留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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外伝1話「再・侵略の始まり」その3

 1週間が経ち、日に日に気温が高くなってきているこの頃。

 

「ふわぁ~」

「愛美さん、おはようございます」

「おはよ」

「すごい欠伸ですね」

「ヘンなとこ見ないでよ」

「前から人前で堂々としていたじゃないですか」

「それはそれなの!」

 

 私たちは恋愛関係となって以後、こうして毎朝待ち合わせてから登校していた。愛美に提案された時は正直、彼女が毎朝同じ時間に現れるか疑問だった。しかし愛美は律儀にやって来るし、時には先に私を待っている時もある。

 

「何?顔に何かついてる?」

「いえ」

「にやにやしてるけど」

「してませんよ」

「してる」

 

 彼女が私の顔をじっと見つめる。

 

「――愛美さん」

 

 私は、並んで歩く彼女の肩に腕を回し、こちらに引き寄せた。

 

「え、ちょっと、こんな所で――」

 

 その瞬間、愛美が立っていた場所を自転車が走り抜ける。ぶつかったら怪我では済まない速度であった。

 

「あ、危な……」

「片手でスマートフォンを操作していました。完全にこちらを認識してませんね」

 

 気のせいかもしれないが、最近やたらスマートフォンによる不注意を見かけている。昨夜買い物に出た時も、女子学生がスマートフォンに夢中で私にぶつかってきた。

 昨今の交通事故原因として取り沙汰されることも多いから、単なる偶然だろうが。

 

「ありがと、ニル」

「いえ。あなたが事故になんて遭ったら、私は相手に何をするか分かりませんよ」

「ニルが言うと迫力あるね」

「あのー」

「私が傍にいる限りは、必ず守りますが」

「うん……信じてるから」

「あのー。2人とも、すごく良い雰囲気なところ悪いけど、みんなに見られてるよ?」

「うわぁっ!!之道!!」

「早坂さん、おはようございます」

 

 私と愛美は反射的に互いに距離を取る。

 いつの間にか後ろに立っていた早坂に、私まで気づいていなかった。大変迂闊である。

 

「いやぁ、その。2人がとても仲良しで僕も嬉しいよ。うんうん」

「ありがとうございます」

「ははは……ニル君はからかい甲斐が無いなぁ」

「ところで早坂君。随分顔色が良くないようですが、寝不足ですか?」

 

 彼の眼の下には、薄いながらも隈が出ていた。

 

「あぁ、そうだね。最近色々あって。昨日学園でちょっとした喧嘩騒ぎがあってさ。理由は聞いてないんだけど、最近流行のゲームがどうのこうのって」

 

 ゲームと聞いて、先週長瀬に聞かされた『ウルトラGO』を思い出した。単なる娯楽で喧嘩騒ぎとは、呆れるばかりである。

 

「それで風紀委員が事情聴いたり何なりで、やることがいっぱいなんだよ」

「え~。うちの学園ってそんな生徒いるんだね……」

 

 愛美が呑気にそう返す一方で、早坂は考え込むような表情を崩さななかった。

 

「之道、何か他にも悩み?」

 

 愛美の問いかけに一瞬迷いながらも、彼は遠慮気味に切り出した。

 

「実は2人に相談があるのだけど、良いかな?」

 

 早坂を真ん中に3人で並んで歩きながら、彼が口を開いた。

 

「僕の姉のことなんだ。2人とも面識あるよね?」

 

 私の脳裏には、少しばかり苦々しい記憶がよみがえる。

 早坂之道の姉――冥奈が弟の好きな人を見つける手伝いをさせられたうえ、彼女の研究所が侵略星人ジャダンに襲撃されて巻き込まれるなど、あまり良い思い出が無い。

 

「姉さんの研究所がGUYSと共同研究していたんだけど……上司と揉めちゃったみたいで、そのまま研究所辞めちゃったんだよ」

「え、じゃあ冥奈さん……今何してるの?」

「家で飲んだくれてるよ……」

 

 彼女が自宅で荒れている姿が容易に想像できてしまう。

 

「しかし彼女ほど優秀な人材ならば、引く手あまたでしょう?」

「ニル君の言う通りのはずだったんだけど、揉めた上司が顔の広い人で、姉さんの悪口を言いふらしたんだ。それを信じた人たちにも嫌気がさしちゃったみたいで、もう研究止めるとか言い出すし……」

