留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

129 / 167
外伝4話「囚われの地球」その2

 

「何だか目の回りそうな話ですけれど……わたくしは信じますわ」

 

 ここは学園の古い体育用具室の中である。草津が念のためと、ネット環境の無い場所として選んだのだった。

 逢夜乃をはじめ、樫尾、早坂、そして唯が揃っている。いずれも愛美と草津が呼び出した面々である。

 

「そのグリッドマンさん?のPC……ジャンクとやらを探せばいいのですわね?」

「そう。逢夜乃にも、みんなにも手伝ってほしいの」

 

 愛美が遠慮気味に言うと、逢夜乃は優しく微笑んで愛美の両手を握った。

 

「もちろんですわ!わたくしに出来ることなら、何だってやりますわ」

「俺たちも同じだよなァ、早坂」

「ええ、樫尾さん」

「私にもやらせて下さい!」

 

 樫尾、早坂、唯も力強く賛同する。

 

「しかしこんな時に未来が居ないのは口惜しいぜ……」

 

 樫尾の口から告げられた名前に一同は一瞬、何も言えなくなった。

 詳しい事情の分からぬ未来の不在――全員が分かってはいても、彼女への想いは常に皆の頭にあった。

 

「仕方ありませんわ。未来さんばかりに助けてもらうわけにはいかないのですもの。こんな時こそ、わたくしたちが地球を守らないと!」

 

 杏城の張りのある声に、全員が頷く。

 しかし彼らの心中は決して穏やかではなかった。未来の不在という事実に加え、ニルの安否を心配する気持ちが強く残っている。

 それを察してか、唯があるものを5人に見せた。彼女のスマートフォンに表示された、メッセージ会話の1ページだった。

 

「ほら、ニルセンパイは多分、いつもみたいに帰ってきます!」

「あらあら……これは楽しみですわね」

「男に二言は無ェからな」

「あのキザ野郎め!俺もいつか同じことを!いやしかし、それではまるで俺がレオルトンに憧れているようでは――」

「ほら草津くん!馬鹿なこと言ってないで、探しに行くよ!」

「早坂、貴様……俺への当たりが日に日に強くなってないか……?」

「そう?気のせいだと思うよ」

「と、とにかく!グリッドマン同盟は再結成、再始動だー!!」

 

 男子3人は先に用部室を後にした。

 

「まったく。こんな時でも騒がしくって」

 

 そう言いながら笑みをこぼす逢夜乃は、部屋の端に立っていた愛美の方に振り返った。

 

「愛美さん?」

「な、なに」

「もう。そんなに照れなくたっていいではありませんの」

「うるさいなぁ」

 

 唯とニルのメッセージ会話を見てから、愛美はずっと黙ったままだった。

 その頬は、熱と赤みを帯びている。

 

「愛美センパイってば、カワイイです!」

 

 唯が駆け寄り、何故か突然愛美を抱きしめた。

 

「ゆ、唯?」

「ニルセンパイ、帰ってきたらお説教ですね。こんなに想ってくれる人に心配ばっかりかけちゃって」

「……ありがとう。2人とも」

 

 愛美は改めて実感していた。

 悲しんでいる場合じゃない。

 自分には友達がいる。

 どんな時も自分を勇気づけ、励まし、助けてくれる友達が。

 彼女は、胸に手を当てた。

 そこにあったのは、彼との約束のしるし。

 ――いつまでも、ともに、あなたと。

 ニルの言葉を、愛美はもう一度、心の中でそっと呟いた。

 

 

 

 

 その頃、草津たち3人は警察署に来ていた。

 彼らの想像以上の混乱が、署内で起こっていた。

 カーンデジファーが電波ジャックで“地球支配”を宣言してから、市内では事件や騒動が多発していた。

 実際3人がやって来る道中でも、パトカーのサイレンが引っ切り無しに響き渡っていた。火事場泥棒まがいの窃盗事件や、市民同士の喧嘩騒ぎ、交通事故、様々なトラブルで警察官は多忙を極めていた。

 

「何だかよォ、半年前のことを思い立ちしまう」

「あの時も、街中パニックでしたよね……」

 

 樫尾と早坂、草津は、周囲に視線を配りながら早足で警察署の正面玄関を通り抜けた。署内でも怒鳴り散らす市民や、泣きじゃくる子供、多くの人々で混雑していた。

 

「今がチャンスだ。こうてんてこ舞いだと、いくらでも誤魔化しが効くだろう。すみませーん!」

 

 3人は受付の前に陣取り、声をかける。

 草津はいかにも切羽詰っているという態度で、探し人の居場所を聞き出そうとした。

 

「え?昨日の火事の被害者?貴方たちご家族?」

「そうなんです!母方の祖父の兄でして」

 

 こんな状況では、警察官の対応も平時とは異なってくる。現に受付の女性はいかにも忙しいといった様子を見せつつ、学生3人への対応を面倒に感じていた。

 

