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『死ぬがいいっ!』
魔王カーンデジファーが画面の向こうで叫ぶ。
次の瞬間には、私の“円盤”は大気圏からのレーザー攻撃を受けていた。
「っ!!」
私は咄嗟に、緊急脱出装置を起動した。“円盤”のシールドが破られたのと殆ど同じタイミングで、私の身体は外に射出された。脱出装置は発動したものの、その爆風の方が私を押し出す形となった。おかげで私は必要以上の威力で機体から投げ出された。近くの木に衝突しながら、私は無様に地面に転がった。
視線の先には船体の半分が消し炭になった“円盤”が炎と煙を上げていた。そして燃料に引火し、大爆発を引き起こす――
私の身体は爆風によって吹き飛ばされる。その勢いのまま崖から転げ落ち、何度か木の幹や岩にぶつかりながら地面に叩きつけられた。
見上げた崖の向こうからは、黒煙が空に向かって上がっている。私は立ち上がりながらその様子を眺めていた。地球に来てからしぶとさだけは成長したのか、何とか歩けるようだ。
“円盤”と共に私は、対ウイルスプログラムという武器も失った。カーンデジファーに対し、まさに丸腰である。
通信機器も無いため、誰とも連絡を取れない。テレパシーで反応してくれるとすれば零洸未来と雪宮悠氷だったが、零洸には頼れない事情があるし、雪宮が来たところで解決できることもない。それに、そもそもインターネットに接続された機器を手にしていればそれだけで、カーンデジファーに所在が知られてしまう。
しかし指を咥えてカーンデジファーの支配を受け入れる気はない。一先ず人里に下り、変装しながら対策を立てねば――
「ここは……」
思案しながら林の中を歩いていると、奇妙な場所に辿り着いた。
おそらくは不法投棄場所なのだろう。廃棄物はどれも古めかしいモニターだった。既にどれもが傷だらけで汚れており、無造作に積まれている。中には画面が粉々に割れている物もあった。
しかし奇妙だったのは、無数のモニターのただ一つだけが光を放っていることだ。私は吸い寄せられるようにそこに近づき、モニターに囲まれた中心に立った。
『ニル=レオルトン。グリッドマンと合体し、コンピューターワールドで戦っていたのは君だな』
男の音声と共に、その姿が画面上で露わになる。
ベージュのロングコートを着た、細身の人間男性だった。丸い大きな眼鏡と長い前髪が印象的だ。
「……何者ですか」
『僕の名はタケシ。藤堂タケシだ』
目の前の画面が消え、今度は背後のモニターに彼の姿が映りだした。
「私の名を知っているとは、ただの人間ではありませんね」
『僕は今、君の存在する次元とは別の次元から通信している』
「多次元宇宙マルチバースですか」
『そうだ。詳しい説明は省くが、僕はかつて魔王カーンデジファーの傀儡となっていたんだ。その時グリッドマンに救われた』
こちらの次元でカーンデジファーに操られていたフジドウヨシオと同じような存在ということか。
『そして今回、君のもとにグリッドマンを送り込んだのは僕だ』
「カーンデジファーを追って?」
『その通り。奴は一度グリッドマンに無力化されたが、蘇っていた。あの頃ほどの力は持っていないが、グリッドマンでなくては倒せない。だから彼を送った』
「彼は、そんなことは一度も説明していませんでしたが」
『不完全なんだ。君の次元へ送る際にデータ容量を縮小したために、記憶を失っているのかもしれない』
「……まぁいいでしょう」
カーンデジファーの罠ならば、とっくに私はレーザーに焼かれているはず。彼の言葉を信じる理由にはなる。
「私に連絡を取った理由は?」
『もう一度、グリッドマンと合体して戦ってほしい。そうでなければ、君たちの地球は奴に侵略されてしまう』
「グリッドマンは無事なのですか?」
『ああ。彼が宿っているジャンクも無事だ。君たちグリッドマン同盟の仲間が探してくれている』
「っ!!」
私は、右真横に映っていた彼に近づいた。
「余計なことをしてくれましたね」
『仲間を巻き込みたくない、ということか?』
「もし彼らに連絡を取れるなら、捜索を止めさせてください。そしてグリッドマンをここに呼ぶことです」
『それはできない。この次元ではジャンクだけが、彼と君たちを繋ぐ絆なのだ』
