無人の体育館。
数時間前までは前方のステージはクラス演劇の舞台が設置されていた。素人ながらも時間をかけて作り上げた大道具や、いくつもの小道具が想像の世界を形成していた。それを観覧するためにいくつものパイプ椅子が並び、多くの客が学園生の活躍を目にするために集まるはずだった。
それらは全て、暴徒化した人々に打ち壊されていた。今となってはどんな劇が演じられるはずだったかも分からない舞台の中心で、チックは私を待ち構えていた。
「私が逃げるのを諦めたって、思ってますぅ?」
「この騒動の目的を話してください」
「そんなこと、私には分かりませんよー」
「では、もう一人に聞いてみましょう」
後方からのビーム攻撃を手で弾き、前後の敵が視野に収まる場所まで移動した。
人間態がチックによく似た容姿の女宇宙人が、大きな舌打ちをしながら体育館に乗り込んできた。態度から漏れ出る気性の荒さや、肩に担いだ大剣を見るに、チックとは性格も戦闘スタイルも正反対と言えなくもない。
「チック。私と合流するまでは動くなって言っただろうが」
「シュラお姉さまなら、ちゃんと私のピンチに駆けつけてくれるでしょ?」
「ちっ。まぁいい。結局はこうして2対1になってるしな」
チックの援護光線を背に、シュラが大剣を振るった。
「さっさとお陀仏しやがれ!!」
シュラの放つ一閃は確かに強力な斬撃だった。しかし狙いは分かりやすい。一方正面のチックの攻撃は決して一発一発のダメージは大きくないだろうが、姉の連撃の合間に着実な狙いを定めてくる。息の合った連携と言わざるを得ない。
「チック! あたしに合わせろ!」
シュラが大剣を後ろに引いて肉迫する。
チックの光線が私の退路を断とうとするが、避けられないことはない。私は立ち止ってシュラの斬撃を避けるべく、身体を後方に反らした。
「馬鹿がっ!」
シュラが息巻く。
私は彼女らの意図に気づいたが、一歩遅かった。
シュラの狙いは私ではない。チックの放っていた光線だった。大剣の刃は光線の弾くことで軌道を変え、私の胸部に直撃させたのだ。
「わぁい。シュラ姉さまとの共同作業っ」
「気ィ抜くな。ここで決める」
膝をついた私に、何発ものチックの光線が襲いかかってくる。シュラは大剣を構え私に近づいてくる。
私は小型のバリア発生装置を起動するが、チックの連撃をただ受けることしか出来ていない。そしてあの大剣の一撃は、この程度のバリアでは防げそうにない。
「やはり戦闘は……苦手です」
『だったら少しは鍛えなさいよね』
突然のテレパシー。
そして衝撃音と共に体育館の出入り口ドアが破壊される。
「レオルトン!」
風のように現れたのは、零洸未来だった。
「ちっ! 今ソルの相手をするのは――」
シュラの声が途絶える。
彼女の身体は私のすぐ傍を通って、チックの立つステージの下まで吹き飛ばされていた。
「ちょ、ま、えっ!? 姉さまっ!」
さすがの私も、この好機を逃すほど鈍間ではない。
姉の撃破に動揺したチックを狙い、私は光線を連射する。無防備だった彼女は全弾をその身で受け、音もなく倒れた。
立ち上がった私はすぐにシュラたちに接近した。
チックは迫る零洸に恐れたのか、倒れながらも必死にステージ後方に逃れようとする。シュラに至っては死んだように動かない。零洸の蹴り一撃で気絶したようだ。
「待て、レオルトン」
「彼女たちが今回の首謀者です。急ぎ尋問しなければ――」
「キミは家庭科室に向かったんじゃないのか?」
急くような彼女の様子に、私はある疑念を持った。
そもそも零洸には愛美たちを脱出ルートまで護衛することを託していた。そうなると、今この場所に彼女が居ることに説明がつかない
「今、家庭科室に居るのは……誰なんだ?」
零洸の問いに答える前に、私は家庭科室に意識を集中させた。
「キミに似たエネルギーを発する者が、家庭科室に入っていた。私はキミが代わりに向かったものと――」
私と似ている――
それが何者か、私はすぐに見当がついた。
「零洸さん。貴女は急ぎ愛美さんたちを追って――」
「お姉さまを……よくもぉぉぉぉ!!!」
突如でたらめに乱射される光線。
私たちが一瞬目を離した隙に、チックがシュラの元に駆け寄っていたのだ。
「や、めろ……チック」
「お姉さまを傷つけるなんて、許せません」
チックの手にあったのは、カードとデバイスだった。
彼女はデバイスを左手に装着させる。そして束になってデバイスに装填されているカードから一気に2枚を引き抜いた。
