留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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1日遅れました。すみません。
少し長い回ですが、ぜひお読みください!


第5話「静かな波紋」(後編)

 文化祭実行委員会を終えた私は、愛美と暮らす家に戻るなりノートPCを開いていた。樫尾から得た画像の解析結果を確認するためである。

 

「これは……」

 

 星野ルミが所持していたのは、用途不明のデバイスと、数枚のカードだった。

 そのカードには“黒いウルトラマン”とも言うべき人物の姿が描かれていたのだ。私はこのカードが玩具として市場に出回っているか調べたが、結果は否。

つまりこのカードは地球の人間が作った物ではない。

 そしてもう一つ、私は興味深い調査結果を得ていた。樫尾が語っていた沙流市での傷害事件。その現場周辺の監視カメラを解析した結果、被害者が同様のカードを持つ様子が映りこんでいた。

 

「ただいま」

「お帰りなさい、愛美さん」

「あ、うん」

 

 私は一時、PCを閉じた。

 

「愛美さん」

「なに?」

「少しお話が」

「うん」

「佐滝さんの件です」

 

 鞄から何かを取り出そうとした愛美の手が止まった。

 

「……どういう意味?」

「教室で佐滝さんと話してから、愛美さんの様子がおかしいのではないかと」

「……そんなことないでしょ」

 

 明らかな作り笑い。

 

「ごめん、着替えていい?」

「私では、相談相手になりませんか」

「なにそれ。そんなこと思ってない」

「しかし愛美さんは、杏城さんや零洸さんには相談したのでは?」

「……なんでそんなこと、言うの」

「単なる憶測です。愛美さんは一人で悩みを隠しきれるタイプではありませんし、杏城さんならあなたの異変に気付いて声をかけたでしょう」

「っ! 私だって、誰にも言いたくないことぐらいあるよ!」

「……すみません。立ち入ったことを言いましたね」

 

 私は、彼女に背を向けた。

 

「今から外に出ます。おそらく帰りは夜中ですので、先に寝ていてください」

「ちょっと、ニル!」

 

 呼び止められても、私は振り返らなかった。

 その理由は、自分でも明らかに出来ていない。

 ただ、今面と向かって彼女と話せば、私は論理的に言葉を並べられない予感があった。そのような心理状態では問題解決は望めない。

 その厄介な感情――何と表現すべきなのか見当もつかない心の在り方に、私はいつになく平静を欠いていたのだった。

 

 

 

 

『もらった画像は見たよ。私も見たことが無いものだ』

 

 調査を始めて3件目の傷害事件現場。深夜は極端に人通りの少ない高架下の小さなトンネルだ。そこに零洸からの電話であった。

 

『地球外で作られた物だとすれば、ただの玩具ではないだろうな』

「同意見です。私は何らかの兵器と見ています」

『ところでキミは今外か? もうだいぶ遅い時間だが』

「実は、最近沙流市で起きている傷害事件の現場を回っています」

 

 私は監視カメラ映像でのカードの発見について零洸に説明した。

 彼女によると、この一連の事件はまだGUYSでも注目されていないようだった。

 

「警察の調書を洗いましたが、カードらしき遺留品は確認できていません」

『加害者が持ち去ったのだろうか』

「そう考えると辻褄が合います」

『まさかカードを取り合あって暴力沙汰……とは考えたくないな』

「その可能性は捨てきれません。カード自体に何らかの力や価値があれば」 

 

 いつぞや、メトロン星人が流通させた宇宙ケシの実を思い出す。あのように人間を狂わせる侵略活動は宇宙人の常とう手段の一つなのだ。

 

『それよりキミ、今日は帰った方が良い』

「私が襲われるとでも?」

『愛美のことだ。一緒に居てあげて欲しい』

「……充分一緒に居るつもりです」

『事件の調査は星川隊長に相談してみる。だからキミは――』

「私は、私のやり方でやるだけです。GUYSに頼るつもりはありません」

 

 私は一方的に通話を切り、現場検証を再開した。既にこの現場は調査し尽くしていることを承知しながら、であった。

 結局、愛美の部屋に帰った時には深夜1時を過ぎていた。彼女は既にベッドで寝ているようだった。私は数日分の着替えや衛生用品、それに制服を持って再び外に出た。向かうのは“円盤”である。

 そして愛美にメッセージを送った。数日は帰らない旨を簡潔に記す。それ以外の内容は無い。

 まもなく深夜2時。私のメッセージは送信から間もなく、既読のマークがついていた。

 

