留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第6話「開幕」(中編)

「ふはははははっ!!! 現在オペレーションに問題なし! ランチタイムは盛況! 厨房は地獄を乗り切ったぞぉ!!」

 

 疲労でトリップ状態かと見まがうほどの草津が、家庭科室から教室に戻って来た。ちょうど昼時の大混雑が落ち着きを見せ、長瀬唯とリュール少年が座るテーブルに居た時だった。

 

「草津センパイお疲れさまでーす! 評判すごいですね!」

「草津にーちゃんのご飯、すっごく美味しかったよ!」

「光栄の極みだな。お2人はどのメニューを楽しんでくれたのかな?」

「私はシェフ“K”特製カルボナーラです! ウルトラベリーデリシャス!」

「ぼくはカレーとケーキ! ケーキ焼いたのはあやねーちゃんたちなんでしょ?」

「ふはは! 2人ともよく分かっているじゃないか」

「でもでも草津センパイ! さっき実行委員の人に聞きましたけど、お客さんの数はうちのクラスのお化け屋敷と同じくらいらしいですよ……参ったか!」

「なんだと!? 唯一のライバルとは思っていたが……想定以上だな」

「ぼくと唯ねーちゃんがいっぱいお客さん集めたんだよね!」

「いえすっ! 私の魅力と、リュールくんの可愛さが爆発中です!」

「リュール少年の活躍は侮れんな……これは『シェフ“K”魅惑のライブクッキングを1日前倒しでやる必要があるかもれんな……』

 

 そんな企画まで用意していたのか。私がいかに準備に関わっていなかったかを思い知らされるものだ。

 

「ところで草津。厨房の皆さんは大丈夫そうですか? だいぶお疲れでは?」

「客を集めすぎるお前への恨みつらみを預かってきている」

「それは申し訳ない」

「冗談だ。想定の150%の客入りは、お前の功績だぞ」

「ただ廊下に立っていただけですがね」

「ニルセンパイの評判もすごいですよ! ここ、イケメン喫茶ってみんなが呼んでましたし」

「それはどうも」

「じゃ、私もそろそろ行きますね! うちのお化け屋敷も大盛況ですから、ニルセンパイも愛美センパイと一緒にぜひ!」

「またねー! あやねーちゃんたちにもありがとうって伝えてね」

 

 長瀬が生徒用の文化祭チケットで支払いを済ませ、リュール少年と草津と一緒に教室を出ていった。

 幸か不幸か、客足はまだ途切れそうにはない。しかし間もなく愛美との約束の時間だ。そろそろ休憩明けの早坂に客寄せパンダを変わってもらわねば。

 

「お待たせ、ニルくん」

「早坂君。では後を頼みます」

「あのさ……」

「どうしました?」

「えと……雪宮先輩、来てなかったよね?」

 

 そういえば雪宮が先週、大事な用事があると言っていたな。

 

「早坂君、彼女を誘ったのですね」

「そ、そうなんだよ! 先輩が大学行ってから、あまり会えてなくて……」

「早坂君の居る時を狙ってきてくれるはずですよ、彼女なら」

 

 やる気をみなぎらせている早坂に後を託し、私は家庭科室へと向かった。階段を挟んですぐ隣のそこは、厨房係のメンバーたちが疲労困憊の様子であった。その中でも樫尾だけは白い粉にまみれながらも、私を出迎えてくれた。

 

「よォ、教室の首尾はどうだ? 変な客に絡まれなかったか?」

「一度だけ浮ついた男子生徒3人組が来ましたが、たまたま居合わせた零洸さんが追い払っていましたよ」

「俺がピザ生地を一生分こねてる間に……不埒な奴らだ。おい愛美―! レオルトンが来てるぜ」

 

 窓際の椅子で首を何度もこくりとさせていた愛美が、眠り(まなこ)でこちらに気づいた。

 

