私がだんまりの時にもお読みくださった方々、ありがとうございます。
プロローグ 『黒い来訪者』
――20XX年、M78星雲。
『光の国』を照らすエメラルドグリーンの輝き。この星の太陽とも言うべきガラスの塔。
その名は『プラズマスパークタワー』。
「見て、ニル=レオルトン。この次元の平和が今、消えてなくなるよ」
その頂上で大爆発が起こった。それと同時にタワーから放たれていた光のパワーが消失、驚異的な力の根源たる光を失った光の戦士たちは氷漬けとなり、次々に倒れていった。
上層階は連鎖する爆発に巻き込まれ、塔から分断される。それが落下して地上に叩きつけられ、衝撃波が黒煙と粉塵を天高く舞い上げる。
私は宇宙船の中からその瞬間を、ただ眺めていた。
「光の国に降ろしてちょうだい。今なら入れるでしょ」
私の隣に立つ少女は、興奮を隠せない様子で鼻唄を奏でる。鈴のようなその声は、唯一の光を失った絶望の星には似つかわしくない。
「退屈で脆弱な平和は終わった。ようやくこの次元に進化が訪れるんだね」
やがて宇宙船は難なく光の国に進入した。暗闇に覆われた地上をサーチライトが照らす。プラズマスパークタワーのガラス壁が砕け落ちていくさまは、まるで光る雪が降るようであった。
「ほら見て。戦えば敵なしの光の戦士だって、こうなっちゃえば終わりだね」
傍らに倒れる戦士の身体を、彼女が足で小突いている。反応はまったく無かった。
「リンネ。遊んでいる場合ではありません。戦士たちの抵抗に備えます」
「もう、ニルったら固いんだから〜」
「あれを貸して下さい。調整します」
「はいはい。おーい、こっちおいで」
破壊されたタワーの上から、黒い影が飛び降りる。落下点の地面は凄まじい衝撃で円形にひび割れるが、影本人はものともしない。
「さっすが“ゾーフィ”の力って凄いよ。こうやって戦いにも勝てちゃうし」
「リンネ」
「もう、ニルったらせっかちなんだからぁ。じゃあ、渡して」
リンネの声に頷いた黒い影は、ぬっと手を伸ばす。
光の戦士に瓜二つのフォルム。
黒い身体に金色のラインが引かれている。
同じく金に輝く双眸からは一切の感情も読み取れない。
そして差し出されたのは、あるデバイスと付属のカードである。
「少し調整を――」
その時だ。黒い戦士からデバイスとカードを受け取った瞬間、瓦礫の影から何者かが飛び出してきた。
「っ!」
私の手から、それらは奪われた。
フードで頭を覆った強奪者は、私と黒い戦士が動き出した時には既に手から光線を乱射していた。私の視界は砂煙で奪われ、追うことはできなかった。
それらの出来事を、リンネは私の隣で黙って見送るだけであった。
「これ、どう始末つける気?」
「それはもちろん、あれを追って――」
目の前で火花が散った。
いや、それは錯覚だった。
現実の感覚として私を襲ったのは、胸部からの激痛だった。
「ニル、私はすごく残念」
黒い戦士の手が、私の背後から胸を貫いている。緑色の血に濡れたその手が何か臓器のようなものを握って――
「あなたには感謝してるの。あなたが作ってくれた『@ソウル』のおかげで、こうして太陽を沈められたんだからね」
「……」
「でも、もう用済み!」
リンネは満面の笑みで手をふる。
私は前面に倒れる。
胸から流れ出た血が私の頬を染めていく。
「さて、ここからがお楽しみ! 強い宇宙人も、弱っちい人間も、みんなで@ソウルを使って血みどろの争いを始めよう! どんどん戦って、もっともっと強くなろう! ようこそ無限の進化――新次元へ!」
リンネは恍惚の表情で両腕を広げた。
「……」
私はどこで間違えたのだろうか。
もし知っている誰かがいるのなら、
どうか私を正してくれ。
========================================
「っ!」
遥か次元の向こう側。
一人の戦士が、強烈なマイナスエネルギーを感知していた。
赤と青に彩られた強靭な肉体、特徴的な2本の角。黄金の眼はしかし、すぐに目の前の相手に注意を戻した。
「なぁに? 初めて会えたっていうのによそ見しちゃってさ。私を捕まえる気あるのぉ?」
燃え盛る大地、蠢く機会の大軍。その先に立つ黒いドレスの少女は、鈴のような声色で鼻歌を奏でる。
「まぁいいよ。私もあなたに用事ないもん」
「俺は大有だ」
「しつこい男って嫌われるよ、ウルトラマンゼロ」
黒い少女は指を伸ばし、何もない空間に円を描く。そこに空間転移ホールが現れる。
「逃がすかよ、リンネ!」
ゼロは青いマントをはためかせ、大地を蹴った。
