留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第36話「異次元王の降臨」その4

 面の人物が、その白い般若の面に手をかける。

 

『貴様の心は、更なる憎しみに満たされるだろう』

 

 仮面が、外される。

 見知った顔――何度も見つめた、あの顔。

 仮面の後ろにあったのは、早馴愛美の顔だった。

 

「あ……み?」

 

 零洸の眼から、それまでの先鋭さが失われた。

 代わりに、深い哀しみと驚きに満ちた表情が、彼女の顔に浮かんだ。

 

「愛美さんっ!!!」

 

 鎖に繋がれたままの杏城が駆け出した。彼女は早馴の顔をした人物に近づき、その肩に手を触れた。

 

「愛美さん、ですわよね?」

「……なぁに?」

「良かった……どこへ行ってしまったのかと」

 

 安堵のため息をつく杏城に対して、突然草津が叫んだ。

 

「逢夜乃っ! こっちへ戻ってこい!」

「な、何言ってますの?愛美さんがせっかく――」

 

 杏城が、こちらに振り向く。

 その背後で早馴が――笑みを浮かべた。

 

「逢夜乃っ!!」

 

 飛び出す草津。

 彼は杏城を突き飛ばす。

 

「草津さん何を―――」

 

 振り返った杏城の目の前で、

 草津は腹部から、紅い血が流れた。

 早馴自身が握る、ナイフの刃によって。

 

「う、嘘……そんな…」

 

 血を流しながら倒れる草津の傍らに、杏城は唖然としながら膝をついた。

 

「お、前……誰なんだ」

 

 今にも途切れそうな草津の言葉に、早馴は卑しい笑い声をあげた。

 今までの彼女からは、到底発せられないような、嫌な笑いだった。

 

「馬鹿な男。お前になんて興味無いの。さ、未来。こっちに来て」

 

 控えていたヤプール人が、零洸の拘束を解いた。

 零洸は、病的な足取りで、ゆっくりと早馴の方に進み出た。

 

「零洸さん、止まって下さい」

 

 私の制止を無視したまま、彼女は早馴の目の前で立ち止まった。

 

「……違う。お前は愛美じゃない!」

 

 零洸は早馴のマントを両手で掴み、力任せに引きちぎった。

 やぶれたマントの中には、やはり早馴の身体があった。修学旅行から戻って来たままの私服姿で、その首にはピンク色のマフラーが巻かれていた。

 

「ほら、私でしょ?」

「違う…お前は……お前は…!」

「信じて。私は早馴愛美。ずっと一緒だったじゃない。そうだよね?」

「嘘をつくなぁっ!愛美が…逢夜乃を傷つけようとするはずがない!」

『ははははははは!!!!』

 

 早馴の声と、先ほどの低い声が折り重なった。

 その声は、今度は早馴の口から発せられていた。

 

『お前の言う通り。早馴愛美自身が友人を傷つけるわけがなかろう?』

「彼女の身体を、乗っ取っているのですね」

『正解だ、メフィラス星人。今、我が魂はこの早馴愛美の身体を支配しているのだ。私は強い“憎しみ”を持った身体にしか入ることはできないのでな』

「愛美が…そんな憎しみなんて―――」

『この娘の心は、私にとってまさに理想的なのだ。強烈な憎しみに満ち、全てを恨めしく思う心…お前にも覚えがあるだろう?』

「百夜を、倒した時か」

『そうだ。この娘を殺されそうになり、お前の心は百夜過去への強い憎悪に満ち溢れた。だからお前の身体に入り込むことができたのだ』

 

 早馴は玉座に腰を下ろし、悠然とした動作で足を組み、背もたれに身を預けた。

 

『私は遥か昔、レイブラッド星人との戦いに敗れ、肉体を失った。それ以来ずっと、私を受け入れる器を探していた。しかし気持ちの良いものだな、自らの手で何かを傷つけるというのは』

 

 早馴は冷たく嘲笑い、倒れた草津を見下した。

 

『そうだ、手始めにそこに捕まっている無力な人間たちを殺してみようか』

「そんな真似―――何!?」

 

 早馴が手をかざした瞬間、零洸の動きがぴたりと止まった。

 

『脆弱な人間の身体とはいえ、我が力は発揮できる。貴様の動きを止めるくらい、どうということはない。それでも私を止めたいというのならば―――ババルウ星人!』

「……ちっ。こいつを渡せばよいのだろう」

 

 ずっと我々の後ろに居たババルウ星人が進み出て、零洸の足元に変身アイテムを投げて寄越した。

 

『それを使って、私を殺してみろ。この身体ごと、な』

 

 早馴は先ほどのナイフを弄びながら玉座から離れ、杏城に迫った。

 

「止めてくださいっ!!」

 

 長瀬がその間に割って入り、庇うように手を広げた。

 