「勿体ないですね」

「そう。だからなんとか説得するか、元気づけるかしたいんだけど――」

 

 早坂がそう言った直後、彼の上着から電子音が聞こえた。

 

「あ、ちょっとごめんね」

 

 彼は急いだ手つきでスマートフォンを取り出す。

 

「あっ!この辺で冷凍星人グロルーラが見つかるんだって!!絶対捕まえなくちゃ……!」

 

 先ほどまでの深刻そうな表情は消えうせ、彼はスマートフォン片手にどこかへ行ってしまった。

 

「あの口ぶり、例のウルトラGOとやらでしょうか」

「それ草津に教えてもらったやつだ」

「愛美さんもプレイしているのですか?」

「いや、ゲームとかめんどくさいし」

 

 彼女らしい返事に思わず笑みがこぼれたのだった。

 

 

 

 

 そんな朝から始まったこの日だったが、気のせいかいつもよりも静かに過ぎ去ろうとしていた。

 年中やかましい絡み方をしてくる草津がやけに大人しいし、いつも愛美と昼食を共にする杏城もやって来ない。零洸は……今日は休みである。

 

「愛美さ――」

 

 間もなく放課後というのに、彼女は彼女ですやすやと寝ていた。こちらに向けた寝顔の口元にハンカチをあてがい、垂れかけたよだれを拭き取っておいた。

 いけない。こういう世話焼きはクラスでは見せないようにしようと愛美と話していたのだった。草津あたりに見られると面倒だ――

 その瞬間、大きな振動が校舎を襲った。

 地震ではない。これは怪獣だ。

 

「愛美さん、起きて下さい」

「んぅ?――な、何この揺れ!?」

「怪獣です。早く避難せねば――」

 

 周囲を見渡した瞬間、私は異変に気付いた。

 クラスの誰一人とて、この状況に全く動じていない。

 草津も、杏城も、早坂も樫尾も誰も彼もが私に目を合わせない。

 全員が手にしたスマートフォンを食い入るように見つめ、席を立つことすらしないのだ。

 

「み、みんな!!何してるの!?」

 

 愛美の大声に、ようやく杏城が顔を上げた。

 

「どうしました?愛美さん」

 

 珍しいものを見るような眼を愛美に向ける杏城。

 愛美が何か答えている一方で、私は鞄から取り出したノートパソコンを開く。GUYSの監視網に秘密裏にアクセスできる私は、地球上で怪獣が現れればすぐに映像で確認できる。

 東京都奥多摩に突如現れたのは、地底怪獣グドン。かつて地上に現れた時はウルトラマンジャックと時の地球防衛部隊を苦しめた怪獣だ。

 グドンは鞭のような両腕を振り回し、山間部を走る送電線と鉄塔をなぎ倒しながら前進する。進行方向には、都心部やこの学園も含まれる。

 しかしグドンが何の障害もなく突き進むのも束の間。白い光と共に空中から現れたのは、地球の護り手――光の戦士ソル。

 線の細い女性的なフォルムでありながら、その銀色の巨躯は力強さに満ち溢れている。数々の強豪怪獣や宇宙人を撃破してきた彼女は、地球で最も頼られている存在に違いない。

 それこそが零洸未来の真の姿である。

 

「未来っ!」

 

 私のPCを奪いかねない勢いの愛美。

 しかし、何かあればいつもやって来る面々――草津や杏城、早坂たちはスマートフォン片手に席を動かなかったり、教室を出て行ったりしてしまった。

 それはさておき、問題はソルとグドンの戦闘だ。

 いくら地球産の怪獣とはいえ、奴はかつてツインテールと共に一度は光の戦士を退け、東京に大きな爪痕を残している。油断は禁物だ。

 そんな事実を知ってか知らずか、愛美はPCの画面から目を離さない。その眼差しは不安げだった。

 

「大丈夫ですよ、愛美さん。グドン程度では、一対一で彼女には勝つことなどできません」

 

 私はそんな彼女の手を、机の下でそっと握った。

 私の言った通り、戦いは一方的と言っても過言ではない。

 一対一ではウルトラマンジャックに倒されている怪獣だ。彼に劣らない戦闘力を持つソルならば対応できる。

 画面の向こうの戦士は、左腕に埋め込まれた鉱石から『ソールブレード』を展開する。グドンの鞭状の両腕先が裁断され、奴はほぼ戦闘力を失った状態だ。

 不測の事態さえなければ、間もなくソルの必殺技が――

 

