第1話「侵略の始まり」(前編)
私はメフィラス星人。
地球を手中に収めようと、これまで多くの宇宙人たちが地球を侵略しようとしてきた。しかしウルトラマンを始めとした光の戦士にことごとく阻まれ、成し遂げられることは無かった。
彼らのいずれも、光の戦士たちの実力を侮っていたわけではない。
むしろ、か弱き人間を侮ったことで敗北を喫したのだ。これまでの侵略者たちは人間の心の強さというものを甘く見ていたのである。
多くの侵略者たちが敗れて久しい今、今度は私は地球を手に入れるために地球を訪れる。
侵略者たちを打ち破ってきた人間の心を観察し、掌握するため……私は人間に化けて共に生活することにした。事がうまくいった暁には、人間を味方につけ、光の戦士に対し優位となれるだろう。
自分が守ってきた者が敵にまわる――それがどれだけの苦しみを与えるのか。光の戦士たちは知る由もあるまい。
戦わずして勝つ。暴力は好まない。
そして私は、地球に降り立つのであった。
第1話「侵略の始まり」
太陽が昇ると人間たちは睡眠から目覚め、活動を始める。
テレビという、私の文明からみたら旧式の映像情報出力装置が彼らの情報源の一つだ。大半の人間はそれを目にしながら“食事”という形でエネルギーを補給し、外に出てそれぞれの活動の場へと移動を開始する。
そんな人間たちの中でも、私は特に“学生”と区別される人間たちに注目した。
皆同じような服装をして活動する彼らは、“学園”と呼ばれる機関で教育を受ける。彼らの学ぶ内容は私の文明からすれば児戯(生後1週間程で体得する知識量)に等しいわけだが、彼らが人間の中で最も活発で個性豊かであり、そして最も純粋な精神エネルギーを保持しているという。
その学生たちを深く知るためには、より近くで観察しなければならない。そこで私は人間に姿を変え、一人の学生として人間社会に潜入することに決めたのだった。
そして8月も終わるというある日、私はこの『
「USAから参りました。二ル・レオルトンと申します。日本の文化を学ぶため、この学園に留学する事になりました。日本の習慣、言語にもまだまだ不慣れですので、色々とご迷惑をおかけするかもしれませんが、何卒宜しくお願いいたします」
もちろん、これは架空の話である。だが疑う余地もないはずだ。ごくごく一般的かつ、平均的な動機であろう。
「……」
しかし、私に視線を向ける教室内の生徒たちには一向に反応が無い。
まさか……彼らは気づいたというのか? 私の正体を疑っているのだろうか。そうなれば仕方がない。ここは諦めて別の場所で再度活動するとしよ――
「日本語うまっ!」
生徒たちが一斉に声を上げた。
「てかペラペラじゃねーか……」
「普通の人より敬語上手!」
「ていうか、超美形!」
「イケメーン!? イケメーン!?」
多くの生徒たちから、それぞれ異なった反応が返って来る。思った以上に激しいものばかりであった。やはりここで人間の観察というのは正解だったらしい。
どうやら第一印象は好調と言って差し支えないようだ。私を疑いの目で見るものは一人も居なかった。案外単純な生き物だな、人間というのは。一瞬でも危機感を覚えたのが馬鹿らしい。
「じゃあ、レオルトンの席は……あそこの空いている席な」
「分かりました」
担任の大越に指定された席は、窓際2列の一番後ろの席だった。教員の目も届かなさそうで、なかなかに条件の良い席だ。
「それじゃ、色々とレオルトンのサポートをしてもらうのは……」
大越担任が生徒たちを見回すと、その中の数人が自分を指名しろと言わんばかりに目配せしていた。(主に女子。理由は不明)
「よし。早馴、よろしくな」
大越担任が恨みがましい視線をたくさん受けながら、1人の女子生徒を指さした。
「……」
「おーい。
「えっ」
と、少女が素っ頓狂な声を上げる。
彼女は、私に割り当てられた席の隣に座っていた。窓際で、日差しのよく当たる温かそうな席だった。
教室中の生徒が私に注目する中、彼女は前の席に座る生徒の陰に隠れるように、机に突っ伏していたようだ。
勢いよく頭を上げた彼女の顔には、長くて赤い髪がかかっている。自分の置かれた状況を今一つ理解できていないような表情をしていた。大きな瞳が何度も瞬きを繰り返している。
「え、え、なに?」
状況を理解できていない彼女を見かねたのか、愛美という少女の前の席に座る一人の女子生徒が後ろを向いた。