「愛美センパイ…戻ってきて下さい!こんな悪い奴に身体を貸したらダメです!!」

『無駄だ。もう早馴愛美の魂は深い眠りについた。この身体は私の物だ!』

 

 早馴がナイフを振り上げた。

 しかしその瞬間、眩い光が私たちを包んだ。

 そして凄まじいエネルギーと共に、零洸は光の戦士ソルに変身した。肌をピリピリさせるほどの闘気を放ちながら、ソルが早馴の前に立った。

 

『我が力を破ったか、ソルよ』

「絶対にお前を許さない。今すぐ愛美の身体から出ていけ」

『それはできぬなぁ!この身体を使って全てを破壊し、全てを手に入れるのだ!』

「だったら!」

 

 ソルが早馴の頭を掴む。それでもなお、早馴は歪んだ笑みを絶やさない。

 

「無理やり引きはがす…!」

『貴様に、この身体が傷つけられるか?』

「これ以上愛美の身体を汚させない!!」

 

 早馴に触れるソルの手に、尋常ではないエネルギーが込められていく。

 いや、待て。この感覚は―――

 

「いけません、ソル!!」

 

 その瞬間、ソルの手からどす黒い力の波動が広がった。

 私や長瀬たちは、その衝撃で吹き飛ばされる。黒いエネルギー光が波打つように放たれ、ソルと早馴の姿が見えない。

 

「ソル!今すぐ変身を解いてください!」

 

 私の叫びが空しく響く。

 そしてエネルギー光が急に収縮していき、2人の姿が目に入った。

 早馴はその場に倒れており、ソルは同じ格好のままだった。

 まさか、本当に早馴の肉体から魂だけを取り除いたのか?

 

『ようやく…ようやく手に入った!!!!!』

 

 違う。

 奴の声だ。奴の声が、ソルから発せられた。

 奴は…ソルの肉体を奪ったのだ。

 

『愚かな戦士よ…ソル。あれほど憎しみが我が温床だと言ったにもかかわらず、憎しみにとらわれるとはな』

 

 紛れもない、ソルの身体だ。

 だがその全身から、黒いオーラがあふれ出ている。

 黄金の瞳は黒く染まり、カラータイマーにも同じ色の光が宿っていた。

 

「一足、遅かったみたいね」

 

 背後からの声。

 

「百夜過去…!」

「久しぶりね、メフィラス」

 

 学園に通っていた時に着用していた制服姿のまま、彼女は再び私の目の前に現れた。

 その不敵に微笑む表情、銀色の長髪をかき上げる仕草はどれも以前と変わらぬものだったが、かつて彼女に抱いていた嫌悪感を覚えることはなかった。

 

「何故お前が?」

「借りを返す相手を、探していたの。やっと見つけたけど…面倒なことになってるわね」

 

彼女はうんざりしたように深くため息をつき、指差した。

 

「私をぶちのめした時と一緒。憎しみにつけ込んで、肉体の支配権を奪ったのね」

『それこそ、お前を送り込んだ一番の目的だったからな。ソルが出生の際マイナスエネルギーを注入され、今でも保持していると知っていたが、本当に身体を奪えるか実験する必要があった。あの時は一時的だったがーー』

 

奴は試すように四肢をわずかに動かした。

 

『今は憎しみの深さが、以前とは比べものにならん。今度こそ完全に、この身体をコントロールできる』

 

 首の骨を鳴らしながら、奴は改めて百夜を見据え、鼻で嘲笑う。

 

『しかしソールクラッシャー。死んだものと思っていたが、生きていたか』

「アンタを殺すまでは死なないわよ……ヤプール」

『気安いな、死に損ないの愚か者よ。我が真の名は――』

 

 ソルの肉体が巨大化し、その各所に変化が現れた。

 銀色の肉体の所々に、紅い棘が突き出てくる。瞳の形は禍々しく歪み、右目は黒、左目は濁った緑色だった。顔の左半分は紅い棘に覆われている。

 そして左手は三日月形の刃に変わり、真紅のマントが背中に揺らめいていた。

 

『我が名は――キングヤプール。異次元を総べし全能の王なり』

 

 今まで感じたことのない程のマイナスエネルギーを、奴の内側から感じる。それは王と名乗るに相応しい、禍々しい力だった。

 

『屈強な光の戦士でありながら、マイナスエネルギーを内に秘めた肉体。まさに私の欲しかった器だ! 8年前は叶わなかったが、今こそ、我が宿願が果たされた』

「女の子の身体に入って喜ぶなんて、キモいわね。殺そっと」

 

 百夜は懐からペン状のアイテムを取り出した。

 

「未来ちゃんの綺麗な身体……返してもらうわ」

 

 彼女はそれを胸の前で斜めに構え、変身して巨大化する。

 その姿は、以前の彼女の姿とは大きく異なっていた。肩や腰回りににあったはずの鎧のような装備は無く、ウルトラ戦士そっくりの銀色の肉体だった。

 そして外見だけではなく、内に秘めるエネルギーも、ウルトラ戦士のそれとほとんど違いの無い、温かみのあるものだった。

 

