こちらの物語も大きく動いていきますので、ぜひお楽しみください!
ウイルスアプリによって狂わされた日常は、戻りつつあった。
『ウルトラGO』は突如として人々のスマートフォンから姿を消した。同時に依存症状や異常行動もなりを潜めていった。こうして教室を見回してみても 『ウルトラGO』をプレイしている者は一人もいない。
しかし代償もあった。草津がジャンクの爆発によっておった怪我は、針で縫う程の外傷になってしまった。
「草津さん!?その怪我どうしましたの!?」
包帯を額に巻いた草津が登校するなり、クラス内がざわついた。やはり筆頭は杏城で、彼女は顔色を真っ青にして彼に近づいた。
「怪我は男の勲章だ!何も問題ない」
「何が勲章ですか!また何か、無茶をしたのでは……?」
「本当に大丈夫だ。後遺症は無いようだし」
「でも……」
杏城は彼の額に手を伸ばした。包帯には触れないものの、そっと前髪を払いながら見えない傷をいたわっているようだった。
「危ないことは、しないで下さいね」
そんな杏城の表情を、私は思わず凝視していた。
「ニル」
隣の席、愛美からの声に、私は我に返る。彼女は周りには聞こえないよう、私の耳元に顔を近づけた。
「本当に終わったんだよね?あの戦いは」
「もちろんですよ」
私は努めて笑顔で、そう答えた。
フジドウヨシオを無力化してすぐ、私は愛美と草津にウイルスアプリ事件は解決、戦いは終了であると告げていた。
もちろん2人からカーンデジファーはどうなったのかと問い詰められはしたものの、片が付いたと一点張りの私を前に、それ以上踏み込んでこなかった。
完全に納得させられたとは考えにくいが、仕方の無いことだ。
「それと、もう1個聞きたいんだけど――」
愛美が何か問いかけようとした時、私のスマートフォンが鞄の中で振動していた。
「少し失礼します」
丁度良く会話を切ってくれたな。通知内容は……北海道の山地に怪獣サドラが出現とのことだ。
「あれー?また怪獣同士で戦ってる」
「ソル出ないよね、最近」
前の席の女子2人が、ワンセグのテレビ中継を見ながら口々に何かを言い合っている。2人の間に顔を出して覗き込むと、サドラとクラーシスと呼ばれる怪獣が格闘している。クラーシスは三つの首を持つ白い機械龍で、かつて零洸が操っていたカプセル怪獣の一体だ。
「ど、どうしたの?ニル君」
2人とも顔を赤らめて私を見ている。
「ん?何か――」
「に~る~?」
そして私の背後には、恐らく怖い顔をしている愛美だ。
「少し気になっただけですよ。私が好いているのは――」
「そういうのは、いいからっ!ホント、いつまでもヘン!スケベ!」
愛美はそっぽを向いてしまった。
「すみませんでした」
「ま、今更気にしないけどね。それより聞こうと思ったの、未来のこと」
やはりその話題だったか。
「用事があるからしばらく休むって言ってたけどさ、もう2週間経ってるよ?ニル、何か聞いてないの?」
「無沙汰は無事の便りと、この国では言うじゃないですか」
「ばーか。私にはちゃんと便り来てるもん」
彼女が見せてきたスマートフォンの画面は、杏城と零洸のグループメッセージだった。毎日零洸からは「元気だ」「また明日」などと、簡潔なメッセージが届いている。本人が打っているのだろうが、まるでbotではないか。
「本当は、私たちに隠して何か聞いてるんでしょ?」
愛美がじと目で私に詰め寄る。
「残念ですが彼女、私には一切連絡をくれません」
本当は“ある事情”があってグドン戦以降、零洸は学園に通える状況では無くなった。その理由を私にだけは話してくれたのだが、まだ他の人々に話すことはできない。
「そっかぁ。今度聞いてみよっかな」
「それより愛美さん。今日の数学の課題やりましたか?私はもう提出してしまったので、見せられませんよ」
「やっばぁ!!逢夜乃さま~!!」
そのように、ごく“日常”的な一日は気づくと放課後になっていた。
愛美や樫尾たちの誘いも断って一人帰宅した私は、カーテンを閉め切った暗い部屋の中に立っていた。
私の前に鎮座する“ジャンク”は大きな破損を負ったが、その中枢機能に問題は無かった。グリッドマンはいつも通りに画面上に現れる。黄金の眼光が、何だかいつも以上に私を捉えているように感じてしまう。
「話がしたい。グリッドマン」
『ニル。どうかしたのか?』
「カーンデジファーはまだ生きている。そうですね?」
『もちろんだ。この地球に迫る危機は、まだ終わっていない!』
「……そう、でしょうね」
『共に戦い、カーンデジファーの野望を打ち砕こう!』
「申し訳ないのですが――」
私は一呼吸置いてから、言い放った。
「貴方とはお別れです。グリッドマン」
グリッドマンはしばらく何も言わず、私を真っ直ぐに見据えるだけだった。
根負けした私が言い訳がましく理由を述べようとすると、彼の言葉がそれを遮った。
『これ以上の協力は要請できないということか?』
「……ええ。カーンデジファーの捜索は、引き続き私個人として行います。しかしこれまでのように変身して戦いませんし、何より――」
愛美や草津の姿が頭をよぎる。
「これ以上、友人を巻き込む戦い方はできません」
戦いは終わり――そんな私の嘘に納得しようとしなかった二人の姿だ。
『……そうか』
表情の無いグリッドマンから感情を読み取ることはできない。
しかし声の響きから、その無念の情くらいはわずかに伝わってきた。
「申し訳ありません。こんな言い方はしたくありませんでしたが……どうか別の人間に協力を要請してください」
『愛美と草津も、同じ気持ちなのか?』
「……もちろん、そうです」
私は嘘ばかりついている。
初めて地球にやってきた時“侵略者”である私にとって嘘は武器だった。人間や光の戦士、宇宙人たちを騙し、意のままに操って地球を手に入れようとしていた。
しかし結局“侵略者”ではなくなった今でも嘘をつくのだ。
『……了解した。しかし――』
グリッドマンが左腕のアクセプターを見せて、言った。
『私は君のことを、ずっと仲間だと思っている』
グリッドマンの姿が消えた。
ブラウン管特有のぶつりという音と共に画面に映るものは無くなった。
いつの間にか、私のアクセプターも外れていた。腕から落ちたそれは、固い音を立てて床に転がる。
「……グリッドマン同盟は、解散です」
私は部屋の電気を消して、自宅を後にした。
1時間ほど経って戻ってきた時には、あの中古屋の店主を連れて来ていた。買い取っておきながらもう一度処分をお願いするとは、私は身勝手な客であろう。しかし店主は文句一つも言わずにジャンクを軽トラックに積んでくれた。
「また気になったら、買いにおいで」
店主はにこやかに運転席に座り、軽トラックは走り去った。後ろ向きに積まれたディスプレイは、その黒い画面を私に見せながら離れていく。
それは最後まで真っ黒のまま、私の視界から姿を消した。
――危機が迫っている!
聞こえもしないグリッドマンの声。
――協力を要請する!
たとえ聞こえたとしても、私は聞こえないふりをするのだろう。
ここから私は、一人で戦わなければならないのだ。
外伝3話「孤独の戦士」
電光超人 グリッドマン
岩石怪獣 サドラ
カプセル怪獣 クラーシス
魔王 カーンデジファー
登場
――その2へ続く