留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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外伝3話「孤独の戦士」その3

 

 雨の中走り去った星川聖良を見送る暇など無かった。

 傍受したGUSYの緊急通信――GUYS新兵器『UNIONシステム』暴走――この事実だけが私の意識を支配していた。

 しかし私がどうするべきかを思案する間も与えず、敵の魔の手は迫っていた。

 遠くからエンジン音がすると気づいた次の瞬間には、強烈な突風と爆音が空から私を襲った。

 あの機影はGUYS主力可変戦闘機『メシア』だ。ソルと共に地球の平和を守る戦力の一つである。

 しかし今は、暴走したUNIONシステムに組み込まれた兵器に過ぎない。メシアは私の頭上を飛び去った直後、その機体から何かを落下させた。

 次の瞬間、爆発音と巨大な炎が上がった。空爆である。

 あの辺りには、確か――

 

「次に狙うとすれば――」

 

 私は2本の傘を放り出し、全速力で走った。

 目的地を目指しながら、スマートフォンを耳に当てる。

 しかし相手に通じることは無く、電源オフを告げる音声だけが無情にも流れてくるだけだった。

 やがて走るにつれて何かが燃えた焦げ臭さが強くなる。そしてとオレンジ色の光、空中に浮かぶ人型の影が私の目に入った。

 

「っ!」

 

 辿り着いた、いや“戻ってきた”その場所――私の自宅は、既に破壊されていた。

 燃え上がるアパートメントの前に佇んでいたメシアは、私を認識することなく跳躍し、空の彼方に消えていった。

 私は駆け出した。しかしアパートメントの前に立った時に、全て無駄だと悟ってしまった。

 小さな建物とはいえ、それは木端微塵になっていた。原形を留めるものは殆ど無く、瓦礫と灰塵と化していた。

 燃え盛る残骸を前に、私は立ち尽くしていた。

 私の家などどうでも良い。

 しかし私の隣の部屋には――

 

「――長瀬さん!」

 

 私が一歩踏み出すと、何者かに肩を掴まれた。近くの住人であった。

 

「お兄さん、何やってるんだ!危ないぞ!」

「放してください」

「何言ってんだ!今消防呼んだから――」

「放してください!」

 

 私はその手を振り払った。

 しかし前に進めば進むほど、生存者の可能性は萎むように小さくなっていく。恐らくビーム兵器で焼かれた建物は、大部分が塵になってしまったのだ。

 そこに居たであろう人間も、その形跡を全く残す事無く消えている。

 長瀬の輝くような笑顔も、元気に動き回る小さな身体も、跡形もない。

 

「……」

 

 炎に囲まれた灼熱の中、私は立ち止まっていた。

 しかし思考は止まらなかった。

 最初の空爆――あれは初めてグリッドマンと出会った場所、つまり例の中古品店を狙ったものだ。

 そしてこの襲撃――それは次にグリッドマンと戦い続けた場所を狙ったものだ。

 アプリ事件における私たちの存在は、知られてしまったのだ。GUYSのUNIONシステムを乗っ取り、メシアにここを襲わせた何者か――おそらく――

 

「魔王カーンデジファー」

 

 その時、スマートフォンの着信音が鳴り響いた。

 知らない電話番号からの着信だった。

 

「もしも――」

『グッドイブニング!ニルセンパイっ!なんか眠れなくって、電話しちゃいましたぁ!』

「な、長瀬、さん?」

『どーしたんですか?びっくりさせちゃいました?あ、そういえば私、今日スマホ壊しちゃって、番号変わったんですよ!』

「それは、良かったです」

 

 私は力が抜けたように座り込んでしまった。

 

『てかニルセンパイ、今どこにいるんですか?なんかすごいざわざわ聞こえますけど。わ!しかも消防車来てるじゃないですか』

「今、自宅に居るんです」

『え、もしかして近くで火事ですか?うちのアパート大丈夫そうです?』

「残念ですが、もう跡形もなく全焼です」

『もうニルセンパイったら!冗談キツいですよう!』

「ちなみに今、どちらにいらっしゃいます?」

『今日は実家に帰ってます!』

「そうでしたか。でしたらしばらくはゆっくりしていて下さいね。では、失礼します」

『はいはーい!お土産買っていきますね!』

 

 私は電話を切り、敷地の外に出た。

 雨のおかげで火の手は落ち着いてきたものの、駆けつけた消防車からの放水が始まった。私は消防隊員に保護されたが怪我が無いことを説明してからその場を去り、走りながら再び電話をかけた。

 何度か留守電になって肝を冷やしたが、10分ほど経ってからようやく繋がった。

 

『うぅん……ニル?どーしたの、眠い……』

 

 電話の向こうの愛美は呑気に欠伸をしていた。時刻は午前2時。寝ていてもおかしくは無い。

 

