「お前を殺しに来たよ、ニル=レオルトン」
廃団地の中庭に、転校生星野ルミが現れた。
彼女は金色のエネルギーを込めた両手の骨を鳴らしている。
彼女の正体について、私は考えを巡らせる。メフィラスの協力者、あるいは別の第三者……いや、材料が少なすぎて推測は不可能だ。
取りあえず言えることは――
「死ねっ!」
戦わなければ、私は生き残れない。
「っ!」
「はは……もう戦えるくらいには回復してんだな」
突如繰り出された彼女の拳を、私は両腕で受け止める。
久々の戦闘にしては十分反応できたが――
「生憎、殴り合いは趣味ではありません」
「だったら大人しく殺されろっ!」
星野はくるりと身をひるがえし、そのまま蹴りを放つ。私の頭部に振るわれた足を避け、私は後退する。
しかし追撃の光線。手で弾くが、なかなか強力だ。
戦闘力の高い宇宙人で、かつ私の情報を充分に得ている。だが暗殺などの姑息な手段には訴えない。みなぎる殺気は、その直情的な性向を表しているだろう。
「少し大人しくしてもらいます」
念動力によって、設置された罠を発動してみる。
かつてガルナ星人という宇宙テロリストから接収した拘束具が、地面から飛び出してくる。緑色のビームバインドが星野の両手足首に巻き付いた。
「ちっ!」
「こうでもしないと話もできませんからね」
「相変わらず卑怯な奴だ」
「私を知っていると見えます」
「うるせぇんだよ!」
彼女はダメージを顧みず、無理やりバインドを引きちぎった。
「まだ弾はありますよ」
更に罠を発動。先ほどの4倍の数だ。
「同じ手は食らわねぇ!」
しなやかな動作で罠をかいくぐり、私に迫る星野ルミ。
しかし彼女があるポイントを踏んだ瞬間、地面から金属製の棘が突き上げる。冷凍星人グロルーラの氷結攻撃の再現である。
「おらっ!!」
さすがの反応だった。拳を振り回し、棘を粉砕する星野。
「ぶっ飛ばす!」
ついに私と星野の距離がゼロとなる。
「終わりだ――」
「いいえ、貴女の負けです」
私は小さく構えた手から、光線を放った。
それは星野の腹に命中。彼女の身体は後方に飛ばされ、打ち捨てられた廃車に衝突した。
「……くそっ」
星野のパーカーが破れ、その細い腹と腰が露わになった。人間のそれと変わらない肌からは、赤い血が流れていた。
「宇宙人ではないのか」
「……アッタマきた」
星野が金色の前髪をかき上げる。
その左の瞳――元々茶色かったはずのそれは、鈍い輝きと共に変化していた。
「その瞳は――」
そしてその変化を認めた次の瞬間には、怒りに満ちた星野の目が私の目の前にあった。
私の顎に、星野の拳がめり込む。今度は私の身体が空中に投げ出され、上空に移動していた星野の踵落としを腹に食らう。コンクリートに叩きつけられた私に、彼女はすぐに馬乗りになった。
「私を……ナメてんじゃねぇ」
「……」
「今度こそ、殺して――」
「そこまでだ」
私と星野を、温かな光が照らした。
「レオルトン。キミはもう少し鍛えた方がよさそうだな」
「勘弁してください……性に、合いませんから」
「零洸未来……ソル」
星野は立ち上がり、団地の屋上からこちらを見下ろす制服姿の少女――零洸未来に視線を向けていた。
第3話「メフィラスの遊戯」
宇宙人 メフィラス
どくろ怪獣 レッドキング
古代怪獣 ゴモラ
宇宙怪獣 エレキング
透明怪獣 ネロンガ
昆虫怪獣 マジャバ
登場
「キミは何者だ」
「さぁな」
零洸未来と星野ルミ。
彼女たちは動かず、探り合うように微動だにしなかった。
「友人をこれ以上痛めつけるのは、許さない」
『えぇ~。私は何とも思ってないから死んでもいいんだけど?』
「その声は……百夜過去か」
『あら。知ってるのね』
「よく知ってるよっ!!」
星野が跳躍し、零洸と空中で戦闘を始めた。
