ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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八十六話

 創真と寧々の料理が完成した段階で、恋と賦堂の調理も終盤に差し掛かっていた。

 互いに作っている料理の完成形が見えてくると、周囲で見ていた生徒達や審査員達もそれに適した期待を抱き始める。

 奇しくもその対決内容は、創真と寧々の料理対決と対照的かつ似通った形となっていた。

 

 基礎と磨き抜かれた技術によって作られる寧々の江戸蕎麦に対する、創意工夫と自分らしさを追求して追いすがる創真。

 それと同様かつ対照的に、基礎と磨いてきた得意分野で戦う賦堂に対し、ありとあらゆる基礎と磨き抜かれた調理技術で他を圧倒する恋。

 

 どちらも磨き抜かれた技術を振るう者と、己のフィールドで皿を構築する者との戦いという構図になっているのだ。但し、所属するチームはあべこべに。

 

 勝負の形としては面白い形だと思う審査員達を他所に、まずは先に完成した創真と寧々の審査へと移行する。

 

「まずは紀ノ国さんの方からですね……なるほど、調理過程の動きから既に高い完成度を期待していましたが、これは想像以上の完成度……食べずとも香り立つ蕎麦の匂いが、貴女の蕎麦打ちの技術力を伺わせます」

「料理名は『九割そば~桜えびのかき揚げを添えて~』、です」

「作っていたのは桜えびのかき揚げか……こちらも色鮮やかで無駄のない完成度。一級品の蕎麦を隣においても負けない存在感が食欲を誘う」

 

 審査員の反応は上々。そもそも調理過程を見ていただけに高まっていた期待値を、その完成度は超えてきたようだ。香り立つ蕎麦の香り、麺の完成度、かき揚げの存在感、その全てが一つの料理として見事に調和しており、おそらく紀ノ国寧々という人物が生涯作ってきたであろう蕎麦の中でも、最高の出来であることは間違いないだろう。

 

 そしてその審査員の反応は観客の生徒達に大きなざわめきを生んだ。

 それもそうだろう。紀ノ国寧々はそもそもこの遠月学園第二学年最高位の十傑であり、立場でいえば第二学年最強の料理人だ。しかも江戸蕎麦の伝統を繋いでいる家柄の下に生まれ、そのあらゆる教えを正しく受け継いでいる。

 

 経歴は勿論、その料理人としての実力は最早疑いようがない。

 

 その彼女の料理を、WGOの執行官が賞賛したのだ。彼女の勝利を確信する者も少なくなかった。

 

「では、実食といきましょうか……」

 

 そして彼女の蕎麦を食べ始める執行官たち。

 蕎麦の食し方を知っているのだろう。しっかりと香りと共に食するように一口口に含む。するりと舌の上に乗ったその麺に、執行官たちの表情が変化した。

 

「これは……! 口に含んだ瞬間突き抜ける様な蕎麦の香りとだしつゆの香りが溶け合って、素晴らしいハーモニーを奏でています! 更には、その香りを引き出す為に使われた一番粉の蕎麦麺が、香りに負けない完成度でするりと啜れますね! なにより、この麺の透明度……一番粉で作られた蕎麦は透き通る白さとするりと啜れるのが特徴ですが、無論蕎麦打ちの技術あっての代物ですからね……ミス紀ノ国の蕎麦打ちの実力は相当ハイレベルであるといえます!」

「それにこの桜えびのかき揚げも素晴らしい! 元々衣を少なめにしてカラっと揚げるものだが、見事にサクサクとした食感と桜えびの甘さ、香ばしさを引き出している……! 蕎麦の香りとも見事にマッチして、互いが互いの味と香りを引き立たせることに成功しているぞ……! つゆに付けなくてもいいくらいの奥深い味わいだ……!!」

「日本の学生に此処までの料理人がいるとは……!!」

 

 溢れ出すような賛美の言葉に、紀ノ国寧々の表情は変わらない。いつも通り、クールな表情でそこに立っている。喜びがないわけではない―――ただそれ以上に、彼女はもう天才に憧れ、ないものねだりとちんけな承認欲求に盲目になっていない。

 己の料理を磨くことのみを追求し、天才でない自分自身に出来る最大限を発揮する。凡人にすらなれなかった己を恥じた彼女に、もう自分自身を見失うことなどありえない。

 

 少しだけ会釈をするだけで、彼女は自分の料理について語ることをしなかった。自分の料理の良い点や魅力、工夫を語ることは、蛇足だと思ったのだろう。

 