「も、もうお菓子は死ぬまで作らない……」

「愛美さん。休憩ですよ」

「そうだ!」

 

 愛美は唾液が垂れかけていた口元を拭い、駆け足気味でやって来た。

 

「お疲れですね。少し休んでからにしますか?」

「ううん、大丈夫」

「では、行きましょうか」

「うん」

 

 クラスメートたちの茶化しを受けながら、私たちは並んで廊下を歩いた。

 そのうちに私たちは、どちらからともなく手を繋いでいた。今まで校内では決して、自分たちが恋愛関係にあることを示すような行為にいたることは無かった。

 2人とも祭りの雰囲気に飲まれている、ということだろうか。

 

「……ごめん、手汗」

「気になりません」

「なんか、緊張しちゃって」

「何故?」

「分かんない」

 

 こうして手を握り、ただ歩みを進める――人間を遥かに超える寿命で、異なる時間感覚をもつ私でさえ、この行為が随分久しぶりのように思う。

 

「静かな場所に行きましょう」

「うん。話したいこと、あるの」

「ならば少し学外にでも――」

『えーテステス。沙流学園文化祭にお越しの皆さぁん。私の声、聞こえますぅ?』

 

 その時、妙な校内放送が大音量で流れ始めた。

 聞いたことのない声……校内放送は実行委員会と放送部しか流せないはずだが、そこに在籍する人間ではない。

 

『私の名前のチック。人間の皆さんがとーっても怖がる“宇宙人”でぇす』

 

 私は愛美を抱き寄せ、廊下の窓際に近づく。そこから見える位置にある校庭の大スクリーンに声の主の姿が映写されていた。文化祭実行委員の法被を羽織った〇色の髪の女……人間に擬態した宇宙人であろう。

 

『お空をご覧ください。今浮遊しているのは、とても固いバリアを発生させる装置なんですね』

 

 平型の円盤から虫の足のような突起が10本近く生えており、そこから半透明の幕が形成されていく。瞬く間に学園全体が覆われていく。

 

『今からこの学園は、外部から遮断された一つのフィールドとなりました。無理やりこじ開けようとしても無駄ですよぉ……もしも誰かが攻撃したら、ほらっ』

 

 円盤から強力な光線が照射される。着弾地点は校庭外れの用具倉庫。用具倉庫は爆発の炎すら上がらず一瞬で消滅していた。

 

『ご安心を。今あそこには誰もいませんからね。さて話は戻りますけど……今からこの悪夢のフィールドから脱出する権利を巡って……皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらいまぁす』

 

 まったく緊張感のない間延びした声。だが学園中の人々に戦慄が走ったことは明白だった。

 

『あぁごめんなさいごめんなさい! 殺し合いは言い過ぎました! 殺し合いじゃなくって、このカードの奪い合いをしてもらうんでした!』

 

 チックと名乗る宇宙人が、その手で3枚のカードを見せびらかす。あれは私が愛美と暴漢、そして星野ルミから回収したカードと同型であった。

 だが記されている怪獣と宇宙人は、私が知らない種族であった。この宇宙に存在する宇宙人や怪獣は殆ど知識として把握しているはすだが……。

 

「……他次元の種族、か」

 

 他次元からの侵入者とその攻撃――宇宙人メフィラスが警告し、ウルトラマンゼロがその名を口にした敵がチックの背後に潜んでいるのだろうか。

 

『私が合図をしたら、バリアに囲まれたフィールド内、つまりこの学園の色々な所にカードがばらまかれます。これを3枚集めますと――』

 

 その時、大スクリーンの前で悲鳴が上がった。

 突如群衆が引いたその場に居たのは、他校の制服姿の男子。彼は同じ制服姿の生徒に馬乗りになって何度も殴打した末、その手からカードを奪い取っていた。そして3枚のカードを高く掲げ、叫び散らしている。

 

『おめでとう! 3枚集めたそこの君、晴れて脱出でぇす。みなさぁんはくしゅ~』

 

