「そ、れ、で、昨日一日何してたかは、私には秘密ってわけ」
「レオルトンさんは秘密主義なのですのよね。まったく、これ以上愛美さんに心配おかけしないようにしませんと!」
昼休みの教室。私の隣でわざとらしく話す愛美と杏城。
女同士が結託すると、男というのは無力なもの。私はこの地球でよくよく学習した。
「そうだぞ、レオルトン。俺たち男は、常にレディに生かされているんだ……今日も麗しいクラスメートに感謝を!」
草津が両手を広げて叫んでいると、教室の引き戸が勢いよく開かれる。
星野ルミだった。遅刻欠席の連絡が無いと大越担任がぼやいていたが、ようやくの登場である。
「星野ルミさん! 俺は君に一日でも会えないと思って絶望していたんだ! どうだろう、俺と一緒に校内案内を兼ねたデートでもいかがかな!?」
「う、うっさいな……」
草津の熱烈な出迎えに辟易している星野。昨日壮絶な殺気を私に向けていた人物とは到底思えなかった。
「そうですわ、星野さん! 無断遅刻はいただけませんわ! どこかお悪いならきちんと話していただかないと」
「分かってるから……2人ともあっち行けよ」
「まぁ! なんてつっけんどんな」
星野は席に着くなりパーカーのフードを深々と被り、机に突っ伏していた。
その自堕落な仕草は愛美にそっくりである。
「……今なんで私のこと見た?」
「特に理由はありません」
「ふぅーん、そうですか」
それにしても星野ルミ……昨日の今日で登校してくるとは、その考えが全く読めない。今は休息中の零洸がここに戻ってくれば、早々に星野を問い詰めただろう。きっと以前私に対してしたように、屋上に呼び出していたのではないか。
しかし私はいったん静観すると決めていた。
彼女の正体に、私はわずかながらの
「そういえば貴様レオルトン!」
星野に拒否された草津が、今度は私を標的にやって来た。
「貴様、また女子にモテようと画策しているな!?」
「何の話かと聞くのも疲れましたよ」
「さっきお前を探していた女子が居たぞ! 言っておくが、俺は不貞を許さん!」
「また人聞きの悪い……それで、その方のお名前は?」
「2年生の佐滝鈴羽ちゃんだ!」
「っ!」
その名前に意外な反応を示したのは、愛美だった。
「なぁ愛美よ。こんな男よりも俺の方が幸せに――」
「鈴羽って言ったよね?」
「ん? そうだが」
「なんで鈴羽が――」
「私が、どうかしましたか?」
背後からの声に振り返る。
こんにちは、と言って小首をかしげて微笑んでいたのは佐滝鈴羽だった。
「レオルトン先輩、昨日はどうも。次はきちんとおもてなし、させていただきますね?」
「あぁ、それはお気遣いを――」
「ニル」
「……愛美さん、何か?」
「ニルが、どうして、この子と……?」
愛美の顔色が悪い。
私の後ろに立つ佐滝を凝視したまま、彼女は全身が硬直してしまったかのようだった。しかし私の聴覚で認識できる愛美の心拍音は、異常に早く刻まれている。
「愛美さん、昨日何してたか私が言わなかったのは――」
「まぁまぁ。レオルトン先輩、私とのこと、ちゃんと彼女さんには説明しておいた方が良いですよ。じゃないと、もっと妬きもちさんになっちゃいますね、早馴先輩?」
佐滝の憐れむような視線が、愛美を捉える。
そして愛美は急に立ち上がった。
「どこに行くんです? 早馴先輩」
「わ、私――」
「ふふっ、無理に話さなくても大丈夫です。急にびっくりしちゃいましたよね。」
それから逃げるように教室を飛び出していった愛美。
それを只事ではないと思ったのか……見かねた杏城が追っていった。
明らかに愛美は様子がおかしかったが、一体何が彼女を――
「レオルトン先輩ったら、こういう時、お友達任せはダメですよ? もっと女心に配慮しないと」
「……」
「じゃないと、大切な人が離れて行ってしまいますよ?」