星野は私を圧倒した時と同じように、凄まじい力を発揮している。しかし零洸は一発も攻撃を通さない。私が逃亡していた短時間で大分力を取り戻しているようだ。
しかし奇妙なことに、零洸の体術に星野は順応している。並みの宇宙人ではそう簡単にはいかないはずだ。
『未来ちゃん、こいつ面白いわ。私に代わってくれない?』
「代わる?」
『そ』
「それはどういう意味で――」
だが百夜が何か仕掛ける前に、星野の方が戦闘を離脱してしまった。
中庭を挟んで反対側の棟に着地すると、その目は元の茶色に戻っていた。
「……ニル=レオルトン。次は逃がさないから」
「待て!」
零洸が手を伸ばすが、星野は一瞬で姿を消していた。
不利だと悟ったのか、その心境の変化は分からないが……案外冷静さは持ち合わせているようだ。
「レオルトン」
零洸は、倒れたままの私の傍に降りてきた。
「零洸さん。回復が早いですね」
「キミだってその程度の傷はすぐ治るだろう。さっきの腕のように」
「……あんまり引きずらないでください」
「それより、今のは沙流学園の生徒じゃないか。何者だ?」
「星野ルミ。今日うちのクラスに転校してきました」
『転校生? あんたと一緒じゃない。イヤな奴ばっかり集まるのねぇ』
「あなたもでしたよ、百夜さん」
「心当たりはあるのか? キミを殺したがっているようだが」
「恨みはいくらでも買っている自覚はあります」
私をピンポイントで狙う……それは地球侵略を目的としている者らしくはない。もしかするとかつて葬って来た侵略者の仲間が、私に敵討ちを仕掛けてきたのだろうか。
「いや、もしかすると――」
「もしかすると?」
「……いえ。確信が持てませんので、今は控えます」
それにしても厄介な敵が増えてしまった。今はメフィラスを相手取ることに集中したいというのに――
「っ!」
「零洸さん?」
「怪獣が現れた」
私はすぐさま、スマートフォンでマップを開く。
沙流市内か。まだ被害が出る前に零洸に任せて――
「待て。まだ居る。これは……」
私のスマートフォンが通知音を発する。
今度はマップの縮尺が変わり、世界地図となった。反応は中国からだ。
いやそれだけではない。アメリカ、フランス、そしてオーストラリアにも同時に怪獣が出現しているのだ。
これは決して偶然ではない。
「メフィラス、仕掛けてきますか」
「私が倒す」
「まずは沙流市です」
「分かっている。しかし――」
「心配はご無用。初めまして、ウルトラウーマンソル」
指を鳴らす音。
そして我々の目の前に現れたのは、黒いスーツの男だった。
「……お前がメフィラスか」
「どうも。せっかくなので名刺を――」
「お前の計画は、私が打ち砕く」
「貴女が戦う必要はありません。既に人間たちが動き出しましたから」
再び彼が指を鳴らすと、その周囲に4つのホログラフィックモニターが現れた。
それぞれ天安門広場、自由の女神、エッフェル塔、エアーズロックが映っている。そして各所に現れた怪獣たち――ゴモラ、エレキング、ネロンガ、マジャバの姿があった。怪獣たちは猛威を振るい、その地に破壊をもたらしていた。
その眼前に突如、柱のように光が起こった。
そこに現れたのは、巨大な人間であった。
「ニル=レオルトン。君に協力を断られる前から、予め各国にベーターシステムを供与していた。しかし、こんなに早くソルを連れ戻せるとは。よほどの信用を得ていると見える」
メフィラスは不思議なものを見るように、私と零洸を見比べていた。
しかし彼の関心はすぐに、各国の様子に向けられていた。
中国では共産党の将校姿の男、アメリカではマントを付けたヒーローコスチュームの人物、フランスはスーツ姿の女性、オーストラリアに至っては先住民族の格好をした男だった。
「興味深いとは思わないか? 各国それぞれ個性的な対象にベーターシステムを使っている」