「身分証明できるもの持ってる?」

「それが、ここに来る途中に引ったくりに遭いまして……しかしどうしても、無事を確かめたいのです!」

 

 俳優顔向けの演技である。草津は目に涙を貯め、受付女性の手を握りしめた。

 

「お願いですっ!」

「わ、分かりました。少し待ってくださいね」

 

 女性が後ろのPCに向かった隙に、草津は樫尾たちにウインクした。

 

「中古店経営の新庄さんでよろしいですよね?」

「そう!新庄のおじさんと呼んでおりました!」

「今、久瀬病院で入院中ですよ」

「ありがとうございます!いつかお食事でもご一緒に!」

 

 草津がそう言い残し、3人は警察署を飛び出した。

 

「ふはは!俺の美貌とテクニックを持ってすれば余裕だな!」

「やるじゃねェか。そうだ、久瀬病院なら、俺たちよりも愛美たちの方が近けェな」

 

 樫尾が電話で、愛美を呼び出した。

 

「おう、おう。よろしくな!」

 

 彼が電話を切り、3人も急行することとなった。

 しかし警察署前のバスは運休、タクシーも全く見つからず、3人は足を失う形となった。

 

「病院までは結構あるよ。ここから1時間以上歩くかも」

「仕方ねェ……病院はあいつらに任せるか」

 

 混迷極まる市街を、3人は走ることに決めた。

 30分程走ったところで、彼らは水分補給と休憩をしようとしていた。だが通るコンビニ全てが品薄状態で買い物のしようが無かった。いずれの店内も物が散乱し、まるで嵐が過ぎ去ったような有様であった。

 ようやく飲料水を手に出来たコンビニの前で、3人は息も絶え絶えであった。曇りの日とはいえ、湿度も気温もそれなりに高く、長時間走ることは危険と言える状況だった。

 

「はぁ……一体どうなってやがるんだ?」

 

 一気に飲み干したペットボトルをゴミ箱に入れながら、樫尾はため息をついた。

 

「社会が機能してないってやつだぜ、まるで」

「これ見てください。大変なことになってますよ」

 

 早坂がスマートフォンで2人に見せたのは、インターネットで閲覧できる新聞記事だった。

 

「政府がカーンデジファーとの交渉について審議中……実力行使の破棄を決定……なるほどな、これは人々が混乱するだろう」

 

 草津はそう言って、ペットボトルを握りつぶした。

 

「ネット上じゃ、政府がカーンデジファーに降伏したって決めつけられてるみたい」

「実際、何かしようものならビームを撃ち込まれるんだ。表だって抵抗はできんだろう。だが――」

 

 草津は無駄にきれいなフォームでペットボトルをゴミ箱に放り投げた。

 

「ジャンクさえ見つかれば、勝機はある!」

 

 その瞬間、草津のスマートフォンが鳴った。

 

「おお、愛美か!病院には着いたのか?」

 

 何度かの相槌の後、草津はウインクして親指を立てた。

 

「で、ジャンクはどこに?……何だと!?」

「草津くん、愛美さんは何だって?」

「ジャンクは一昨日の朝、人手に渡っていたらしい」

「じゃあ無事なんだね!」

 

 早坂が小さくガッツポーズをしているところに、草津の手が肩に置かれる。

 

「ん?何?」

「ジャンクの在り処に行こう」

「それはどこに?もしかして、結構遠いんじゃ――」

「喜べ早坂、すぐ近くだ。なんとお前の家にジャンクがあるみたいだぞ」

「……え?」

 

 早坂の間の抜けた返事と共に、彼らの行先は急遽変更となった。

 

 

 

 

「本当にごめんなさい!まさか姉さんが買ってたとは思わなくて……」

 

 早坂家は料亭を営んでおり、その店舗裏の一軒家が住まいであった。

 その二階に早坂の姉である冥奈の自室があった。その扉の前で早坂は、何故かそわそわしながら深呼吸をしていた。

 

「先に言っておくけど、最近の姉さんは少し荒れてるというか、とにかく面倒なんだよね……みんな、気を悪くしないでね」

「何を言うか早坂よ。もっぱら絶世の美女という噂のお姉様にお会いできるなんて、俺は胸が躍っているぞ!」

「私も楽しみです!綺麗なお姉さんは大好きです!妹にしてもらいますっ」

緊急事態でもいつもの調子を崩さないのが草津と唯の良いところである。緊張の面持ちだった彼以外のメンバーも、少し気が紛れていた。

「じゃあ、開け――」

「なによーっ!!私の天才的頭脳と腕でも直せないの?!もうあったまきた!」

 

 突然開かれた扉。

 

「ぬあっ!!痛めた腕がっ!」

「草津さんの胸板!堅い!でもなんかイヤ!」

 