「早馴さん、先生呼んでるよ」
「寝ちゃってた……なにも聞いてない」
早馴愛美は、黒板の前に立つ私を見て訝しげにしている。
「……あれ誰?」
「聞いてなかったのかぁ?」
大越も驚いている。まぁこれだけ教室が騒がしくしていたのに、今まで何も聞こえなかったかのように振る舞われては仕方ない。
「今日転校して来ました。ニル・レオルトンと申します」
「……あ、そう」
大して興味が無さそうに、彼女はぼんやりと私を見ていた。
「レオルトンはお前の席の隣だから、色々助けてやってくれって」
「えぇ……」
彼女は「面倒だ」という感情を包み隠さず、私を見た。取りあえず微笑み返してみるが、何も反応は無かった。彼女は乱れた髪の毛を直しもせず、眠そうに目をこすっていた。
「とにかく頼んだぞ?」
「はぁ……」
早馴愛美は渋々といった感じではあるが、結局担任の言うことを受け入れたようだ。
私は大越に促され、自分の席に向かった。
「よろしくお願いいたします、早馴さん」
私は椅子に座ると、慇懃に彼女に頭を下げた。円滑に彼女と接するためにも、たとえ弱小種族の小娘相手でも礼は尽くす。
「あぁ、うん。よろしく」
「それじゃ、このまま授業に入るぞー。教科書の45ページから」
大越担任が黒板に授業の内容を書き込み始める。生徒たちはため息を漏らしながらも教科書を取り出した。
「一つよろしいでしょうか、早馴さん」
「なに」
「私はまだ教科書を貰っていないので、見せていただけますか?」
「あー、いいよ」
「ありがとうございます」
再び頭を下げる。
「……なにやってんの?」
「はい?」
「机。くっつけないと見せてあげられないじゃん」
「そうでしたね」
「ほら。こっちに動かしてよ」
教室の中で私たちだけが、ぴたりと机を近づけている。
何故かその姿は教室中の注目を集めているが、問題は無いだろう。
「いきなりくっついちゃって、羨ましー」
「愛美ちゃんやるぅ~」
「はいはい……」
前の席の女子2人からのからかいにも、彼女は鈍い反応で軽くいなした。
「カップル成立も遅くないかもしれんな」
「熱いねーっ」
しかしとうとう、クラスメートたちの言葉に我慢が出来なくなったのか、彼女は文句の言いたげな顔でこちらを見た。
「……あ、あんたのせいだからね」
非難の言葉を向ける彼女の頬は、ほんの少しだけ赤みが差していた。
「それは一体どういう意味で――」
「転校初日から私語がうるさいぞー、レオルトン」
「……すみません、大越先生」
なんと理不尽な。これが日本の教育機関なのか……。
チャイムが鳴った。
休み時間になるとクラスの女子の数人が一斉に私の席を囲んだ。これは転校初日のいわゆる“伝統”だと文献で知っていたため、驚きはない。
「ねぇねぇ、レオルトンくんって身長いくつ?」
「180です」
「やっぱり高ーい! スタイルもいいし、モデルさんみたい」
「好きなものって何?」
「人間観察は好きですね。あと読書も好きです。日本のらっきょうという食べ物は好みです」
「知的~! なんか憧れるなぁ」
「私も観察されたーい!」
「むしろらっきょうになりたいわ……」
人間は知的好奇心が高い生き物だ。私のように、コミュニティの新参者には非常に注目する。
特にこの女子陣は、私の回答の一つ一つに過剰とも言える反応を示す。一体何に興奮しているのかは不思議だが。
その一方で、男子陣は近くで丸くなって集まって、横目でちらちらとこちらを窺っていた。
「イケメン転校生……うぅー! 悔しい!」
「人間顔だけじゃないっ! オレはそう思ってる!」
「何だみんな、イケメンが来て嬉しくないのか? 俺は積極的に狙っていくぞ」
「へっ。人気なのは最初だけだろ!」
「そうだといいけどなぁ」
男子たちは何やら妙なオーラを放しつつ、私を見ていた。言語内容としては私の状況を羨んでいるとも解釈できるが……むしろそれを越えて一種の憎しみに近いようにも思われる。
「でもさ、愛美ってラッキーだね」
「なにが?」
後ろから早馴の肩に手を置き、ゆさゆさと動かす女子。早馴は少々疲れた表情で返事をしていた。
「だって転校生の隣の席になれるってそうそうないよ」
「いやいや。なんだかめんどくさそう」
早馴は私を見るなり、ため息をついた。
それにしてもこの女の反応は独特だ。浮ついた他の連中よりも一歩引いた反応というか、むしろ私に無関心なのか?