『生前の姿とはな。随分弱々しくなったものだ。せっかく改造を施してやったのに』

『こっちのがお気に入りなの』

 

 彼女は人差し指を、キングヤプールに向けた。

 指先から強烈な光線が撃ち出される。その一閃の光は奴の胸を貫いた。ソルの身体相手とはいえ、容赦のない攻撃だ。

 

『へぇ……レクシュウム光線じゃ無理か』

 

 キングヤプールの胸に開いた穴が、見る見るうちに塞がってゆく。

 

『素晴らしい肉体だ。我が超再生能力にも悲鳴を上げぬ』

『じゃあ、粉々にしようかしら』

 

 百夜は瞬時のうちにキングに肉薄し、その脇腹に蹴りを入れる。

 更に、遠くに吹き飛んだキングに追いつき、顔面、胸、全身にパンチとキックを叩きこむ。そして地面に叩きつけられた彼に馬乗りになり、頭部を掴む。

 

『レクシュウム光線波!」

 

 轟音と共に、百夜のエネルギー波が広い空間に広がった。距離があったおかげでこちらに被害は無いが、周りを気にせず戦うのは、何とも彼女らしい。

 

『ううむ。まだ肉体が馴染んでいないな』

 

 百夜が攻撃を終えて距離を取ると、損傷だらけのキングはよろよろと立ち上がった。やはりその傷は、どんどん再生していく。

 

『はぁ、はぁ……めちゃくちゃよ、アンタ』

『今度はこちらの番だ』

 

 キングの右手から、光線が放たれる。百夜はぎりぎりで避けたはずだが、その左腕がちぎれて上空に投げ出された。

 

『くっ』

 

 しかし百夜は怯まず、片腕のまま光線を何発も撃った。キングは高速でそれを避け、草津たちの背後に降り立つ。今にも踏みつぶさんばかりの位置取りだ。

 

『……汚い奴』

 

 百夜は腕を再生させながら、その場から動かなかった。

 

『はぁっ!!』

 

 キングが腕をL字に構え、光線を何度も繰り出す。百夜は時に避け、時に光線で相殺させながらかわしていく。

 キングの光線は、一発一発が恐ろしい威力だった。着弾点は木端微塵になり、かすめただけで百夜の身体を焼いていた。

 そしてついに、一発の光線が百夜に直撃する。濃い煙が立ち込め、一瞬何も見えなくなった。

 

『なーんちゃって♪』

 

 彼女は生きていた。銀色の盾で光線を防ぎながら、もう片方の手に握られていたランスを投擲する。

 瞬速で空を切ったランスがキングの身体に突き刺さる。彼は草津たちのもとから大きく吹き飛ばされた。

 そしてキングが立ち上がった背後に百夜が現れ、さっきとは比べ物にならない密度のエネルギーを両手に充填している。

 

『死ね――っ!』

 

 百夜が攻撃を仕掛けようとしたその時、彼女の身体が何かに引っ張られて引きはがされる。

 

『やれやれキングヤプールよ。遊びに時間をかけないでもらいたい』

 

 鎖を使って百夜をキングから引き離したのは、彼女らと同様巨大化したババルウ星人だった。

 彼は百夜が身動きを取れない隙にババルウは自らの金髪をむしり取り、空に放った。その一本一本がババルウの姿となって百夜に立ち向かう。

 百夜は鎖を砕いて動き出そうとするも、その分身たちが彼女を取り押さえた。

 

『手を出すな、ババルウ星人』

『キングヤプール、自分ばかりが強いとら思わないことだ』

 

 ババルウの手に、杖のような物が現れる。先端が三股に分かれた槍のような武器だった。

 

『レゾリューム光線!』

 

 杖の先端から、紫色の光線が放たれた。一見、威力の低い光線だが、百夜の身体に触れた瞬間、彼女の全身が紫色に発光し始めた。

 

『何、これ……』

『ウルトラ戦士の細胞を破壊する光線だ。どうやらお前にも効くようだな』

 

 百夜の身体はどんどん発光していき、ついには、その身体自体が淡い光のようになっていった。

 

『くぅ……あぁっ!』

 

 百夜は人間態に戻ってしまう。そこには苦悶の表情があった。

 

『うぅ……このっ!!』

 

 消えかけの百夜は、最後に数発の弱い光線を放った。それは、草津たちを縛る鎖を粉々に砕いた。

 私は咄嗟に、本来の姿に戻り巨大化した。草津たち、そして早馴とリュールを両手で包んでその場を離れた。

 離れていく百夜の姿は、やがて完全に光となって霧散してしまった。

 

『メフィラス……愚かな』

 

 ババルウ星人の声を背で受けながら、私は広大な空間を突っ切って飛行し、その場から撤退した。

 

 

―――その5に続く


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