「箸が止まらない……! これほど味わい深いというのに、するりと食べられることで無限に食べていたいと思うほどだ!」

「まるで体内に芸術を取り込んだような感動――――!」

「これが古くから伝わる伝統の味……これから先もずっと―――」

 

 

『"そば"にあってほしい―――!!』

 

 

 三人の執行官は腹の奥に感動を取り込んだような衝撃に、心を丸裸にされてしまったような気分だった。

 最早彼女の勝利を疑う者は一人もいないだろう。恋側のメンバーも、これほどクリティカルな品を出されては、蕎麦打ちの技術でも負けている創真が勝つ可能性は極僅かにもないと思わされる。

 

 だが、その観衆の思惑を無視して紀ノ国寧々は後に控えていた創真に向かって口を開いた。

 

「これが私の全力……貴方がどんな料理を出すか分かっていたとしても、貴方が私以上の蕎麦打ち職人だったとしても、私は迷わずこの品を出す。勝てるというのなら、やってみなさい」

「……ハハッ、紀ノ国先輩……言うことまで黒瀬みたいっすね。そこまで言われちゃ、俺も燃えないわけにはいかねぇっすよ! 今度は、俺の品を見て貰いましょうか!」

 

 寧々の横を通り抜けて、感動の余韻に浸る執行官たちの前に自身の品を出す創真。執行官たちは今半端な品を求めていない口になっていることもあって、創真の料理の審査に少し億劫になっているような表情だったが、目の前に出されたものを見て驚きに目を見開いた。

 

「こ、これは……!!」

 

 そこにあったのは、蕎麦というにはバラエティ豊かな料理だった。

 そうめんのように一玉ずつ小分けにまとめられた複数種の麺と、それに合わせるように並べられた五つのつゆ皿。中には通常のだしつゆの他に、つけ麺に付ける様なつゆもあれば、豆乳を使っているような白いつゆもある。

 

 それは蕎麦というのにはいささか型破りな姿をしていた。

 

 

「名付けて――"ゆきひら流 色彩蕎麦"! おあがりよ!!」

 

 

 彼は最初にこの蕎麦というお題が出た瞬間に、正攻法で真正面からぶつかれば確実に己が敗北することを理解していた。黒瀬恋という料理人を知っている以上、蕎麦一つとはいえそれだけに打ち込んできた料理人に、付け焼刃で蕎麦を作る自分が勝れると思うほど傲慢にはなれない。

 だからこそ、彼は蕎麦というフィールドで自分らしい料理を追求した。伝統や現存する蕎麦という枠組みを超えて、自由に自分らしい皿を作ることで、伝統を打ち破ろうとしたのだ。

 

 そうして作られたのが、この料理。

 

 創真は蕎麦粉を選ぶ際、一番粉ではなく二番粉に目を付けた。

 というのも、一番粉と二番粉を併せて打った蕎麦に、『藪そば』という代物があることを知っていたからだ。これは三大蕎麦の内の一つであり、紛れもなく伝統の蕎麦料理だ。

 だからこそ彼は思いついた。

 蕎麦粉を限定するのではなく、二番粉を基調に一番粉や三番粉をブレンドすることで、歯ごたえや香り、麺の見た目が違う麺を複数作ることを。そしてそれら全ての麺に合うつゆを作り、バラエティ豊かな蕎麦の形を作り上げたのだ。

 

「……っ! 驚きました……ですが、鍛え抜かれた名刀を相手になまくらを幾ら持ってこようと、勝ることは出来ません。付け焼刃では何の意味もありませんよ?」

「そいつは……食べれば分かることでしょ? 執行官殿?」

「……それでは……」

 

 思わず面食らった執行官だったが、発想一つで越えられる程紀ノ国寧々の作った品は甘くはないと言う。だがそれでも創真の食えば分かることだという一言に一蹴され、ぐ、と言葉に詰まりながらも大人しく実食へと移る。

 

「……やはり蕎麦の香りは先ほどのミス紀ノ国のものとは雲泥の差……製麺機で作っただけあって相応のものだな」

「こちらのつゆはそれぞれ配置に対応したものを使えばいいのですか?」

「そうっすよ、それぞれの麺の下に置かれたものを使ってみてくださいっす」

「香りだけでも勝敗は明確だと思うがね……さて……」

 

 今まで食してきた蕎麦と全く違う、型破りも型破り、異色の代物に執行官たちも躊躇いを隠せなかったが、さほど期待をせず、それでも一口口に入れた。

 

 

 瞬間―――創真の作った品の真価に気付く。

 

 

