ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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八十七話

 創真と寧々の審査が終わり、その勝敗が両者敗北のドローとなった後、会場の興奮冷めやらぬ中、続いて恋と賦堂の勝負にも決着がつこうとしていた。

 学生料理人達の戦いにしては初戦からハイレベルな品々だったこともあり、WGOの執行官たちも今後の品に期待が高まっている。全国の美食を審査してきた彼女たちの肥えた舌は、通常時よりも美食足りうる品を求めていた。

 

 そんな中審査へと移る恋と賦堂の料理。

 

 お題はイタリアンということだったが、今回両者が作ったのは奇しくも同じパスタ料理。パッと見た感じでは、恋はシーフードパスタで賦堂はペペロンチーノを作ったようだった。

 

 互いに初見では完成度の高い見栄えをしている。

 先程の創真と寧々の対決で出てきた料理には、両者様々な工夫を凝らしていたものの、今回両者が出してきた品にはこれといって、一目見て感じ取れる以上の工夫はないようだった。

 

 そんな品を見てほんのり落胆の様な色を見せた執行官たちだが、それでも審査員としての使命は忘れていないのだろう。食す段階に入れば、その表情は真剣そのものだった。

 

「ではまずは、ミスター石動の品からいただきましょうか」

「ええ、見た目は普通のペペロンチーノだが……これはイタリアにあるアーリオ・オーリオだな」

「たっぷりのオリーブオイルとにんにく、イタリアンパセリ、にんにくの香りも相まって非常に食欲をそそるな……」

 

 各々粛々と所見を述べてから、フォークに巻いて一口舌の上に乗せる。

 そして味に集中するためか、目を閉じてゆっくり咀嚼した。

 

 会場全体がスッと静かになり、執行官達の反応を待つ。初戦からあれほどの戦いが繰り広げられたのだ、今回もどれほどの品が出たのかと期待するのは当然の反応だ。ごくり、と誰かが飲み込んだつばの音すら聞こえてきそうなほどに、緊張が走る。

 しかし、そんな期待に対して執行官達はスッと目を開くと軽く頷く程度でフォークをコトリと置いた。

 

「なるほど……ミスター賦堂、とても丁寧に作り上げられていますね」

「アーリオ・オーリオとは、パスタだけに使われるものではないが、にんにくとオリーブオイルを使ったソースのこと……通常のペペロンチーノとは僅かに異なる代物だが、しっかり乳化作業も行われているし、なによりパスタ特有のあっさりと食べられる部分を補うように、ガツンとにんにくの味が良い形でインパクトを与えてくれる」

「シンプルな品だからこそ、一つ一つの工程を雑に行えばそれはすぐに露呈する。ミスター賦堂の品は、非常に丁寧かつ料理の持ち味をしっかり引き出しているな」

 

 執行官達の口から出てきたのは、賦堂の料理を賞賛する言葉。

 だが、その言葉に反して彼女達は置いたフォークを取ることはせず、たった一口で賦堂の品を食べるのをやめてしまった。

 

 そんなもう十分だとばかりの表情に、賦堂は納得がいなかったらしい。

 

「その通り! イタリアンは俺の得意分野! 今回のアーリオ・オーリオに使ったオリーブオイルも俺が厳選し、普段から愛用しているものを使用している! にんにくの香りと味を活かし、やや固めのアルデンテに仕上げた麺とソースを絡めることで、食べ応えのある一品へと昇華させたんだ! それに―――」

「もう十分だよ、石動賦堂」

「んなっ……黒瀬てめぇ……どういうことだ!」

「そんな程度の工夫やささやかな個性は、執行官の皆さんからすればお見通しってことだ。それを語らなかったってことは、語るほどのことでもないんだよ。今お前が誇らしげに語ったことなんて」

「ッ!? て、てめぇ……!!」

「作っている時から察しはついてたよ、お前の実力は」

 

 もっと注目しろとばかりに、己の料理のあれやこれやを語る賦堂に対し、恋は遮るようにその語り口を黙らせた。そして彼の口から出てきたのは、落胆のような色。

 恋の表情からは既に、勝負は着いているとばかりに闘志が消えていた。料理を作っている時から既に勝利を確信していたのだろう―――恋は特に躊躇うこともなく、淡々と執行官達の前に己の料理をサーブした。

