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「愛美さん!!」
私と早馴は、現実世界に戻ってきた。
目を覚ました早馴の身体を、杏城が力いっぱい抱きしめていた。
「愛美さん。全部、思い出しましたの?」
「うん……!」
「メフィラス星人、成功したようだな」
「お力添え感謝しますよ、ゾフィー。しかしゆっくりはしていられません」
私は起き上がって、ゾフィーを促した。
「そうだな」
ゾフィーは急ぎ、早馴の額に手を当てる。すると先ほどとは比べ物にならないくらいの、大きな光が発せられていた。
「未来のこと、助けられる?」
早馴の問いに、ゾフィーは深く頷いた。
「これなら百夜過去を甦らせるほどのエネルギーを生み出せる」
「ゾフィー、百夜過去の蘇生に時間はかかりますか?」
「いいや。すぐに終わる」
ゾフィーは、早馴の額から放たれる光を自分の身体に吸い込んだ。
そして、誰もいない空間に向かい、金色の光を放つ。その光の中心に、何かが集まってくるような感覚を得た。
「戻ってこい……光の戦士ラスよ!」
そして光が一層強くなり、私は思わず目を閉じた。
目を開いた時には光は小さくなり、何も無かった場所に人影が見えた。
「はぁ~。何だか私って、ゴキブリ並みの生命力って感じよね」
気だるげな軽口が聞こえる。
それはまさしく、百夜過去の声であった。
「あら。アンタ、ゾフィーじゃない」
完全に人間態を取り戻した百夜は、意外な出会いに満足そうな笑みを浮かべた。
「ずっと戦ってみたいって思ってたのよ?」
「そんなことを言っている場合ではないぞ、百夜過去」
「堅物ね。冗談の一つくらい覚えなさいよ」
百夜は銀色の髪をかき上げ、つかつかと早馴に歩み寄る。
「ありがとね、愛美ちゃん♪」
そして早馴の唇にかぶりつくように、濃厚な口づけをした。
「うむむむぅぅぅ!!」
「ぷはっ。あー気持ち良かった♪」
「あ、アンタ……私、初めてだったのに!」
「そうなの? でも安心して。女の子同士はノーカンだから。そのうち上書きしてもらいなさいよ」
百夜は悪びれることなく、何故か私の肩を叩いてくすくす笑っていた。
「百夜さん。これからソルの身体を取り返します」
「もちろんよ。あんな薄汚い奴に未来ちゃんの身体を使わせられないわ。で、どうするの?」
百夜の問いに、ゾフィーが答える。
「君の全力のエネルギーを、ソルのカラータイマーに直撃させるのだ。そうすればソルのエネルギーが増幅され、内側からヤプールを追い出すことができるはず」
「ふーん……でも全力をぶつけるってことは、私ひとりじゃ無理な話よね?」
「もちろん私がサポートする」
「あら、心強いこと。肩書き以上の活躍を期待するわね」
「任せてもらおう」
「お2人とも。今から作戦の説明をします。まず私が“装置”を停止させに行きます。その間にゾフィーがヤプールキングと戦闘、できる限り奴の体力を奪ってください。“装置”が停止すれば、地上のマイナスエネルギーは急速に減少しますから、百夜さんの攻撃が通じやすくなるで――」
「ふはははは!! 聞いたぞメフィラス星人…!」
廊下の先、暗闇の奥から何者かの声が響き渡った。
「この感覚……ヤプールだな!」
ゾフィーの言葉通り、暗闇の中から真紅の肉体をした宇宙人が現れた。奴は複数のヤプール人が融合した『巨大ヤプール』だった。
「我が王が貴様らを探しているぞ!」
「メフィラス、アンタ何か恨みかったわけ?」
「抹殺宣言が気に障ったみたいですね」
百夜にそう答えると、彼女は面白そうに笑って前に進んだ。
「丁度いいわ。準備体操してくる」
百夜は首を回して骨を鳴らすと、巨大ヤプール目がけて一直線に飛んだ。
そして凄まじい勢いのとび蹴りを仕掛ける。ヤプールは何とか受け止めているものの、その立ち位置はじりじりと後退していた。
「ほらほらぁっ!」
百夜は地に足をつけ、回転蹴りを数回繰り返す。ヤプールは防戦一方のまま、とうとう押し負けて後方に吹き飛ばされた。
「このっ!!」
ヤプールの光線。百夜は避けず、それを自分の腕で防いだ。
「愛美ちゃんに当たったらどうするのよっ!」
百夜は腕をL字に構え、光線を放った。
「ぐおおぉぉぉぉ!!!!」
ヤプールは必死に受け流そうとするが、奴の身体はまばゆい光の中に呑みこまれ、消え去った。
「何か私、強くなっちゃった?」
爽快感に満たされた様子で戻ってきた百夜は、傍に置いてあった段ボールに腰掛け、足を組んだ。
「じゃ、私はここで待ってるから、よろしくね」
「分かりました。では、行ってきます」
私は近くの窓を開いた。
「待って!! そんなぼろぼろのまま、行くつもりなの?」
早馴の呼び声に、私は立ち止まった。
確かに、私は全身傷だらけだった。マグマ星人の拷問の傷も完全には癒えていないし、何よりとてつもない疲労感に襲われていた。
「ご心配、痛み入ります。しかし時間がありませんから」
「だったら、私も行く!」
早馴が駆け寄ってきて、私の前に立ちふさがった。
「何を言っているのですか。貴女が来たところで、足手まといにしかなりません」
「けど、少しでも力に――」
ぱちん――という音が響き渡った。
その音の正体は、百夜が早馴の頬を平手打ちした音だった。
「落ち着きなさい、愛美ちゃん。ここからは私たちの仕事よ」
百夜はそう言い放って、早馴の頭に触れた。
「アナタの仕事は、あのキザ男の帰りを待ってやることよ。待ち人が居なかったら、アイツきっといじけるわよ?」
早馴はあっけにとられたまま、押し黙った。
「メフィラス、早く行きなさい」
「……ええ」
百夜に促され、私は歩き出す。引き留めようと私を呼ぶ草津たちの声を無視し、彼らに一瞥をくれることもなく、私は窓枠に手をかけた。
「――待って」
再び早馴が言った。
しかし、この時ばかりは無視できなかった。
彼女の一言が、何か重みを持って私に伝わったからだ。
「これ」
振り返った私の首に、彼女はペンダントをかけた。それは母親から、ソルの手を介して受け継がれた物。
そして百夜との戦闘時に暴走した零洸を正気に戻した、不思議な力のあるペンダントだった。
「これ、お守り。ちゃんと……返しに来てね」
「……ありがとう、ございます」
「約束して。帰って来るって」
8年前の記憶世界で見た光景が思い出される。
幼い早馴がソルと約束した時、そして母親と最後の別れとなった時も、同じ眼をしていた。
「約束します」
私は窓から飛び降りた。
「……ごめんなさい、早馴さん」
私は地面に着地してから小さく呟き、走り出した。
最後の戦い――私は必ず、勝ってみせる。
たとえこの命を失おうとも、必ずだ。
―――第38話に続く