 

 

「じゃあ最後は7組の代表の方、お願いします。唯ちゃん、夕花ちゃん、頑張って!」

 

 放課後。時刻は既に18時過ぎ。私と佐滝鈴羽は2年生の企画管理担当として、各クラスのプレゼンテーションを聞く立場にあった。各クラスからのプランを設備や予算の面から評価し、ゴーサインを出すかどうか判断しているのである。

 

「鈴羽ちゃん、レオルトン先輩。お手柔らかに……」

「こら夕花! 始まる前から臆するだなんて、死にに行くようなもんだよ!」

「お、大げさだよぉ……」

 

 北河夕花は長瀬と佐滝のクラスメートで、以前ゴーデス細胞とバルタン星人の事件に巻き込まれた女子生徒だ。たしかアイドルを目指しているそうだが……相変わらず引っ込み思案は変わらないようだ。

 

「鈴羽ちゃんもニルセンパイも、びっくりしすぎてひっくり返らないでくださいよ~。ではでは、うちのクラスの企画は名付けて『22世紀ニューノーマルをゆく! 新感覚お化け屋敷』でぇす!」

 

 しかし対照的な2人の語る企画案は思いの外しっかりしていた。プロジェクションマッピングやVRを駆使した仕様もさることながら、クラス内外かかわらず“監修”という肩書の人物が得意分野で協力しているようだ。早坂の姉にしてコンピューターの専門家である早坂冥奈、カーンデジファーの事件で知り合ったヨシオ、それにまさかのCREW GUYSのメンバーであるサクマダイキ。そして……この名前はたしか、草津たちがファンであったアイドルではなかったか?

 

「私は特に問題ないと思いますが、佐滝さんはどうですか?」

「自分のクラスの企画ですからねぇ。言うことありません! なんちゃって」

 

 取りあえず長瀬と北河には企画の許可を出し、本日の委員会は終了となった。

 

「レオルトン先輩。この後時間あります?」

 

 廊下の途中、少し先を歩いていた佐滝が振り返った。

 

「いえ、帰るだけですが」

「だったら夜ご飯、一緒に行きませんか?」

 

 普通なら断るところだが、彼女には聞きたいことがある。

 

「喜んで」

「やったぁ。じゃあどこがいいかな――」

 

 角を曲がったところで、私も佐滝もすぐに気づいた。廊下の先で待ち受けていたその人物に。

 

「レイ!」

「……早馴先輩」

 

 愛美はこちらの姿を認めるなり、早足で近づいてきた。私の方にはほとんど目もくれないといった感じであった。

 

「レイ。話があるの」

「……その呼び方。つまり思い出したってことですね」

「そう。だから私――」

「すみません。今日はこの後用事があるので、また今度にしてください」

 

 佐滝は恭しく頭を下げると、突然私の制服の袖を握った。

 

「じゃあ行きましょうか、レオルトン先輩」

「ま、待って!」

 

 愛美が佐滝の手を掴むが、佐滝は表情一つ変えようとしなかった。

 

「……言ったじゃないですか。用事があるって」

「でも、どうしても話したくて――」

「少し落ち着いてください。何を言いたいか分かりませんけど……私、これから大切な用事があるんです」

「……ニルと?」

「そうなんです。ね、レオルトン先輩?」

 

 私は両者の視線を受けながら、取りあえず頷くしかなかった。

 

「しかし愛美さんと佐滝さんの事情の方が重要そうですので、また次の機会に――」

「そうだよ。ニルは……今日は帰って」

「早馴先輩。そんな失礼な言い方止めてください」

 

 佐滝は愛美にぶつかるようにしながら私との間に割って入り、不機嫌そうに唇を曲げていた。

 しかしどこか愉しげな声色だったのは、何故だろうか。

 

「さ、行きましょう。()()()()

「待ってください。それより愛美さんとの――」

「もう、いい」

 

 頭上の蛍光灯が切れかかり、点滅した。

 愛美の姿が一瞬見えなくなった間に、彼女は背を向けていた。

 離れ、小さくなっていく背中を。私はただ見送ることしか出来なかった。

 

「……ああいうのを、感情的って言うんですかね。そう思いません?」

「佐滝さんと話したい理由があったのでは?」

「私には、ニル先輩とのご飯を差し置いて話す理由はないです」

「そう、ですか」

「差し出がましいかもしれませんけど、一緒に居て疲れないんですか?」

「そんなことは――」

 