 

「次は俺の料理の審査をお願いします」

「……いいでしょう」

 

 そして動揺している賦堂を尻目に、恋によって賦堂の品は下げられてしまう。

 執行官達も下げられていく皿を見て、特に止めることはなかった。

 

 文句の一つを挟む暇もなく、執行官達の視線は恋の品へと向かう。

 

「ごく一般的なシーフードパスタですね。こちらもガーリックの匂いと立体的な盛り付けから食欲をそそられますね。見栄えはまさに完璧と言っても過言ではないです」

「シーフードとガーリックの香りも程よく溶け合っている。これだけでもミスタ賦堂にも劣らない丁寧な仕事が伺えるな」

「では、実食を……」

 

 所見を述べる姿は、先程の賦堂の時とほとんど同じようなテンションだった。

 しかし、同じなのはここまで――――一口食べた瞬間、執行官達の表情が変わる。

 

「これは―――!」

「なんだ……これは……? 私は一体何を食べた……?」

「言葉に出来ない……これは……!?」

 

 三人揃ってその衝撃を言葉にすることができないでいるようだった。

 至って普通に作られた突飛な工夫もない、ただのシーフードパスタ。そう、語るとすればそれが全てであり、それ以上の言葉は要らないほどにシンプルな品だった。それだけ見るなら、先程の賦堂の品とそう大差ない品とも言える。

 

 だが、明らかに賦堂の品とは何かが違っていることを、彼女達は一様に感じ取っていた。

 

「も、もう一口……!」

 

 WGOの執行官たる自分達が一口で何も理解出来なかったという事実が、彼女達の心に動揺を生む。しかしもう一口食べなければ理解出来ない以上、二口目を口にするのは仕方のないことだった。

 そして集中してもう一口放り込み、今度はゆっくりと咀嚼しながら味、食感、香り、その全てを感じ取ろうとする。

 

 そうすることでようやく、彼女達は恋と賦堂の品の違いを理解した。

 

「これは……驚きというべきか、奇跡というべきか……」

「ええ……」

「この品には、驚くべき工夫は一切ありません……まさしく理想的なレシピで作られたごく一般的なシーフードパスタです……ただ、その完成度が桁違いに高い」

 

 そう、恋がやったのは以前食戟で周藤怪を破った時と同じこと。

 普通の料理を、普通に作っただけ。調理技術に任せた力技とも言えるが、工夫を一切しないシンプルな調理技術のみで作り上げた一級品をぶつけただけなのだ。

 とはいえあれから恋も大幅に成長している。

 四宮達をして、世界に通用するとまで言わしめた恋の一級品の調理技術だ。そんな彼の成長能力はその調理技術に比例するように高い。その基礎力から一度見た技術を模倣することが容易いからだ。

 

 そして創真を始めとした同期や先輩達の発想や工夫、アイデア、経験に触れ、その全てを学習してきた彼は、今や技術以外のスキルも身に付けつつある。

 

 つまり、執行官の三人が一口目で恋の料理の評価を言葉に出来なかったのは、何の工夫もないただのシーフードパスタに、一切のダメが見つけられなかったからだ。

 

「完璧……という言葉を使うことは、料理を評価する上でないだろうと思っていましたが…………その言葉を使うに値するほどの一品でした。まさに非の打ち所がない……シーフードパスタという料理を作るに当たって、これほど理想的な皿はないと言えます。勿論人の好き嫌いはあるでしょうが、この皿からは使われた技術、調理工程、その全てにほんのささやかなミスすら感じ取れません……」

「かといって機械的というわけではない……調味料やパスタの茹で加減、味付けにおいて、人間的な調整やアプローチが存在している。一種の芸術とすら言える……!」

「ミスター黒瀬……これはわざとそうしましたね?」

 

 執行官達は恋の一皿の非常に高い完成度に驚きながらも、それ以外の要素が感じ取れないことに気付き、その原因は恋がわざとそうしたからだと見抜いた。

 質問を投げかけられた恋は頷く。

 