「誰も私たちの言うことを聞く気がないようなので……思い知らせてやりましょうかねぇ。@ソウル、スタンバイ!」
デバイスの左右から羽のような部品が展開され、ぐるりと回転する。2枚の羽が一つのプレートとなって腕の外側に位置した。それは丁度、5枚のカードが並べられるようにスペースが配されていた。
「チック! それは使うんじゃねぇっ!!」
「我が札に眠りし怪獣よ。その怨嗟を撒き散らし、この世を破壊と恐怖に染め上げろ」
チックの手から叩きつけられるようにカードがデバイスにセットされ、機械音声が鳴り響く。
『ゴルザ メルバ――ブートアップ――Dark Fusion Summon』
「現れろ……ゴルバーっ!!」
その瞬間、チックの身体が赤く発光する。その深紅の光が体育館を満たした時、凄まじい破壊音と共に体育館の屋根が破られた。
私と零洸は咄嗟に後方に飛び退く。崩れ落ちる屋根の瓦礫を踏み潰す、巨大な黄金のかぎ爪が眼前に迫る。
見上げるほどの巨大怪獣が突如現れた。デバイスが2種類の怪獣の名前を発していたようだが、2つの怪獣の異なる特徴が一つの巨体に融合している。そして体内からあふれ出る強烈なマイナスエネルギーは、一筋縄ではいかない怪獣であることを物語っていた。
「レオルトン! キミが愛美たちの方に向かえ。私は、この怪獣を倒す」
「お願いします」
私はゴルバーの咆哮を背に、体育館から校舎に走り抜けていった。
怪獣の発するマイナスエネルギーがあまりに強いため、私の感知能力では愛美たちの気配を追えない。こうなれば最後に所在の確認できた家庭科室に向かうしかない。
「愛美さ――」
家庭科室には、彼女は居なかった。中に入って見まわすも、草津や杏城、長瀬たちの姿もどこにも無かった。
しかしただ一人、私に「こんにちは」と語りかけた者が居たのだった。
「……何故貴女が、ここに?」
「あなたを待っていたんですよ」
優雅に椅子から立ち上がったのは、佐滝
この異常事態のただ中で、彼女は普段を変わらず落ち着き払っている。
いやむしろ、まるで楽しげな笑みを浮かべて私を迎え入れていた。
「でも彼女は――愛美ちゃんは、あなたを信じて、待ってくれなかったみたいですね」
足音を立てずに、私の前に立つ佐滝。
その両手が、私の両肩に触れた。
「可哀そうなニル先輩」
私を支えにして、彼女が背伸びする。
そして、彼女はその唇を、私の唇に重ねていた。
「っ!」
突然、私の足から力が抜けていた。
佐滝がそっと私を押す。後ろに置いてあった椅子に座らされた私に覆いかぶさるようにする彼女。
再びの口づけ。
抵抗する力を奪われた私は、彼女にされるがままとなっていた。佐滝の甘い匂いに包まれながら、柔らかい舌の感触が私の口内を撫でまわしている。歯を一本一本丹念に舐めるような動作と共に、彼女の温かな唾液が私に流れ込んでくる。
「ぷはっ……すごく大人なキス、しちゃいましたね」
「……」
言葉を発することすら叶わなかった。
全身の自由がいつの間にか奪われた私は、ただ黙って佐滝の艶のある瞳にとらわれていた。
「私……ニル先輩のことが、欲しくて欲しくて、たまらなかったんです」
「……」
「だって、あなたは私と一緒に居るべきなんです。私こそ、あなたという存在に相応しい相手だから」
「あ、貴女は、何者、ですか」
「……そう、だよね。私ばっかりがあなたの正体を知っていたら、フェアじゃないものね」
突然変わる口調。
年相応以上の品の良さを備えた佐滝の雰囲気は一変していた。幼さと同居しているのは上品さなどではない。言葉の端々から滲み出るような妖しさと邪悪さだった。
「もうウルトラマンゼロから聞いたでしょ? 私のこと」
「ま、さか――」
「私の本当の名前はリンネ。これから私たちは、この宇宙を素晴らしい場所に変えるんだよ」
第7話「未だ来たらざる世界より」
超合体怪獣 ゴルバー
はぐれ宇宙人 シュラ
チック
多次元意識共有体 リンネ
登場
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「バカ野郎が!!」
血と砂塵に汚れたシュラは、目の前で屹立する巨大怪獣に向かって大声で悪態をついていた。
チックが@ソウルを使って変身した超合体怪獣“ゴルバー”。その双眸は校舎に向かって走り去ったニル=レオルトンを追っていた。
ゴルバーは即座に、その角――元は超古代怪獣ゴルザの角から光線を放った。紫色の閃光が校舎に突き刺さろうとしたが、そこに立ちふさがったのはソルだった。彼女は既に変身、巨大化しゴルバーに真っ向から挑んだのだった。
