その後私が戦闘の現場に急ぎ到着したころには、光の戦士ソルと怪獣の戦いは熾烈を極めていた。
ガッツ星人の放った怪獣は、その頭部から生えた2本の角から形成しバリアによってソルの攻撃を防いでいた。
ソルはバリアの発生源である角にブレードの斬撃を集中させている。
「たしかに。これほど防御力が高ければソルの攻撃量を増やせる。戦闘データを取る気ですね、ガッツ星人」
やがて2本の角は破壊された。しかし、怪獣を包んでいるバリアは変わらない。角が発生源ではないのか。
「あれは……GUYSか」
GUYSの戦闘機が、ソルを援護する攻撃を開始する。戦闘機から放たれた光線の連射が怪獣の頭部、背中を経て尻尾まで及んだ。
ん? あの怪獣、何故尻尾を庇うような動きを取っている。
その時、ソルの鞭が怪獣の尻尾を捉えた。そして鞭は尻尾の先端を切り裂いた。するとバリアが突如焼消失した。あの怪獣のバリア制御は尻尾の先端にある物体で行われていたのだ。
バリアを失った怪獣はもはや雑魚。ソルの光線によって一瞬で灰となった。
「……」
私は、スマートフォンの画面に目を落とした。ソルと怪獣の戦闘区域の上空に、微弱なエネルギー反応。
それは少しの間だけ移動し、消えた。
「どーいうことですの!?こんな緊急時に学園を抜け出すなんて、危ないにも程がありますわっ!!」
「す、すみません」
私が学園に戻るなり、恐ろしい剣幕で杏城はまくし立てた。むきになり過ぎだと言いたかったが、ここでは逆効果だろう。
「いいですか? 学園生である限り、学校からの指示には絶対したがって――」
杏城の話はどうでもいいが、ソルの正体については何も分からなかったというのが正直な結果だ。
だが気になった点はいくつかある。
何故か学園を出て行った雪宮。
彼女の行動の意図は分からないが、怪獣の登場に関係している可能性は大いに――
「聞いてますの!?」
「は、はい」
「そもそも最近のレオルトンさんは……って、零洸さん!?」
少し驚いた様子で、零洸が杏城の後ろに立っていた。
「杏城、すごい剣幕だったがどうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもありません! 零洸さんも、一体どこへ行ってたんですの!?」
「ちょっと家庭の事情で……」
「もう知りませんっ!」
私と同じように怒られた零洸は、苦笑いを浮かべてため息を吐いた。
「零洸さん、避難時にここにいなかったのですか?」
私は杏城の後を引き取って、零洸に聞いてみた。
「ちょっと野暮用でな。キミこそ、やんちゃは程々にしておかないといけないぞ」
「反省します」
そして二人目。
零洸もあの時間、学園から離れていたようだった。
放課後になり、ガッツ星人と連絡を取るために商店街へと出てきている。そこで黒いコートを着た男が、CDショップの中に立っているのを見かけた。しかし奴の変身は不完全なようで、顔はサングラスと大きなマスク、帽子で隠していた。
私はそのまま店の中に入り、その男の隣でCDを探すふりをしながら、その人物――ガッツ星人と、テレパシーでの交信を開始した。
『話とは何かな』
「まずは良いデータを取らせてもらったことに感謝の言葉を」
『あの程度、データとすらいえない。所詮、捨て駒は捨て駒程度のことしかできないのだ。次は、もっと骨があるのをまわそう』
「分かりました」
私は目の前にある一枚のCDを手に取った。いまだにこんな記憶媒体を使っているとは。人間の技術とは進化が遅い。こんな生き物に、この素晴らしい星はもったいない。つくづくそう思わされる。
『まだ本当の戦いを仕掛けるには早すぎる。まぁ、次の前哨戦を楽しみにしていてくれ。そしてデータもな』
「はい、分かっています」
「あれー?ニルセンパイじゃないですかぁっ」
自動ドアの開閉音と共に、リズミカルな歩調でこちらに近付く姿があった。
「ああ、長瀬さんですか」
長瀬が近づいてくるのと同時に、ガッツ星人は店から出て行った。そのすれ違いざま、長瀬は訝しげにガッツの後ろ姿を目で追った。
「さっきの、お友達ですか?」
「はい?」
「さっき棚の向こう側に居た人ですよ」
「いえ、違いますが。どうしてそう思ったのですか?」
「あ、違ったんだ。なんか雰囲気が似てるなーとか思っただけなんだけど、やっぱりただの気のせいだったみたいです!」
「はい、そうだと思います」
「私の勘、よく当たるんだけどなー」
一瞬、私たちのことに感づいたのかと思った。勘といっても、それがよくあたるのなら、それは優れた感覚と言える。
今のことだってあながちはずれとは言えない。もしかしたら、彼女は目には見えない何かを見破る能力に秀でているのかもしれない。
「ニルセンパイ、今日はもう帰るんですか?」
「はい。少し道草です」
「道草なんて言葉、よく知ってますね! すごいすごい」
彼女は背伸びをして、私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「日本語の勉強はしていたので」
「ならばニル隊員! 私と一緒に夕飯の買い物に行こうじゃないですか! わたし、これから行かないといけないんで」
「いいですよ。私も特に用事はないので、ご一緒させてもらいます」
「ふふっ。なんか執事さんみたいだね。こないだも『いってらっしゃいませ』って言ってました!」
「変ですか?」
「うーん、別にいいと思うけど、もっと砕けちゃっていいんじゃないですか?」
「砕ける、ですか?」
「もっと、リラーっクスすればいいのっ」
彼女は私の背後に回り込み、私の両肩に両手を置きもみほぐした。あまりにも弱い力だが、不思議と心地よい暖かさがあった。
「どぉ? リラックスできたでしょ?」
「ええ」
「いえーい! 自然体が一番だよ、うん!」
「では、当分はこのままで」
「うん。それじゃあ行きましょーっ」
長瀬の買い物に付き合った後、私はキッチンに立っている。
基本的に人間の食事は必要としないが、人間の生活を理解する上で食生活は重要と考え、長瀬の買い物ついでに食材を揃えた。以前本で読んだ“カレーライス”なるものを作る予定だが、本と言っても、試しに読んでみた漫画の1シーンで出てきた程度だ。
念のため、インターネットを使って作り方を調べておくか。
――っ!?
