仮初めとは言え“平和”な数日の間に、私はある人物に再開することになる。人気のない深夜の公園で、私たちは待ち合わせた。
雨が降りしきる宵闇に、水色の傘がぼんやりと現れる。
「まさか君から相談を受けることになるとは、思いもしなかったわ」
私は今回の顛末を全て、CREW・GUYS・JAPANの星川聖良隊長に話すことにした。既に半年前の事件“ダブルインパクト”の後、彼女にだけ正体を告白していたため、下手にごまかす必要はない。
「意外ですか?」
「貴方は何でも一人で抱え込みそうな性格でしょうから」
「使えるものは使うのが私です」
「ふふっ。そういう率直なところ、私は嫌いじゃないわ」
前置きはそこそこに私たちは屋根付のベンチに移動した。この時間、この場所なら誰かに話を聞かれる心配もない。
私はウイルスアプリ事件について全てを説明した。グリッドマンについても彼女は事実として受け入れているようだった。彼女は時に質問を挟みながら冷静に、事の顛末を理解しているようだった。
「つまり貴方は、私たちにグリッドマンと協力して戦えと言いたいのかしら?」
「話が早いですね」
「まるで私たちは、あなたの手駒ね」
「そう思われたのなら謝りますが」
「構わないわ。でもその前に――」
彼女の顔から表情が消えた。
先ほどまでは笑みをたたえながら私の話に耳を傾けていたが、その切れ長の瞳は今にも私を刺さんばかりの眼光を放っている。
「何故、事件の初期段階で私たちに相談しなかったの?」
「それについては、謝罪します」
私は頭を下げた。しかし星川はすぐに頭を上げるように言った。
「はっきりと言っておくわ。私は悪質宇宙人メフィラス星人であるあなたを、完全に信用することは無い。それはこの先も、ずっとよ」
私は何も言い返さない。
「あなたが犯した罪は大きい。直接ではないにしろ、地球を窮地に追い込んだわ。確かにあなたは命を賭して地球を護った。その功績は、本当に誇るべきものだわ。ただし私は宇宙人と戦うプロなの。だから、あなたを全面的に信用することは不可能なのよ」
彼女の正論が、雨音をかき消すように私に向かって響いていた。
私には深い罪がある。今はこうして多くの人間に囲まれているが、本来私は殺されるか、地球を追放されてもおかしくない程の悪行に手を染めたのだ。
「あなたの言葉が、GUYSを陥れる罠である可能性も、私はゼロとは考えられない」
星川は立ち上がり、背を向けた。
「待って下さ――」
「さ、一緒に行きましょう」
予想外の言葉に、私は間抜けた表情をしていたかもしれない。動かぬ私を見かねてか、星川は振り返ってから私の手を引き、立ち上がらせた。
「グリッドマンの居場所に案内してちょうだい」
「先ほど、私の言は信用できないと言ったはずでは」
「完全にはできないって意味よ。私の行動を決定づける程度には、あなたの話は信用に足るわ」
彼女は再び微笑んだ。
「プロフェッショナルとして、GUYSの人間としては信じられなくとも……私という個人は違う。あなたが大切な人間を巻き込みたくないという気持ち、私は気に入ってるわ」
「ありがとう、ございます」
「あなたほどの名の知れた宇宙人に頭を下げられると、何だか変な気分だわ」
星川と私は、再び傘を広げて雨の中を歩いた。
「それにしても……ふふっ」
彼女は堪えきれず、といった感じで急に笑い声をあげた。
「どうしました?」
「ごめんなさい。ずっと我慢してたのだけどね。ふふふっ」
「一体何ですか」
「メフィラス星人のあなたが、ヒーローみたいに変身して戦っていたと思うとね……なかなか見られない姿よね」
「私だって気にしているのです。あまり笑わないで下さい」
「なんだか不思議ね。まるで普通の少年と話しているような気分」
星川は先程よりもくだけた雰囲気だった。
そんな彼女は宇宙人と戦い続けている歴戦の猛者というよりも、身近にいてもおかしくない、普通の女性であった。
「中古ショップはここから近いのかしら?」
「ええ」
「良かったわ。こう雨が降っていると、歩くのも億劫だものね」
ふと彼女の顔から、疲れを感じる。
「最初に言い忘れましたが、お忙しいところお呼び立てして申し訳なかったですね」
「いいのよ。最近の私、実は暇なの」
星川は一度立ち止まって、自分のスマートフォンを私に見せてくる。私も購読している新聞の電子版の記事が、そこにはあった。
「GUYSの新兵器については、もうご存知?」
――地球防衛はAIに委ねられた――見出しの太字の上に、雨粒がしたたり落ちる。
彼女らCREW・GUYSのような実戦部隊の人員が居なくとも、自動制御の兵器が地球を守る未来像が、その記事には描かれていた。
「星川隊長は『UNIONシステム』に賛成ですか?」
「……どちらとも言えないわ。ただ――」
彼女は再度足を進めた。
「――大事な部下が戦わなくて済むのは、少しだけ安心する」
彼女の感情を、私は少しばかりは推し量ることが出来る。
侵略者や怪獣にとっての天敵の、人間らしい一面であった。
「――こちら星川」
突然、GUYS専用の通信端末――メモリーディスプレイを手に取った彼女。
「何ですって……」
切迫した口調は、何かしらの緊急事態を示していた。
「すぐ行くわ。……レオルトン君」
星川聖良は水色の傘を閉じ、私に差し出した。
すぐさま私はそれを受け取る。
「いつか返してくれると、嬉しいわ」
彼女の髪と肌が雨に濡れる。そして私の返事を待たずに彼女は走って行った。
同時に、私のスマートフォンも何かの異常を通知していた。
私はGUYSの通信網を秘密裏に掌握しているため、スマートフォンは彼らの緊急事態通知を受け取れる仕様になっているのだ。
「――っ!!」
画面の文字を見た時、星川の様子が急変した理由が分かった。
――GUYS新兵器『UNIONシステム』暴走――
――その3へ続く