 すると上空の円盤から青いサーチライト上の光が降り注ぎ、男子生徒の姿は消えていた。再び彼が姿を現したのは、校門の前――フィールドの外側であった。

 

『それでは30秒後に始めますねぇ。ちなみにぃ……開始から10時間経ったら、この学園は……怪獣の攻撃で跡形もなく、吹き飛んじゃいまぁす』

 

 快晴だった青空が、厚い雲に覆われる。

 そして強烈な雷鳴と地響きと共に姿を現した巨獣の影――

 

『最強の怪獣が学園を吹き飛ばす前に、さぁ皆さん、元気よぉくカードを探して戦って、奪い合いましょーう。それじゃ、スタート!』

 

 大スクリーンの前面が白い煙に包まれていく。

 そして煙の中から飛び出し、空中にばらまかれる無数のカード。

 堰を切ったように動き出す群衆。

 校内を埋め尽くす阿鼻叫喚。

 

「愛美さん。家庭科室に戻ります」

「え、え……うん!」

 

 愛美が意外にも冷静なことに安堵しながら、私は目的地までの行く手を塞ぐ人々に手をかざした。

 

「少し、眠ってもらいましょう」

 

 軽い衝撃波と念動力により、彼らの意識を昏倒させる。

 容易に通れるようになった廊下を駆け抜け、私たちは家庭科室に飛び込んだ。

 室内には数人の生徒たちが残っているが、彼らはわき目も振らず室内の捜索を始めている。しかし私と愛美が出ていった時にはここに居たはずの草津や杏城、樫尾、そして零洸たちの姿は既に無かった。

 

『レオルトン、聞こえるか?』

「零洸さん。通信機器は使い物になりませんが、テレパシーは使えるようですね。」

「だがこのバリアのせいか、外部にはテレパシーが届かない」

「なるほど――少々お待ちを」

『ニルにーちゃん、聞こえる!?』

 

 校内のリュール少年だ。つい先日テレパシーの使い方を教えていたのだが、もう使いこなしているようだ。もちろん零洸にもその声は届いているはずだ。

 

「リュール君。今一人ですか? 場所は?」

『ううん、唯ねーちゃんも一緒! ここは……体育館』

『リュール。キミのドラゴンは召喚可能か?』

『ごめん未来ねーちゃん……このバリアのせいで、声が届かないんだ』

『だとすれば、2人だけでは危険だ』

 

 零洸の言う通り。あのチックという宇宙人の狙いはまだ不明だが、我々のような宇宙人が標的の可能性は充分考えられる。しかしドラゴンが呼び出せなければ、彼の身体能力は普通の人間とほとんど変わらない。まずはリュールを保護せねばならない。

 

『いいかリュール。私が迎えに行く。キミは隠れるんだ。絶対にカードには近寄るな』

『分かった! その間、唯ねーちゃんは僕が護るよ!』

『さすがだ。すぐに向かう』

 

 残るは杏城たちだが、私と零洸の念動力なら大体の位置は把握できる。探し出すのは造作もない。

 

「愛美さん。今から私は杏城さんや草津たちを探しに行きます。その間、あなたは何があってもこの教室を出ないでください」

「私も一緒に――」

「絶対に駄目です。あの宇宙人は、この騒ぎを利用して私や零洸さんを狙っている可能性が高いのです。しかし安心してください。この家庭科室は私のアイテムで守りを固めます。あなたに危害を加えようとする者を自動で攻撃する機能がありますから」

「でも――」

「お願いします」

 

 愛美を連れていけば、足手まといになることは必定なのだ。

 そして彼女は、そんな私の考えを必死に飲み込もうとしているのか、奥歯を噛みしめるように顔を歪ませる。

 

「そしてこれを持っていてください。このスマートフォンと、私のテレパシーは相互交信が可能です。何かあれば連絡を」

 

