こんなに温かく迎えて頂いたら……筆が進みますよ!!
『私はハイパーエージェント――グリッドマン!』
偶然通りかかった中古品ショップの奥から聞こえる呼び声。
古いデスクトップPCの画面に現れた“鋼鉄の武人”
赤い肉体に銀色の鎧。黄色い眼光が真っ直ぐに私を捉えている。
『急いでくれ。この世界に危機が迫っている』
私にしか聞こえない声で警告するグリッドマンとやらに、私はどう返事すべきか逡巡していた。
「ニル、寄り道してる場合じゃ……」
愛美にはこの状況が全く理解できていないのだろう。はたから見れば、私は古ぼけたPCを前に突っ立っているだけなのだ。
「……グリッドマン」
『そうだ。私はハイパーエージェント――グリッドマン!』
私の声は届くようだ。
「貴方は何者です?どこの惑星から来たのですか」
『説明は後だ!私と合体し、その携帯端末のコンピューターワールドで戦わねばならない!』
私は、まさかと思い長瀬のスマートフォンをポケットから取り出した。愛美が制止しようとするが、私は大丈夫と言ってスマートフォンをPCの前に置いた。
「……この端末に侵入する。そう言いたいのですか」
『そうだ!』
「……少し時間を下さい」
私はPCの画面に触れてみる。
マイナスエネルギーは感じない。その代り、以前の私や悪性宇宙人が苦手とするエネルギーを感じる。光の戦士や心優しい人間が持つ、正義の心だ。
「店主」
店内を探し回ったが、私と愛美以外には誰も居なかった。精算カウンターと思しき机には「外出中」と札がかかっていた。
「グリッドマン。貴方の声を私以外に聞かせる方法はありますか?」
『私はこのコンピューターに最適化されていないようだ』
「なるほど……」
「ニル、さっきから誰としゃべってるの?」
とうとう愛美が訝しげに私を目で追い始めた。
「待っていてください。今に分かります」
ブラウン管のディスプレイの下に設置されているボックスを、私は開いてみた。グリッドマンの姿も声も私しか認識できない理由は分からないが、このPCに欠陥があれば原因の一つと考えることも可能だろう。駄目もとで数か所のパーツを見てみると、でたらめに配線された部分を発見した。
『ニル!急いでくれ!』
「うわっ!何か出た!」
どうやら愛美にも彼の姿が見えたようだ。
「愛美さん、彼の名前はグリッドマン。悪人ではないようです」
『私はコンピューターワールドに逃げ込んだ“ある存在”を追ってきた。君たちの協力を要請する』
「……ちょっとウルトラマンに似てなくもない、か」
「それでグリッドマン。あなたはこのスマートフォンの問題を解決できるのですか?」
『まずはコンピューターワールドで暴れている怪獣を止めなくてはならない。緊急出動だ!』
突如、画面が更なる光を放った。何かが飛び出してきたと思ったら、私の手首に見たことのない物体が取り付けられていた。
……まるで変身ヒーローにさせられた気分である。
『君の左手に装着された『アクセプター』の青いボタンを押したまえ。我々は合体しなければならない』
「いいでしょう。私と貴方の利害は一致しているようです」
私は手首の物体を画面に向かって構えた。
そしてボタンを押す。
その瞬間、物体が輝きだす。私の肉体もその光に包まれ、PCの画面の中に吸い込まれた。
視界に広がってきたのは、現実世界とはかけ離れた光景であった。
コンピューターの電子回路のような模様の壁に囲まれた空間。天井は遥か高くにあるのか、ここからは黒い影にしか見えない。
その中心――私の目の前にグリッドマンが立っている。
グリッドマンと対峙すると、不思議な感覚に襲われた。これは意識の共有――いや、共鳴か。
我々二人の意識のアクセスが確立したことを直感する。同時に身体がゆっくりと宙に浮き、まばゆい光に包まれた。
ここに、私とグリッドマンは“合体”を果たした。
『ニル!!大丈夫なの!?』
愛美の声だ。彼女の声が空間いっぱいに響く。
『戦闘コードを打ち込んでくれ!アクセスコードは――GRIDMAN』
『よく分かんないけど……はい!』
愛美がキーボードでコードを入力すると私とグリッドマンは飛行が可能となり、凄まじい速さで天井に向かって飛び上がった。トンネルのような通路を一瞬で駆け抜け、私たちは青と緑のライトに照らされた夜のような場所、つまり『コンピューターワールド』に降り立ったのだ。
まるで巨大なPCのマザーボードの上にいるようだった。信じがたいことだが、そこには私たちが倒すべき存在――怪獣が暴れている。
全体的な造形は、怪獣と言うよりは二足歩行の肉食恐竜に似ている。宇宙からやって来る異形の怪獣よりも現実的というか“リアルな”姿だった。