「このイケメンキラーめっ」
「うっさいなぁ……」
なるほど、確かに私に関連する話題に巻き込まれて騒がれるのは疲れるものだろう。しかしそんなことで余計に嫌われたくないものだな。もちろん観察の支障とならなければ問題は無いが。
「ふふふ……! で・し・た・ら、わたくしが代わりに、レオルトンさんの学園生活をサポートしてさしあげますわ!」
机を手で叩く音。そして、一人の女子生徒が目を輝かせてこちらを見ている。ウェーブのかかったブロンドの髪を揺らしながら堂々とした足取りでやって来て、私の前に立った。細身のすらりとしたシルエットが印象的である。
「よっ! お節介女王さま!」
「ちょ、そんな呼ばれ方はありませんわ!」
そんな堂々ぶりも、別の女子生徒たちの言葉で簡単に打ち砕かれてしまった。
しかし、ふとしたことにも人間の個性は現れるものだな。この女は少しだけ、周りの連中と雰囲気が異なる。言葉遣いのせいだろうか、どこか浮世離れした雰囲気だ。これはこれで観察のし甲斐があるだろう。
「こほん。申し遅れましたわ。わたくし、
「ちょっといいか? キミ」
誰かが私の肩を叩いて私を呼んだ。
「わ、わたくしの自己紹介が……」
そう訴える杏城なんとやらだが、私の後ろに立った女は意に介さずといった感じだ。
「私はこのクラスの委員長を務めている
私と同じような真っ黒の髪を短く切りそろえた彼女は、小柄ながらも凛々しさを放つ女子生徒だった。
「ご親切に、ありがとうございます。」
……こいつ、妙な女だ。先ほどの杏城なんとやら以上に、この女の印象は他の人間とまったく異質と言える程だった。どこかの戦闘民族か、兵隊だろうか。
ともかくとして、彼女の鋭い眼からは一分の隙も感じない。
「もう、未来さん。わたくしの自己紹介が途切れてしまいましたわ」
「ははは、それは済まない。続けてくれ」
「いいですわ。わたくし、
キーンコーンカーンコーン
「授業時間だ。席に戻ろう」
零洸が苦笑いで杏城の肩を叩いた。
「お、お待ちを! まだわたくしの自己紹介が――」
不遇な扱いばかりだった杏城は肩を落として、とぼとぼと自分の席へ引き上げていった。
それから再び授業が始まった。授業は非常に退屈なもので、その感情はクラスメートたちには共通のようだ。大半の生徒が無気力そうな目線を黒板に向けていた。
しかしそれも、12時30分が近づくにつれ、どこか生き生きとした目つきに変わって行った。
キーンコーンカーンコーン
「ふぅ~、お昼休みだ~」
チャイムと共に机に突っ伏す早馴愛美。顔を腕で覆いながら、疲れ切ったうなり声を上げた。
「お昼休みとは何です?」
「え。アンタさ、昼休みって知らないの?」
早馴は気だるそうに頭を起こした。
「授業前の10分休みと何か違いますか?」
「それはわたくしが解説―――」
わざわざ遠くの席から来ることに文句は無いのだが、この杏城という女、そんなに私に構いたいのか?