 ふと思い出される。

 最近の愛美とは上手く話せていない。彼女は佐滝とのことで何か一物を抱えている。だがその内容を私には話そうとしない。もちろん何もかもを話し合うのが適切な関係とは思わないが、私はもどかしさに駆られていたのも事実なのだ。

 それを“疲れる”という言葉で表現するべきなのか――

 

「――無いと思います」

「ニル先輩?」

「愛美さんと一緒に居て、不快な気分になったことはありません。たしかに疲れを覚えることはあっても……それは私が人間関係に不慣れなだけです」

「……へぇ」

「佐滝さん」

「はい?」

「大変失礼ながら、今日はお暇させてください」

「……早馴先輩のところに?」

「彼女と佐滝さんに何があったか、ある程度の推測はできました。それがもし正解ならば、貴女方はきちんと時間を作り、話すべきです」

「ふふっ……ニル先輩って、女心とか面倒くさがるタイプだと思ってました」

「その女心とやらをもっと慮れと言ったのは、他ならぬ佐滝さんです」

 

 私は強引に別れを告げて、廊下を走った。後できちんと詫びなければならない。

 だが今は、愛美を一人にすべきではない。理屈を抜きにして、私はそう思った。

 

 

 

 私はわずかな気配を追って、暗い通学路を走っていた。愛美も私と別れた後に走っていったのか、すぐには追いつかなかった。

 私は五感を研ぎ澄ませ、愛美の発する音や匂いを探る。場所は特定できたが、相変わらず彼女は走っている。息遣いが荒い。何故そんなにも身体に鞭打つように走っているのか――

 

「っ!」

 

 彼女を追いかけるような気配を感知する。

 しかもこの感覚は――

 

「こうなれば――」

 

 私は周囲に人が居ないことを確認する前に、全力で跳躍した。数軒の民家を飛び越え、古いアパートの裏道に着地する。

 その瞬間、皮膚を焦がすほどの衝撃波が私を襲った。

 

「ニルっ!!」

 

 間一髪、私は愛美を背中で庇うことができた。この程度では致命傷とはなりえないが、普通の人間が受ければ怪我では済まないかもしれない。

 

「くそ! 邪魔するなっ!」

 

 ニット帽に黒い服の若者の手にあったのは、カードだった。

 そこには『ツルク星人』の名と姿が刻まれている。彼がカードを前にかざすと、そこから衝撃波が放たれたのだった。

 だが種が分かれば対処は容易だ。衝撃波を難なく腕で受けながら接近、若い男の腹に拳を突き出した。男は一発で倒れ、意識を失っているようだった。

 

「愛美さん。怪我はありませんか?」

「に、ニル!? どうして……」

「愛美さんこそ、何故こんな輩に――」

 

 倒れた男の手には、見覚えのある“カード”が握られていた。

 そして、驚愕している愛美の手にも、同じ形式のカードが握られていたのだ。

 

「愛美さん。そのカードを一体どこで?」

「し、知らないよ。いつの間にかポケットに入ってて――」

 

 私はすぐにカードを彼女の手から奪った。

 触れてみて、すぐに分かった。愛美の気配を追っていた時に、わずかに感知したマイナスエネルギーの出所が、このカードであった。そして男が持っていた2枚のカードも同様に、微弱なマイナスエネルギーを発している。

 3枚のカードには『ツルク星人』『カーリー星人』『ケットル星人』の名前とデジタル写真。

 昨今の傷害事件は、やはりこのカードが原因か。

 カードを持つ者同士を争わせる意図があるのか……いずれにしても、カードの実物を手に入れられたのは大きい。

 

「愛美さん。家まで送ります」

「う、うん」

 

 愛美の手を取り、早足で家に向かう。その間に零洸に連絡し、急ぎ愛美の護衛に着くように要請した。

 そもそもどこで、誰にカードを持たされていたのか。愛美を狙ったのは意図的なのか、通り魔的犯行だったのか――そこが不明確な以上、万全を期して愛美を守ってもらわねばならない。

 

「ねぇ、そのカードって一体何なの?」

「私はそれを解明するために“円盤”に行きます」

「……だから、家を空けようとしてたんだ」

 

 愛美が立ち止まり、ぐいと腕が引っ張られる。

 

「どうして何も言ってくれないの!? これ、危ない物なんでしょ? そしたらニルまで危険に――」

「これはあなたの手に負えるような物ではありません。巻き込むわけにはいきません」

「でも心配するじゃん!」

「心配など、無用です」

「……ニル。最近私たち、全然話せてない」

「今はそんなことを話し合っている場合ではありません」

「じゃあいつになったら――」

 