「これは……! ミス紀ノ国の蕎麦ほどの香りはないにも拘らず、つゆと合わせて食すと、逆にそのほのかな香りが見事なアクセントとなって強い印象を残している……!?  これらの麺は……まさか、主役とも言える蕎麦の麺をそれぞれ一番粉、二番粉、三番粉をブレンドして、"つゆ"に合わせて作ったというのか……!?」

「その通り! 蕎麦打ちでは到底紀ノ国先輩には敵いっこない……だから俺は下手に手打ちをせず、製麺機を使った。けど、それにはもう一つ理由があったんすよ……それは、製麺機による安定した麺作りのクオリティ! それら全ての麺の完成度は、製麺機を使ったほぼ同一のクオリティ……けどだからこそ、ブレンドした蕎麦粉の差が如実に感じ取れる! そこにそれぞれの麺に合っただしつゆを作って、五種類の蕎麦を一皿に構築したってわけっす」

 

 創真の説明に、執行官だけでなく会場全体がざわめき出す。

 おそらくこの場にいる生徒達の中で、創真と同じ発想に至れるものはいなかっただろう。伝統と歴史の深い蕎麦という料理を作る時に、誰が五種類の蕎麦を作って一つにまとめようと思うのだろうか。しかも製麺機で麺を作ることそのものを利点へと昇華させてくるなど、早々思いつくことではない。

 

 これこそが、大衆料理店出身であり、自由に発想を飛ばすことに躊躇いがない創真だからこそ生み出せた蕎麦料理だった。

 

「何より驚きなのは、製麺機というハンデを背負っていながらも、完璧に配合された蕎麦粉だ……五種類全ての麺が、対応するつゆに合うよう見事に配合されている!」

「しかもこれらのつゆは本来別の料理で使われるものですね? ラーメン、うどん、つけ麺、餡掛け蕎麦、そして本来の蕎麦つゆ……貴方は蕎麦粉をブレンドして、それらをイメージして作られたつゆに合った歯ごたえや啜りやすさの麺を作り上げた。蕎麦というフィールドは一切ブレさせることなく、他の麺料理の魅力を調和させてみせたわけです」

「五種類それぞれの味と麺の違いが飽きさせない味わいを生み出している……ミス紀ノ国が一つの味を極限まで深く掘り進めた品だとすれば、ミスタ幸平の蕎麦は幾重にも重なる広がりを持たせた味わいのある品……! 全く新しい切り口から、蕎麦という料理にアプローチを仕掛けている! 非常に好奇心を擽られる一品だ……!」

 

 

『凝り固まった価値観が、粉々に打ち砕かれる―――!!!』

 

 

 ずずずと啜る執行官たちは、創真の作った複数の麺とつゆを楽しんでいた。

 味、発想、そしてそれを一皿にまとめる構築能力と実現するだけの実力―――幸平創真という料理人もまた、学生というには信じられない素質の持ち主と言わざるを得なかったのだ。

 紀ノ国寧々の蕎麦に抱いた感動とはまた別種の感動を抱いた執行官たちは、この勝負の勝敗に悩まざるを得なかった。

 

「拮抗している……蕎麦単体の完成度でいえば、ミス紀ノ国の品に軍配があがるが……ミスタ幸平の品は蕎麦という料理そのものの新境地を開拓している……どちらも甲乙つけがたかった」

「そうですね……審査する側としては苦しいですが、これは両者ドローとしか言いようがありません……!」

 

 結果、執行官が出したのはドローという前代未聞の審査だった。

 

「なっ……それじゃあこの先の戦いはどうなるんすか?」

「ドロー……つまり決着がつかなかったということ、それは相手を破ることが出来なかったという意味でもあります……故に、この場合は両者敗北ということになりますね」

「ッ……!?」

「創真君……連帯食戟の公式ルールにも……ドローの場合の規定は一応そう定められてるんだ。こればかりは仕方がないよ」

「一色先輩……」

 

 創真はその審査に納得がいかない様子だったが、傍に近づいてきていた一色に止められた。一瞬感情のままに文句を言おうとした創真だったが、これに関しては理不尽でもなんでもなく、正式なルールに則って定められた結果であることを理解する。

 

 すると小さくない溜息を吐き出しながら、頭に巻いた手ぬぐいを取った。

 

「……そうっすか」

 

 勝てなかったことを、しみじみと受け入れながら。

 

 

 

 




覚悟ガンギマリ紀ノ国先輩相手に、しかもお題が蕎麦という超不利状態で創真はよくやったと思います。
感想お待ちしております!✨





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