留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第4話「とある休日の侵略者」

「映画館、ですか?」

「そうそう。映画館」

 

 ニル=レオルトンとしての学園生活が1カ月経過したある日の放課後、私は早坂と一緒に廊下を歩いていた。

 

「樫尾さんと草津君も一緒なんだけど、どうかな?」

 

 正直な所、貴重な休日を人間と過ごしてもメリットが無い。私は地球や人間の事情を学習する予定が――

 

「興味深いですね」

 

 私は考え直した。これは良い機会である。人間の感情や心を理解するためには、文献やデータに目を通すよりも、やはり自分自身の経験として得るべきだろう。

 

「明日の土曜日なんだけど、空いてる?」

「はい。一日中暇です」

「良かったぁ。じゃあ、2人にも伝えておくね。場所と時間は、今日の夜連絡するよ。それじゃ!」

 

 早坂は嬉しそうな様子で私と別れ、体育館への通路の方に向かった。

 

 

 

 

第4話「とある休日の侵略者」

 

 

 午前9時50分。私は駅前広場に立っている。休日の駅前は午前中だというのに活気づいていた。私が地球に訪れた頃と比べると若干涼しくなり、破廉恥な露出をした女性たちもようやくまともな格好をし始めていた。

 

「お、早いじゃねェか」

 

 振り返ると、樫尾が片手を上げながらこちらにやって来た。私も挨拶代わりに、軽く右手を上げる。

 

「おはようございます」

「おう。早坂と草津はまだか?」

「はい。私だけです」

「そうかい。まぁあいつらは時間に細かいから、すぐ来るだろうよ。そうだレオルトン。こいつをやる」

 

 樫尾はポケットから無造作に、一枚の小さな紙を取り出した。

 

「映画のチケットだぜ。レオルトンの分だ」

「ありがとうございます。お金は――」

「その心配はねェぜ。親父が景品でもらってきたもんだからよ」

「頂いてよろしいのですか?」

「あったりめぇよ!」

「では、ありがたく頂戴します」

「かてェ野郎だな!まったくよ!」

 

 樫尾は私の右肩を軽く叩いた。

 

「遅くなりました!」

 

 そこに駆け足で早坂がやって来る。

 

「おはようございます、2人とも」

 

 早坂は爽やかに挨拶し、ハンカチで額の汗をぬぐっていた。

 

「そんなに急いで、どうしたァ?」

「姉を起こすのに手間取っちゃって。休日は本当にだらしないんですよ」

「そいつは意外だな。あとは、草津だけだな」

「俺ならここにいるぞ」

「おォ!?」

 

 樫尾の大きな図体の影から、草津がぬっと顔を出した。

 

「お、脅かすんじゃねェよ…」

「まだまだ修行が足りんな、樫尾よ。さて、いざ行かん!」

 

 草津は意気揚々と歩きだし、私たち3人はそれに付いて行った。

 映画館は駅前広場から離れてはおらず、10分もかからずに到着した。私の惑星には娯楽という概念が存在しないため、多くの人間が1つの娯楽作品を共有する場は非常に新鮮な印象だ。

 

「ところで、どういった映画を観るのですか?」

「知らせてなかったか? これだ」

 

 草津が指差した所に、映画のポスターが貼られていた。

 

「……マリー=ホッターと秘密のお店」

「そうだ! 全米大ヒットの第一作『マリー=ホッターと馬鹿野郎の石』から2年! 魔法使いのスペクタクル物語の最新作が日本でも公開されるのだ」

 

 草津は目を輝かせながら、手に持っていたチケットを握りしめていた。

 魔法か。人間は科学で説明の出来ない超常現象に魅入られる習性があるとは知っていたが、まだそんな原始人のような言葉を使うとは。

 

「あら? もしかして皆さんもマリー=ホッターを観にいらしたの?」

 

 聞き覚えのある声が、私たち4人の後ろから聞こえる。

 

「逢夜乃! それに愛美も一緒か!」

 

 草津は颯爽と2人の所へ駆け寄った。私たち3人もそれも続く。

 

「おはようございます。奇遇ですわね」

「公開初日とあって、やはりやって来ていたか」

「もちろんですわ! 2年間、この日をどんなに待ちわびたことか!」

 

 草津と熱い会話を始めた杏城とはうって変わり、隣に立っていた早馴は眠そうに目を擦りながらこちらを見ていた。

 

「意外だなァ。愛美もこういう映画好きなのか?」

「まぁ普通かな。てか、樫尾さんがここに居るのも意外だけど」

 

 早馴は気怠そうにあくびをしていた。

 

「逢夜乃がどうしてもって言うから、なんとなく付いて来ただけなんだけどね」

「あら愛美さん。前に原作小説をお貸ししたじゃありませんか」

「あれ、めんどくさくなっちゃって。途中で読むの止めちゃった」

「それは勿体ないぞ、愛美! しかし映画を観ればあっという間に、その魅力に気づくだろう!」

「草津さんの言う通りですわ! さて、行きましょう!」

「え、ちょっ!」

 

 早馴は杏城に引っ張られながら、私たちと共に映画館へ入っていった。

 

「さて、俺たちも行こうぜェ」

 