しかし先と同じように、タイミング悪く早馴の返事と被ってしまい、何を言っていたのか分からなかった。
「お昼っていうんだから、お昼ごはんを食べるの。それはアメリカにだってあるじゃん」
「そういえばそうでしたね」
私には元々、食事という概念が存在しない。(先ほどの“好きな食べ物”は適当に考えただけだ)
しかし人間は通常一日に3回の食事を取る生き物である。そのうちの2回目が昼食にあたるわけだな。
「あの……そろそろわたくしのお話聞きません?」
「あはは、ごめんごめん。逢夜乃の反応がつい面白くて」
「なんですのっ、面白いって。もしかして愛美さん、わざとなさっていたんですの!?」
「だって逢夜乃ったら、毎回リアクションが大きくてさー」
「ひどいですわっ。それより、レオルトンさんはお昼どうなさいますの?」
「特に何も持って来てませんね」
食事をする必要が無いゆえ、準備を怠ってしまっていた。元来の自分とは異なった文化に馴染むのは案外難しい。
「だったらちょうどいいですわ! 今から一緒に食堂に行きません?」
「食堂?」
「ええ。ここの学園生が食事を取る場所ですの。レオルトンさんも今の内にご覧になっておくといいですよ」
「そうですね。だったら行ってみます」
「そうと決まれば行きますわよ、愛美さんも早く」
杏城は、気怠そうにしている早馴の手を取った。
「私はいいよ。歩くの面倒だし」
「何言ってますの?愛美さんもご一緒しましょう! ほらほら」
杏城が半ば無理やり早馴を連れて行こうとしている。早馴もさすがにその勢いには逆らわなかった。
「はいはい……わかったってば」
「今からお昼か?」
近くを通りかかった零洸が話に混ざる。
「ちょうどそうしようと思っていましたわ!未来さんも行きますわよ。いいですわよね?」
「構わない。レオルトンもか?」
「はい。杏城さんがご案内してくださるようですから」
どうやら大量に人間が集まるらしいし、今後の事も考えて行っておいても損は無いだろう。
「ふっ。逢夜乃らしいな」
小さく笑みを浮かべて、零洸が杏城に目を向ける。
「え?何がですの?」
「ちょっと強引なところでしょー」
早馴は、私たち3人に先だって教室を出て行こうとする
「そ、そんなことありませんわよね、未来さん?」
「あ、ああ、そうかもな。ははは……」
私たちは早馴に追いつき、それからは杏城を先頭に食堂へと向かった。まだ食堂の外だというのに、結構な数の人間がいる。
「うわぁ……今日も混みすぎ」
嫌なものを見るような目で食堂を見回す早馴。
食堂の中もほぼ満席だった。食事が不可欠な人間にとっては当然の光景だろうが、私からすると必死に食事に群がる様子は物珍しかった。
「少し来るのが遅かったかもしれませんわね。残念ですわ」
「食堂というのは人気ですね」
「基本的にお昼休みは学外に出れませんし、何より美味しい食事を頂けますからね」
「うわー。これじゃ昼休みに食べれなさそう……午後は寝るしかないなぁ」
早馴ががっくりと肩を落とす。そこまで落ち込むことか…?
