留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第2話「守護者の帰還」(後編)

 

 零洸が力を取り戻した日から一夜が明けた。

 

「ほんと!? 未来が戻って来てるの?」

「はい。今は自宅で休んでいますから、そのうち学園にも顔を出すでしょう」

 

 登校中に零洸の復活について話すと、愛美は安堵と喜びで「良かった」と何度も口に出していた。

 百夜のことについては触れなかったが、それは零洸がいつか打ち明けるだろう。

 

「未来が帰ってきたら、久々に遊びに――」

「おーい!」

 

 学園の方向から走って来たのはクラスメートの早坂だった。風紀委員の腕章をつけたまま忘れ物を取りに帰る気だろうか?

 

「ニルくん、ちょっと耳かしてくれないかな?」

「ちょっと、私に内緒の話?」

「べ、別に変な話じゃないよ。あはは……」

「ふーん」

 

 ジト目の愛美をよそに、早坂は私に肩を組んで小声でささやいた。

 

「ニル君を探している人が来てて」

「どんな方です?」

「こう、スピリチュアルな雰囲気の綺麗な人なんだけど、どこかで見たような……」

「心当たりはありませんね」

「そっか。実は、少し様子がおかしいと思って」

「私を狙っているような雰囲気ですか?」

「うん、ただ事ではなさそうで」

 

 早坂も愛美と同様、私が宇宙人であることを知っている。先んじて私に警戒を促してくれたことには感謝せねばなるまい。

 

「早坂君は何と答えたのです?」

「「とりあえずわからないって話したよ。先にニル君に声かけようと」」

 

 早坂の声に、まったく同じセリフが重なった。

 彼の背後、少しはなれた場所には、やはり見覚えのないグレースーツの女が立っていた。

 

「あ、あの人! どうして僕の言うことを……」

「確かに綺麗な女性ですね」

「え、今そこ!?」

「二人とも、さっきから何をコソコソ話して――」

 

 愛美もグレースーツの女の姿を認めた。

 しかし愛美の表情は意外なことに、その女性に対して親しみの込められた笑顔だった。

 

「ライカさん!」

「お知合いですか、愛美さん」

「うん。あの人はCREW GUYSの――」

「っ! 2人とも離れて!」

 

 その時、私の足元に何かが突き刺さった。それは弾丸だった。

 どこから撃たれたのか……しかし殺す気は無いらしい。私から愛美と早坂を引き離す意図を感じる。用事があるのは私だけか。

 

「早馴愛美さん、早坂之道さん。ニル=レオルトンから離れてください」

 

 グレースーツの女――ライカはCREW GUYS標準装備の光線銃『スプレンディッドガン』を構え、ゆっくりと近づいてくる。

 

「早坂之通さん、あなたの思考を読み取らせてもらいました」

「ごめん、ニル君」

 

 ばつの悪そうな表情の早坂、そして今にもこちらに飛び出しかねない愛美を制止したまま、私はライカの方に一歩進めた。

 

「ニル=レオルトン。大人しく我々と来てもらいます」

「わかってんのか、この悪質宇宙人。そこの学生2人を人質にとってみろ!その瞬間敵とみなし、テメェを撃つ!」

 

 近くの民家の屋根から叫んだのは、CREW GUYSの制服姿の男だった。たしか彼は“狂犬”と評される、オヤマユータ隊員。

 そして早坂を利用して私の居場所を突き止めたライカ隊員――彼女はエスパーの使い手だったな。

 

「ライカ、オヤマ。学生を巻き込むなよ」

 

 さらに、GUYS最新鋭機『メシア』のエースパイロット、ミカワリョータ隊員か。

 しかも先ほどの銃弾は、おそらく遠方からの射撃――スナイパーと恐れられるヨシダアオカ隊員がどこかで控えていることだろう。

 

「CREW GUYSの武闘派メンバーが揃いも揃って、私に何の用です?」

「とぼけてんじゃねぇ! ベーターシステムなんていうクソ兵器持ち込みやがって!」

「オヤマ! 絶対に撃つなよ! なぁ、ニル=レオルトン。悪いが俺達と来てくれないか?  そこでじっくり無実を証明してくれ」

 

 ミカワリョータは、宇宙人用の拘束具を携えて接近してくる。

 

「……そういうことですか」

「状況を理解しましたか、ニル=レオルトン」

「ライカさん! なんでニルを捕まえようとするの!?」

 

 今にも飛び出しそうな愛美。早坂が抑えてくれていなかったら、彼女は私を庇おうとしただろう。

 そんな愛美に、ライカは無表情のまま答えた。

 

「メフィラスを名乗る人物が、米国ホワイトハウスで大統領に接触、同席していたGUYS文官佐滝氏を拘束しました。幸い佐滝氏がメフィラス暗躍を知らせるメッセージを送ることができたため、我々がこうして動いています」

