2年以上前に一度は完結した物語にもかかわらず、この外伝を沢山の方に読んで頂きました。本当にありがとうございました。しばらく私がこのサイトを離れていた間にも読んで下さったり、感想を下さったりした方がいらっしゃいました。本当に嬉しかったです。ぜひこのグリッドマン外伝についても皆様のお声を頂けたら幸いです。
そして、これからも本家ウルトラシリーズが発展し続けることを祈っております。
===========================================
グリッドマンとニルがコンピューターワールドで激戦を繰り広げていた一方、地上での戦闘も火蓋を切られていた。
早坂家は雪宮悠氷――その正体は氷を操るグローザ星系人グロルーラ――が作り出した氷のドームに守られている。
その外側では、雪宮がGUYSの最新鋭機メシアの小隊を迎え撃つ。AIアレクシスに操られているメシアは、グリッドマンの力の源であり弱点でもあるPC『ジャンク』を狙っているのだ。
「……面倒」
その緊張感の無い言葉の一方で、雪宮は迫るメシアを鋭い眼光で見据える。
住宅街の真ん中で巨大化できないため、彼女は銀色の鎧を身にまとう人間態の姿のままだ。風になびく銀色の長髪をそのままに、彼女は右手に氷の刀を握り、腰の左側に50センチ程の鉄線を下げて立っている。
「……始め」
ドームの上から忽然と姿を消す雪宮。
その次の瞬間には、彼女は小隊中央のメシアの肩に現れていた。常人には見えない剣さばきでメシアは胴体から分断され、爆発する。その上落下したメシアの残骸が建物を傷つけないよう、近くの空き地にうまく落下するように鉄の塊を蹴り飛ばした。
迎撃にかかる次のメシアに、雪宮は氷の弾丸を手から放つ技『グローショット』でけん制する。その隙に相手の機体に飛び乗り、再び刀で首と胴体に斬撃を浴びせる。コントロールを失った残骸を蹴って空き地に放り込む。その繰り返しであった。
「っ!」
時折彼女は攻撃を止め、巨大な氷塊を出現させて投擲する。それはメシアの ビーム射撃が早坂家を守るドームに及ばぬようにするためだった。
「……暑い。帰りたい」
氷のドームに着地した彼女は、上空を見上げながらぼやいた。
曇り空の向こうから、更に数機のメシアの駆動音。
雪宮はため息をつきながら、氷の刀を腰元に差すように構える。そして居合い切りの構えから横一文字に刀を一振りした。
それはただ空を切ったのではない。目には見えない空気の刃が上空に向かって鎌いたちのように放たれたのだ。雲間から降りてきたメシアは一刀両断され、目標に近づくこともなく爆発した。
「……あ」
雪宮が小さく口を開いた時には、ばらばらと残骸が地上に落下していた。幸い人気のない車道に落ちたため被害は無かったが、ふいにニル=レオルトンとの会話を思い出した。
『いいですか、雪宮さん。敵の残骸で住居が潰されないように配慮をお願いします』
『言われなくても』
『頼みますよ。貴女の戦い方は少々荒いので』
『失礼な奴』
――あのメフィラス星人に好物のアイスバーを山ほど奢らせよう――そんなことを彼女が考えている間にもメシアの援軍はなおも来襲する。
数は先ほどの倍以上だが、雪宮にとってさほどの手間にはならない――はずだった。
彼女がドームの上から跳躍したその時、高出力のレーザー攻撃が天高くから撃ち下ろされた。
雪宮が作り上げた氷のドームは、その光線から早坂家を守り抜いた。しかしその熱量は、ドームを融解させる程の威力であった。
早坂家は今、無防備となったのである。
メシア全機から早坂家に放たれるビーム、疾風のごとき動きでそれらを弾く雪宮。
だがたった一発が雪宮の刃を逃れた。
雪宮は咄嗟に、腰に差していた鉄扇を投げた。開いた鉄扇はビームを弾き、コンクリートに突き刺さる。
だが残酷にも、メシアたちの銃口は早坂家を狙ったままだ。
再度トリガーが引かれかけたその時、その銃口は別の対象に向けられた。
その先からやって来るのは、GUYS・JAPANの『ガンフェニックス』だった。
『え、リョータ加勢するん?』
『メシア撃墜が俺たちミッションだ!』
CREW・GUYS・JAPANのリョータ隊員、サクマ隊員の操るガンフェニックスがビームを連射しながらメシアと距離を詰める。
その突撃を、効率的かつ統制のとれた動きでメシアが待ち構える。GUYSスペーシーの包囲部隊を苦しめた高度連携の一端である。
『今だガンフェニックス、スプリクト!』
『あいよっと』
ガンフェニックスの頭にビームが着弾しようとした瞬間、ガンフェニックスが二つに分離。リョータ操る『ガンウィンガー』とサクマ隊員の搭乗する『ガンローダー』に別れ、ガンウィンガーがメシアたちの頭上を駆け抜けた。