『気を付けなさい、未来ちゃん。こいつは相当ヤバいわ。私たちの知らない怪獣の特性を持っているから、攻撃の予想ができない』
百夜の助言を聞き入れたソルは、迂闊に攻撃は仕掛けない。
一方のゴルバーは容赦なく攻撃を開始した。ゆっくり接近しながら角の光線を放ち、ソルの反撃を許さない。
ソルは高速移動の技“ミラージュライティ”によって光線を避けながら、接近戦を試みる。そしてゴルバーに生じたわずかな隙をついて、ソルは右腕のブレードで腹部を狙う。
『さぁ、どうにもこうにも、やっちゃってください! 宇宙戦闘獣!』
『超コッヴ ―― Fusion Summon ―― トライキング』
腹部に別の怪獣の頭部が融合し、無数の光弾をそこから放った。ソルは右腕と右足と被弾しながらも、素早く距離を取った。
『これだけの邪悪な力……自惚れちゃいますぅ』
チックの声を聞きながら、ソルは右半身を庇いながら百夜と共に思案する。
『状況に合わせて次々と融合ってこと? 面倒な敵よね』
『その力を操っているのは、理性ある宇宙人だ。まだ奥の手を隠しているだろう』
ソルが上空に飛び立つと、トライキングも巨大な翼を広げて追随する。
だがソルは急転直下、追ってくるトライキングに向けて両腕をL字型に組み合わせた。
『ラス・オブ・スペシュウムッ!』
百夜と融合によって大幅に強化されたラス・オブ・スペシュウムの最大出力は、もはや地上で扱うにはあまりに危険であった。しかしチックとトライキングに更なる融合進化をさせないためには、出し惜しみは出来ない。地上から遠く離れたこの場所こそ、ソルにとって決着の場所だったのだ。
しかし、トライキング――チックはほくそ笑んでいた。
『必殺技を出しましたねぇ。その夢奪わせていただきますぅ』
『ガンQ レイキュバス ―― 超 合 体 ―― ファイブキング』
トライキングの両腕に、新たな怪獣の頭部が融合していた。その名を“ファイブキング”と改めた凶獣は、左手の奇怪な目玉――ガンQの目玉を盾のように構えていた。
『やはり融合したな』
『右腕の鋏はともかく、左腕の一つ目は超不気味』
『押し切る!』
攻撃の手を緩めないソル。
しかしファイブキングは、その光線を防ぎきっていた。それどころか左腕の眼球は、ラス・オブ・スペシュウムの閃光を吸収してしまった。さすがのファイブキングも光線の威力に後退したが、放たれたエネルギーを完全に吸収することに成功していた。
そしてその高密度のエネルギーが再び、目玉の中心で光を放つ。
放出されたのは、吸収されたエネルギーの約半分。しかし、咄嗟にブレードを盾にしたソルは直撃を免れた。しかしブレードは粉砕され、ソルの肢体は巨大な爆発に巻き込まれた。
ソルは真っ逆さまに落下、凄まじい振動が地上を揺らしていた。
『光線技は封じられたし、接近しようものなら吸収されたラス・オブ・スペシュウムで迎撃される。ついでにエネルギーは大量消費。これは万事休すってやつ?』
『だが……負けるわけにはいかない!』
ソルの両腕の鉱石が激しく発光した。
『ソル ノクティス!』
先の戦いでEXレッドキングを圧倒した新スタイル――甲冑に身を包んだソル ノクティスに変身する。
『その姿、メフィラスの一件でチェックさせてもらいましたよぅ』
醜悪で凶暴な巨獣から、チックの声が響く。
だがその声は、普段の軽やかで飄々とした響きを失っていた。
『だからさっさと死んでくださいってばぁぁ!!!』
ファイブキングが吼える。角から稲妻が発生し、ソル ノクティスを襲った。
彼女は威力を抑えた光線で防ぎきるが、やはり攻勢には出られない。現状では、攻守ともに隙の無いファイブキングに致命傷を与えられないと分かっているからだった。
『百夜。奴を倒すには必要なはずだ……更に強力な“武器”が!』
『なによ、気づいてたの?』
『出し惜しみしている場合ではない!』
『はいはい。でも気を付けてよね。この武器は、言ってみれば私たちの“闇”の部分よ。力に飲まれれば――』
『飲まれないとも。私の力は……すべてを護る力だ』
彼女が両腕を広げた。
その瞬間、上空に厚い雲が渦巻いた。渦巻の中心は稲妻が走り、空には似ても似つかない空間が口を開いた。
その向こうに見えるのは、どこまでも深い漆黒の闇だけだった
『闇より出でよ。森羅を斬り裂き、万象を打ち砕く――新しき力よ!』
雷が落ちたかのように、闇の中から何かがソルの両腕に向けて放たれた。
――その2 へ続く