「アミ!」
車を降りて少女に駆け寄ったのは、早馴と同じ赤茶色の髪の女性だった。隣に立つ早馴にふと視線を移すと、あの女性の面影が色濃く残されていることに気付いた。
「ママ!!」
少女は立ち上がり、その女性の胸に飛び込んだ。
「パパもユキナちゃんも、行っちゃった……」
「大丈夫よ。すぐに帰ってくるから。さ、私たちも行くわよ」
彼女たちは車に乗り込む。私と早馴も、それに付いて行くために後部座席に乗り込んだ。
「ねぇ……この世界の人には、どうやったって話しかけられないの?」
「そうです。あくまで、早馴さんの記憶を疑似体験しているに過ぎません。私たちはこれらの出来事に介入できませんし、その内容を変えることもできません」
「そっか……」
早馴は、運転席に座る母親の姿を食い入るように見つめていた。
私には、親を失った喪失感やその悲しみ、それが生み出すあらゆる感情……それら何一つ、知る由は無い。
しかし今彼女の顔を見ていると、それがどれだけ悲壮なものであるか、分からないではなかった。
『現在3体の怪獣群は、東海岸サンフランシスコに上陸。GUYS、国防軍が応戦していましたが、先ほど光の戦士ソルが参戦、各人の尽力によって怪獣群の進行は止まっています。しかし怪獣群の本土横断可能性は否定できず、アメリカ全土に避難勧告が発令されています。国民の皆様は、各自治体、GUYS、陸軍の指示に従い、地下シェルターへの避難を急いでください』
カーラジオから流れる国営放送だった。
もちろん、私はこの先に待っている惨劇を知っている。
この後、3大怪獣のうち“イーリア”と呼称される巨大怪獣がNYでソルと激戦を繰り広げ、再び封印されるのだが……。
「ママ……あれ見て」
「……あれは!」
車が急停車する。
少女が指差す先、NYの高層ビルの合間から、黒煙が上がっていた。
「怪獣はまだサンフランシスコのはず……一体どうして!?」
早馴の母親――ミカ=サナレは、GUYSの通信端末を操作した。
『ミカ!! NYに謎の生命体が現れた! こちらは応戦しているが――ぐあぁっ!!』
通話の相手は痛々しい断末魔を上げ、通話は途切れた。
その瞬間、巨大な爆発音と共に車が吹き飛ばされ、車体は横転する。
車内のエアバッグが全開になりながら数回転がって、電柱にぶつかった。
幸い、ミカも幼い早馴も意識ははっきりしており、ミカは少女を抱えて車外に脱出した。
「な、何!?」
私も早馴も、当然無傷であるが、何が起こったかはすぐに判明しなかった。分かったのは、巨大なコンクリート片が転がってきて、横から車に衝突してきたことぐらいだった。
そして私が前方を見上げた時、そこに奴はいた。
前方100メートルあたりのアパートメントの陰から、背中から数本の触手を生やした巨人が現れたのだ。触手の先端は、細かい針のような歯の並んだ、食虫植物の頭部だった。
その眼は濁った緑色で、ワームのような巨大な口をしている。巨人の体躯は真紅の殻に似た装甲で覆われているが、これから形を成そうとしているように見える部分もあり、随所“不完全さ”を物語っているように感じる。
触手は周囲の建造物をなぎ倒し、多くの人々がその下敷きになっていった。しかしその所業を止められる者は居なかった。米軍の戦闘ヘリが接近して銃撃を続けているが、全く通用していない。それどころか、器用に振り下ろされる触手攻撃によって、その数を着実に減らされている。
「っ!!」
ミカは少女を抱き上げたまま、走り出した。
「ママ……どこ行くの?」
「近くのシェルターよ!!」
2人が巨人から遠ざかろうとすると同時に、戦闘ヘリが彼女らの上から銃撃を放つ。それに反応した巨人が触手を薙ぎ払い、ヘリのプロペラが破壊される。
ヘリは回転しながら浮力を失い、真っ逆さまに落下し始めた。
その下には、幼い早馴とミカが居る。
「危ないっ!!」
早馴の絶叫空しく、少女らの頭上には鉄の塊が落ちていく。
「ユキナちゃん!!!」
少女が叫ぶ。
その時、眩い光と共に、光る巨体が目の前に現れた。
落ちる鉄塊を、少女らにぶつかる直前でキャッチし、その命を救った。
