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病院を後にした私は努めて後ろを振り返らないようにした。
同時に、グリッドマン同盟の戦いの日々反芻していた。突然の出会いから同盟の結成、コンピューターワールドにおける数々の戦い。
思い出す程に私は、自分を責めずにはいられなかった。
なんて危険な戦いに彼らを巻き込んでしまったのだろうか。彼らが傷つかない保証など無かったのにもかかわらず。
ここまでにしよう――私はそう決意してスマートフォンに触れた。
「もしもし、樫尾さん」
『おうニル!今、早坂と逢夜乃と行ってきたぜェ』
「ターゲットの様子は?」
『お前の言った通り、もうゲームをやりたい気持ちは無いらしい。で、頼まれてた件も聞いてきたんだけどよォ、あいつらが――』
「……なるほど」
樫尾の話によって、私は今回の騒ぎの黒幕を掴むことが出来たようだ。
「ありがとうございます。私が一人で何とかします」
『お、おい!俺たちも――』
「ここからは、私一人でやります」
私は電話を切り、早速動き出した。
向かった先は、ある一軒家だった。近隣の2倍はあろうかという敷地に、車庫付の大きな邸宅だった。いわゆる“富裕層”の典型的な例と言うべきだ。
インターフォンを押すと、女性の声で返事が来た。
「こんにちは。私沙流学園のクラスメイトなのですが……」
『あらこんにちは。ぼっちゃまに何か用事かしら?』
「そうなんです。明日の課題に使う大事なノートを先生から預かってまして」
『わざわざありがとうね。今開けますね』
玄関から感じの良いご婦人が出てきた。しかし母親というには年を取っているし、この大きな家には似つかわしくない雰囲気だ。先ほどの口ぶりからも、おそらく家政婦だろう。
「こんにちは。その……ぼっちゃま具合が悪いそうで、わたくしが代わりに預かるのでもよろしいかしら?」
「はい」
私はノートを渡そうと彼女に近づく。そして彼女の手に触れ、エネルギーを流して気絶させた。
他には誰も居ないようだ。私は家政婦を廊下に寝かせ、階段を上った。
二階の廊下は明るかった。オレンジ色になりかけた日の光が差し込んで温かみを感じる。しかしある扉にだけは光が届きにくい構造になっており、その奥からは微かなマイナスエネルギーが漂っていた。
私は扉を開けた。
「う、うわっ!!何だお前」
カーテンが閉め切られた部屋は、廊下の明るさに反して陰鬱な暗闇に包まれていた。PC画面の煌々とした光だけが部屋を照らしている。
PCの前に猫背で座っている少年は、突然の来訪者に頭だけ振り向くので精一杯だったようだ。ウイルスアプリ『ウルトラGO』の管理画面がモニターに残ったまま、彼は蛇に睨まれた蛙のように固まっていた。
私は何も言わず彼のもとへ進み出て、その首根っこを掴んだ。そして彼の身体を椅子から引きずりおろし、床にうつぶせに倒して動きを奪った。
「い、痛い!やめてくれ!」
「負傷した私の友人は、もっと痛かったでしょう。同じ怪我をしてみますか……フジドウヨシオ」
ヨシオは情けない声を上げながら、必死に逃れようと身をよじった。私は空いた右手で光線を放ち、部屋のPCを破壊した。
「カーンデジファー様!!助けて下さいよ!」
やはりこいつが魔王カーンデジファーの手先となって、アプリを開発していたと見える。
しかし壊れたPCからマイナスエネルギーは感じない。ウイルスアプリの管理プログラムはカーンデジファーと共に姿を消してしまったのか。
「大人しく私の質問に答えると誓いなさい。そうすれば、とりあえず解放します」
「わ、分かった!!何でも答えますからっ!!」
左手を離すと、彼は部屋の角まで後ずさりした。
「カーンデジファーはどこです」
「し、知らない……今日家に帰ってきたら、もう居なくなってたんだ」
ヨシオが突き止められることは予想していたのか……。
私の攻撃に何も反応が無いことからも、カーンデジファーには逃げられたと言わざるをえない。
「お、お前……ニル・レオルトンだろ」
彼は敵意の込められた目で私を睨みつけている。
「お前のこと、本当にムカついてたからな!お前の彼女が後輩の女に突き飛ばされてるところも見てたんだぜ?ホントスカッとした――」
「余計なことは言わない方が身のためです」
私が一歩近づくと、彼は小さな悲鳴を上げた。
「そ、その眼……あの時と一緒だ……」
「あの時?あぁ、やはり私を覚えていたようですね」
「ど、どういうことだよ」