その怪獣の傍には、紫色の鉄塔のような建造物があった。明らかにこの空間で異質さを感じさせるそれは、ひりひりとしたマイナスエネルギーを放っていた。私が長瀬のスマートフォンから感じ取ったマイナスエネルギーの正体なのか。
『ハァッ!』
グリッドマンの飛び蹴りが怪獣を吹き飛ばす。
『テヤッ!』
怪獣の腹部にタックルをしかけ、掴んだまま持ち上げる。グリッドマンに投げ飛ばされた怪獣はコンピューターワールドの地面に落下し、大きな火花が散った。
『大変!パソコンが火吹いてる!!』
「愛美さん、少し離れていて下さい。グリッドマン、早く倒さねばPCが過負荷で壊れてしまいます」
彼のパワーはあの壊れかけのPCと連動しているに違いない。本当に壊れてしまったら、私もグリッドマンも消滅してしまう可能性がある。
『任せろ!』
さらに一発の飛び蹴りで怪獣に追い打ちをかけ、私たちは距離を取った。
怪獣がのろのろと立ち上がろうとする間に、グリッドマンが両腕を胸の前で交差させ、左手のアクセプターにエネルギーを集めた。
『グリッドォォ、ビーム!!』
黄金の光線が怪獣に突き刺さった。
怪獣はわずかに苦しみ、そして静かに霧散した。撃退というより“消去”に近い倒し方であった。
グリッドビームの光は怪獣を倒した後に紫色の鉄塔を切り裂き、マイナスエネルギーはこの空間から一掃された。
それを確認した私たちは来た道を戻り、私もPCから現実世界へ引き戻された。
PCは既に白い煙を吐き出すのみで落ち着いてきている。売り物の洗濯機の陰に隠れていた愛美は、私の姿を確認するなり駆け足でやって来て、私の胸に飛び込んできた。
「良かった、無事だったんだね」
「私自身は何もしていません」
私は頭だけ振り向き、再び画面に現れたグリッドマンに視線を注いだ。その前に置かれた長瀬のスマートフォンからも、もう何も感じ取ることはできなかった。
「愛美さん、ちょっとすみません」
「あ、うん。ごめん」
そっと彼女を離し、私は長瀬のスマートフォンを手に取る。『ウルトラGO』というアプリは削除されていた。
『ニル、愛美。協力に感謝する』
「こちらこそ。これで対処法が分かりました」
そこからの行動は迅速に進めた。
まずは壊れかけのPCを店から買い取り、私の家に搬入することにした。できれば埃くらい落としたかったが、ここは我慢である。
「ただ今戻りました」
「おかえり」
家を出た後の留守を任せるため、雪宮悠氷を呼んでいたのだ。私服姿の彼女が私たちを出迎える。
氷を操る『グローザ星系人グロルーラ』という真の姿を持つ彼女は、その戦闘力を活かして剣道の名門大学に進学していた。(それがフェアかどうかは言うまい)
「雪宮さん。長瀬さんの様子は」
「特に問題ない」
寝室に入ると、長瀬は幸せそうな寝顔で大人しくしていた。時折拘束具に不自由さを感じているようだが……。
「うわぁ。アイス星人の次はカレー星人だぁ……」
意味不明な寝言を漏らすあたり、問題は無いのだろう。
私は彼女の頭に触れ、意識を覚醒させた。
「……あれ?ニルセンパ――って、え!?な、何これ!!」
「驚かせてすみません。すぐに外しますから」
拘束具を外してから、長瀬に事の次第を説明した。
「本当にごめんなさいっ!!愛美センパイ、怪我してないですか……?」
「大丈夫だって。唯こそ、具合大丈夫そう?」
「はい。寝起きはいつも良いので!」
私は雪宮に合図を出してから、長瀬にスマートフォンを返した。異常を察したら長瀬を押さえてもらう手筈だった。
しかし礼だけ言って、彼女は鞄に入れてしまった。気絶する前に見せていた異常な執着は確認できない。
「どうやら症状は改善されたようですね」
「自分でも不思議なんですよ。眠る前はめちゃくちゃハマってたのに、今は全然やりたくならないです」
『ニル。人々を正気に戻すためには、コンピューターワールドの怪獣とプログラム本体を破壊しなければ駄目だ!』
グリッドマンの言葉に耳だけ傾ける私と愛美。グリッドマンはまだ長瀬と雪宮には感知できないため、振り向いたら不自然だからだ。隠している訳ではないが、グリッドマンの言葉を借りるなら「説明は後だ!」ということだ。
雪宮には隣の長瀬の家に泊まって様子を見る役割に付いてもらい、まずは身近な人間たちから始めることにした。
すぐに連絡がついたのは草津だった。電話口で『ウルトラGO』という単語を発しただけで、草津は驚きの早さで現れた。
「聞いたぞレオルトン!ここにウルトラマンタロウが――」
早速意識を奪い、草津のスマートフォンを奪い取る。
『行けるか、ニル!』
「ええ」
「気を付けてね!」
「もちろん、きちんと帰ってきますよ」
愛美の頭を軽く撫で、私は画面上のグリッドマンと対面する。
再びアクセプターを起動し、私とグリッドマンはコンピューターワールドで合体した。
電光超人グリッドマンと私の共闘が、再び始まる。
――その2へ続く