留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第5話は3部構成です!
来週はまた水曜日に投稿します。



第5話「静かな波紋」(前編)

 沙流学園の屋上から飛び去った零洸。彼女は一瞬で姿を消す。メフィラス星人としての視力を開放すると、既に遠方の森林地帯上空で敵を見据える零洸が確認できた。

 彼女が相対するのは、二足歩行型の巨大な怪獣であった。紺色の肉体は腹部を除き、頭の先から四肢、尾まで金色の骨に覆われている。背中から生えている翼は大部分がその骨で形成されていた。

 注目すべきはその腹部。まるで鮫の口の中を思わせる禍禍しさだ。無数の鋭い牙が2列になって首から下腹部まで連なっており、その間は赤褐色の口腔粘膜のようだった。

 先のメフィラスが放った怪獣たちとは一線を画する凶悪さと言えよう。いやむしろ、この世界の怪獣とは異質な何かを感じる。額に埋め込まれた深紅の宝玉から放たれているのはマイナスエネルギーに他ならないのだが、これまで感じたことのない悪意に満ちているのだ。

 

『怪獣警報発令。この地域一帯はGUYSによる戦闘エリアとなります。速やかな避難をお願いいたします』

 

 そんな中、危機感を煽る警告音とともにGUYSの緊急放送が鳴り響く。まもなくCREW GUYSの主戦力『メシア』も到着し、彼らのマケット怪獣も放たれるはず。激しい戦闘の舞台が整いつつあった。

 一方で、怪獣と零洸は静かに睨み合うだけであった。

ややあって、零洸がクリティムアを握る。

 しかし怪獣はとうとう、戦闘に臨む様子を見せることは無かった。尾を悠然と揺らしながら180度反転し、その足が地面を踏みしめる前に消滅していた。

 まるで最初から暴れる気など無かったかのか、もしくは何かの実験――迫る危機の予兆とでもいうのだろうか。

 

 

 

 

   第5話「静かな波紋」

 

 

 

 

「はい、それでは一人ずつ自身パートを歌ってもらいます。こちらでランダムに指名していきますからねぇ」

 

 ウルトラマンゼロが現れた3日後、選択科目である音楽の授業中。我々3年生だけでなく2年生も合同の特別授業であった。

 しかし授業などに意識を割いている場合ではない。私には検討事項がいくつも存在した。

 まず星野ルミの正体。私を狙う動機や目的。

 

「草津くん! 音程に狂いなく、テンポやブレスも譜面に相違なし! ですけど……一応合唱の練習ですから、その激しいダンスは入れなくても良いかと」

「これは失敬! ついテンションが上がってしまいました! ふははは!」

 

 彼女の正体については、実は心当たりがあった。このことについては零洸にも話していない。確証を得る必要がある。行動目的は、その正体を知れはおのずと見えてくるだろう。

 

「長瀬さん! そのキュートさが音に表れて、聴衆の心を引き付けそうだわ! ただ歌い方がポップス寄りねぇ……クラシカルな発声を学べば更に良くなります」

「武道館目指してガンバリます!」

 

 次に、宇宙人メフィラスの語った脅威、そしてウルトラマンゼロが警告した“リンネ”という存在について。

 それが同一の対象を指しているのか、もしくは全く関連が無いのか。現時点では材料が少なすぎて検討できそうにない。

 

「次、レオルトン君」

「はい」

 

 歌っている場合などではない。早く済ませて検討に戻らねばならない。

 音楽というのは、私の種族が遥か昔に無用と切り捨ててしまった文化である。だが結局は身体の器官を操って特定の音を出す作業に他ならない。こんなものは軽くこなすだけだ。

 

「……レオルトン君!」

「はい」

「あなた真面目に歌っている?」

「もちろん、そのつもりですが」

 

 何事だ。音楽教師が豆鉄砲を食らったような表情である。

 ついでに言えば、周囲からの注目を感じる。私の歌唱のどこかに問題があったのだろうか。

 

「もう一度、歌ってみましょう。緊張するよりも、楽しんで!」

「はい」

 

 もう一度肺と喉を使って発声。

 ん? 音楽教師の反応が予想外だ。何故そうも眉間にしわを寄せているのだ。

 

「レオルトン君。音程、感情の込め方、発声法にリズム……すべてが落第レベル!」

「……はい?」

「私には……手に負えない」

 

 まさか私の歌唱が、そこまで出来の悪いものだったのか。いや自分ではとても分からない。他の人間たちのようにしているつもりなのだが……。

 

「ニルセンパイって、歌へたっぴですね」

「こらこら唯ちゃん! そんな言い方したらレオルトン先輩が傷ついちゃうよ……」

 

 口を覆いながらも笑いが漏れている長瀬、そんな彼女を注意しながらも憐れむような表情の佐滝。

 私の体温がわずかに上昇し、身体を静止状態に置くのが我慢ならない気分――これが恥辱という感情だろうか。

私は今、人間の心をまた一つ学習したようだ。

 

「つ、次は……佐滝さん」

 

 音楽教師は頭を抱えながらも、教卓を支えに必死に立っていた。

 しかし佐滝が歌い始めた瞬間に、教師の背筋がぴんと伸びていた。

 彼女だけではない。私の歌唱にざわついていていた生徒たちが目を見開き、やがてうっとりしたような顔つきで佐滝の声に聴き入っていた。

 私でも分かる。佐滝鈴羽の声が空気を揺らし、人の耳から脳に届き、強烈な快楽物質を分泌させている。つまり、感動させているのだ。

 そして佐滝が歌い終えた後には、一寸の静寂。

 

「……佐滝さん! 申し分が無い……私などが指摘するのがおこがましい程に素晴らしい!」

 