佐滝の紡いだ言葉とその表情は、私を妙に苛立たせた。もちろん佐滝にそんな意図は無いのだろうから、私はその苛立ちを表には出さなかった。
「そうそう。レオルトン先輩を訪ねてきた理由は、これです」
「……あぁ、実行委員の」
手渡された書類には、今後の活動予定が書きこまれている。本当なら昨日の会合で受け取るべきものであった。
くそ……こんなに忙しいのであれば適当な理由で辞退しておくべきだったな。
「私は備品係と、2年生の企画管理ですか」
「はい。実は昨日の集まりで担当振り分けしたんです。レオルトン先輩は私と一緒の担当なので、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
「それでは、失礼しますね。また今度」
佐滝はすれ違う他のクラスメートにいちいち会釈しながら、教室を出ていこうとする。草津が教室まで見送るという訳の分からない提案をしていたが、それを快諾して一緒に廊下に消えていった。よく言えば誰にでも人懐っこいと言えなくもないが。
それを狙っていたようなタイミングで、愛美が戻って来る。
「愛美さん、彼女とお知り合いだったのですか?」
「……」
「ところで昨日のことについて説明を――」
「今日の放課後、時間ある?」
「放課後ですか」
「その、話があって」
「すみません。今日も文化祭実行委員の会合のようです。しかし適当な用事だといえば――」
「ううん。だったら、いい」
「いえ、しかし――
「ははは、いいのいいの。大丈夫。またいつでも……話なんて、できるしね」
もう一度委員会を休むと言おうとしたが、止めた。
愛美の言う通り、私たちにはいくらでも時間があるのだ。
「私たち、一緒に住んでるんだもんね」
それは当たり前のことをわざと確認するように――いや、まるで自分に言い聞かせるような態度であった。
「じゃあ早馴先輩とはきちんと仲直りしてないんですか?」
文化祭実行委員の会合の帰り、私と佐滝は並んで廊下を歩いていた。
「レオルトン先輩って、もっと女の子の扱いが上手な人だと思ってました」
「そのイメージは誤解です。もっとも、不思議なことによく勘違いされますが」
「天然の女たらし?」
「違います」
「ふふっ。でも、ああして話してみると意外でした――」
佐滝は立ち止り、しばし私を無言で見つめた。
「やっぱり意外です。レオルトン先輩と早馴先輩が、付き合ってるって」
「……そうですか」
「だって、早馴先輩って……」
何かを言いかけて、口をつぐむ佐滝。
「佐滝さん。一つ伺っても?」
「あ、はい」
「佐滝さんと愛美さんは――」
「あーっ! 鈴羽ちゃん! ニルセンパイ!」
口ごもっていた佐滝は、廊下の先から走って来た長瀬唯の姿を認めるとぱっと表情を変えた。
「鈴羽ちゃんとニルセンパイ、文化祭実行委員で一緒なんですよね!」
「そうだよー。もう先輩の魔の手が迫って来てて……」
「両手に華。ニルセンパイの得意技です」
「きゃーっ」
「きゃーっ!!」
2人は両頬に手を当てながら、演技じみた悲鳴を上げていた。私をネタに盛り上がるのは結構なことだが。
「でも2人とも、すっかり仲良しさんなんだね」
「レオルトン先輩、とても良い人だもん」
「そっかそっか。さっき遠くから見たときはなーんか気まずそうに見えたのは気のせいですかな」
「あぁ、それね。私がちょっと失礼なこと言っちゃって。ね、レオルトン先輩?」
「特に気にしていません」
「レオルトン先輩と早馴先輩が付き合ってるの、少し意外だって話してたの」
「ふふふ……鈴羽はまだまだ男女の恋ってのを分かってないねぇ」
「……そうかもね」
「だってお似合いだもん、ニルセンパイたち。ね!」
長瀬が私に同意を求めるが、お似合いかどうかは私の知るところではない。
私は2人に別れを告げ、先に帰ることにした。いわゆる女子トークに私は不要だろう。
それに――
「……」
