「既に通達されているけれど、私たちCREW・GUYS・JAPANには新兵器『UNION』のサポートという新たなミッションが課せられたわ。これまでと勝手の違うことがあるかもしれないけど、各自自覚を持って臨んでもらいます」
CREW・GUYS・JAPANの本部である『セイヴァーミラージュ』内オペレーションルームに集まった彼らは、隊長の星川聖良の指示でそれぞれの任務にあたっていた。
3か月前の激闘をくぐり抜けた猛者たちであるが、ここ最近はデスクワークがほとんどであった。武闘派のリョータ=三河やユータ=オヤマはあくびを殺しながらPCの前に座っている。
「暇に殺される気がする」
「リョータくん、そんなこと言わずに。隣のサクマくんは活力みなぎるって感じよ」
「そうやぞ。ワイ将今が一番輝いてる」
緊急出動などでは一番文句をたれるサクマ隊員は、誰の目から見ても生き生きとしている。それを見てますますリョータ隊員の苛立ちは募るばかりだった。
「だいたい何だ、新兵器って。そんなのできたら俺らお役御免じゃねぇか」
リョータは一冊のファイルを投げ置いて、ため息を漏らす。
「何が無人防衛システムだよ。ついにGUYSもAI主義でリストラ募集かな」
「そんなことは無いわ。まだまだ人間の力が必要なのよ。ねぇ、ライカ」
星川隊長に呼ばれてリョータの後ろに立ったのは、CREWでは最も異質な雰囲気を持つ女性隊員のライカだった。
外見は若く美しい女性だが、物腰や考え方はCREW随一の落ち着きようである。
「彼女の空間認識能力と脳波によるコントロールの補助が無いと、UNIONシステムは稼働できないのだから。しかも試験段階では何があるか分からないから、あなたのような熟練パイロットとメシアも連携する必要があるのよ」
「リョータさん。隊長の言う通りです。力を貸してください」
ライカがうやうやしく言うと、リョータはばつが悪そうに一言詫びて作業に戻った。
「仲間のためってことなら、まぁ働きますよ。あ、残業代は下さいね」
「はいはい」
彼の肩を軽く叩いて、星川とライカはオペレーションルームを出ようとした。
しかし一足早く外から入ってきた男を前にして、2人は退室を取りやめることとなった。
「星川隊長にCREWの諸君。準備は進んでいるかね?」
セイヴァーミラージュ内で見かけるには珍しい背広姿の男。特別入館許可証を首から下げているのは、GUYS外部の人間であることの証である。
「フジドウ博士」
星川が一礼したのに合わせて、ルーム内のCREWも起立した。
「挨拶する暇があったら仕事を続けたまえ。民間の私は君たちの上官というわけではない。もっとも、ゆくゆくはそうなる可能性は大きいがね」
この男こそ、新兵器UNIONシステムの発案者である研究者であった。
「君が確か、システム補助人員の……」
「ライカ、と申します」
自分で聞いておきながら、博士は興味無さげにライカを一瞥しただけでメインモニターの前まで進み出た。
「手間をかけさせるね。本来人の力など必要としないはずだったのだが、私の部下が余計なシステムを組み込んだせいで君たちの力を借りねばならなくなった」
「いえ、早坂博士には感謝しています。ライカの持つ脳波コントロールを活用できるチャンスになりましたから」
「断っておくが、星川隊長。私としては超能力とやらに頼らなくともUNIONシステムは稼働できると考えている。現段階では彼女のサポートが必要であるのは間違いないが、いずれこのUNIONは完全無人の兵器として実戦投入される予定だ」
フジドウ博士はサクマ隊員の操作しているPCを無理やり動かし、モニターの画面を変えた。そこには、記者会見でも公開されたUNIONシステム全体の概略図が示されている。
「メインとなる巨大戦艦『カーンスクアッド』に搭載した最新鋭のAIが、ネットワークで繋がる各種兵器――それこそ君たちの載っていた『メシア』を含めた兵器を操作して、無駄のない連携戦闘を可能にする。多くの人間を従来の指示系統やフォーメーションで動かすよりも、遥かに効率的な連携を可能とするのだ」
「その程度の戦闘なら、今まで我々がやってきたことと同じですけど?」
意見したリョータに、博士は鼻で笑った。
