ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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九十話

 いよいよ始まった2nd Boutのお題決め。くじ引きで決まるそのお題決めをするために、両陣営の出場選手が中央ステージへと上がっていた。

 

 恋の陣営からは、黒瀬恋、葉山アキラ、久我照紀の三名。

 薊の陣営からは、司瑛士、茜ヶ久保もも、斎藤綜明の三名。

 

 1st Boutにて付かなかった優劣、この戦いの主導権(イニシアティブ)を確実に取るために、互いに最高戦力と言えるメンバーを選出している。そうでもなくとも、第一席、第四席、第五席と、第二席の小林竜胆を除けば薊側の持つ最高位のメンバーであり、この学園で生き残ってきた三年生達。

 

 一年である恋と葉山、そして二年の久我のメンバーとはいえ、単純に学年間の実力差に加えて最上位の十傑勢―――贔屓目なしに判断しても、勝算は薄いというのが観客生徒達の評価だった。

 

 そして今回の勝負の対戦カード。

 

 司瑛士VS久我照紀

 茜ヶ久保ももVS黒瀬恋

 斎藤綜明VS葉山アキラ

 

 恋が連戦ではあるが、第一席の相手が恋でなかったことは、事情を知らない者からすれば意外と言える。

 

 三組のくじ引きが順々に行われ、その中身が開封された。

 その結果は以下の通り。

 

 司と久我の食戟のお題は『緑茶』。

 ももと恋の食戟のお題は『レモン』

 斎藤と葉山の食戟のお題は『チーズ』。

 

 どれもメインで輝く様な食材ではないが、だからこそ各々の得意分野で作ることが出来る自由度の高い食材だ。なにせそれらの食材を軸にしていれば、それがメインディッシュであろうとデザートであろうとどんな国の料理であろうと、自由に作って良いのだから。

 

 1st Boutとは違い、これらのお題ではどちらの陣営にも有利不利は出ない。相手が十傑最高戦力だからこそせめてお題でのアドバンテージに恵まれればと思っていたものの、そうならなかったことに恋側の人間からは少々の落胆があった。

 

「《ではお題も決まったところで、2nd Boutの食材選びとメニュー決めの時間を――――》」

「ちょっと待って」

 

 だが、お題が決まって食材選びの時間へと移行する宣言がされようとした時、その言葉を茜ヶ久保ももの鋭い声が遮った。

 用件は勿論、食戟についてのことだろう。

 

「《えと、茜ヶ久保選手……どうしましたか?》」

「それ貸して」

「あっ!」

 

 急に呼び止めてきたももに困惑した様子の川島麗だったが、その質問にももは応えることなく彼女の手にあったマイクを奪い取った。そしてそのまま人見知りな性格は何処へ行ったのかと言わんばかりの堂々とした態度で言い放つ。

 

 

「《この2nd Bout、連帯食戟とは別で食戟を申し込みたい。私と黒瀬恋の対決で》」

 

 

 騒然となる会場。

 食戟の中で食戟を行うという所業に、という意味合いもあるが、十傑という地位にいる茜ヶ久保ももが、立場的に下にいるはずの黒瀬恋に食戟を挑むという構図に驚いているのだ。

 そもそもこの連帯食戟の勝敗が今後の料理業界を左右すると言っても良いというのに、これ以上の何を要求するつもりなのかも、事情を知らない生徒達からは想像も付かない。

 

「な、食戟ですか!?」

「《そう、既に本人の了解は得てるから、あとは正式に食戟委員会が承認すれば食戟成立》」

「で、でも、何を賭けて行うつもりなんですか!?」

 

 川島の問いかけに騒然としていた会場が一度静かになる。

 それはこの空間内で一番知りたいことだからだ。ももはその静けさの中で、何の躊躇いもなくその内容を口にした。

 

 

「《この食戟、賭けるのはお互いの人生。この勝負で私が勝ったら、私が彼の全てを貰う……!》」

 

 

 静かになったと言っても多少のざわめきは残っていた会場が、その言葉で完全にシンとなった。賭けられている品物に絶句した―――わけではない。

 

