留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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今話は愛美と鈴羽、そして未来の過去が語られます。かつて彼女らが暮らしていたニューヨークを襲った悲劇『ガイアインパクト』の詳しい内容は、ぜひ第1部37話あたりをご覧ください。


第5話「静かな波紋」(中編)

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 ――放課後。

 

「では愛美さん。私は文化祭実行委員会があるため、お先に」

「あ、うん」

 

 ニル=レオルトンは特に別れの言葉を告げず、教室を去っていった。

 残された愛美は、その背中を見えなくなるまで目で追っている。やがて彼の姿が廊下に消えていくと、彼女は深いため息をついて机に突っ伏した。

 疲れた。

 愛美は心の中で呟いていた。一日中、意識のある間は朝からずっとだ。彼女は感情を張りつめらせながら過ごしていた。

 その緊張感が一時的に緩む。頬に触れる机の木の匂い。眠気を誘う香り。しかしまどろむことはなかった。

 

「やっぱり、ですわ」

 

 しばらく経って顔を上げると、教室には愛美と、杏城逢夜乃と零洸未来だけが残っていた。

 

「逢夜乃? なに、やっぱりって」

「愛美さんですわよ。一昨日ぐらいから元気がありませんわ」

「そんなこと、ないよ」

「私たちが気づかないと思ったか?」

 

 逢夜乃の一歩後ろから、零洸が眉間にしわを寄せている。

 

「キミが悩み事を隠すのは、今に始まったことじゃない」

「……あはは」

「鈴羽のことだな?」

 

 愛美は、自分がどんな表情で反応していたか分からなかった。しかし零洸は肯定と受け取ったようで、彼女は前の席に腰を据えた。

 

「やはり……記憶が戻っているんだな?」

「記憶って、もしかしてNY時代のお話ですの?」

「レオルトンの力で断片的に思い出していたが、ついに彼女のことも」

「ちょっとお待ちを! その時の話なら、私が立ち入るべきでは――」

「ううん」

 

 愛美は、その場を離れかけた逢夜乃の手を取った。

 

「……少し、聞いてくれない?」

 

 逢夜乃も近くの席に座ったところで、愛美はぽつぽつと話し始めた。

 胸にしまい込んでいた、失われた記憶のページをめくるように、少しずつ彼女は過去を語りだす。

 

 

 ―――――――――

 ―――――

 ――8年前、NYにて。

 

 

「うわぁぁぁん!! このジャップがボールをぶつけたんだよぉ!!」

 

 同年代よりも一回り、横にも縦にも身体が大きいブロンドの男の子が、その鼻にティッシュペーパーを詰め込んで号泣している。ここはインターナショナルスクールの生徒相談室だった。スクールの生徒であった男の子は応急処置を受けたものの、ショックで泣き止む気配が無い。

 彼から離れた場所に立っていたのが、この学校に通う早馴愛美。その頬は赤く腫れあがっており、いかにも殴られた跡であった。

 そして彼女の後ろで目を何度もこすっているのが、佐滝鈴羽だった。

 

「アミ、どうしてそんなことを?」

 

 彼女の担任が問いただすと、愛美は男の子を指差した。

 

「こいつがレイをいじめたから」

「レイ、アミの言う通り?」

 

 鈴羽はどちらとも言えない、曖昧な返事だった。

 

「ボブ。君はレイに何を言ったの?」

「何も言ってない!」

「嘘だ! レイのママが――」

 

 愛美はそこまで言って、口をつぐんでしまった。

 ちょうどそのタイミングで、ボブの母親が相談室にやって来た。その顔は怒りで紅潮しており、いきなり愛美と鈴羽の前まで進み出る。

 

「よくもうちの可愛いボブを――」

「そこまでにしてもらおう」

 

 母親の振り上げた手を背後から握ったのは、GUYS NYの制服姿の女性だった。

 

「ユキナ=ヤガワです。アミの両親の代わりに来ました」

「ユキナちゃん……」

「アミ、レイハ。大体のことは分かっているつもり。しかし――」

 

 腕を握られた痛みで大騒ぎの母親には目もくれず、ユキナと呼ばれた女性はアミの前に立つ。そしてその手をゆっくりと挙げる。

 アミは、今度こそぶたれると思って目をきつくつむるが――

 

「アミ。君の心は正しい」

 

 ユキナは優しく、アミの小さな頭に手を置いた。

 

「しかしやり方は間違っている。それは分かっているね?」

「……うん」

 

 アミはポケットを探り、くしゃくしゃのポケットティッシュをボブに差し出した。

 

「ボールぶつけてごめん。でもレイに言ったことは許さない」

 

 彼女は無理やりティッシュを押し付けると、鈴羽の手を取って相談室を出ていった。

 

「ごめん」

 

 スクールの敷地を出たところで、鈴羽は泣きながら愛美に何度も詫びていた。

 

「レイは悪くない!」

「でも……代わりに愛美ちゃんが叩かれた」

「全然痛くない!」

「でも……」

「私はレイを守るの! 絶対……絶対……!」

 