「貴方にはこちらの状況が分かっていないようだ。今こちらでカーンデジファーに反抗を悟られれば、攻撃を受けてしまう。これ以上彼らを危険には――」
『聞いてくれ、ニル』
無表情だった藤堂タケシの声色に、わずかながら熱が込められていた。
『僕はかつて、たった一人だった。周りを馬鹿にし、一人で何でもできると思い込んでいた。しかしそれ故にカーンデジファーに付け込まれ、悪の道に堕ちた』
彼の姿と、画面に反射して映る私の姿が重なっていた。
『君は宇宙人だ。確かに人間なんかよりずっと強い。しかし一人でできることなんて限られている。それは人間も、君も同じはずだ』
彼の言は正しい。
私は一人で戦おうとして敗れた。そして今も、1人では何も手立てがないことは自分が一番理解していた。
『僕を救ってくれたのはグリッドマン一人ではなかった。彼にも仲間が――グリッドマン同盟という強い人間の仲間がいたんだ』
タケシが右腕を挙げる。
『仲間を信じるんだ。信じることを恐れてはいけない』
「私は、」
平時はお調子者だが、誰よりも勇敢な草津、
「もう一度、」
いつも私を温かく教室に迎え入れてくれる、杏城たちクラスメート、
「彼らを、」
そして、誰よりも私を愛してくれる彼女。
「頼っても――」
その時、ポケットの中に何か熱い物を感じた。
それはグリッドマンと別れた際に腕から外れ、いつの間にか持ち歩いていたアクセプターだった。
『ニル。君はグリッドマン同盟の仲間だ。その仲間を頼って何が悪い。仲間なら、必ず応えてくれる』
タケシの右腕にも、アクセプターが装着されていた。
『そしてグリッドマンも、君の帰還を待っている』
私は頷いた。
そしてその場を去ろうとした時、タケシが言った。
『忘れるな。彼と共に戦う戦闘コードを。アクセスコードは――』
問題無い。
そのコードを忘れたことなど、出会った時から一度も無いのだ。
そして私は、戻ってきた。
「愛美さん。もう一度だけ、私と一緒に戦って下さい」
両腕で抱きしめた愛美にそう言った。
「それ、私が断るわけないじゃん」
顔を上げた彼女は、きっと強がっている。
長いまつ毛にまだ涙が残っていた。
当たり前だ。誰だって戦うのは恐ろしい。
しかしそれでも応えてくれるのが、私の地球侵略を打ち破った人間の“心”の強さなのだ。
「ここにジャンクがあるのですね」
早坂の家というのは意外だったが、私は彼女に連れられ、ジャンクの元へ向かった。
「てか、よくここが分かったよね」
「私にも理由は分かりません。ただ」
私は右手のアクセプターと、首にかけていたペンダントを彼女に見せた。
「これらに導かれて、ここまで来れたようです」
部屋の扉を開くと、見知った顔ぶれが揃っていた。
「皆さん、ご迷惑をおかけしました。一応は無事です」
「まったくもう……男の人は何でこう、傷だらけになるのでしょうね」
杏城がやれやれといった感じで小さくため息をついた。
「でも、戻って来てくれて本当に良かったですわ」
「私も嬉しいです!家焼け仲間が居ないと寂しいですよっ」
直接長瀬の無事を確認し、私も一安心だ。
「詫びた直後ではありますが、一つ皆さんにお願いしたいことがあります。ですが100パーセントの安全を保障できるものではなく――」
「レオルトン!先に言っておくぜ。俺たちはお前の頼みなら、何だってやってやらァ!」
「樫尾さんの言う通り。ニル君、たまには僕らのことも頼ってよ」
樫尾と早坂の言葉に後押しされ、私はここまでの道中で練った作戦を話した。
「……レオルトン」
話を聞き終えた草津が立ち上がり、私の前まで進み出た。
「戦いが終わったと、俺と愛美に嘘をついたな」
「……ええ。本当に申し訳――」
「許す!同盟メンバーの帰還に万歳だっ!」
両腕を挙げて叫ぶ草津に、一同笑う他なかった。
「さてレオルトンよ。俺たちがやることは把握した。最後はお前と彼に託すぞ」
草津に肩を叩かれ、私はジャンクを前に声をかけた。
「……グリッドマン」
『ニル。君の無事を嬉しく思う』
「もう一度、私に力を貸してください」
『もちろんだ。私こそ、君たちに協力を要請する!』
これはカーンデジファーへのリベンジだ。
しかし今度は負けられない。
私には、守るべき、そして共に戦う仲間がいるのだから。
「グリッドマン同盟の最終作戦を、開始します」
―――その4へ続く