 茜ヶ久保ももは気が付いていないのだ。

 自分がどういうことを言ったのか。それが何を示しているのかも。

 

 静かになった会場の空気が、自分の想像していた雰囲気と少し違っていることに気付いたももは、小さく首を傾げた。皆が何を思って声を発せない状態にいるのか、理解出来ないでいる。

 だが、そんなももに恋が苦笑しながら歩み寄ってくると、自然を会場の視線が恋の方へと注目した。

 

「あー……もも先輩、食戟はまぁいいんですけど……まさかこんな大胆に宣言するとは思いませんでした」

「? ……なんで? 食戟をするって言っただけだけど……」

 

 恋の苦笑を見てももは尚も首を傾げる。

 自分は何もおかしなことは言っておらず、これから緊張感の中で戦いが起こる展望しか想像できない。何故こんなにも奇異な目で見られなければならないのかと、若干不機嫌になるまであった。

 

 しかし、そんな彼女に対して恋が言い放った次の一言が、勝負の空気感に浸っていたももの脳みそを完全に冷静にさせてしまう。

 

 

 

「だってもも先輩……今の言葉、食戟をするって言い変えただけで、全校生徒、かつ少なくないメディアの前で、公開プロポーズしたようなものですよ?」

 

 

 

 ももは一瞬、その言葉の意味を理解することが出来なかった。

 そして自分の言った言葉の意味を一分ほど考えると、ようやく周囲が自分を見る目の意味に気が付いたのか、今度は堂々とした態度はどこへやらといった様子で慌てだす。

 今までは話しやすく好意を抱いていた恋と一対一だったからこそ、ガンガン気持ちをオープンにしていても恥ずかしくなかったし、なにより恋なら引かずに受け止めてくれるという信頼があったのだ。

 

 けれど今回は違う。

 不特定多数―――メディアも含めれば数万人単位で見られる可能性がある場で、その気持ちを堂々と公言してしまった。なんならSNSで有名なインフルエンサーでもあるももの一大ニュースは瞬く間にSNSで呟かれ、トレンド入りしてしまう可能性も低くはない。

 

 もっと言えばこの学園の生徒、特に第一学年の生徒達の間では、黒瀬恋と薙切えりながただならぬ仲であることは周知の事実。となればこのももの発言は、薙切えりなから黒瀬恋を略奪するという行為に見えることだろう。

 食の魔王の血族である薙切えりなとパティシエ業界における規格外の天才料理人茜ヶ久保もも―――どちらもこの業界では有名な人物であり、その容姿の可憐さも相まって大勢のファンがいる。

 

 その二人が黒瀬恋というこれまた新進気鋭の料理人を取り合っているのだ。

 

 絶句した空間が生まれるのも、致し方のないことである。

 

「な……な……~~~~~!!!!」

 

 顔をトマトの様に真っ赤にした茜ヶ久保ももは、パニックに目を回してあわあわと言葉にならない声をあげた。持っていた大きなぬいぐるみのぶっちーで顔を隠し、その場に勢いよくしゃがみこんでしまった。

 どうやら事前に与えていた恋の揺さぶりを振り払う為に勝負のことに集中した結果、周りからどういう風に見えるかどうかに思考が回っていなかったらしい。恋の術中に見事にハマった結果であった。

 

 最早精神は平常ではないももを見て、恋は想像以上の打撃だったなと苦笑を漏らす。

 ともかく食戟は成立したということで話を進めるように川島に促すと、呆気に取られていた川島はももが落としたマイクを拾い上げて、こんどこそ連帯食戟の進行を続けた。

 

 食材選びの段階へと移行する。

 

 恋ともも以外の面々は居心地悪そうに食材置き場へと移動していく。恋は蹲るももに声を掛けるわけでもなく、少し短い息を吐いてから同じように食材置き場へと足を向けた。

 その数十秒後、ももは羞恥心に耐えかねてか、逃げるように会場から食材置き場へと駆け出して行った。

 

 残された会場の視線は自然、えりなへと向く。

 思いもよらぬ巻き添えを食ったえりなは、気まずそうに眼を伏せたのだった。

 

 




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