続いて、上方に気を取られたメシアたちを狙ったガンローダーの射撃。AIが到底予期しえない危険極まる動きに、メシアは翻弄されるばかりだった。
『ほら見ろ!“フォーメーション・ヤマト”がコンピューターを越えたぜ!』
『ま、これがアナログながらもクソ強い連携ってやつよね』
その2機が作り出した好機を、雪宮は地上から見上げていた。そして、彼らが命がけで作った好機を見逃さなかった。
「……丁度いい」
彼女は統制を失ったメシアたち目がけて跳躍した。
一機目を斬り裂き、そして飛び石のように次々に機体の上を渡りながら神速の斬撃を見舞っていく。最後、高高度を保っていた一機を仕留めるために、手近にあったガンローダーすらジャンプ台代わりにした。
『俺を踏み台にした!?』
彼女は最後のメシアの頭部に立つ。
「終わり」
氷の刀がメシアに突き刺さる。
この一連の彼女の動きは、ほんの一瞬のことであった。
ほぼ同時に爆発したメシアの残骸は、全て雪宮の作り出した氷塊に吹き飛ばされて空き地に積まれていた。
『あいつ宇宙人ガチ勢やん……』
『人間を守ってたようだし、味方ってことでいいだろ』
『せやな。お、もうUNIONシステムのコントロールはライカ嬢に戻ったみたいやから、帰るでリョータ』
『おいサクマ!ガンブースターと合流して、次は宇宙に上がるぞ!この無能!のろま!』
2機は再び『ガンフェニックス』に合体し、上空に真っ直ぐ飛び去って行った。
「……暑い」
雪宮は小さくため息をつきながら、地面に突き刺さったままの鉄扇を拾いあげる。早坂家を――人間たちの命を救ったその武器を。
「レム……また助けられた」
小さくそう呟き、彼女はそれを腰に戻したのだった。
===========================================
グリッドマンとの共闘を終えた私は、ようやく現実世界に戻ってくることができた。
「ニル、おかえ――きゃぁっ!」
画面から勢いよく飛び出してきた私は、画面の前の愛美に向かって倒れ込んでしまった。
床の上、私の下で仰向けの愛美。そんな彼女に覆いかぶさっている私。
互いの吐息がかかるくらい近くに、彼女の顔があった。
きっと何度も泣いたのだろう。彼女の目瞼は薄く腫れていた。何度も目をこすったようで、いつもは白い皮膚に微かな赤みがさしている。
「愛美さ――」
頭の後ろに、彼女の手が回される。そしてぐっと引き寄せられ、彼女の唇が私のそれに重ねられた。
「……良かった。帰って来てくれて」
「え、ええ。全て、終わりました」
「……どうしたの?」
「いえ、別に」
「なんか、顔赤くない?」
「問題ありませんが」
「なに、今ので照れた?」
「違います」
「うそだ~」
「万に一つもあり得ません」
私は、頬をつついてくる愛美から離れ、窓から顔を出した。
すぐ近くの屋根の上に立っていた雪宮悠氷が気だるげにこちらを振り返る。
「終わった?」
疲れた様子の殆ど無い彼女が、素っ気なく問いかけてきた。その向こう側には、鉄くずと化したメシアが山のように積まれている。
「お疲れ様です」
「暑い。アイス奢って」
「もちろん」
「約束」
雪宮はそこから飛び降り、別の家屋の陰に消えていった。
周辺には、直前まで行われていた激戦の熱やにおいも残っている。地球は窮地から救われたばかりなのだ。
それでも鉛色の雲から差し始めた陽光は、地上を温かく照らそうとしていた。
長かった一日は間もなく終わろうとしていた。
星川聖良隊長たちの尽力によって、宇宙におけるUNIONシステムの戦力は無力されていた。最後にはアレクシスの正常化、そして脳波を操るGUYS隊員の活躍によって『カーンスクアッド』はGUYS月面基地に格納された。
その一日が間もなく終わろうとする時刻、ジャンクの前に私たちは揃っていた。
愛美と草津、杏城や長瀬、樫尾、早坂も一緒だ。
私たち7人の前に、グリッドマンが姿を現した。これまでと変わらず彼はジャンクの画面上にしか存在しない。決して触れ合える間柄ではない。
だが彼は、私たちを“仲間”と呼んでくれた。
『ハイパーエージェントを代表して、皆の協力に感謝する。ありがとう』
彼の横には“新世紀中学生”と呼ばれる4人も立っていた。
『私たちはハイパーワールドに帰還しなければならない』
「そうか……行ってしまうのか」
草津は突然私たちやグリッドマンに背を向けた。
それに気づいた杏城が小さなハンカチを渡し、彼は頷いて受け取った。彼の肩が震えているが、今は何も言うまい。
『私は、本当に信頼できる友達を持つことの大切さを、改めて思い知った』
グリッドマンは私と目を合わせ、その後愛美や草津たちに視線を走らせた。