「いささか滑稽ですが」
「まさに、十人十色。私の好きな言葉です」
彼らはそれぞれの武器を使って、怪獣と戦い始める。その光景はあまりにも奇妙だったが、怪獣に充分対抗している。巨大人間の力が生き生きと画面から伝わっている。
「こうして人間に福音がもたらされた。さて、貴女はこれからも地球に必要かな? ソル」
「決めるのは地球の人々だ。メフィラス……お前じゃない」
零洸は『クリティムア』――いや百夜の『シュリティムア』と融合した新しい変身アイテムを構える。
「お前の相手は怪獣たちを倒してからだ」
「お待ちしています」
零洸が高く手を挙げる。
目の眩むような光が全身から溢れていく。
零洸の身体は徐々に銀色のまばゆい姿に変わっていく。そして両手の甲に埋め込まれた鉱石がひときわ輝き、変身を完了した。
光の戦士ソルは巨大化し、地響きを残して空に飛び立っていった。
「さぁ、楽しい遊戯の時間だ」
メフィラスはもう一つのモニターを形成し、不敵な笑みで観戦を始めたのだった。
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ウルトラウーマンソルは、その美しくも強さを秘めた姿を再び現した。地球の人々は守護者の復活にどよめき、一斉に空を見上げた。
彼女が日本の沙流市で相対するのはどくろ怪獣レッドキング。超怪力の乱暴者だ。だが、ソルの相手としては役不足と言わざるを得ない。
「It's Show Time」
その時、メフィラスが指を鳴らした。その音を合図にレッドキングが姿を変えていく。その巨躯は黒く変色し、その皮膚の内側には燃えるように赤い血液が通っていく。そして腕は異常なまでに肥大化し、その一振りは風圧だけでビルを倒壊させるほどだった。
「いい仕上がりです。さしずめEXレッドキング……とでも」
EXレッドキングの両腕には、何らかの機関が埋め込まれていた。その体表温度は怪獣本来の体温を遥かに超えた高温であった。
ソルはその機関が火炎装置か何かだと察していたが、ゆっくりと分析する時間は彼女にはない。EXレッドキングが腕を地面に叩きつけると、そこには炎が一面に広がっていく。『フレイムロード』と呼ばれるその技はビル群をなぎ倒し、爆心地のように一変させてしまった。
間違いなく、現在世界5か国に現れた怪獣の中では最も強力で危険だった。
『さぁて未来ちゃん。世界中が注目してるわよ? 緊張してるぅ?』
『関係ない。やるべきことをやる』
『おっかたーい』
ソルはEXレッドキングの作ったフレイムロードに降り立った。その巨体は街と大地を震わせるが、強靭な肉体を得たEXレッドキングの前では、ソルはあまりにも細くか弱く見えた。
EXレッドキングは肥大化した腕を振り上げながら、ソルに襲いかかった。
『ハァッ!』
ソルは避けない。後方の商業地域にはまだ多くの人々が残っている。彼女はEXレッドキングの猛攻を上手く受けきっているが、その一方で反撃を封じられていた。
そしてEXレッドキングの攻撃力は、着実にソルの体力を奪っていることも確かであった。
『相変わらず甘い戦い方ね。もたもたしてたらメフィラスの思う壺じゃない?』
『それでも命を見捨てるわけにはいかない』
『はぁ……そんな甘ちゃんだから、かしらねぇ』
『何の話だ?』
『新しい力の話。私たちの融合はね、単にこの次元に留まるためだけに必要だったんじゃないわ。私たちがより強くなるためにも必要だったのよ』
『この状況を打開できるのか』
『それは未来ちゃん次第よ』
『ならばその力、使わせてもらう!』
ソルは真上に高く跳躍する。EXレッドキングの注意は上空に向けられた。
『未来ちゃん。この力、使いこなしてみせてね♪』
ソルのカラータイマーが黄金の輝きを放った。
それはEXレッドキングの目を眩ませるほどだった。