私はヨシオにここに至った道筋を説明してやることにした。
フジドウヨシオにたどり着いたのには、ある理由があった。
私はグリッドマンと出会ってからすぐ、アプリの“最初の犠牲者”を追っていた。アプリ自体を調べても足が付かなかったため、私は日本全国のスマートフォンによる事件を調べ上げた。情報を統合した結果、沙流学園がヒットしたのだ。
そこで正気に戻った樫尾や早坂、杏城に学園内で聞き込みをしてもらった結果、ある二人の生徒の喧嘩騒ぎに行きついた。
「あの不良二人組が、最初に『ウルトラGO』をプレイしたのですね。貴方が直接招待メッセージを送って狙い撃ちにした」
「だからって、何で僕が犯人って分かったんだよ!」
「覚えていたからです。体育館裏での巻き上げの現場、私は直接見てましたからね」
それは偶然であった。
私は転校生として学園に来てすぐ、万が一の襲撃に備えて学園の随所に監視カメラやセンサーを設置していた。
その作業中に体育館裏で出会ったのが、まさしく彼だったのだ。
「憎んでいたのでしょう、彼らのことを」
ヨシオは何か言い返す前に、呆けたように私を見た。
しかし次の瞬間には怒りに顔を歪ませて叫びだした。
「知った口利くなっ!!」
ヨシオは近くに置いてあった本を私に投げつけた。避けるまでもない。本は私の肩にぶつかり、足元に落ちた。
大学受験の参考書だった。非常にレベルの高い内容で有名な物だ。
「僕が一番イラついてるのはな……お前だレオルトン!」
今度はノートだった。床に落ちて開いたページは文字や数式でびっしりと埋め尽くされていた。
「僕は遊びもせず、誰も頼らず、頑張ったのに……お前にテストは一度も勝てなかった。お前にいじめから助けられた時だって、余計に悔しくなっただけだ!!僕は友達なんていないのに、お前は友達がいて、女の子に囲まれてる!ズルいじゃないかぁっ!」
ふと部屋の本棚が目に入る。
学術書ばかりが並ぶ本棚には、趣味や娯楽に関する物は一冊も存在しなかった。
「言っておくけどな!お前のお友達がおかしくなったのはお前のせいなんだからな!お前が彼女といちゃいちゃしてるから、付け込まれたようなもんだからな!!」
ヨシオはひとしきり吐き出して、顔を抑えて嗚咽を漏らした。
哀れとは、微塵も感じない。
私の大事な人間たちに危害を加えた時点で、目の前の少年は敵でしかない。
それでも一言、私は言わねばならない
「あの日、体育館裏のことは謝ります。申し訳ありませんでした」
私は深く頭を下げた。
「あの頃の私は、人の気持ちというものが分かりませんでした。だから貴方に対しても、冷たい態度を取ってしまいました」
ヨシオは何も言わず、ただむせび泣いている。
しかし私が頭を上げたのと同時に、彼と視線が交差した。もう涙は流れていなかった。
「なぁ、僕はどうしたら良かったんだよ。どうしたらお前に勝てたんだよ……」
「成績やプライドの問題は貴方自身が解決すべきですから、私に言えることはありません。が――」
――今回のアプリ騒ぎについてヨシオの言ったことは、決して間違いではない。
警戒心をたぎらせていた“かつての私”だったなら、今回のように異常事態を見逃して状況が悪化することは無かったかもしれない。人間と共に平和を謳歌していた弱みに付け込まれたのだ。
「私から見れば、貴方は十分過ぎる程優秀な人間です」
私は彼に背を向け、ドアノブに手をかけた。マイナスエネルギーから解放されたあの少年が、これ以上悪行に走るとは考えづらい。私が彼にしてやれることは、もう無い。
その後フジドウ邸から出た時には、もう夕暮れ時だった。スマートフォンを確認すると、愛美から数件の着信があった。
『ニル!どこ行ってたのよ!!』
「片を付けてきました。アプリの首謀者はもう無力化しましたから」
『大丈夫だったの?怪我とかしてない?』
「相手は人間でしたから」
あの少年は所詮、使い走りに過ぎない。
本当の黒幕――魔王カーンデジファーを倒さねばならないのだ。
それは宇宙人と宇宙人の命を懸けた戦い。
人間――愛すべき、守るべき存在が関わってはならない。
「もう事件は終わりです。落ち着いたら草津と3人で話しましょう」
事実を無視した言葉の羅列がすらすらと私の口から紡がれていく。彼女に嘘を言ったことなどいくらでもあるが、この時の嘘だけは何故だか後味が悪い。
私は急くように電話を切った。
日の沈みかけた道の上、私の影だけが私を追ってきていた。
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その日の未明、街は闇夜に包まれ静まり返っている時間。