「私が星川隊長に送った映像はご覧に? 私が犯人ではないとお判りいただけるはずですが」

「もちろん観ました。しかし我々は、一連の出来事が全てあなたの仕業である可能性も検討せざるを得ません。どうかご理解を」

 

 ――君や私のような宇宙人が地球の人間と馴れ合うことはできない。

 不意に、あのメフィラスの言葉が思い出される。

 

「ニル! 言われっぱなしなんてらしくないでしょ! ニルがそんなことするはずない!」

 

 愛美が必死に叫ぶが、GUYSのメンバーは誰一人耳を貸す様子がない。

 

「愛美さん、ここは抑えてください。彼らは私を殺す気はありません」

「違うよ! 私が言いたいのは、ニルは何も悪いことなんて――」

「うるせぇ!」

 

 その時、狂犬オヤマがしびれを切らし、屋根から飛び降りた。

 

「オヤマ落ち着けっ!」

 

 ミカワの制止空しく、ほんの数秒私から狙いを外したオヤマ。私はその好機を見逃さなかった。

 私はオヤマが着地するタイミングを狙って彼の身体を突き飛ばした。同時に微弱な光線を放ち、ミカワリョータの拘束具を吹き飛ばす。

 

「くっ! ニル=レオルトン、早まるな!」

 

 今GUYSに拘束されてしまえば、メフィラスの策に対抗できない。ゆっくりと疑念を晴らしている時間は無いのだ。

 

「ミカワさん、確保に移ります」

 

 ライカが撃った光線、そして遠方からの射撃はどちらも私の身体をかすめた。私はすぐ近くの民家の塀を飛び越えた。

 

「お爺さん、少し通らせてもらいますよ」

 

 盆栽の手入れ中だった老人を盾にしながら狙撃を回避し、私は民家を通って反対側の路地に飛び出した。

 間もなくGUYS JAPANの初期対応班が私を追ってくる。いくつかの民家の屋根を飛び越え、ある広い敷地内に入り込む。

 木々が何本も植えられており、庭というよりも小さな森と形容した方が良いだろう。ここで身を隠せればと考えるが、折悪く庭には人の気配があった。

 

「……誰?」

 

 若い女性の声。

 仕方ない。人間の脳に作用して記憶を操作する“能力”を使うか――しかしGUYSが高性能のエネルギー探知機でも使用していれば、自ら居場所を知らせることにもなってしまう。

 

「レオルトン先輩?」

「……佐滝鈴羽さん」

 

 木々の間からゆっくりと現れたのは、記憶に新しいショートカットの後輩。年齢不相応の早熟さ。昨日文化祭実行委員で顔を合わせたばかりの女子生徒だった。しかもGUYSの文官の娘か……私も運が無い。

 

「どうして、うちのお庭に?」

「……人に追われていましてね」

「それは大変ですね」

「ご迷惑はおかけしません。すぐに出ていきます」

「……構いませんよ?」

「は?」

「ここに隠れていても構いませんよ」

 

 鈴羽は、能天気に微笑んでそう言った。

 

「レオルトン先輩が、そう望むなら……ですけど」

 

 既に私の考えはお見通しとでも言わんばかりの口調である。

 ならば私も断る理由は無かった。

 

「せっかくですから、上がっていきません? 朝ごはんはお済みで?」

 

 この警戒心のなさは、単純に平和呆けしているだけなのか……いや、彼女のまとう知的な雰囲気とは相反している。かと言って何か目論見があるようにも考えにくい。

 

「お邪魔させていただきます」

「どうぞ。私、今日は事情があって学園を休むつもりでしたから、お話し相手ができて嬉しいです」

 

 

「奴の向かった先がこの辺と分かってまさかとは思ったけど、彼のことは見ていないということだね?」

 

 GUYS JAPANにおいて実戦部隊CREW GUYSのサポート部隊である初期対応班。そのメンバーであるヒロ=ワタベ隊員は、佐滝家の庭を見回していた。

 

「父がアメリカで拘束されたと聞いて気が気でならなかったので……怪しい人が居たら気づいたと思います」

 

 佐滝鈴羽は青白い顔色のまま、落ち着かないようにあたりをきょろきょろと見まわしながらワタベに応えている。

 

「念のため聞いておくけど、今は家に一人かな?」

「お手伝いさんと私だけです」

「そうか。実は君のお父さんを拘束した容疑者が近隣で逃亡しているんだ」

「そうだったんですか……」

「君は本当に――」

 

 その時、ワタベ隊員の通信端末が着信を告げた。

 

「……GIG。ごめんよ、佐滝さん。俺は任務に戻るよ。お父さんの身元は全力で追っているから、安心してくれ」

「ありがとうございます」

「それじゃ」

 

