私が作戦開始を告げてから約2時間が経過した。
この部屋には私と愛美、草津に加え、急遽呼び寄せた雪宮悠氷が残っている。早坂冥奈に借りたノートPCは、通話アプリによって杏城、樫尾、早坂姉弟、長瀬の計5台のスマートフォンと接続されている。
「皆さん、準備はできましたか?」
全員から返事が来たところで、私はPCを操作する。
「皆さんが各所に置いて来てくれた発信機に、今から『アナザーグリッドマン』起動命令を発信します。充分に離れた場所とは思いますが、上空からレーザーが撃ち込まれるのを確認したら速やかにその場を離れて下さい」
作戦の第一段階は、UNIONシステムの一部である『サテライトレーザー』5機を使用させ、この場への攻撃を一時的に遅らせることだ。そのために囮となる『アナザーグリッドマン』発信機を、ここから大分離れた5か所に置いてきてもらった。
私はジャンクの前に立った。
『ニル。君ともう一度戦えることを誇りに思う』
「同感です。AI『アレクシス』を無力化し、無事戻りましょう」
『了解だ!』
彼のガッツポーズに、私は頷き返した。
「雪宮さん。先ほど説明した通り、ここが攻撃を受けた時は、頼みます」
「分かっている」
恐らく剣道の練習中に飛び出してきたのだろう、彼女は道着姿のままだった。
「言っておく。あのレーザー攻撃からここを守れるとしたら、2発まで。それ以上は私には難しい」
「レーザーの再チャージから照準、発射までは最短10分です。それまでに片を付けます」
「よろしく」
雪宮は素っ気なく答えて窓際に陣取った。
「草津は皆さんに合図を。愛美さんはLANケーブルを差した後、アクセスコードを打ち込んで下さい」
私はアクセプターを構えた。
「それ、似合ってるよ」
後ろで愛美がいたずらっぽく笑う。
「今日が見納めですがね」
「あーあ。あのヘンな合体ポーズも最後かなぁ」
「当然です。せいせいしますよ」
「……気を付けてね」
しかし、どことなくぎこちないその表情は、胸中の不安の表れだろうか。
「必ず戻りますよ。約束です」
私は目を閉じた。
インターネットを介してこちらの動きを掴む敵、そして零洸未来――光の戦士ソルの不在など、現状を踏まえたこの作戦には誰もが危険にさらされている。
それでも私はやり遂げねばならない。
大切な人間たちを巻き込んだ戦い。それはすなわち、何があっても負けられない戦いであるということだ。
「――アクセス、フラッシュ!」
右手のアクセプターが白く輝く。
「草津、皆さんに合図を!」
私はコンピューターワールドに吸い込まれ、グリッドマンとの合体を果たした。
『愛美!戦闘コードを打ち込んでくれ!』
グリッドマンの声がする。
合体して肉体を共有しているが、彼の中で私の意識は生きている。
AI『アレクシス』の待つコンピューターワールドに向かう中、愛美が打ち込んだアクセスコードが視界に現れる。
――GRIDMAN
コードが全て打ち込まれるのと同時に、グリッドマンの肉体に変化が生じる。銀色のアーマーの一部が外れ、その下に隠された、烈火のごとく紅い肉体が現れる。これが本当の意味で最適化された、完全なグリッドマンの姿なのだ。
そして、彼との共闘の中では今まで見たことの無い文字列が目の前に現れた。
――Special Signature to Save a Soul――それはグリッドマン自身を指し示す言葉なのだろう。
だとすれば、グリッドマンの力の本質とは――
『ニル!間もなく着くぞ!』
緑と青で構成された薄暗い空間――しかしこれまでとは桁違いのマイナスエネルギーに満ち溢れているこの場所こそ、カーンデジファーに奪われたUNIONシステムの根幹なのだ。
『おやぁ?どうやらお客様が来たようだねぇ』
マイナスエネルギーの中心に立つのは、四肢をもつ人型のロボットだった。金属質の銀色の体躯に、赤い電子光が顔のような形に明滅する頭部を持つ。
『どうもどうも。このUNIONシステムを管理しているAIのアレクシスです』
顔面の電飾を点滅し、まるで笑っているような模様になった。並び立てる友好的な言葉は、こちらを挑発しているように感じられる。
コンピューターワールドでは無形のプログラムが具体的な姿で現れる。AIという人工頭脳が情緒を持つ人型ロボットの形を取るというのは、納得できなくはない。
『君が本物のグリッドマンだね?最初の攻撃は囮かな?』
『お前を倒し、システムを奪還する!』
『できるかなぁ?』
穏やかな口調とは相反して、彼は赤いビームソードを両腕に握りしめた。
『グリッドマン!ホーク1号、行くぞ!』
草津の掛け声とともに、上空から青い戦闘機『ウルトラホーク1号』が飛来する。ホーク1号は3つに分離し、それぞれが剣と盾、機動性を向上させるバックパックに変形する。