 樫尾に促され、早坂と3人で彼らについて行く。

 人間どもの大衆娯楽…いか程のものか見極めてやろう。

 

 

 

「おぉおぉぉ!」

 

 隣の座席に座る草津が、静かながらも感嘆の声を上げている。

「負けるんじゃねェぜ…マリー」

 

 樫尾もかなり感情移入している。

 

「……」

 

 早坂は無言ながらも、真剣な眼差しを画面に向けている。

 そして私はというと、大変に退屈している。

 私には娯楽作品の良し悪しはまだ理解できないが、非常につまらないと感じていることは確かである。正直早くも帰宅したい気分である。

 第一、この主人公のマリーに魅力が無さすぎるのだ。困ったら近くの男にすぐ助けを求めるし、いつも涙交じりの上目づかいで男に頼みごとをする。1人では何もできない弱者だと思いきや、突然“親から受け継いだ超魔力”とやらを使って敵を瞬殺してしまう。あまりにもご都合主義の物語ではないか。

 そして何より、音がうるさいのだ。私は昔から大音量というものを好かない。かと言って聴覚を遮断するような器用な真似は出来ない。

 仕方ない、一度ロビーの待合室に出て、気分転換でもするとしよう。

 

「あれ、ニルくん?」

「すみません、お手洗いに」

 

 私は早坂に声をかけ、席を立った。

 ぶ厚い扉を開けてロビーに出ると、何と心地の良い静けさであろうか。人間の娯楽を学ぶ前に、静かな空間のありがたみに気付かされたようだ。

 

「あれ?」

「早馴さん」

 

 私の後ろで扉が開かれ、そこから顔を出したのは早馴だった。

 

「こんな所で何してるの?」

「お手洗いに行こうとしていました。早馴さんは?」

「ん? あー、そう、私も」

 

 私たちはすぐ近くの化粧室に向かい、その前で別れた。

 流れで男子化粧室に入ってしまったが、特に用事は無い。しかし劇場に戻るのは避けたいし、こんな所に長時間いるのは御免である。

 私は何もせずに化粧室を出て、正面に置いてあるベンチに向かおうとした。

 

「あれ?」

「早馴さん。やけに早いですね」

「そっちこそ」

「……」

「……あー分かった。トイレは嘘、でしょ?」

「その通りです」

「ふふっ。やっぱりね」

 

 私たちは2人で並んでベンチに腰を下ろした。

 

「あれ、つまんないよね?」

「あまり好きではありませんでした」

「だよね!」

 

 早馴はどこか嬉しそうに笑って、浮かせた足をぶらぶらと、前に出したり引いたりを繰り返している。

 

「じっとしてるの退屈でさ」

「同感です」

「仲間がいて良かったわー」

「そうですね」

「……」

「……」

「アンタとは、なんだかんだでよく話すね」

「初日に不動産店に連れて行って頂いた時からですね」

「宇宙人から助けてもらったこともあった」

「そんなこともありましたね」

「あんなに危なかったのに、とぼけた感じね」

 

 早馴は可笑しそうに微笑んで、私を見た。

 

「そろそろ、戻る?」

「そうですね。あまりに戻って来ないと、不自然に思われますし」

「そだね」

 

 彼女は立ちあがった。

 

「アンタとは、意外と気が合う気がするなぁ」

「気が合う?」

「えっと……やっぱり何でもない!」

 

 彼女は背を向け、先に劇場へと戻っていった。

 

 

 

 それから1時間ほど経ってから映画は終わり、私たちは6人で近くのファミリーレストランに入った。私にとっては初めての、自宅と学園以外での外食だ。

 

「今作もやはり素晴らしかった!」

「そうですわね!」

 

 草津と杏城は映画の余韻に浸っているのか、食事中もずっと映画の感想のことを話していた。

 

「中盤、マリーが一度死んだ時はどうなるかと思ったが…」

「ええ。そしてあの復活劇……わたくし思わず泣いてしまいましたわ。愛美さんも感動しませんでした?」

 

 急に話を振られるも、早馴はきょとんとして何も答えない。

 

「そうでしたわ。愛美さん、あの時外に出ていましたわね」

「そ、そうだね」

「そういえば、ニルくんもそのシーンの時、居なかったね」

 

 早坂が思い出したように私の方を見る。

 

「なんだお前たち、2人して重要なシーンを見損ねていたのか!」

 

 草津が悲しそうに私と早馴に目を向ける。

 

「それは勿体ないことをしました」

「あー、うん。まぁいいんじゃない?」

 

 私と早馴は、目を見合わせた。

 

「ふふっ」

 

 早馴は私の目を見て、小さく笑った。

 私もそれに合わせて、微かな笑みを浮かべることにした。

 

 

 

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 その日の夜、人知れず一隻の宇宙船が地球に着陸した。

 

「ニル=レオルトン、か」

 

 その操縦席の中、小さなモニターに映る一枚の写真を見ている影が1つ。

 

「利用させてもらうぞ…メフィラス星人!」

 

 彼は低い嗤い声を上げながら、操縦席を後にした。

 

「勝つのは私。いかなる戦いにも負けない私だ…!」

 

 奇怪な嗤い声が、夜の地球に響き渡った。

 

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