「マニュアルをきちんと読んだかね?UNIONの真骨頂はそれだけではない。いずれは全世界のネットワークに接続して――いや、君たちに説明しても意味はないな」
博士は画面を元に戻し、星川隊長のもとへ戻った。
「くれぐれも、前時代的な考えでこのシステムの邪魔をしないよう、CREWたちを躾けておくように」
彼は厳しく言い放ち、その場を後にした。
「ライカ、彼の言うことは気にしなくていいわ」
「大丈夫です。ちゃんと皆さんの役に立てるように頑張るだけですから。もうすぐ実験の時間です。私は行きますね」
少し寂しそうな表情を残したまま、彼女もオペレーションルームを出て行った。
「隊長。俺はこの件ライカが関わってなかったら、とっくにGUYS辞めてますよ。マンパワーなんて要らないそうですから」
「……そんなことは、絶対にないわ」
そう言いつつ星川は、GUYSや地球防衛の在り方に変化の時が来たのかもしれないと感じていた。
その新しい在り方にとって自分が必要かどうか、その答えを出すことは今の彼女には難しい。
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昼休みに入った時間になってようやく、私は教室に現れた。念のため、と時間をずらして先に来ていた愛美と自然に目が合う。
「ん?何だ?先に来ていたカノジョと目配せか?そんな男の姿を見せられて、俺にどうしろと言いたいんだ?んぅ?!」
「おはようございます、草津」
「この見せつけ野郎め!俺だって誰かに見せつけたいわ!」
「あらあら。お友達が登校してきて嬉しいのですわね、草津さん」
草津と杏城のお出迎えである。相変わらずの騒々しさを前にすると、今日も平和だと思えてくるものだ。
「昨日、愛美さんはレオルトンさんのおうちですか?」
急な耳打ちに驚かされる。
てっきり遅刻の説教をされるものと思っていたが……。
「お二人とも、私の知らない所でどんどん大人になってしまいますのね!」
「そんなことないですよ……」
「きっとレオルトンさんのことですわ。きっと、まだ夢心地の愛美さんに『お嬢さん、夜明けのコーヒーはいかがです?』なんて言うのですわね!も~ホント、キザですわっ!」
大変楽しそうなのは何よりだが、杏城の抱く私のイメージとは一体……。
「逢夜乃!さっきから何を言っているんだ。俺にはさっぱりわから――」
「はいはい草津さん。私たちは大人しくしていましょうね」
「気になるぞ、おい、気になるぞぉぉぉ」
草津が杏城に引っ張られていったところで、ようやく私は自分の席についた。先ほどまでは普通に座っていた愛美が、いつの間にか机に突っ伏して寝息を立てていた。
「レオルトン」
「零洸さん。すみません、突然の遅刻になってしま――」
そこには、厳しい目つきで私を睨みつける零洸未来の姿があった。
何か緊急事態だろうか。
「人の居ない所で話したい」
私は従って、屋上まで付いて行った。
光の戦士『ソル』が人間として紛れるための姿が零洸である。歴戦の戦士がひとたび眼光を鋭くすると、これ程凄味のあるものは他に無かろう。
「まさか新たな侵略者が現れましたか?」
「……キミに聞きたいことがある」
「私の知る範囲で回答します」
「昨日」
「昨日?私の監視システムには何も――」
「昨日の夜!キミは……愛美と一緒だったのか?」
「ええ、そうですが」
「その……いたったのか?」
「はい?」
「だ、だから、そういう行為にいたったのか聞いているんだ!」
こちらが驚かされるくらいに、零洸は顔を真っ赤にして問い詰めてくる。
「えぇ、まぁ」
「何というか、以前からキミは女性というものに対して手が早いというか……あぁいや、済まない。差し出がましいことを言ってしまった」
「いえ。今朝連絡した時の返事が素っ気なかったので、察してくれていたものかと」
「私が!?」
「人間生活が随分長いと聞いていたので」
「買いかぶらないでくれ。そういう方面には詳しくないんだ……」
彼女曰く、最初私から連絡を受けた時は、何故私と愛美が同じ日に遅刻するのか疑問だったらしい。それを杏城に相談したところ、昨晩何があったか気づいたようだった。
「キミは、きちんと責任を取れるのだろうな?」
「私なら人間の子供くらい、養える力はあると思いますよ」