「……ソル!」
ミカの視線の先に、彼女――光の戦士ソルは立っていた。
「何で……ソルがここに? サンフランシスコじゃなかったの?」
早馴の問いに、私は何も答えなかった。
ソルがNYに来ることができたのは、彼女の父親――ダイ=サナレの活躍があったからだと、後の報告には記されている。
彼はその命を犠牲にし、サンフランシスコでイーリアの動きを一時的に止めることに成功した、と後の記録に残されている。それが無ければ、ソルはここに現れることはできず、幼い早馴自身も命を落としていたことだろう。
『ヘァッ!!!』
ソルの鉄拳が、巨人の顔面に突き刺さる。
巨人はまさかの不意打ちに、防御の姿勢を取れずもろに食らった。
『ウヒャヒャヒャヒャ!!! 来たナ、ソル!! 待ってたゼェ!!』
巨人は倒れた姿勢のまま、背中の触手をソルに向けて伸ばす。その先端が蛇のような口となり、ソルの全身に噛みついた。
『くぅ……!』
黄色い粘液が、ソルの肉体を溶かそうとしていた。しかしソルは触手を思い切り掴み、そのまま巨人の身体を引っ張った。
地面を引きずられるようにして、巨人の巨躯はソルの目の前まで引き寄せられる。そしてソルは巨人の腰を両手で抱え、空高く放り投げた。
そして、宙に舞った標的に向け、必殺技の光線を撃ちこんだ。
巨人は木端微塵に砕け散り、その肉体の残骸も熱戦によってどろどろに溶けていった。
「さすがソルだっ!!!」
「ユーアーヒーロー!!」
周囲で傷ついていた人々が、その活躍に賞賛を送った。
ミカと少女も、安どのため息を漏らした。
が、全ては束の間だった。
溶けた肉体の中から、人間大の“怪物”が飛び出したのだ。それ自身、肉体の半分はスライムのように溶けているが、確かに生きていた。
そしてその怪物は道路に着地し、その一番近くに居合わせた女性に詰め寄った。
その途端に怪物の頭部が、まるでワニの口のように大きく開き、女性の身体を丸呑みにしたのだ。女性の悲鳴と共に、何かが溶けるような音が響く。女性の身体は、口に入りきらなかった足先だけを残し、完全に姿を消していた。
一瞬の出来事だったが、当然ソルもそれに気づいた。
ソルは威力を抑えた光線を放つが、怪物は素早い動きでそれを避け、崩れかけたビルの中に逃げ込んだ。
ソルは人間大のサイズまで小さくなり、その怪物を追ってビルの中に飛び込んでいった。
その一部始終を身じろき一つせずに凝視していたミカは、少女と共に素早くそこから離れた。向かったのは、近くに設置されていた非常用シェルターだった。内部の人間が彼女たちの姿をカメラ越しに確認し、重厚な鉄の扉を開いて中に招いた。
シェルター内には、多くの人間が避難してきていた。だが先ほどのソルと巨人の戦い、怪物の捕食などは、彼らには見えていない。
「皆さん! 私はGUYS・NY所属のミカ=サナレです! 先ほど街を襲った怪物は生きています! 絶対に外に出ないでください!」
人々は恐怖し、パニックに陥っていた。神に命乞いをする者、ソルやGUYSの失態だと責め立てる者……私が沙流市で起こしたパニックと相違ない光景であった。
そんな状況下でも、ミカ=サナレは落ち着き払っていた。幼い早馴に怪我が無いかを確認し、彼女の膝にあった傷に、自分の洋服の切れ端を巻いていた。
「ママ……」
「大丈夫よ、アミ。ソルが必ず護ってくれる」
「本当?」
「うん。アミは、絶対に死なせない」
彼女は、少女の身体をきつく抱きしめた。
その様子を、私の隣に立つ早馴は黙ったまま見つめていた。
母の死を既に知っている彼女にとって、この後目にするのは、その悲劇の真相に他ならない。二度と見たくはないだろう。それでも彼女は、瞬きすら惜しいと感じさせるくらいに、目を離さなかった。
「……おい、何か変だぞ?」
2人から離れた場所、出口付近に居た男性が、近くの壁を指差しながら震える声で言った。
その瞬間、何もない空間に稲妻が走り、ガラスが砕けるような音と共に空間が割れた。そして、そこから這い出るようにして何かが現れた。
―――その4に続く。