「……え」

 

 愛美から声が漏れる。

 私も目を疑った。

 ソルは腕をL字に構えたが――必殺技『ラス・オブ・スペシュウム』が放たれることは無かった。

 彼女は急にその場に片膝をつく。

一体何が起きたのか。夕日に照らされた銀色の巨人は動かない。

 

「未来っ!」

 

 グドンは一歩、二歩とソルから距離を取り、ついに背を向けて前進を再開する。戦闘意欲は無いかもしれないが、その足先は都心を目指している。いくら両腕を失っていても、怪獣は歩を進めるだけで人間文明を破壊することができるのだ。

 

「愛美さん、私は現地に向かいます」

「向かうって、どうする気なの!?」

「私だって、戦えますから」

 

 この言葉は、半分嘘だ。

 3か月前キングヤプールを道連れにした自爆で、私の身体は深刻なダメージを受けている。メフィラス星人としての真の姿で巨大化することが出来るかは甚だ疑問だ。

 しかし闘わねば。

 目の前の、たった一人愛した女性を守るためには――

 

「待って、ニル!」

 

 彼女の目線が、もう一度PCの画面に注がれる。

 そこには、オレンジ色の空を駆ける2機の戦闘機『メシア』が現れた。

 斜陽を背に動かぬソルの背後から、その横を駆け抜ける2機。そして人型戦闘モードに変形したメシアはソルの前に立った。

 片方のメシアは、小型の支援兵器を2機伴っていた。搭乗者の脳波で操作できる『テインレイン』と呼ばれる兵器だ。

 もう片方のメシアは巨大な剣型の武装で突撃する。

 一機目のメシアとテインレインの射撃が、振り返ったグドンに襲いかかる。テインレインは縦横無尽にグドンの周りを飛び回りながら動きを奪い、そして突撃した2機目のメシアの剣がグドンの胸部に突き刺さる。

 グドンは爆散し、黒煙が画面いっぱいに広がった。再び夕焼け空が見えてきた時にはソルは光と共に姿を消し、メシアも再び飛行形体に戻って飛び去っていった。

 

「未来は!?どうしちゃったの……?」

「私には分かりません。連絡してみます」

 

 数分後、私の電話に零洸が応えた。

 大丈夫だ、問題ない――という素っ気ない言葉だけが電話口から返ってくる。

 愛美に代わろうとしたが、零洸は後で連絡するとだけ言って電話を切られてしまった。

 

「零洸さんは無事です。後程愛美さんに連絡すると」

「そっか……良かった」

 

 立ち上がったままだった彼女は、力が抜けたようにしゃがみ込んだ。友人の無事に心底安堵しているようだった。

 

「ん?どうしたんだ愛美」

 

 そこに何食わぬ顔で教室に戻ってきた草津。彼は愛美の異変に気づいてやって来る。

 

「零洸さんが心配だったのですが、先ほど連絡が取れたのでほっとしたのでしょう」

「あぁ、そうか」

 

 草津はそれだけで、自分の席へ戻って行った。

 やはり何かがおかしい。

 半年前に光の戦士ソルの正体が零洸という事実を知った面々――もちろん草津もそうだが、彼らはソルが戦う度に彼女の勝利を祈りながら、まるで自分のことのような真剣さで見守っていた。学園に揃っている時はいつも一緒に固唾を飲んで見つめていたのだ。

 それが今回はどうだろうか。草津も杏城も、早坂も樫尾も教室を出ていき、呑気な顔をして戻ってくる。

 

「草津、貴方どうしたのです。ソルが危ない戦いをしていた時に、どこへ行っていたのですか」

「ソル?あぁ未来なら大丈夫だろう。それよりゴモラの生息地が見つかったから――」

 

 彼の手には、やはりスマートフォンが握られていた。

 

「草津さん!これ見て下さい!ゴモラ捕獲できましたわ!」

「何だとぉ!?これは一大事だ。場所を教えてくれ!」

 

 嬉々として近づいてきた杏城と草津は、互いのスマートフォンを見せ合って話し込んでいる。

 

「そうか――」

 

 ここ最近の出来事をヒントに、私の中で一つの仮説を打ち立てた。

 新たな何者かが、私たちの世界を侵略しようとしているのだ。

 

 

 

――その4に続く


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