「こ、子供だと!?そんなの早すぎる!愛美はまだ学生で――」
「冗談ですよ。その辺りはきちんとしましたから」
「キミの冗談は笑えない……」
「私は、愛美さんのことを愛しています。何があっても守り抜きます」
零洸はあっけに取られたようにまばたきをして、小さなため息をついた。
「信じてもらえませんか?」
「まさか」
彼女はすぐ近くのベンチに座って、晴れた青空を見上げた。
「愛美が小さな時から、私は傍で見守っていたつもりだ。あの子が失った家族の代わりになれないと分かっていたが、それでも彼女を苦しめるものは全て取り払ってあげたいんだ」
「そういうのを、親心というのでしょう」
「さぁ。私は親を知らないから」
どんな形でも大切に想う気持ちさえあればいいじゃないか――そう返そうかと思ったが、言葉に反して微笑む零洸にわざわざ言うまでもないだろう。
「キミが愛美を守ってくれるなら、もう私は居なくても良いかもな」
「笑えない冗談はお互い様ですね」
「はは。そうかな」
「貴女にはずっと彼女の傍にいてもらわねば。貴女には、私にはない“力”がある」
「それが必要無くなれば、本当は一番良い」
彼女の言葉で、私は今朝のニュースを思い出していた。GUYSの新兵器は人の力を使わなくとも、AIに制御された強大な武力で敵を倒す。人間は自らどんどんと力を付けていく。私や零洸=光の戦士ソルのような外部の存在がいなくとも、地球を守れるようになるのかもしれない。
そうなった時、私には何ができるのだろうか。
「行こう」
彼女に促され、私たちは校舎の中へ戻った。
一階分の階段を降りた時に、廊下で私は何者かとぶつかった。
「ご、ごめんなさい!!あ、ニルセンパイに未来センパイじゃないですか!」
長瀬唯の小さな身体が、視界に入る。何か急ぎかと問うと、彼女は何やらもったいぶりながら自分のスマートフォンの画面を私に見せてきた。
「このアプリ、知ってます?」
「ウルトラGO?」
画面にでかでかと示された文字を読み上げると、長瀬は自慢げに「そうです!」と言った。
「これは絶対流行ると思うんです!こう見えて私、自称学園一流行に敏感な女子なので!」
自称では信用ならんな。
「あ、今自称じゃ信じられないな~って顔してます?」
「よく分かりましたね」
「いいですよ~。この魅力はニルセンパイには秘密ですからっ」
「じゃあレオルトンは無視して、私には教えてくれないか?唯」
「さすが未来センパイは分かってらっしゃる!このアプリはですね、過去に現れた怪獣を、色々歩き回りながら捕獲していくってゲームなんです」
「長瀬さん、それはポケモ――」
「シャラーップ!!ニルセンパイのことは無視します!」
「じゃあ私は先に行きますね」
「嘘です嘘です!!仲間外れになんてしませんよ」
どこかで聞いたことのあるようなゲームではあったが、巷で流行っていることは確かなようだ。私のスマートフォンを確認すると、クラスメイトからアプリへの招待メッセージが来ていた。
「うちのクラスでも、最近みんな始めてるんですよね。ま、私は結構前から知っていましたが!」
「見てみろレオルトン」
零洸に言われて長瀬のスマートフォンを覗き込むと、様々な怪獣に“捕獲済み”とマークが出ている。例えばゴモラ、レッドキングといった有名どころはもちろん、アリゲラやロベルガーといった最近になって確認された怪獣や宇宙人も名を連ねている。それらはデフォルメ化された可愛らしいイラストになっており、本物の持つ恐ろしさを全く感じさせない。
「ふっ。キミも捕獲されているじゃないか」
悲しいことに『メフィラス星人』も、ゆるキャラのように描かれて長瀬のコレクションに加えられていた。私ではない同胞の個体だと考えることにしよう。
「怪獣とか宇宙人だけじゃなくて、ウルトラ兄弟とかも捕獲できるらしいですよ」
「それは何というか、私には気まずいな……」
零洸の苦笑いに、私も思わず笑いそうになった。
「ぬぬ!?この辺でも怪獣が見つかるみたいです!私行ってきますね!」
長瀬は走りたい欲求を抑えるがごとく早歩きで去って行った。
「……人間は面白いことを考えますね」
「まったくだ」
私たちの間に、おかしな仲間意識が芽生えそうだった。
――その3へ続く