブキングの肉体にひびが入った。
それからは瞬く間に黒腔に飲み込まれていき、後には何も残らなかった。
ただ一つ。チックは最期の瞬間に@ソウルを地上に向けて放棄した。それは混沌空間を逃れ、地上のある場所に落下していた。
『くっ!』
ソルは零洸未来の姿に強制的に戻っていた。彼女の新たな必殺技は、その体力を殆ど奪ってしまったのだ。
『すごーい。未来ちゃんって、こんなエグい力を欲しがってたわけ?』
「はぁ、はぁ……いい、じゃないか。誰も、巻き込まず、敵を倒せて――」
学園体育館の瓦礫の上で、彼女の膝から力が抜ける。
倒れかけた未来を支えたのは、早坂之道だった。
「零洸さん。僕たちを守ってくれてありがとう」
「礼は、いい。それより……何故愛美たちと、行かなかったんだ」
「学園内のパニックを抑えたかったんだ。剣道部の後輩たちも沢山閉じ込められていたからね。でも、雪宮先輩に助けられてばかりだったよ」
彼の後ろには、雪宮悠氷の姿もあった。
「ごめん。僕なんかじゃ危ないだけで――」
未来はゆっくり、首を横に振った。
数多くの戦場を潜り抜けてきた雪宮――グロルーラを敬愛する早坂ならば、いつか宇宙人と渡り合えるほどの力を得るのではないか。未来はそんな日が来ることを予期していたのだった。
「流石だ、之通」
人間を護るために強大な力を手に入れた未来。しかし人間たちとて、彼女の後ろでただ護られているわけではない。彼ら自身も、大切な誰かを守るために戦おうとしていたのだ。
「多くの人を、その……気絶させちゃったけど、何とか怪我人は最少人数に抑えられたと思う」
早坂が振り返った先には、シールドと怪獣が消えたことで学園の敷地外に逃れていく人々だった。既に警察や救急、そしてGUYSの緊急車両も続々と到着していた。
「死人が、出てなければ良いが――」
しばしの安堵を覚えた矢先――未来は見た。
学園の屋上に並ぶ、3人の人影。
「な、何故……キミがそんなところに」
そのうちの一人は佐滝鈴羽だった。零洸が知っている彼女と、その姿かたちは相違ない。
「こんにちは、ユキナさん。いや、今は未来さんだっけ?」
しかし浮かべる笑いは冷ややかで、嗜虐心に満ちていた。
「私もね、これからはリンネって名乗るから。よろしくね」
そして彼女の右側には、黒いスーツの男が立っている。
「ごきげんよう。また会うことになろうとはな、ソル」
ニヒルな笑みを浮かべるのは、宇宙人メフィラス。
そしてもう一人。鈴羽の左側に立つのは――
「何故そこに居る……レオルトン!」
未来の呼び声に、ニルは眉一つ動かさない。
その無表情は、地上の人間たちの姿を冷ややかに見下ろしていたのだった。
時はわずかに遡る。
学園地下の物資貯蔵庫に、秘密の地下通路の入り口があった。
星野ルミが先導する一行が通路に入った瞬間、凄まじい地震が起こる。地上にファイブキングが現れたのだ。
「っ!」
ルミに抱きかかえられていた愛美が正気を取り戻し、無理やりルミの腕から降りる。そして再び入り口に引き返そうする愛美の腕を、ルミが掴んだ。
「放してよ!」
「放さない。戻っても無駄」
「無駄って……まだニルと未来、それに之道だってまだ学園に居るの!」
「あんたが戻って何ができるの? それにあの男は――」
「そこまでにしとけ」
樫尾が言い合いを制し、先に進もうと促した。
「星野の言う通りだ。それにあの写真のことも、色々説明してもらわねェと」
「……この先はニル=レオルトンが作った地下シェルターに繋がってる。地上で核戦争が起きてもびくともしない場所だから、安心して」
「あの野郎……とんでもねェ物を作ってたんだな」
「そういう男なんだよ、アイツは」
それから約10分後、彼らは地下シェルターにたどり着いた。家族向けマンションの一室程度の広さがあり、人間が最低限の生活を送るのに不自由のない設備があった。
一方で約半分のスペースは武骨な金属の壁に囲まれており、大型モニターの前には操縦席に似た場所もあった
「まるで宇宙船だ……レオルトンめ、粋なデザインじゃないか」
草津が操縦桿状の装置に触れていると、ルミは素っ気なく「あんまりいじると、本当に飛び立つよ」と言い放った。
「ま、まさか、本当に宇宙船なのか!? このまま宇宙に出られるのか!?」
「そう。いざという時……アイツは自分だけでも生き残る準備をしてたんだよ」
ルミは勝手知ったる様子で、室内の機器を操作し始めた。それから左目に触れ、透明なコンタクトレンズを外す。
裸眼の左目は、ニルと同じ“青い”輝きを放っていた。
「今から皆に見せるのは、この時代よりも未来の映像。私が見たものに限定されるけど、私の言ったことを証明するには充分だから」
コンタクトレンズを別の装置に装填すると、モニターに映像が流れだした。
映像左上に記された日付には、2028年3月1日とあった。