私は靴を履き替えながら、スマートフォンの通知を素早く確認した。
すぐに会いに行かねばならない相手ができたようだ。
沙流駅前のビルに入っているフィットネスジム。ちょうど持ち帰っていた体操着に着替え、私はジム内に足を踏み入れた。
フィットネスバイク、チェストプレスマシンなどを使い、多くの人間たちが肉体改造に励んでいる。身体を張って戦うわけでもないだろうに、何故彼らが鍛えているのか理解できないが、最近の流行らしい。
私はまっすぐにベンチプレスマシンに向かった。他のマシンが盛況の中、そこでは一人の男性だけが相当な重量の負荷をかけたバーベルを持ち上げていた。
「どうも」
私は反対側のマシンを使うことにした。
「どうも」
挨拶を返してきた男は、あのメフィラスである。
先日の黒スーツ姿とはうって変わり、某有名スポーツブランドの黒いトレーニングウェアに身を包んでいる。露わになっている二の腕は、まさに人間の男性が求める強靭な筋肉を備えていた。
「私の居場所がよく分かったな」
「分かりやすく誘導しておいて、よく言いますね」
私は適当な重量のバーベルを持ち上げながら、メフィラスとの会話を始めた。
学園で佐滝と長瀬と一緒に居た際、オンライン監視システムがメフィラスをキャッチしたことに気づいた。彼は私との会合に使用した居酒屋に現れ、定食を注文していた。そこであからさまにこのジムに来ることを大将に告げていたのである。
「君とはもう一度話したいと思っていた」
「地球から手を引くと言っていたことを記憶していますが」
「それは本当だ。ソルが復活した今、私のベーターボックスは人間には無用だろう」
「それで話とは?」
彼はバーベルを置いてから立ち上がった。私も彼を追う形となった。今度はチェストプレスマシンを始めるようだ。
「君はまだ地球を離れないのか」
「離れる理由がありません」
「ということは、あの“気配”を感じなかったのか」
「気配、ですか」
「私はソルとの戦いで本来の姿に戻っていたから感知できたようだが――」
メフィラスは逞しい上腕二頭筋を震わせながら、言った。
「この次元に厄介な者が入り込んでいる。しかも複数だ」
「……なるほど」
次元を超える――今の私でもその気になれば、“円盤”が次元間航行できるよう改良はできる。
だがもし単身で次元の壁を超えられるとすれば……相当強い相手であることは確かだ。
「その侵入者が、この次元に敵意があるかどうかは定かではありませんね」
「しかし善意をもってこの星を訪れる宇宙人は、そう多くないだろう」
彼はからかうような目つきで私を見た。
「同じ種族のよしみだ。忠告はしておく」
「それはどうも」
それから私たちは数セットのマシン運動をこなし、ロッカールームに引き上げた。
彼はバッグから取り出した透明のドリンク容器に、粉と水を混ぜて何やら作っていた。それを無表情で一気に飲み干している。
「君も飲むか?」
「何です、その液体は」
「プロテイン。私の好きな言葉です」
この地球に来て決して長くないはずだが、彼は随分地球の文化に溶け込んでいた。
ただしその価値観――地球の人間を弱者と認識する考え方はそう簡単に変わらないのだろう。私とて、人間の強さを認めるまでは時間がかかったものだ。
しかし彼ももしかすると、この星での誰かとの出会いで価値観を一変させるのかもしれない。
「ではお元気で」
「君も」
「さようなら」
「さようなら」
プロテインの容器を丁寧に洗っているメフィラスを残し、私はフィットネスジムを後にした。
狡猾で冷徹な宇宙人だったが、どこか人間味を感じさせる男でもあった。
彼の印象は、長い時間が経ってもなかなか薄れないだろう。
それだけ忘れがたい侵略者であった。
――後編に続く
『シン・ウルトラマン』より現れた侵略者とも、一旦お別れです。どこか憎めないあの男……また再開できるのでしょうか。