彼に迫るのは、黒い鋼鉄の躯体――キングジョーブラックの大軍だった。かつては緑に溢れたこの惑星を、炎の地獄に変えたのは彼らであった。
「邪魔だ、どけェ!」
ゼロは頭部の角――ゼロスラッガーを投擲する。幾多の敵を斬り裂いてきた宇宙ブーメランは、キングジョーブラックを次々に撃破していく。
その機体が上げた爆炎の中を、ゼロが青い閃光のように駆け抜けていく。
「ゼロ、ばいばーい」
リンネは赤い舌を出してゼロにウインクし、ホールに入り込む。
そこにゼロの右手が触れる直前に、ホールは消え去った。
「くそ……だが気配は掴んだぜ」
しかしゼロを取り囲む黒い大軍は、なおも彼に迫っていく。
「まずはこいつらを倒して――」
「ししょーう!!!」
ゼロの背後のキングジョーブラック数機が、青い光線に粉砕された。
「助けに来ましたよ、師匠!」
「ゼット!」
宇宙警備隊の一員であり、ゼロを師匠と慕うこの戦士の名はウルトラマンゼット。まだ若い戦士だが、その実力はゼロにも認められている。
「ここは俺に任せて、行ってください!」
「そんな大口叩いて大丈夫か?」
「また半人前扱いですか!?」
「まだ3分の1って言いてぇところだが……ここはお前に託すぜ」
「うぉぉ! ウルトラ張り切るぜ!」
ゼットがキングジョーブラックを引き付けている間に、ゼロは空高く飛翔した。
そして彼はリンネから感知したどす黒いマイナスエネルギーを追って、次元の壁を越えた。
=========================================
プロローグ
『黒い来訪者』
私はメフィラス星人。
地球での名をニル=レオルトンとしている。
起床し、自らコーヒーを淹れる。未だ試行錯誤中のブレンド豆を丁寧に挽き、その香りを楽しみながら湯を注ぐ。そうしてできた2杯のカップをソーサーに載せ、小さなダイニングテーブルに並べる。
そして一口。
今日も悪くない出来だ。
「さて」
部屋に不釣り合いなサイズ感のダブルベッドの傍らに腰を下ろす。
「おはようございます。朝ですよ」
「んぅ……それはない」
「なくはありません。今日も太陽が昇りましたよ」
「まだ起きない」
「じゃあ、先に支度を――」
私の手が、不意に握られる。
「……ばか。おいてかないで」
「冗談ですよ、愛美さん」
「……ふん」
眠りまなこをこすりながら上体を起こしたのは、私の最も大切な人間の女性だ。
「おはようございます、早馴愛美さん」
「おはよ、ニル」
「服を着た方がいいですよ。色々と丸見えです」
「……っ!!」
愛美は布団を抱きかかえるようにしながら、ジト目で私を見つめる。
「なんで裸なの!?」
「昨夜私が脱がせたからです」
「……そういうことは、口に出さなくていいの!」
そうだ、デリカシーだ。つい忘れてしまう。
しかし容赦してほしい。まだまだ人間の感性は学びの途上なのだから。
なにせ地球で人間として生活し始めてから、1年と経っていないのだ。
その後は愛美と共に登校し、沙流学園3年2組の教室に入った。
3年生になり受験を控える立場になったとはいえ、この教室の騒がしさは少しも変わらないな。
「あぁ~、ずる――じゃない! レオルトン、俺は貴様を羨んだことなど一度もないぞ! 何故なら俺が一番、カッコいい男だからだ!」
「でもずるいって言わなかった?」
「黙れ早坂!」
「ところでニルくん」
「草津の相手は終わりですか、早坂君」
「今日の放課後時間もらえないかな? 樫尾さんと勉強しようって話してて」
「すみません。今日はファストフード店でアルバイトの日なのです」
「バイト!? ニルくんが?」
「ええ。実は――」
つい数か月前のことを思い出す。
グリッドマンと共闘した時の敵『魔王カーンデジファー』に目をつけられた私は、奴によって地球での全財産を奪われていたのだ。
奴は地球のインターネットを掌握していた。当然、銀行のデータベースへの侵入も容易である。私の抵抗力を削ぐため、口座情報は改ざんされて私は無一文となった。
私は高度なAIによる投資でそれなりの資金を所有していたが、今となっては現金の数万円しか持っていない。
「しかも家を焼かれましたからね。日用品の買い直しも必要でしたし」
「そっか、ごめんね」
「もしよろしければ、当座必要な分をお貸ししますわよ?」
途中で話に混ざっていた杏城逢夜乃が、控えめにそう言ってくる。だが私は丁重に断った。
「せっかくだから人間らしく稼いでみれば、と愛美さんに勧められたので」