 私は愛美の額に触れた。彼女はその瞬間に、自分が何をされるのか察したのだろうか。戸惑いと怒りの込められた眼差しを一瞬だけ向け、その目を閉じた。

 

「愛美さん。あなただって、口を閉ざしていたんです」

 

 私の微弱なエネルギーで気を失った愛美。彼女の軽い身体を抱きかかえ、私は家に向かった。

 

 

 

 愛美を彼女のベッドに寝かせ、私は間もなく“円盤”に移動した。廃団地の隠し場所は放棄し、今度は沙流市外の工業地域の一画の地下に潜伏している。

 愛美と暴漢から接収したカードを分析にかけると、やはり地球外の物質で製造された物だった。メフィラスが残した情報にあった“他次元からの侵入者”が、ウルトラマンゼロが語った脅威『リンネ』であるならば、このカードはリンネが地球の人間に渡したことになる。

 そうなればリンネと――

 

『半径2km圏内にターゲット侵入』

 

 メインコンピューターの警告音が鳴った。

 そして次の瞬間、超高熱のエネルギーが“円盤”の外装甲に襲いかかった。

 

『ビーム攻撃。対外シールドの30%に損傷確認』

 

 来た。

 招かれざる客――いや今となっては“招くべき客”と言うべきか。

 

『3発目の着弾。シールド損傷率が70%に上昇しました』

「ハッチ開放」

 

 私は“円盤”から外に飛び出した。

 それを狙っていたように飛んでくる光線。私の宇宙船の構造を知り尽くしているな。

 

「その程度――」

 

 私は腕にエネルギーをまとわせ、光線を受け流した。想定以上の威力ではある。

 

「何故ここが分かったのです?」

「……理由なんて話すかよ」

 

 暗闇から現れる人影――その放つエネルギーと同色の金色の髪、見慣れた女子制服にだぶついたパーカーを羽織るその姿は、星野ルミに他ならない。

 

「私が何者で、なんでお前を殺そうとするか、お前に関係あんのかよ?」

「殺される身としては、知っておきたいものですよ」

「ちっ。相変わらずムカつく言い方」

「相変わらず、と。つまり私のことを以前から知っているのですね?」

 

 星野はしまった、という顔つきで口を押えていた。宇宙人を見た目で判断するのは愚かしいが、彼女の仕草や表情はその年相応に見えなくもない。

 

「図星のようですね」

「クソうざい。そういうところが大っ嫌い」

「私はもう少し、貴女と話してみたいで――」

 

 星野の顔が、私の眼前に迫っていた。

 強烈な拳が私の頬を打つ。

 不意の一撃に、私の身体は後方のコンクリート壁に強く打ちつけられていた。

 

「一つだけ言わせろ」

「……」

「先に“私たち”を拒んだのは、お前の方だ……!」

 

 星野の片目が、青い輝きを放っていた。

 私を圧倒し、零洸と渡り合った時と同じだ。私の戦闘力を超える本来の力が解放されている証であろう。

 

「貴女に狙われる理由に心当たりはありません。ですが――」

 

 私は新開発のブレスレットを左腕に装着し、両手を前に構えた。

 

「今の私には、まだ生きる理由があります」

 

 忍び寄る脅威から、愛美を、友人を守るため――私の命は、そのためにある。

 

「知るかよっ!!」

 

 星野が再び距離を詰めてくる。

 

「エネルギー出力モード」

 

 ブレスレッドが発光し、数十発の光線を放つ。一度円状に広がった閃光はあらゆる角度から星野ルミを狙う。

 

「舐めんなっ!!」

 

 瞬時に消える星野。

 しかし自動追尾の光線は、次に星野が着地する場所を確実に予測する。3発の光線が星野の右肩、左膝、背中をかすめる。

 星野はわずかに苦悶の表情を浮かべるが、この程度で戦闘不能に追いやるとは私も想定していない。

 そして第2射の光線群。先と同様に一斉に星野を襲う。

 

「受けてやるよ!!」

 

 星野はエネルギーシールドを形成し、光線を受け切った。

 だがそれも想定済みだ。私はブレスレッドの機能を切り替え、入力モードにセットする。すると“円盤”からビームが射出され、ブレスレットに直撃する。

 そして星野の防御がわずかに崩れた瞬間を、私は見逃さなかった。

 

高圧縮波紋(ハイコンプレッション・ウェーブ)

 