 ワタベは部下に目配せし、共に庭を出ていった。

 その彼が追う人物である私――ニル=レオルトンは、その様子を2階の鈴羽の部屋の窓から覗いていた。

 

「レオルトン先輩。もう大丈夫そうですよ」

「恩に着ます」

「パンケーキ美味しかったですか? 焼きたてじゃなくて申し訳ないんですけど」

「とんでもない。美味でした」

「よかった! それ、私が焼いたんですよ」

 

 先ほどヒロ=ワタベに見せていた悲壮感どこへやら、佐滝はさも楽しそうにベッドに腰を下ろす。

 

「お父さんがアメリカで誘拐されたらしくて、一応私は学園休みにしたんですよね」

「それは大変でしたね」

「でも大丈夫だと思います。お父さんは今までも大変な目に遭うことがありましたけど、いつも帰ってきますから」

 

 よほど信頼しているのだろうか。親子の情というものがよく分かっていない私には、佐滝の気丈さの理由ははっきりとしない。

 しかしこれだけは言える。私の周囲の人間と佐滝はタイプの異なる者同士だ。愛美や、草津や樫尾たちは感情的で、大切な人間に危機が迫ると冷静ではいられない。

 一方で佐滝は、どこか達観している。それは父親の影響なのか判然としないが、私の出会った人間の中では特徴的な点かもしれない。実に興味深い差異である。

 

「レオルトン先輩は、これからどうする予定で?」

「佐滝さん」

「はい?」

「私が何故GUYSに追われているのか、気にならないのですか?」

「……そうですね。気にならないと言えば噓になります。でも――」

 

 佐滝は深い色の瞳で、私を覗き込んだ。

 

「聞かれたくなさそうなので、聞きません」

「お気遣いどうも」

「そしたらお茶にでもします?」

「いえ。せっかくお誘いいただきましたが、これ以上ご迷惑はかけられません。私は行きます」

「あら、残念」

「またの機会に」

 

 私は佐滝に見送られながら、裏門から出ていった。

 

 

 

 その後は慎重に迂回路を取りながら、非常時の避難場所としている“円盤”にたどり着いた。ここは沙流市外れにある、住民の退去した団地跡である。まだ私が豊富な資金を所持していた頃、偽の名義で買い取った場所なのだ。地下に“円盤”を隠しており、いざという時は地球外まで飛び立つこともできる。

 

「ここなら話を聞かれることはありませんよ、メフィラス」

 

 寂れた団地の中庭で、私は正面を見据えながら言った。

 

『私が監視していることに気づいていたのか、ニル=レオルトン』

 

 するとテレパシーによって、メフィラスの鼻につくような口調が返って来る。

 

「意図的にGUYSの佐滝氏の前で米国大統領に接触しましたね? ご丁寧にメフィラスを名乗ったうえで」

『ご名答』

「私があなたとの会見を記録し、GUYSに通報することも読んでいた」

『いかにも』

「そしてGUYSが私を信頼しなかったことも」

『策士策に溺れる。私の好きな言葉です』

 

CREW GUYSは、全てが私の自作自演――つまり私が新たなメフィラスという架空の宇宙人を演じて、再び地球侵略を企んでいると誤解してしまった。

 いやむしろ、このメフィラスがそう仕向けたのだ。奴は私を囮にしてGUYSを攪乱し、ベーターシステムの売り込みと支配の要求を秘密裏に進めているはずだ。

 

『私は最初に言ったはずだ。静観しろ、人間と馴れ合うな、と。悪質宇宙人の言うことを人間が信じるとでも?』

「ご忠告に感謝した方よさそうですね」

『いいや結構』

「ここまでは貴方が優勢ですが、こちらも劣勢を挽回しなければなりません」

『期待しているよ。しかし――』

「っ!」

『気づいたようだな』

「話はまた今度」

『どうぞ“お客様”のお相手を』

 

 メフィラスからのテレパシーが途絶える。

 同時に、ゆっくりとした足音が迫ってくる。

 

「……見つけた」

 

 街路と繋がる通路の向こう。その暗闇から現れた人物は、私の予想には反していた。

 いやむしろ、ここに来訪者が現れること自体が予測できていなかった。

 

「何故ここに?」

「答える気、ない」

「では質問を変えます。あなたは何者ですか――」

 

 その姿が、外光で露わとなる。

 

「転校生の星野ルミさん」

「だから、答える気ねぇって言っただろ?」

 

 金髪の転校生は、粗暴な口調と目つきで私を突きささんばかりだった。

 

「あぁ、でもこれだけは教えてやる」

 

 彼女の両手が、淡く発光した。

 それは、彼女がただの人間ではないことを物語っていた。

 

「お前を殺しに来たんだよ……ニル=レオルトン」

 


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