GUYS・JAPAN地下研究施設の巨大ドックは、地上と対照的であった。白い照明の下、作業音と人々の声に溢れかえっていた。
GUYSの主力である可変戦闘機『メシア』をはじめ、多くの兵器や支援機が並んでいるが、一際目を引くのは巨大戦艦『カーンスクアッド』である。そこは多くの作業員や研究員が出入りを繰り返し、整備作業は最終段階へと進んでいる。
そして艦の中央管制室内は、ドッグ内の喧騒から隔絶された静寂の中であった。管制室の中心には巨大なコンピューターが設置されており、それを中心として環状に100を超える小型モニターが位置していた。しかしモニターの画面にはまだ何も映っていない。
そしてコンピューターの前に設置された着座シートに一人の女性が腰かけている。
「UNIONシステム、起動」
声の主ライカ隊員は、脳波によって専用兵器を操ることが出来る。彼女は脳波を増幅させるヘッドギアを装着し、目を閉じた。
彼女の脳内にイメージが作り上げられていく。旗艦『カーンスクアッド』の彼女を中心として“神経”のように伸びた脳波が、旗艦の周りに配置された様々な機械の中枢プログラムに接続されていくイメージだ。
「――きた」
ライカが静かに呟く。
「各種支援機との脳波アクセス……確立。『カーンスクアッド』、『メシア』、『サテライトレーザー』、『地上監視塔』、その他複数の支援機の接続を確認」
彼女は淡々状況を説明したが、普段脳波で操っているよりも遥かに多い数の接続をこなしているのだ。
「よかろう。ではカーンスクアッドのメインAIを起動させる。ライカ隊員、AI“アレクシス”と各種兵器の接続を支援せよ」
“UNIONシステム”の生みの親であるフジドウ博士が、冷たい声色で指示をする。ライカはそれに応え、再びイメージする。
AI“アレクシス”が発信した電子信号が彼女の脳にたどり着く。それを通過した信号は、ライカの確立させた“神経”を流れるように通っていく。時折止まりそうになる信号を後押しするように、彼女は脳波を放った。
それを繰り返すことで“アレクシス”はようやく、ライカの作り上げた脳波ネットワークを網羅、掌握することが出来るのだ。
『メインAI“アレクシス”はシステム内プログラムと完全に接続されました』
電子音声がそう告げた時刻は、ライカが作業に入ってから1時間以上も後であった。
「成功だ……!ライカ隊員、脳波を維持していろ。今に“アレクシス”が動き出す」
フジドウ博士の言葉と同時に、ドッグ内全ての兵器が起動した。
そして彼らの居る管制室内の全てのモニターに映像が映し出す。それらは『メシア』やその他の支援機、そして地球の各地に設置された『地上監視塔』のメインカメラの映像である。
ドッグ内では、ひとりでに動き出した『メシア』たちに作業員たちが感嘆の声を上げていた。通常ならば人間が操縦しなければならない戦闘機や輸送機が、無人機になった瞬間であった。それらは『カーンスクアッド』のハッチの中に順序良く、しかし素早く格納されていく。
研究者たちはこの光景を想定していたものの、研究の成就に喜びを隠せないでいた。
やがて約50機全ての支援機が『カーンスクアッド』内に格納された。
そのどれ一つ、人の手では動かしていない。
脳波を操るライカですら、これ程の操作はできない。
高性能AI“アレクシス”の指示で、全てが動いていたのだ。
「ライカ隊員。もう十分だ。帰って休みなさい」
「はぁ……はぁ……GIG」
フジドウ博士は労いの一言もなくライカを管制室から追い出した。彼女が管制室のドアを開けた時、外部の音や声がわずかに入り込むが、すぐに室内は無音になった。
ライカが座っていたシートに、フジドウ博士がゆっくりと腰を下ろす。
その時、管制室内を青黒い稲妻が駆け抜けていった。
博士を取り囲むモニター群の画面が一つ、また一つと映像を変えていく。
そして全てのモニターに、黒いマント、赤い眼、機械的な様相の顔面や腕が映し出された。
『ふっはっはっはっは!!良くやったフジドウ。わしが見込んだ人間よ』
それは電脳世界に現れた漆黒の邪悪なる魔王。
「これでようやく支配できますな……この地球を」
フジドウ博士は悪意に満ちた声で呟く。だがその眼から生気は失われていた。
『そうだ。ついに来たのだ――』
尊大な声が轟く。
『このわし、魔王カーンデジファーが地球を支配する時が来たのだ!!』
戦いの鐘は、誰も知らぬ暗闇の中、静かに鳴り響いていた。
――外伝3話へ続く