「皆さん、私に気を遣わないで。皆さんで別の場所で食べたらどうでしょう?」
「じゃあ、アンタはどうするの?」
「特に空腹というわけではないので」
「人間1日3食は絶対ですのよ。そうですわ、3人のお弁当を4人で分ければいいのです」
私は人間ではないのだがな。
「そうだな」
「しょーがないなぁ。あ、私の卵焼きは絶対あげないからね」
零洸と早馴も了承し、結局私たちは教室に戻った。私は3人からおかずを分けてもらって昼食を済ませることにした。購買に行くと言ったのだが、今行っても無駄だと言われたので、諦めたのである。
「あれ?レオルトンは弁当無し?」
「ええ。忘れてしまいました」
その購買から帰って来たと思われる男子が、数個のパンを抱えて私の元へやって来た。
「だったらオレのパン、一個やるよ。間違って買っちゃったんだけどな」
「そんな。お代はきちんと出しますから――」
「いいんだって。日本人魂だぜ」
「しかし…」
「もらっちゃいなよ。せっかくだし」
「人様の厚意は受け取っておくものです」
早馴と杏城の言葉もあったので、私はパンを受け取ることにした。
「では、ありがたく頂戴します。このご恩、一生忘れません」
「ははは、大袈裟だな。あ、俺辻沼っていうんだよろしくな。じゃ」
辻沼は私の背中を軽く叩いて去って行った。
人間は利己的な醜い生物だと思っていたが、今のところそれを感じた瞬間は無い。この3人にしても、他の連中にしても「良い人」であることに間違いは無いらしい。
「あー!それ焼きそばパンじゃん」
「本当だ。久々に見たな」
早馴と零洸がもの珍しそうに私のパンを見た。
「珍しいのですか?」
「うん。売り切れまくりのパン。ねぇ、お弁当あげた代わりに半分ちょうだい!」
「愛美さん、それはレオルトンさんが頂いたパンですわよ」
「うぅ……逢夜乃のケチ」
「わ、わたくしがケチ!?そうなんですか?未来さん」
「もう私に振らないでくれ…」
人間の料理の良し悪しはまだ分からないが、どの弁当もまずいわけではないようだった。むしろそれぞれに個性のある良い味だったと思う。
「ふわぁ~終わったぁ」
ただ座って話を聞いていただけのくせに、どの生徒も疲れた様子だ。隣に座る早馴も、大きなあくびをしていた。
こんな貧弱な連中が幾度も地球侵略を阻止してきたというのは、本当なのだろうか。甚だ疑問である。
「愛美、じゃーねー」
「お幸せに~」
「はいはい。じゃあね」
生徒たちも次々に帰ってゆく。私も帰って良いらしいな。
「レオルトーン」
「はい」
大越担任が私の席にやって来て、一枚の紙を渡してきた。
「少し残ってもらえるか?これを書いてもらいたいんだが」
生徒個人調査書。そういえば転入前にも似たようなものを書いたな。
「特にここ、編入前に書いてもらった方はちょっとな…」
担任が指した場所には“現住所”の記載欄。前の文書ではアメリカの架空住所を記したが流石に無理だったか。
「今週中には家庭訪問するから。流石にアメリカに飛ぶわけにいかないからな」
「……分かりました。ただ、今日は少し用事があるので家に帰ってから書かせてもらえますか?」
「おう。じゃあ預けておくから。それじゃ」
何とか誤魔化せたが厄介なことになった。ともかく今日中に住居を定めなければならない。
「早馴さん」
「なに?」
今にも帰ろうと席を立った彼女を引きとめる。話しかけられると思っていなかったのか、少々驚いた様子で私の方を振り向いた。
「後生一生のお願いを聞いてもらえませんか?」
「大袈裟すぎなんだけど……まぁ、聞くだけ聞いてあげる」
「私を不動産屋まで連れて行って下さい」
「……やだ」
冗談だろう、この女。
後生一生(たしかに口だけだが)だぞ。それをむげに断るとは……
「何故ですか?」
「だって私が知ってる不動産屋さん、結構遠いもん。歩くのめんどくさい」
「そこをなんとか」
「い、や」
彼女は席を立って出入り口向かい始める。
くそ、かくなるうえは――
「そういえば、学校の前においしいお菓子を販売しているお店がありましたね。無性に食べたくなりました」
彼女の足が止まった。
「……それで?」
「私のポケットにはちょうど2人分ほどを買えるお金が」
「べ、別に食べたくないし……うん、全然食べたく、ない」
「ならば一人で探すしますか……。そうだ、帰りにお菓子でも買って帰ろ――」
「……うぅ、わかった!いいよ。連れてってあげる。その代わり、そのケーキ屋さん寄ってね?」
「もちろんです」
後生一生を蹴った相手を、ケーキで釣れるとは正直思わなかった。
―――中編に続く