 その後執事服のポケットに忍ばせた数個のカプセルを床に撒く。するとカプセルは更に微小なパーツに分離し、室内の各所に飛び去った。愛美を守る防御システムである。

 

「私に出来ること……無いの? 逢夜乃や唯ちゃんが危険だって時に、私だけ――」

「私は必ず、他の皆さんを連れて戻ってきます。大丈夫です、その後の脱出の算段は既に出来ていますから」

「……」

 

 誰かを信じるという行為は難しい。

 私は、佐滝との確執について何も相談しようとしない愛美を前にして、本当に自分たちは分かり合えているのか疑った。

 愛美は、侵略者への対策に追われながら事情を一切話さない私を疑っていただろう。

 私たちは互いに、その信頼関係の揺らぎを感じ取っていたのだ。

 だが今だけは――

 

「私を信じて、待っていてください」

 

 私は家庭科室を後にし、校庭に出た。

 もはや学園敷地内は戦場にも似た雰囲気を醸し出している。いずれ怪獣によって死地と化すこの地獄から抜け出そうと、人々はカードを奪い合っている。

 

「っ!」

 

 私は咄嗟に立ち止まり、右側に向かって腕を伸ばす。

 

「な、なんで効かないんだ……!」

 

 30代くらいの男性が、怪獣アーストロンのカードを握り締めている。そのカードが放った火球を、私は右手で弾いていた。

 

「くそ、くそっ!」

 

 彼は何度も、そのカードの力を発動する。

 その彼の後ろには、小さな女の子を抱きしめる女性の姿。

彼らは、おそらく家族なのだ。

 

「……失礼」

 

 私は男に接近し、その額に触れる。私のエネルギーで気絶した男に、母子が駆け寄る。

 

「殺してはいません。間もなく目が覚めますから」

 

 母親の憎悪を向けられながら、振り返る。

 先ほど火球に襲われかけたのは、午前中に私と一緒に写真を撮った女子小学生の3人組だった。その先頭の勝気そうな女子が2枚のカードを持っている。

倒れた父親は、そのカードを狙っていたのだろう。もしかすると、小さな娘だけは脱出させたい――そう願ったのかもしれない。

 

「貴女たちもすぐに隠れて――」

「私のだっ!!」

 

 一番後ろ、大人しそうな小柄の女子が仲間のカードを奪い、地面に落ちたカードを拾い上げる。転んで膝と頬を擦りむきながら、彼女は狂ったように笑い出した。

 

「やった、やったぁ!! これで、死なない!!!」

 

 上空から照射される光に飲まれ、彼女は消えた。

 裏切り者と罵る、残された小学生。

 目の前の出来事に、とうとう泣き出す小さな女の子。

 

「……」

 

 私はあらぬ想像をした――私の友人たちが同じように、我が身可愛さに命の切符を取り合う様を。

 そして、そんなあり得ない想像を私にさせた存在のことを考えるだけで、自然と拳を握り締めてしまう。

 

「見つけましたよぉ」

「……」

 

 先ほどスクリーンに現れた宇宙人。

 チックと言う名のその女に、私はすぐに光線を放った。

 しかしチックは、その気の抜けたような口調に反した素早い身のこなしで、光線をするりとよけていた。

 

「ひぃい、危ないですよぉ。もしかして、怒ってます??」

「下品な輩だと、軽蔑しているところです」

「ふーん、そんなに許せないですかぁ……大切なもののピンチって」

 

 チックは軽やかなステップを踏みながら距離を取っていく。

 

「私を捕まえたら、全部解決するかも、ですよぉ」

 

 私は彼女を追った。

 愛美に預けたスマートフォンには脱出のルートが既に提示されている。零洸なら長瀬とリュールだけではなく、草津たちの安全も確保してくれるだろう。その後脱出ルートへ導いてくれるはずだ。

血の滲んだこの手に明確な“殺意”を込めながら、私は学園を駆けていった。

 

 

――後編に続く

 


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