この感じ、怪獣か?
窓から外を見渡すと、人間の肉眼で確認できる程度離れた場所で怪獣が暴れていた。
料理は中止だ。急いで現場に行って――
ピンポーン
ドンドンドン
インターフォンに加えて、切羽詰まったようにドアを叩く音がする。来客か? いやに焦っているようだが。
「どちら様で―ー」
「ニルセンパイ!おうちに入れてっ!」
ドアを開けた瞬間、長瀬が私の胸に飛び込んで、私の腰に腕を回してきた。こいつの行動はいちいち解釈に困るが、その震える身体は決してふざけているようには見えなかった。
「はぁ、はぁ……」
「どうしたんですか?いきなり」
「うわーん!」
長瀬は大袈裟に声を上げ、私の胸に顔を埋めた。
「ど、どうしました?」
「私、私ね、雷ダメなんですっ!!」
「雷って、外は普通の天気では……」
そう思ってもう一度外を見ると、驚くべきことに空が暗くなり、雷が鳴っている。現れた怪獣の能力に違いない。
「お願いっ! 雷が終わるまで一緒に居させて」
顔を上げた彼女の顔は、涙と鼻水でぐしょぐしょだった。
「まぁ、いいですよ」
「ありがとうございますっ!」
こういう場合、どう処理するのが得策なのだろうか……。
「中に入りましょう」
私は長瀬を取りあえず部屋に居れ、ベッドに座らせた。彼女は私の布団の中に潜り込んでいたが、私の腕だけは離さなかった。仕方ないので私は、黙って彼女の隣に座っていた。
ソルの戦いぶりを見ておきたがったが、5分と経たずに怪獣は八つ裂きにされ、爆散した。長瀬の慌てぶりの方が、よほど見応えがあったではないか。
「雷、終わった?」
長瀬が布団からそっと顔を出した。
「はい。もう大丈夫ですよ」
「よかったぁ……ん? んぅ!?」
彼女は鼻水を垂らしたまま、何かに吸い寄せられるようにキッチンに向かった。
「ニル隊員!! 世紀の大発見をしたのであります!」
「……一緒に食べましょうか」
「いえーいッ! ベリーデリシャース!」
食べる前から美味しいとは……。
「すぐご用意します」
ソルのデータこそ得られなかったものの、代わりに私は隣人と夕食をともにするという経験を得た。(これが重要かどうかは知る由も無い)
私たちはテーブルを囲んで、カレーライスを食べ始めた。うむ、悪くない味だ。
「ご飯作り損ねたので大助かりです! それにしても、ニルセンパイは料理までできちゃうんですか!? インド人もびっくりですよ!」
「初めてだったので出来が心配でしたが、問題ないみたいですね」
「問題ないどころか大成功です! 私より料理上手かも」
しかしこの女、さっきまではしおらしく布団の中で震えていたというのに、雷がやんだ瞬間いつもの様子にけろりと戻った。
しまいには私に夕食をたかるとは、ある意味面白い。私の知る中では一番行動的で、活発な少女だ。
すっかり元気になった彼女は、あっという間にカレーライスを平らげ、私の冷蔵庫からアイスクリームを見つけ出し、それまで腹に入れた。太るぞ、とは言えなかった。
「ふぅ~満足じゃ」
「良かったです」
「ホント、ありがとうございましたっ!」
長瀬はぺこりと頭を下げた。
「じゃあそろそろ帰りますね。あんまり遅くまでいたら……キャーッ! 不埒!」
彼女は自分の使った食器をわざわざ流しに持っていき、おやすみなさいと言って部屋から出て行った。
まさに小さな嵐のような娘であった。
―――第6話に続く