「なんて良い心がけでしょう! レオルトンさんなら『仮想通貨で簡単に稼ぎます』って言いそうですものね」
「自分だけ楽をするなと怒られました」
「でも本当に大丈夫ですの? 住む場所とか……」
「既に確保しています」
「そうでしたの。今はどの辺にお住まいなのかしら」
「杏城さんがよく知る場所です」
「どちらでしょう……」
「愛美さんのおうちですよ」
「……へ?」
「住まわせてもらっています」
「え……えぇ!?」
「そんなに驚きますか」
「お、驚くにきまってますわよ! ねぇ、早坂さん!」
「しっ! 草津くんが聞いたら発狂しちゃうよ!」
「早坂君、遅かったようです。既に草津はそこで白くなっていま――」
突如、私の全身が強張る。
反射的に身の危険を感じたからであるが……何故よりによってこの教室で“殺気”を感知したのか。
これほどの鋭い気迫をもつ者として唯一の心当たりは、零洸未来――光の戦士ソルだ。しかし彼女は欠席であった。
「全員着席。今日は転校生の紹介するぞー」
担任の大越教諭が教卓に立ち、廊下に居る転校生に声をかける。
「じゃあ自己紹介でも――」
入ってきたのは女子生徒だった。制服のブレザーの代わりにパーカーを羽織り、ウェーブのかかった金髪を揺らしながら黒板の前を横切っていく。
その間、こちら側には一瞥もくれない。まるで興味が無いと言わんばかりだ。
「席は?」
なまじ端正な顔立ちのせいか、鋭く威圧的な表情はより一層の迫力である。
「あ、えっと……まずは自己紹介を」
「そんなのどうだって――」
「良くない! 良くないぞ、麗しきブロンドの転校生!」
いつの間にか立ち直っていた草津が立ち上がった。
「さぁ! よろしければその名を教えてもらえないだろうか? ついでに彼氏の有無も!」
「……」
「まぁ、美少女転校生にぞんざいに扱われるのは経験済みだ。だがな、俺は今度だってめげないぞ」
転校生は数秒、草津の顔をまじまじと見つめる。
「星野ルミ」
「……むむ?」
「名前、言えばいいんでしょ」
クラスメートから「おお」と小さな歓声が上がった。
まさかあの草津が場を収めるとは。
「じゃ、じゃあ、星野さんは廊下側の一番後ろの席にしようか」
転校生は担任の指示には無反応のまま、その席に収まった。
「ふっ。可愛いじゃないか。なぁ、レオルトン」
「そう、ですね」
草津は「見た目よりもお淑やかだ」などと言っているが、私の抱くイメージは正反対だった。
先ほどの殺気――これは間違いなく、あの転校生の放ったものだった。
見た感じは人間でいうところの“ヤンキー女子学生”。着崩された制服やいかにも脱色した髪色など、まさに若気の至りといった風体だ。
しかし私から見れば、只者ではない。私が反射的に警戒する相手とは、つまりは私よりも強い相手――強力な宇宙人ということだ。
このクラスにはまともな転校生が来ないのだろうか。あの百夜過去が良い例だが。
「それから一つ連絡な。今週から文化祭実行委員会が始まります」
大越担任のその言葉に、クラスメートたちが盛り上がる。
文化祭か。なかなか興味深い響きである。人間の文化といえば学問や芸術などを指すはずだ。人間世界の名作を校内に展示し、それを鑑賞するイベントだろうか。学生にしては高尚な祭典ではないか。
「実行委員は例年通り、庶務が担当。うちのクラスはレオルトンだったな」
下らない資料のホチキス止めや掲示板の整理などより、よほど人間の風俗習慣を学ぶ良い機会だ。
「楽しみですね、愛美さん」
「えっ」
「ですから、文化祭です」
「あ~うん。多分ニルは何か勘違いしてると思うけど、そうだね。頑張って」
愛美が何故かにやにやしている。よほど文化祭が楽しみなのだろうか。
そして放課後。アルバイトの時間まで大分余裕のあった私は、文化祭実行委員とやらの初会合に参加することとなった。
まだ他のクラスの参加者は数名しか来ていない。それにしても文化的祭典の実行委員と聞いてさぞ粛々とした集まりなのだろうと想像していたが……黒板にはカラフルな装飾文字で『今年も盛り上げよう! 文化祭!』と書かれていた。
「お隣、よろしいですか?」
顔を上げると、穏やかな微笑みをたたえたショートカットの女子生徒が一人。
「2年4組実行委員の
「私は3年2組のニル=レオルトンです。どうぞ座ってください」
「ありがとうございます」
佐滝鈴羽……たしかGUYS JAPANの高官佐滝氏の一人娘だったな。
一つ下の学年だけあって顔立ちは若干幼い。しかし表情や仕草は随分と大人びており、人当たりの良さを感じる。愛美や草津たちより落ち着いているし、長瀬の同輩とは思えないしっかりした娘である。今朝の転校生とはまさに正反対といった印象だ。
