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「早馴愛美さん! 僕、前からあなたのことが好きでした! 付き合ってください!」
「ごめん。私、今そういうの興味無いの」
……ん? これはどこかの校舎の屋上だろうか。
今よりも若干幼い制服姿の早馴が、見知らぬ男子生徒に交際を申し込まれているようだ。どうやら彼女の記憶世界に入ることはできたようだ。
「うわっ! ちょっと! 何なのこれ!?」
私の隣には、現在の早馴が立っている。突然目の前に現れた光景に、彼女は面食らっているようだ。
「あれは、中学生の早馴さんですか?」
「う、うん……」
「調整に失敗したようです。もっと前の記憶世界に行かなければ」
私は再度“能力”を発揮した。
一度周りが真っ暗になると、早馴が私に掴みかかる。
「ねぇ! 何で中学の頃の場面が見えたわけ?!」
「言ったじゃないですか。調整に失敗したと。ですが大丈夫です。今の感覚を元に、一気に8年前まで行きますから」
「うぅ……恥ずかしいところ見られた」
彼女は頬を赤く染めて、私から目をそむけた。
「次こそ、8年前です。心の準備は大丈夫ですか?」
「……うん」
「貴女の失った記憶が目の前に広がります。明らかに覚えていない場面になったら、教えてください」
「分かった」
次の瞬間、周りが明るくなる。
「……ここだ」
早馴の言葉に従い、私は注意深く周囲を見渡した。
ここは公園だろうか。すぐ近くにはバスケットボールのコートが見える。
「ここ、多分NYだよ。覚えてるわけじゃないけど……ほらあれ、自由の女神」
彼女の指す先には、この前の修学旅行で目にした巨大な石像が立っていた。
「ちょうど8年前に来たみたいですね」
「え、あれ……」
早馴の視線の先に注目すると、幼い女の子と、その父親と思われる男性がバスケットボールで遊んでいる姿が目に入った。
「アミ! 行くぞー」
「うん! パパ! パスパス!」
男性が緩やかにボールを投げ、少女がそれをキャッチする。少女はおぼつかない足取りでドリブルし、ゴールネット目がけてボールを投げる。
「うわっ! 外れちゃったぁ」
「ドンマイドンマイ」
父親が、少女を抱き上げる。
「これからいっぱい練習して、上手になろうな」
「うん!!」
満面の笑みを浮かべる少女。まさに幸せに満たされているという感じだ。
「……あれ、私だ」
「やはりそうでしたか。では、あの男性は……」
「……お父さん」
今にも泣きだしそうになる早馴。
しかし、その温かな雰囲気を打ち砕くように、危機感をたたえた一人の女性が走り寄って来る。
「ダイさん! NY本部から緊急連絡です。極東方面から急速で接近する、3体の巨大怪獣です!」
「おいおい……久々の休暇だったのにな」
ダイと呼ばれた男性は、幼い早馴を地面に降ろして、その前に屈んだ。
「アミ。パパ、これからお仕事なんだ。バスケは、また今度な」
「……うん、分かった」
幼いながら、聞き分けの良い少女である。
小さな早馴は、男性の頬に口づけし、手を振った。
「
「分かりました」
「また今度、皆で飯でも行こう。ミカも会いたがっている」
「ええ。楽しみにしています」
「おう。じゃあ行ってくる」
男性は颯爽と、その場から走り去っていった。
それを見た早馴は、私の隣から突然走り出し、男性の背中を追おうとした。
「待ってお父さん!!!」
しかし男性は何も気づかない。
早馴は途中で立ち止まり、私は彼女に追いついた。
「この世界は、あくまで貴女の記憶を再現しているだけです。私たちは認識されませんし、何も介入できません」
「……そっか」
私たちは、
彼女たちは近くの木陰のベンチに並んで座り、何かを話していた。
「ユキナちゃん。パパ、帰ってくるよね?」
「大丈夫」
箭川は微かに笑みを浮かべて、少女の髪を優しく撫でた。
それにしてもあの女性、どこかで見覚えがあるというか、似ている気がする。藍色の長い髪に、つり長の瞳……見たことの無い顔ではあるのだが。
「ん? 緊急通信?」
箭川が通信端末を耳に当てた。
『ユキ! 先行した部隊がハワイ近海で全滅した! 間もなくアメリカ本土に緊急発令が出るらしい!』
「キクさん、それは確かですか!?」
『もちろんやって! 海上に現れた怪獣……これまでとわけが違う。かなりの大物や』
「分かりました。私もNY本部に連絡して、出撃準備に入ります」
『頼んだ!』
通話の相手は、修学旅行でNY本部を案内してくれたキク=キシンと思われる。独特のイントネーションが記憶に新しい。
箭川は真剣な面持ちで端末をしまい、懐からペン状のアイテムを取り出した。
「アミ。もうすぐママが来ると思う。一人で待っていられるか?」
「ユキナちゃんも、行っちゃうの?」
「うん。でもいつも通り、帰って来るよ」
箭川は立ち上がった。
しかしその隊員服の端を、幼い早馴が握って離さなかった。
「今日は……ダメ」
「アミ……」
「だってユキナちゃん……いつもより、すごく、怖い顔してた」
箭川の言葉に、少女は何度も首を横に振った。
「……アミ。私は絶対帰って来る。お父さんと一緒にな」
「じゃあ何で、そんな怖い顔するの?」
「いつもより、強い怪獣と戦かわなければいけないかもしれないんだ」
「……ユキナちゃん、死んじゃわない?」
「私は絶対に死なないよ」
「嘘だよ! パパのお友達、そう言って帰ってこなかったもん!!」
「……じゃあアミ。私の秘密を、教えてあげる」
箭川はペン状のアイテムを強く握り、小さな声で「変身」と呟いた。
次の瞬間、彼女たちの周りが光に包まれる。
そして箭川の姿が光の戦士――ソルの姿に変わった。
「ユキナちゃんが……ソル?」
「そう。だから、絶対に死なない。皆を護って、皆と一緒に帰ってくる。約束だ」
ソルは瞬間移動で、その場から消えた。
しかしどういうことだろう? ソルの正体は、この8年後には零洸未来に他ならない。もしかすると人間として名乗る名前、その姿を変えていたのだろうか。
私が思案している間に、一台の車が近くの道路に停まった。
―――その3に続く