 扉と壁に挟まれた草津と唯。

 

「……あら、いらっしゃい。私に何か用かしら?」

 

 グレーのスウェット姿の冥奈が笑顔で出迎えていた。

 

「冥奈さん!ここにジャンク――じゃなくて、古いパソコンありませんか!?」

「久しぶり、愛美ちゃん。今日も相変わらず可愛いわね」

「ちょ、冥奈なさーーどこ触ってるんですか!」

「むむ!?胸が育ってるわ……誰!?私の愛美ちゃんに手を出したのは!!」

「もう姉さん!馬鹿なことしてないで、一昨日買ったパソコン?どこにあるのさ!」

「あぁ、あの気まぐれで買ったやつね。それなら部屋の中だけど」

「悪いけど入るよ!みんなも早く!」

 

 早坂が姉を押しやって中に突入する。それに次いで愛美と逢夜乃、ややあって遠慮ぎみに樫尾も中へ。

 

「ジャンク!!」

 

 愛美の一声で、全員の目が部屋の中心に向けられた。

 

「冥奈さん、これ触ってもいいですか?!」

「そりゃ構わないけれど……多分壊れてるわよ。完璧に直しても付かないのよ、電源」

「そんな……」

 

 愛美はジャンクの前で崩れ落ちるように座り込んだ。

 

「お願い……グリッドマン。もう一度出てきて!」

 

 彼女がジャンクの画面に触れた瞬間、真っ黒だった画面が突然発光しだした。

 

「あれだけいじってたのに……」

 

 冥奈の呟きをよそに、ジャンクは様々な映像を矢継ぎ早に映し出す。

 そして最後に、紅い身体と銀色のアーマー、黄金の眼を持つ“鋼鉄の武人”が現れた。

 

『――待っていたぞ、愛美!』

 

 

 爽やかだが力強い、彼の声。

 カーンデジファーのもたらした絶望を吹き飛ばしてくれるような、熱い声だった。

 

「大変なの!カーンデジファーがGUYSの武器を乗っ取って、地球を支配しようとしてる!」

『ああ。重大な危機だ』

「ニルも……もしかすると大変なことになってるかもしれなくて」

『愛美、焦ってはいけない。まだ希望はある!まずは私を最適化してほしい。話はそれからだ!』

 

 愛美は思い出したようにスマートフォンを鞄から取り出した。

 

「このファイルだよね?でも……」

 

 そんな愛美の手を、後ろから掴んだ手があった。

 

「見せて」

 

 早坂冥奈だった。彼女は聞こえるか聞こえないくらいの声で何かを唱えながら、ファイルの文字列に目を走らせた。

 

「これ分かるんですか!?」

「ええ……少し時間を頂戴」

 

 冥奈はスウェットの腕をまくり上げ、長い髪をポニーテールにした。

 それから彼女はジャンクのキーボードに触れ、凄まじい速さで指を動かした。

 

「……これで、どう?」

 

 冥奈が作業を終えると、この場の全員の視線がジャンクの画面に釘づけとなった。

 

「うおォ!ウルトラマンみてェな奴が映ってるぞ!」

「僕にも見えます。姉さん、何したの?」

 

 樫尾と早坂にもグリッドマンが認識できたことで、冥奈は満足げに頷いた。

 

「私はあのUNIONシステムを構築した本人よ。たかがPC一台直せないわけ無いのよ」

「はぁ……はぁ。グリッドマン、久しぶりだな」

『草津!君も来てくれたのか』

「先程までドアに挟まっていたが問題ない!共にカーンデジファーを撃退するぞ!」

『ああ!共に戦おう!』

「だがグリッドマン、肝心の、あの格好つけが遅れていてな……」

『そうだな。しかし草津。彼なら間もなく……来てくれるはずだ!』

 

 その時突然、ジャンクの前に座っていた愛美が立ち上がった。

 彼女は何かを感じ取ったかのように走り出し、部屋を出て行く。

フローリングの床で滑って転びかけながらも、愛美は廊下を駆け抜け階段を下りた。一瞬、人様の家で走るなんて、と罪悪感を覚えたが、身体も気持ちも止まろうとはしなかった。

 靴を履く手間も惜しみ、彼女は外に飛び出す。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 肩で息をしながら、彼女の視線が徐々に足元のコンクリートから上がっていく。

 そして聞こえる固い足音、衣服を払う布擦れの音。

 少し気取ったような、軽い溜息。

 

「……この、大バカ!」

「……すみません。集合が、遅くなりました」

「ほんと、遅すぎだよ」

「遅れた分は取り返します」

「なんでもいいけどさ」

 

 愛美が一息吸って、その名を呼んだ。

 

「おかえり、ニル」

「只今戻りました、愛美さん」

 

 ニル=レオルトンは優しく微笑んで、目の前の彼女をそっと抱きしめた。

 

 

 

―――その3へ続く


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。