 愛美は殴られた痛みを思い出したように、わんわんと泣き出してしまった。今度は鈴羽が愛美の頭をなで、落ち着かせようとしている。

 そんな二人の姿を、ユキナと担任が離れた場所から見守っていた。

 

「今晩にでも、愛美の両親がボブのお宅に謝罪に行くとのことです」

「ミス・ヤガワ。ご両親にはその必要は無いと伝えてください。子供同士の喧嘩ですし、そもそもの原因はボブの悪口ですから」

「だからといって暴力に訴えるのは間違っています」

「そうですね。しかし、アミの気持ちが分かってしまうんですよ。あの事件からもう2年経ちましたが、何も状況は好転しません」

 

 担任は鞄の中から、今日のNYタイムズを取り出してみせた。『宇宙細菌病の後遺症、いまだ患者を苦しめる』という題の記事が一面となっている。

 

「レイのお母さまは、まだお目覚めには?」

「まだです」

「そうですか。たしか、愛美を咄嗟に庇ってのことだったと」

「そうです。2人は家族ぐるみで仲良くしていました。その日は鈴羽の母親が2人と一緒に」

 

 ユキナは、担任からは見えない位置で血が滲むほど拳を握り締めていた。

 

「ソルも、それにGUYSも現場に居ながら、宇宙人がウイルスを放っていたことに気づけませんでした。危険に気づいた鈴羽の母親がいなければ……今ごろ愛美も鈴羽も、生きてはいません」

「アミは多分、お母さまの代わりに鈴羽を守りたいんですね」

「それだけなら、良いのですが……」

 

 ユキナは担任に挨拶し、愛美と鈴羽のもとに駆け寄った。

 ユキナ――その真の名は光の戦士“ソル”である。彼女は初めて地球に降り立った頃にたまたま愛美と知り合い、それ以来“ユキナ=ヤガワ”と名乗っていた。彼女の両親や鈴羽とも親交を深めながら、その陰で怪獣や宇宙人と死闘を繰り広げていた。

 しかし鈴羽の母の一件で、ユキナはより緊密にGUYSと連携する必要性を痛感した。正体を知られるリスクを承知で、彼女はGUYSに入隊した。より多くの人々を救いたいという一心からであった。

 しかし全ての人々を救うことは、やはり出来ないのだ。取りこぼした命を想う度に自分の無力を責め、更なる力を求め続ける彼女。ともすれば邪悪なパワーを欲しようとしかねない危うい彼女だったが、一歩踏みとどまらせてくれるのは、愛美や鈴羽の存在だった。

 

「愛美、鈴羽。うちに帰ろう。ダイさんとミカさんは明日から休暇なんだ。みんなで遊びに行こう」

「ホント!? じゃあ朝からパパと遊べるじゃん!」

 

 目を輝かせる愛美。彼女は涙を拭いながら、教室にバッグを忘れたことに気づく。

軽やかな足取りでスクールに走っていく愛美。

 だが対照的に、鈴羽は少しも表情を明るくしなかった。

 

「鈴羽?」

「パパは、やっぱりお仕事?」

「……そうみたいだね」

「ううん。別に寂しくない。愛美ちゃんや、ユキナさんたちが居るもの」

「……無理しなくていい。寂しい時は寂しくもいい――

「本当だよ! みんなが居るから、平気なの!」

 

 気丈な言葉。

 しかし隠しきれない悲しみ。

 ユキナは思う――本当の感情を偽りの表層で覆ってしまう姿は、小さな女の子には早すぎる。まるで大人だ。

 そして戻ってきた愛美を前にして、努めて明るく振舞う姿に、ユキナは自分の無力さを主知らされていた。

 

 

 

 だが幸せな休日は、結局訪れなかった。

 あの次の日こそ、全世界を震撼させた『ガイアインパクト』が起こった日なのだ。地球が生み出した最強の怪獣――海のコダラー、空のシラリー、そして地のイーリアがアメリカを蹂躙し、ヤプールが放った異次元超人が多くの人々を血祭りにあげた日である。

 その日、愛美の両親は命を落とし、愛美は大切な記憶を失った。

 だが大切なものを失ったのは、佐滝鈴羽も同じだった。NYの病院に入院していた鈴羽の母親はイーリアの攻撃によって、その遺体すら残らなかった。

 愛美は両親の戦友に引き取られ、鈴羽は父親と共に日本に移り住んだ。

そしてユキナは“零洸未来”と名を変え、愛美と鈴羽を守り続けることを決心した。

 

 

 ――ガイアインパクトから1か月後。

 

「お久しぶりです。ユキナさん。いつも連絡ありがとうございました。すごく心配してくれて」

 

 日本、沙流市にある邸宅。未来は“ユキナ”の姿で鈴羽を訪ねていた。

 

「引っ越して1週間ですから、すごく散らかってます。あんまり見ないでくださいね」

 

 小さく舌を出しておどける鈴羽を前に、ユキナは言葉を詰まらせた。

 

「ユキナさん?」

「あ、いや……この1週間はどうしていたんだ?」

「色々です。形だけですけど、お母さんのお墓を作ったりとか、お父さんの代わりに業者さんとやり取りしたりとか」

「疲れているんじゃないか?」

「まぁ、たしかに。でもいつまでもくよくよしてたって仕方ないじゃないですか。ジーっとしてても、どうにもならない!って感じ?」

 