「時間が無いので用件だけ言います。今後私の家があった場所、グリッドマンと出会った中古ショップ、そして隠してある私の円盤には絶対に近づかないでください」

『急に何?』

 

 私の語気でただ事ではないと悟ったのか、愛美の口調がはっきりしてきた。

 

「必ず言う通りにして下さい。そして同じ内容を草津にも伝えて下さい。いいですね?」

『さっきから意味分かんない!ニル、今どこ?会って話したい』

「……しばらく会えないと、思います」

 

 電話の向こうで、愛美が息を呑んだ気がした。

 

『何、言ってんの?』

「いちいち説明しないといけませんか?」

『そんな言い方――』

「とにかく、私に従って下さい。いいですね」

 

 私は電話を切った。

 カーンデジファーに居場所を知られたかもしれないと伝えるべきだったかもしれないが、私はそれをしなかった。

 事実を伝えてしまえば、それだけで巻き込んでしまう。

 何も知らずに、ただ安全に生きていてほしいのだ。愛美には。

 

 

 

 

 私は例の中古ショップの跡地に到着した。やはり雨のために消火作業自体は終了していたが、怪我人の搬送などはまだ最中であった。

 しかし離れた場所から見ても充分に分かる。もし私の家から持って行かれたジャンクが店内にあったなら、それは無事ではなかっただろう。

 つまり、もうグリッドマンとは――再会できない。詫びることも、もうできないのだ。

 しかし私に、その事実をゆっくり受け入れている暇はなかった。

 沙流市郊外に隠し持っている“円盤”までの道中、私はスマートフォンでラジオを聞いて情報収集をしていた。“円盤”のコンピューターでの本格的な調査に先立って、目立った状況だけは確認しておきたかったのだ。

 

『これはGUYS・JAPANからの緊急放送です。本拠地『セイヴァーミラージュ』の地下研究施設より発進した戦艦『カーンスクアッド』は、暴走したAI『アレクシス』のコントロール下にあります。現在は作業員や研究員30余名を乗せたまま地球大気圏上で動きを停止しています。GUYS・JAPAN、GUYSスペーシーの共同作戦により、対抗措置を取っています。市民の皆様はくれぐれも、落ち着いた行動を心掛けて下さい』

 

 民間のチャンネルにも変えてみる。

 

『沙流市で家屋数棟が全焼した事件の続報です。近隣住民からの情報提供により、家屋を襲撃したのは、あのGUYSの主力戦闘兵器『メシア』であると判明しました。GUYS広報官は、現在原因不明の暴走を起こした新防衛システム『UNIONシステム』が関係していることを明らかにしました』

 

 時刻は午前2時半を回ろうとしているが、UNIONシステムの暴走、そして私の家と中古屋が燃やされた事件も、既に人々の知るところとなっている。

 さすがに平和ボケした人間たちも、この状況で寝ている場合ではないと思っているのか、街では明かりが漏れる窓がだんだんと増えてきた。

 途中タクシーに乗り、午前3時ごろにようやく私は“円盤”にたどり着いた。

 しばらく使用していなかったコンピューターの電源を入れ、以前GUYSのメインコンピュータから拝借していた『UNIONシステム』の資料を読み漁った。

 手に入れた時点で内容は頭に入れていたが、その厄介さを改めて感じさせられる。

 基本的な機能構成は次の通り。旗艦『カーンスクアッド』に『メシア』、『サテライトレーザー』、その他輸送機など50機を超える兵器が格納されている。それらは全てメインAI『アレクシス』にコントロールされ、戦艦は通常大気圏上を航行する。『アレクシス』は地球上全世界に設置されている地上監視塔――通称『王の目』や各種人工衛星から情報を収集し、いずれかが異変を察知した瞬間に自動的に攻撃を開始する。例えば監視塔が地上の怪獣を認識すると『サテライトレーザー』が大気圏上から怪獣を撃ち抜くのだ。

 つまりシステムの監視下で何かしようものなら、即座に上空からの攻撃を受けてしまうわけだ。これは下手に手を出せない。

 しかし問題はそれだけでは無い。UNIONシステムの暴走は、カーンデジファーが一枚噛んでいる公算が大きい。アプリ事件の首謀者フジドウヨシオの父親であるフジドウ博士がシステム研究の責任者だったのだ。フジドウヨシオにたどり着いた時点でUNIONシステムの危機を予見すべきだった。

 

「しかし、やられてばかりは性に合いません」

 

 この“円盤”はカーンデジファーとの戦いが始まってから一度も訪れていないし、何よりグリッドマンと全く関係の無い場所だ。つまりカーンデジファーにこの場所は知られていないはず。

 更に、この“円盤”は人間の技術では認識がほぼ不可能なステルス性能を持ち合わせている。いくら地上が監視下にあったとしても、ここを見つけることはできない。

 これが今の私のアドバンテージ。それを最大限活用してみせる。

 失敗はもう、許されないのだ。

 

 

――その4へ続く


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