 教師と生徒たちから、絶賛の拍手が上がった。

 

「あはは……ありがとうございます」

 

 少し顔を赤らめて頭を下げる佐滝。私は手を叩きながら、しかし思案する。

 佐滝鈴羽と、愛美の関係について。

 何故愛美は、あれ程に取り乱していたのだろうか。2人には何らかの因縁があるというのだろうか。

 

 

 

「さて皆の衆! 我ら3年2組の文化祭は……これで決まりだぁぁ!!」

 

 大越担任の授業が自習となり、その時間を使って文化祭のクラス出し物を決めることになった。

 黒板の前に立った草津はチョークを勢いよく走らせた。

 

「本格美食喫茶! その名もK‘sテーブル!!」

「バカヤロー! なんでお前の名前が入ってるんだー!」

「女子はメイド服になれー!」

「レオルトンくんだけ執事服にしてよー!」

 

 クラスメートは賛成したいのか反対したいのか……ともかく彼らは草津を中心に各々の希望(欲望?)を叫びたてている。

 最近知ったことだが、この学園の文化祭は約1カ月という短期間の準備が特徴らしい。受験生への配慮も大きな理由だが、準備期間が短いことが生徒たちを良い意味で追い込み、熱量を生み出すようだ。もちろん、ここ3年2組の生徒も例外ではなく、受験を前にした最後の息抜きに全力ということだ。

 一方の私は、この教室内で人間観察である。こうしていると地球に降り立った直後の日々を思い出す。あの頃は学生たちの一挙手一投足に興味をそそられたものだ。

 

「早速係の分担であるが……まず星野ルミ! 己が欲求を声高に叫んでみろ!」

「……一番楽なの」

「メイド服で接客、と」

「ふざけんな! 私は……もう、買い出しでいいっ」

「もったいない……俺にメイド服を見せておくれよぉぉ」

「絶対嫌だ!」

 

 草津が絡むと、ごく普通の女子学生にしか見えないのが不思議である。私を注視している様子も無い。ますます彼女の意図が分かりかねる。

 

「愛美さんはどうしますの?」

「逢夜乃と一緒がいいな。未来は?」

「私はどんな役目でも、できる限り力を尽くすよ」

「ほう、未来よ! ならばメイド服を――」

「メイドはやめろ」

 

 愛美が杏城や零洸と話している様子にも、特別な変化は見受けられない。佐滝との邂逅から3日が経過したが、愛美は平静を保っているように見えている。

 

「ではわたくしと一緒に、お菓子作りの係はいかがです?」

「えぇ~。やっぱり一番楽なやつがいい」

「そ、そんな……わたくし、愛美さんや未来さんとお菓子を作りたい……」

「すまないが、私もいつ何時しゅつど――ではなくて家庭の用事が入るか分からないからな」

「最後の青春……わたくしは独り寂しく生地をこねますわ……」

「ぷふっ。逢夜乃ったら、本気にしないでよ~。私も一緒にお菓子やるよ」

「まぁっ! 大好きですわ愛美さん!」

「はははー嬉しいなー」

「棒読みっ!」

 

 こうして見ると、佐滝の一件が尾を引いている印象はない。すべては私の思い過ごしだったのかもしれない。

 何にせよ、致命的な問題ではないだろう。

 

「レオルトン、ちょっとこいつを見てくれねェか?」

 

 後ろの席の樫尾が、スマートフォンを後ろから差し出した。

 

「この写真、どこで?」

「最近、この辺で暴力沙汰が増えてるって知ってるか?」

「その情報は把握しています」

 

 ここ数日の沙流市内では、複数の未成年が金品を奪われたり、怪我を負ったという報告が相次いでいる。この狭いエリア内では不自然な頻度ではあるが、さほどの注目はしていなかった。

 

「俺ら風紀委員は、この辺のガラの悪い場所を見回ることもあるんだ。その時に後輩が撮った写真なんだよ」

 

 その画像には、古びたゲームセンターからちょうど出てきた星野ルミが写っていた。

 

「そのゲーセンな、他校の不良のたまり場だったんだけどな、最近は不良どもがめっきり居なくなったらしいんだぜ」

「最近とは――」

「ちょうど、星野が転校してきたあたりだな」

 

 樫尾も星野ルミが宇宙人だと知っている。だから不良たちは星野に一掃され、居場所を奪われたのだと推測しているようだった。

 

「こちらの画像、私にメッセージで送ってもらえますか?」

「もちろんいいぜ」

 

 気になっているのは、写真中の彼女が所持している物だった。

 一見玩具のようにも見えるそれは、しかし女子学生が持つには不釣り合いに映る。彼女の正体を見極める手掛かりになるかもしれない。

 

「ところでよ、気づいてるか?」

「はい?」

「愛美のことだよ」

 

 樫尾が顎でしゃくった先。愛美が杏城と未来と談笑しているだけだが……。

 

「なんかおかしくねェか? 元気が無いと言うか、ぎこちないと言うか……」

「……樫尾さんには、そう見えますか?」

「似てるんだよな……中学の時、ほら、変な連中とトラブった時のことだよ。ひでェ嫌がらせされてるのに我慢してだんまりしてた時を思い出すんだ」

 

 私よりも愛美との付き合いの長い樫尾だからこそ、彼女の異変に気付けたのだろうか。

 それとも――

 

「……樫尾さんが羨ましい」

「へェ?」

「いえ、何でもありません」

 

 口を突いて出た言葉――それは私の本心なのだろうか。

 

 

――中編に続く




冒頭の怪獣……私の拙い描写ではおそらく、正体が分かりにくいでしょう。
気になる方がいらっしゃれば感想欄でご質問ください。
もしくはどんな怪獣だったかお分かりの方も、ぜひ感想ください。

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