 母を失い、父も多忙で帰らない。9歳の女の子は、その状況でも明るさを忘れず、悲しみから立ち直ろうと――

 

「違う」

 

 ユキナは、そんな小さな女の子の姿に少しも感心できなかった。むしろ切迫した危機感を覚えていた。

 

「鈴羽。キミは休むべきだ」

「私、どこかおかしいです?」

「そんな風に無理をしては、いつか身体を――」

「私、愛美ちゃんに会ったんです。つい、昨日」

 

 ユキナは、贈り物の紙袋を床に落としていた。

 

「ユキナさんが会わない方が良いって言ってた理由、分かったんです」

 

 鈴羽は微笑みを浮かべ、ユキナが落とした紙袋を拾い上げた。

 

「愛美ちゃん、怖いことは全部忘れちゃったんですね。育った街がめちゃくちゃになったことも、ダイさんとミカさんが死んじゃったことも……それに」

「鈴羽、それは――」

「私のことも」

 

 紙袋を差し出した鈴羽は、その顔に張り付いたような笑みをわずかとも崩さない。

 

「分かります。私だって忘れたくなりますよ。大好きなパパとママが死んじゃったことはもちろん……自分が可愛がってた女の子の母親を、自分が死なせただなんて――」

「鈴羽、それは違う! あれは私が――」

「私が? おかしなこと言うんですね……ユキナさんがGUYSの隊員になったのは、その後じゃないですか」

「いや、それは……」

「別にいいんですよ。ユキナさんのことも、もちろん愛美ちゃんのことも恨んだりしません。誰かのせいだなんて思ってないですから」

 

 鈴羽はゆっくりと、玄関に手を向けた。

 

「でも、もう必要ないんです」

「何を、言っているんだ」

「居なくても、私は生きていけるんですよ。愛美ちゃんも、家族も、それに……ユキナさんも」

「レイ――」

「最初から空っぽにしておけば、悲しむことだって無くなるでしょう?」

 

 誰かを大切に想う気持ちが、どれだけ人間を強くするか――しかしこの時のユキナには、それを鈴羽に言い聞かせるための言葉を見つけられなかった。

 

「さようなら」

 

 鈴羽と“ユキナ”はそれを最後に、会うことはなかった。

 それでも零洸未来となった彼女は、鈴羽のことを気にかけ続けた。だが鈴羽の固い拒絶は、会って話そうという未来の決心を妨げていた。

 空っぽ――大切なものを何もかも手放した鈴羽は一方で、凄惨な過去を微塵も感じさせないまま健やかに成長した。佐滝家という格式ある家系にふさわしく、彼女はあらゆる分野で才能を発揮していた。そして多くの人々に好かれ、尊敬され、絵に描いたような充実した毎日を過ごしていた。

 しかしその内面――虚無の心を知る者は、誰一人として居ないのだった。

 

―――

―――――

―――――――

 

 愛美は、鈴羽との再会をきっかけに思い出した過去を打ち明けた。そこに“ユキナ”としての過去を零洸が補った。

 

「……2人とも、ありがとう。話せてすっきりしたし、知りたかったことも聞けたし」

 

 愛美は瞼を閉じて長く息をついた後、不意に立ち上がった。

 その顔色は、2人に打ち明ける前とでは比べ物にならないくらいに晴れやかであった。

 

「私、鈴羽に会いに行く」

「私も一緒に行こう。私も、鈴羽と向き合う必要がある」

「未来さん……でも“ユキナ”さんの話をするということは、おのずとその正体も――」

「良いんだ、逢夜乃。打ち明ける時が来たんだ」

 

 逢夜乃は2人の決意に、深く頷いた。

 しかし一方で、一抹の不安を抱えていたのだった。

 

「ところで愛美さんは、このことはレオルトンさんには話しましたの?」

「……ううん、まだ」

「そう、ですの」

「なんとなく、怖いんだ」

「怖い?」

「……ガイアインパクトの後に鈴羽と会った時、私はあの子に何の言葉もかけられなかったんだ。顔を覚えてすらなかった。あの子と私は友だちだったのに……酷いことしちゃったんだよ」

「だってそれは、記憶が――」

「私、ニルに嫌われると思ったら……怖いの」

「嫌われるだなんて、そんなことありえませんわ!」

「薄情って思われたら、嫌だ」

 

 愛美は何度も首を横に振って、まるで不安を頭から追い出そうとするかのようであった。

 

「だから、鈴羽ときちんと話してから、言うよ。それにニルってば、最近忙しそうだし、それこそ鈴羽と一緒に居ること多いから、変に誤解させたくなって言うか……」

「……愛美さんがそう決めたなら、わたくしは何も言いません」

 

 愛美の気持ちを理解できるからこそ、それ以上逢夜乃は食い下がらなかった。

 しかし彼女は考えてしまう。

 それが何か、すれ違いを生まなければ良いのだが……と。

 

――後編に続く

 


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