「グリッドマン。貴方はまだ、これからも戦い続けるのですか?」
『もちろんだ。ある人間が、心を閉ざして苦しんでいるんだ』
「健闘を祈ります」
『ニル。今回、君と一緒に戦ったことで多くを学んだ。必ず成し遂げてみせる』
彼ら5人の身体がふわりと浮遊した。
『君も忘れないでくれ。友達の大切さと強さを。皆が、誰もが、頼れるヒーローなんだ!』
私たちは互いに頷く。
そして彼らは旅立っていった。
ジャンクの画面は真っ黒になり、電源も切れてしまった。
目の前の古めかしいPCは、ついに役目を終えたのだった。
「……」
愛美が黙ったまま、私の手を強く握る。
私も何も言わず、その手を握り返した。
私の腕からアクセプターが姿を消したことは、グリッドマンとの別れを明確に示していた。
彼との別れは、すなわち日常への回帰なのだ。それは私たちが望んだことで、喜ぶべきことのはずだ。
だとしても、共に戦った友との別れを、この場の全員が心から受け入れられないような表情だった。
その感情は、私も恐らく同じだった。
「……さてと皆さん。夜も遅いですし、帰りましょう」
若干の無理をするように、杏城が明るい一声を放つ。
私たちは早坂家を後にした。それぞれの帰宅路へ別れていき、最後に私と愛美、長瀬が残った。
「あ、そうだ!ニルセンパイに言わなくちゃいけないことが……」
「ちょ、唯!もうそれはいいから!」
スマートフォンを私に見せようとする長瀬を、愛美が必死に止めようとする。
「あわわっ!」
長瀬の手からスマートフォンが離れる。それを私がキャッチした。
ふと目にした画面には、私と長瀬のメッセージ会話の画面だった。
「それ、皆さんを元気づけたく見せちゃいました。てへっ」
長瀬はわざとらしくウインクして、私からスマートフォンを受け取った。
「じゃ、帰りますね!」
彼女が走り去って、私と愛美だけが残された。
「……なに見てんのよ」
「いえ。まさか愛美さんに見られてしまうとは」
それは長瀬との他愛のない会話だった。ふとした流れで「前みたいに突然居なくならないでください」と彼女に言われて返した言葉だったのだが、思いの外愛美への心情を言葉にしてしまっていたようだ。
「ふーん、そうですか」
「どうして怒っているのですか」
「別に怒ってません」
「愛美さん」
背を向けようとした彼女の手を、私は掴んだ。
「……直接言ってくれなきゃ、やだ」
じっと見つめてくる彼女に、私は根負けするしかなかった。
「愛美さん。私は、愛美さんの誕生日やクリスマス、特別な日は必ずあなたと一緒にいたいと思っています。決して離れ離れになることなど、ありません」
長瀬に送ってしまったメッセージをそっくりそのまま口にする。
しばしの間、私と愛美は視線交わしたままだった。やがて二人同時に笑いだし、また一緒に歩き出した。
「そういえば」
「ん?どーしたの」
「私の家は燃えてしまったのでした」
「帰るとこないの?」
「ええ。仕方ありませんから、駅前のホテルにでも――」
「うち、来れば……?」
「……良いのですか」
「そ、そんな真剣に聞かないでよ。どうせ家は私一人だしさ」
「じゃあ、お邪魔します」
「言っておくけど!ヘンなことしたら……ダメだからね」
「ヘンなこと?それは具体的にはどういう……」
「もう!そんなこと聞かないでよ――」
――――――――
――――――
――――
――グリッドマン外伝・完
――
――――
――――――
――――――――
地球球の大気圏を越えた、遥か先の宇宙。
何もない漆黒の空の下“それ”は現れた。
意志も目的も持たない“それ”は、深い深い紅色の球体の姿を取り、動き出した。
その向かう先は、青く輝く生命の楽園――地球だ。
「っ!!」
金星の灼熱の大地の上に立つのは、光の戦士ソルだった。
彼女は片膝を地面につけ、痛みと疲労の中で“それ”の気配をかすかに感じ取った。
「あ~ら未来ちゃん。余所見したら――」
ソルが大地を蹴り、空高く飛ぶ。
彼女が立っていた場所には、巨大なクレーターが形成されていた。
「――死んじゃうわよ♪」
不敵に笑うのは、光の戦士ラス。
人間としての姿では百夜過去を名乗る女性だ。
彼女がソルの方を見上げると、ソルは力が抜けたようにぐったりして落下した。
彼女のエネルギーは弱まり、砂の大地に倒れたまま立ち上がれなくなっていた。
「……未来ちゃん」
ラスが傍らに座り、その額を彼女の額に重ねた。
「言っておくけど、私たちには時間無いのよ?」
ラスが分け与えた力で、ソルはようやく立ち上がることが出来た。
「未来ちゃん。あなたがまともに戦えるようになる方法は、一つしかない」
彼女は自分の胸に手を当てた。
「この私を殺して手に入れるのよ――新たな力を」
―――物語は第2部へ、続く