 稲妻を纏った波状光線が放たれ、星野の胸を貫いた。

 

「うっ……あぁ」

 

 パーカーが焼かれ、胸の肌が露わになった星野の態勢が崩れた。

 このブレスレットは、私が以前キングヤプール抹殺時に使用した物の強化版である。私自身のエネルギーだけでなく、地球で生産される電力を“円盤”を介して強制的に集め、それを私自身のエネルギーに変換して貯蔵、放出する機能があるのだ。今の一発は地球全体の1時間分の生産電力に匹敵する。今ごろ全世界が停電に見舞われているだろう。

 

「くそぉ……うあぁ……」

 

 うつ伏せに倒れる星野ルミ。

 私は慎重に近づいていく。致命傷にはなり得ないものの、この光線は相手を麻痺状態にして自由を奪うことが目的だ。

 

「ふざ……けるな」

 

貫通したエネルギーは背中の衣服をも焼いていた。白い素肌に直接のダメージは無いようだが、彼女の全身は小刻みに痙攣していた。

 

「あなたを拘束します」

「くそ……くそっ……!」

 

 必死に私の足を掴もうとするが、黒い土に汚れたその手は、決して届かない。

 それでも彼女は、歯を食いしばりながら何度ももがき続けていた。

 その様は冷淡な宇宙人というよりも、非力ながらも敵に立ち向かう人間のようだった。

 

「……貴女を徹底的に調べ上げます」

 

 私は、愛美から手に入れたカードをポケットから取り出した。

 

「貴女も同じ物を持っていますね?」

「それ……なんで、お前が」

「貴女が、私の大切な人にとって危険と判断すれば……すぐにでも抹殺します」

「……違う」

「ではどんな事情が――」

「私は――」

 

 突如立ち上がった星野。

 噛みしめられた唇から血を流す、苛烈な形相。

 不意を突かれた私の心臓を狙う、彼女の手。

 高密度のエネルギーが込められたその指先――それを防がねば、私は無事では済まない。

 

「――守りたいだけだっ!!」

 

 星野の手が、私の胸に触れかけたその時だった。

 刃のように研ぎ澄まされた彼女の手は、凍てつく氷雪の突風によって氷づけとなっていた。

 

「く、そ――」

 

 そして星野ルミの身体は瞬時のうちに冷凍状態となり、制止した。

 

「……助かりました」

 

 私は小さく息をつくと、星野の背後の方に注意を向けた。

 

「やはり呼んでおいて正解でした」

「最初から一人で戦うなと言った」

 

 季節外れのショートパンツにTシャツを着た女性が暗がりから現れる。冷たい目線で私を見やるのは、冷凍星人の異名を持つ宇宙人グロルーラ――その人間態である雪宮悠氷であった。

 

「お前は弱いから」

「心外ですね」

「弱いから私を呼んだ。違う?」

 

 澄ました顔で言い放つ雪宮。

 しかし彼女の言う通りだった。

 星野をおびき寄せるために零洸を愛美の家に残し、さも単独で“円盤”に滞在していれば、星野は必ず襲撃してくる。その時私一人の戦力では心もとない。だから大学生の雪宮を呼び寄せ、星野の不意を突いてもらう作戦だったのだ。

 

「星野を拘束します」

「私の役目は終わった」

「まだ予断を許しませんから、サポートを」

「レムより人遣いが荒い」

「それこそ心外ですよ」

 

 冷凍状態の星野を“円盤”の拘束具に固定する。雪宮の攻撃は星野の心拍や呼吸を一時的に停止させたため、彼女は仮死状態にあった。

 

「申し訳ないのですが、しばらくここで生活してもらえませんか?」

「……どうして」

「私は学園に通わねばなりませんし、万が一星野が拘束を破った時に、再び貴女に対処してもらいたいのです」

「私だって大学に行かなければならない」

「多少欠席しても問題ないでしょう。それに、彼女は学園生として私に接触してきました。私の友人……それこそ早坂君らに危険が迫る可能性もあります」

「……卑怯者」

「何とでも言ってください」

 

 雪宮を残し、私は周囲の捜索に出た。

 案の定、彼女の鞄が林の中に放置されていた。その中には学園の教材は一つも入っていなかったが、代わりに私が求める物があった。

 腕に装着する形状、カードを装填する仕様、そして『ゾーフィ』の名を冠した黒い光の戦士が描かれたカード。

 これではっきりした。彼女は地球の、いや私の敵に他ならない。

 

 

―――第7話に続く


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