しかし席もまばらな教室で、あえて私の隣に座ったのは何故だろうか。
「すみません、なんでわざわざ隣にって思ってますよね?」
「いえ、気になっただけです。私は一向にかまいません」
「良かった。実はレオルトン先輩のこと、知ってたんです。ちょっとお話してみたいとおもったもので」
「そうでしたか」
「それはもう。女子に大人気と評判の有名人ですから」
「はぁ」
「ふふっ。ごめんなさい、冗談です。長瀬唯ちゃんと仲良くされているでしょう? 私も唯ちゃんとは仲良しで」
「そういうことでしたか。はは、また悪い噂が広まったものだと冷や冷やしました」
「またまた。でも本当に格好良い方で、ちょっとどきどきします」
「またまた、ご冗談を」
この感じ……普通の人間と普通に会話を繰り広げる、この感じはなんとも久方ぶりである。 私の周りには癖の強い人間ばかりのせいか、いわゆる普通とは何かを見失いがちだったからな。
その後も他愛のない話を続けていると会合が始まり、委員長はじめ役職者の選出を終えるとお開きとなった。
「文化祭がまさかあのような催しだとは思いもしませんでした。」
「ついこの間までアメリカにお住まいですよね? 馴染みが無いから当然ですよ。ほんと、学生のお祭りって感じです。ちなみに、どんなイベントを想像してたんですか?」
「それは秘密にしておきます」
「えぇ~。気になります」
「ご勘弁を」
佐滝とは途中で別れ、私は一人で校舎を出た。
まだアルバイトの時間までは若干の余裕がある。そうだ、途中の店でコーヒー豆の買い足しでも――
「失礼」
校門の前に、男が一人立っていた。
黒いスーツに黒いシャツ、黒いネクタイ……全身黒ずくめの男は、直立不動のまま私を見据えていた。
「……私に用事でしょうか」
「いかにも」
不敵な笑み。
彼は胸ポケットに手を差し込むが、敵意は感じない。
「人間の習慣に合わせ、このような物を作ってまいりました」
差し出された名刺。
縦書きに、その名前だけが記されていた。
――宇宙人 メフィラス
「郷に入っては郷に従え。私の好きな言葉です」
「……人違いでは?」
「いいや。君と話すためここまで来た。メフィラス星人、ニル=レオルトン」
私はいつでも攻撃できるよう左手にエネルギーを込めながら、右手でスマートフォンを操作した。
「店長お疲れさまです。ニル=レオルトン、本日母の急病のためお休みをいただきたくお電話しました。はい、はい。申し訳ございません。明後日のシフトは問題ありませんので。はい、ご配慮ありがとうございます。失礼いたします。」
朝から妙な殺気に煩わされ、貴重な現金獲得の機会を奪われ、あげく厄介な訪問者の相手をしなければならないとは。人間の言うところの“厄日”である。
「話はつきました。要件を聞きま――」
「あれー、ニルセンパイ! 今帰りですか?」
そして人間世界で“厄介ごとは続く”というのは噓ではないらしい。
校舎の方から、後輩で元隣人の長瀬唯が手をぶんぶん振りながら走って来た。
「一緒に映画行きましょうよ~! 『シン覆面ドライバー』ですっ!」
「……」
「心中お察しするよ」
「でしたらせめて、別の機会に訪ねて欲しかったものです」
「なら河岸を変えよう、ニル=レオルトン」
“メフィラス”を名乗った男は、右手の指を鳴らす。
パチン、という音と共に、周りの風景が一瞬で切り替わる。
年季の入った純和風な店内……居酒屋のカウンター席だった。私とメフィラスは横並びに座り、卓には既にお通しのらっきょうが用意されていた。
「大将、日本酒を2つ」
「私はアルコールを嗜みません。未成年ですから」
「なら大将、彼にはウーロン茶を」
「私に話とは?」
「まずは一献」
彼は日本酒のグラスを傾け、その味を堪能しているようだった。
「私はこの日本酒というものが好きでね。君も大人になったら――」
「いい加減本題に入ってもらえませんか?」
「良いだろう」
彼は薄ら笑いを浮かべてこちらを見つめ、言い放った。
「この地球と人間を手に入れるにあたり、君との協議が必要と考えた」
「……私と手を組みたいと?」
「その通り。君の助力で、私の計画はより強固になる」
そしてグラスが置かれる。
「十全を尽くす。私の好きな言葉です」
らっきょうをつまんでいる男を横目に、私はふと考えた。
このメフィラスとやら、扱いを間違えば……大きな戦禍をもたらしかねない。
しばらくは文化祭やアルバイトどころではなさそうだ。