『さぁて……いくわよ未来ちゃん!』
ソルの銀色の肢体に深い紺と金色のアーマーが装着されている。そしてその全身は淡い金色の光に包まれている。
『覚えといて。このスタイルの名は「ソル ノクティス」よ』
ノクティス――ラテン語で“白夜”を意味する言葉である。たとえ夜になっても沈まない太陽とは、まさに光の戦士を象徴しているのだ。
だがソルの新たな力がどんなものであろうと、EXレッドキングの凶暴性を抑えることはできない。EXレッドキングはその剛腕によって倒壊させたビルのコンクリート片を掴む。それはEXレッドキングの凄まじい体温により発熱し、まるで溶岩のようになった。
投擲されたコンクリートの塊が、ソル ノクティスを襲うが――
『未来ちゃん、そのまま』
なんの防御体制もとらない彼女の顔面に、灼熱の塊が衝突する。まるで爆弾がさく裂したかのように黒煙が上がった。
『……ほらね♪』
無傷だった。
かすり傷、いや汚れの一つとして彼女の美しい顔には見当たらない。
「ギャァァァァッス!!」
激高するEXレッドキング。ソルはすぐさま滑空し、黒い巨体に掴みかかる。肥大化した両腕が彼女を振り払おうとするが、まるで通用しない。
すべての攻撃が、ソル ノクティスの前では無力と成り下がっていた。
『ハァッ!!』
細い両腕から発揮されたパワーは、いとも簡単にEXレッドキングを持ち上げてしまう。彼女はそのまま飛翔し、怪獣の身体を市街地から引き離した。そして数10キロ離れた浅瀬の海に放り投げると、胸の前で腕をL字型に組んで狙いを定める。
『未来ちゃん、コントロールは慎重にね』
『分かって、いる――』
ラス・オブ・スペシュウム――必殺の光線が放たれたが、
『なっ!』
狙いが僅かにそれる。熱戦に焼かれた海は、浅瀬とはいえその海底が一瞬露わになるほどの威力であった。
だがそれ以上に威力を物語っていたのは、EXレッドキングの身体であった。
かすめてすらいなかったが、EXレッドキングの右腕が跡形もなく消滅していたのだ。
『信じられない威力だ……』
『呆けてないで、次は当てなさいよ』
もはやEXレッドキングは、その本能で悟っていた。その圧倒的な力の差を思い知った怪獣は、半ば戦意を失い呆然とするばかりだった。
そして2発目のラス・オブ・スペシュウムはEXレッドキングの胸を貫き、黒々とした巨躯が木っ端微塵に吹き飛んでいった。
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我々の前で消滅したレッドキングEX。あの怪獣も相当な戦闘力を有していたはずだが、ソル ノクティスの強さはそれを遥かに凌駕している。
それにしてもあの新形態……なかなか興味深い。単純な耐久力と攻撃力の強化とは、実直で生真面目な零洸の性格を反映したかのようだ。しかしまだ奥の手、強化の余地を残していることは漠然と感じられる。もはや私の知っているソルではないようだ。
「さて、ご自慢の怪獣が破れたようですが」
「問題は無い」
だが依然としてメフィラスの人を食ったような薄ら笑いには変化が無い。
「あれ程のエネルギーを使ったならば、他国に出向いて戦う余裕は無いだろう」
彼の自身の根拠はそこにある。
結局ソルが日本の怪獣を倒しても他国で暴れている怪獣に対処できなければ、現在の地球防衛は不十分と判断されるだろう。そうなれば人間たちが、国々が、組織がベーターシステムをこぞって欲しがるのは目に見えている。
「それとも、ここにいる私を倒してみるか?」
「そんなことをしても意味はありません」
「その通りだ」
「しかし」
その時、4つのうち2つのモニターに異変が起こった。
「地球や人間を侮れば、痛い目を見ますよ。これまでの侵略者たちと……同じように」
――後編に続く