グリッドマンの背中にバックパックが合体し、彼の挙げた両手に剣と盾が装備された。
『準備は良いかい?グリッドマン』
『行くぞっ!』
両者が地面を蹴り、互いに距離を詰めた。
『ハァッ!』
グリッドマンの剣とアレクシスのビームソードが交わる。その度に火花が広がっていく。
『ほほう!やるじゃないか!』
アレクシスはまるで戦いを楽しむかのように、愉快そうに笑いだす。奴はまだまだ余力があるのだ。
「グリッドマン、ここは一気に決めましょう」
『了解だ!』
私の提案に応じたグリッドマンがアレクシスの刃を弾いてから、ブースターの推進力で一気に上空に飛翔する。
『フルパワーで行くぞ!』
彼が剣を頭上に構える。その刃が黄金の光を帯び始める。
『グリッドォォ、スラッシュビーム!!』
頭上から振り下ろされた刃から、三日月形に形成された光の刃が放たれる。今までの戦いでどんな怪獣にも止められたことの無い、凄まじい切れ味の攻撃だ。
それを、アレクシスは2本の剣で受け止めた。
『これは……なかなか――』
しかし奴は耐え切れず、その身体は縦に分断された。ビームが地面へ着弾したことで白い煙が上がっているが、さすがに無事ではないだろう――
『グリッドマン!後ろ!』
現実世界からこの場を俯瞰している愛美の声で、私たちは背後に振り返る。
そこには、先ほど真っ二つになったはずのアレクシスの姿があった。最初と変わらぬ、傷一つない様子だ。
『残念。私の修復力は無限だよ』
アレクシスの刃を盾で防ぐが、その衝撃でグリッドマンは地面に向かって叩きつけられる。あまりの力だったため受け身が取れずに倒れ、形勢を立て直す前にアレクシスの接近を許してしまう。
『その盾は、邪魔だねぇ』
再びの斬撃。それによって盾が焼切られる。
『その剣も、好きじゃないなぁ』
続けざまの蹴りによって腕をやられ、剣は遥か先に飛ばされてしまった。
『丸腰が似合っているよ!』
振り下ろされる刃。
グリッドマンは渾身の力で地面を蹴って避けようとするが、その肩に強烈な斬撃を受けた。
『ぐあぁっ!』
私たちの身体は後方に吹き飛んだ。かろうじて立ち上がる中、アレクシスは近づいて来ずにこちらを見据えている。
『君の仲間の居場所は今捕捉した。サテライトレーザー5機でロックオンしよう』
『させるかっ!』
アレクシスに向かって飛び蹴りを繰り出すが、奴は両腕で難なく受け止めてしまう。そして奴が腕を大きく広げ、私たちを退ける。
『まったく。レーザーの操作は神経を使うんだ。邪魔をしないでくれたまえ』
このままでは戦闘云々の前に愛美たちとジャンク本体が――
『グリッドマン!ニル=レオルトン!!』
聞き覚えのある声だった。
彼の声と共にアレクシスの背後に何かが転送され。それはアレクシスを急襲した。アレクシスは突然の攻撃に対応できず、体勢を崩す。
現れたのは、肩に2門のキャノン砲を装備した赤い装甲の恐竜型メカだった。その咆哮がコンピューターワールドに響き渡り、空気を揺らす。
『僕が作ったアシストウェポン『ダイナドラゴン』だ』
「フジドウヨシオ……なぜ君がそこに?」
『藤堂タケシとかいう人からメッセージを受け取ったんだ。お前らが、カーンデジファーから地球を救おうと戦っているって』
『魔王に見捨てられた役立たずに、何ができるのかなぁ!』
アレクシスがダイナドラゴンに向けて刃を突き出す。ダイナドラゴンは鋭い金色の爪で受け止めた。
『僕は……とんでもないことをしでかした。だから少しでも……償いたいんだ!ダイナドラゴンっ!ドラゴンロアーだ!』
ヨシオの一声で、ダイナドラゴンの口から巨大な火炎が吐き出された。アレクシスは炎に包まれながら唸り声を上げる。
『無駄だよ!』
燃え尽きたかに見えたアレクシスの身体は、また別の場所で再生した。
しかしアレクシスが攻勢に転じることは無かった。奴は一旦動きを止め、戦闘の構えすら解いている。
それをチャンスと追撃を仕掛けようとするダイナドラゴンだったが、グリッドマンが左手で制した。
『来たな、カーンデジファー!』
グリッドマンが叫んだ方向、何も無かった空間の裂け目が生じ、その中から魔王は現れた。
『アレクシス……わしも手を貸してやろう』
先ほどの比ではないマイナスエネルギーがこの一帯に満ち始める。
『グリッドマン!貴様の相手はこのわしだ!』
はためく黒いマントと醜悪な嗤い声が、この戦いの新たな局面を告げているようだった。
―――そして外伝最終話へ
次回から、いよいよ最終話開始です!
SSSS.GRIDMANと共に始まった物語ですが、こちらもいよいよ最後の戦いまできました。
どうか最後まで、ニルたちとグリッドマンの勇姿を見逃さないでくださいね!