『これは通信と記録のデバイスでもあり、メフィラス星人の特徴やエネルギーを感知させない機能があります。今後は装着させたままに』
赤子の鳴き声と共に映し出される、ニルの顔。
白衣にマスク姿の彼から視点が映る。
『良かった……無事、生まれて、くれたんだ……』
次に映ったのは、真っ赤で汗だくの頬、涙でいっぱいの瞳――愛美の顔だった。
『私と、ニルの子ども……生まれきてくれて、ありがとう、ルミ』
モニターの前に立つルミは、視線だけを傍らの愛美に向けた。
映像を食い入るように見つめるその姿から、ルミは反射的に目を逸らしていた。
その直後、再び視点が移動する。ルミは生まれたばかりではあるが、ニル由来のメフィラス星人の体質のため、既に視覚は完成されていた。
その目に映ったのは、ガラス越しに集まっている人々だった。
「ちょ、ちょっと止めてくださいませっ!」
逢夜乃に応え、ルミはすぐに映像を止めた。
「星野さん、というのは偽名ですのよね?」
「そう。本名は早馴ルミ」
「じゃあ、ルミさんとお呼びします。ここに映っているわたくしたちは、6年後のわたくしたちってことですね?」
「うん。スーツ姿の女性が逢夜乃さん――って、みんな面影あるから説明いらないか」
ルミの説明では、逢夜乃は大学卒業後にGUYSに入局し宇宙外交官となっていた。樫尾は警察官、唯は出版社勤務、早坂は雪宮と共に武の道に進み、草津に至っては――
「ふははは! 宇宙飛行士とはな! 俺のスケールはやはり地球には留まらないか!」
「その後は冒険家になって、3年間行方不明になるけど帰ってくるよ」
「大人になってもお騒がせな人ですわね……」
実は草津と逢夜乃は大学時代から付き合ったり別れたりを数度繰り返しているが、ルミはその点は割愛した。
「しかしよォ……愛美はともかく、レオルトンの奴が父親になるなんて、感慨深いじゃ――」
樫尾はそこまで言って、ルミの態度に気圧されて口をつぐんだ。
誰の目にも、ルミがニルを嫌悪していることは明らかだったのである。
「先に進める。次の映像は私が沙流学園に入学してすぐだから……2044年」
「私、綺麗なマダムになってますかね……あははは……」
唯がこの場を和ませるようにそう言ってから、モニターの映像が切り替わった。
『ちょっとルミちゃんっ!! 今日もサボりなんて、私寂しいよぉ~!』
『おい! ひっつくなよ暑苦しい!』
一般住宅の個室らしき場所。一瞬鏡に映ったルミは、今この場に居るルミと殆ど変わらなかった。そして彼女と話しているのは――
「え、わたし!?」
唯がモニターと自分を交互に指差している。
「わ、わたし、全然大人になってないじゃないですか……!」
「この子は唯さんの子ども。名前は
「きゃぁ! こんな可愛い娘ができるなんて、感激ですっ!」
「待て待て……唯ちゃんの相手は誰なんだ!? まさか俺か!? 俺であってほしい!」
「ちょっと草津センパイ……それなんか照れますよ……」
「違う。この時代には知り合ってない別の男。会社の同僚だった気がする」
「ガッデム!」
草津の落胆を誰も構うことなく、映像が再開された。
『ルミちゃん、そろそろ学園に来ようよ。みんな会いたがってるよ』
『知らねぇよ。今更勉強なんかして、どうしろって言うんだ』
ルミの机が映りこむ。大学入試過去問集は机の端に追いやられ、代わりに分厚い学術書や論文が積み上がっている。その中には最高レベルの物理学や、人類史上未解決の“ミレニアム懸賞問題”についての論文があった。
『私は人間じゃないんだ……仲良くなれるわけがないだろ』
『何言ってんの! 半分は人間でしょ! それに私はルミちゃんの友達だよ』
『お前は特別って言うか……とにかく、学園なんて退屈なんだって』
ルミは机の本や紙束を乱暴に押しのけ、小さな円形の機械を置いた。プロジェクターのように投射された映像が現れ、彼女はアクションゲームを始めている。
『またゲーム?』
『勉強もスポーツも、私は誰とも張り合えない。でもこっちなら条件は他の人と同じだから、ちゃんと楽しめるわけ』
『どうせなら身体動かしなよ~。今ってスポーツの季節じゃん? ね?』
『このクソ暑い夏にやってられるか。てかそれ、秋に言うことじゃん』
『真面目に返すなよ~』
『それに、私がマジになったら……人殺しかねないでしょ』
恵泉の朗らかな表情に、一瞬の影が下りていた。
『それに……未来さんが居なくなってなければ、いくらでも運動したっての』
そこで突然、樫尾がルミの肩を掴んだ。
ルミは驚き一つなく、映像を停止させる。
「未来が居なくなったって、どういうことだ?」
「……この映像よりも、更に前の話になる」
そこからはルミが未来の出来事を、樫尾や愛美たちに語り始める。
その驚くべき話には、誰も口を挟むことができなかった。
――その3に続く