「はい」

「貴方の品からは、純粋に貴方の持つ高い調理技術が十全に振るわれています。結果、一般的なシーフードパスタにも拘らず、その味は非常に高い次元のものへと昇華していました。まさしく美食と呼べるほどの一品です……家庭料理のレシピも、作るものが違えばこうまで化けるものなのかと衝撃を覚えた程に……しかし、であれば貴方にはそうしない選択肢もあったはずなのです」

「確かに……ミスター黒瀬の調理技術であれば、イタリアンというお題の中で選択できるメニューは他にもあった筈……それこそ、高難易度の料理で勝負していれば、圧勝することも可能だ」

「けれどそうしなかった……それは、手加減ですか? それとも相手への侮りからですか?」

 

 執行官は恋という料理人を見定めるように問いかけた。

 恋はその視線を受け止めながら、応える。

 

「手加減をした覚えはありません。無論、侮っていたわけでもありません。俺は料理において手を抜く様なことはしませんし、出来るような余裕もない……ただ、俺もまだ模索している最中の料理人だということです」

「……模索、ですか」

「ご存じかもしれませんが、俺は味覚障害を抱えた料理人です。だからこそ技術を身に付け、此処まできました……でも、技術だけでは到達出来ない領域があることを知って、そこへ到達するためにはどうすべきなのか、ずっと模索しています。そしてこの戦いで必ずそこへ到達するつもりです―――だから、今回お出しした一品は、今日までの自分が積み重ねた全てを形にしたものです。であればメニューはシンプルであればあるほど良かった……それが理由です」

「……なるほど、確かにこれほどの一品であれば、貴方以外には作れないでしょう。まさしく、貴方の顔が見える料理……この平凡な一皿が、貴方のスペシャリテ足りえています。素直に、賞賛させていただきます」

 

 恋はこの戦いに人生の全てを懸けていると言っても過言ではない。

 薙切薊との決着以上に、薙切えりなとの未来が掛かっており、神の舌への挑戦なのだ。その戦いに勝利するためには、今のままではいられない。四宮やももが垣間見せた、己の世界を料理に内包させることが出来る領域に到達しなければならないのだ。

 

 恋だけが作り出せる、恋だけの領域に。

 

「貴方もまた、殻を破らんとする料理人ということですね」

 

 結果がモニターに映し出される。

 満場一致、黒瀬恋の勝利だった。

 

 だが納得がいかない者が一人―――石動賦堂である。

 

「なんでだよ!! 黒瀬の品が俺より上だっていうのか? そんなただのシーフードパスタの何が俺の品より勝っているというんだ!?」

 

 理解が出来ないという声色で食い下がる賦堂に、執行官は冷静に告げた。

 

「何も違いませんよ。工夫という点ではミスター賦堂の品の方が工夫されていましたし、味のインパクトという点でも、貴方の方が勝っています。丁寧な調理にも、好感が抱けます。将来有望な料理人の一人といっても良いでしょう」

「ならば何故!?」

「それでも尚、貴方の料理は学生の域を出ないのです。一料理学校の中であれば、トップクラスといっても良いかもしれませんが……一流の世界には貴方以上の料理人は履いて捨てるほどにいます。対してミスター黒瀬や先程のミス紀ノ国の品は、既に学生の域を超えていました……今回の戦いの勝敗を分けたのは、いわばプロとアマチュアの一線を越えているかどうかが明確に出たということですね」

「なっ……!」

「貴方は一度十傑に入ったからと、己を過大評価しすぎたんだよ……結局、胡坐をかいた時点で貴方は十傑の器ではなかったということです。石動先輩」

 

 恋の言葉遣いが元の丁寧なものへと戻っている。勝負が終わったからだ。

 覆らない敗北に、石動賦堂は何も言えなかった。

 

 十傑の器ではない―――その言葉が、深く深く突き刺さって。

 

 

 




恋君の積み重ねたものの集大成。そして次の領域へと進むための一歩でした。
感想お待ちしております✨





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