ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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七十五話

 翌日、薙切仙左衛門の失脚と薙切薊の新総帥就任の一報は、全校放送にて学園中を瞬く間に駆け巡った。テレビの映像でも薊の姿は映し出され、就任挨拶という体で彼自身が進めようとしている学園改革の話がつらつらと流されていく。

 恋も編入の際に挨拶をした会場で、遠月の一大ニュースということで多くのメディアや料理界の名の知れた出資者が押し寄せる中、彼は悠々と語る。

 

「生徒の諸君ごきげんよう、薙切薊だ。今から話すのは僕が目指す理想の世界……遠月学園を改革する内容についてである」

 

 彼が語る遠月の未来。

 作り替えるために考えている全ての計画について、彼はなんら間違ったことなどしていないと言わんばかりの様子で、少しオーバーに口にしだす。

 

「まず一つ目……今学園内に存在している調理の授業、ゼミ、研究会、同好会……それらの勢力をすべて解体する。全部ゼロに。研究会もゼミ制度も一切廃止だ」

 

 解体、つまり無くすということだ。

 水戸郁美の所属している丼研や、葉山が大事にしている汐見ゼミ、恵も所属する郷土料理研究会など、それら一切の学内団体を全て、この学園内から排除しようというのだ。

 当然それに対して反対の声が学園中に上がるが、放送を聞いている生徒の声が別の場所で演説をしている薊に届くわけもない。

 

「そして二つ目……学園内に新たな組織を立ち上げる。僕がピックアップした生徒だけが集う、新たな美食を探求する精鋭組織。これを仮に、中枢美食機関(セントラル)と呼称する。君たちがこれから作る料理は、すべてセントラルのメンバーが決定する。君たちはもう料理を創造しなくていいんだ」

 

 ただでさえ反対意見が多く上がる中で、薊が更にそれを上回る改革内容を告げた。

 それは今までの遠月学園を根底から覆すような改革である。

 今までの遠月は、完全な実力主義の世界であり、実力さえあれば創真のような大衆料理店出身だろうと関係なく、上へあがることが出来るルールだった。各々が各々にしか作ることが出来ない必殺料理へと至る道を探り、そして唯一無二の玉となる競争社会。

 

 仙左衛門なりに言わせるのなら、1%の玉を作るために、99%が捨て石となる世界だ。

 誰もが玉となる資質を持ち、また誰もが捨て石になる可能性を秘めている。

 だからこそ各々が死力を尽くして競い合い、その果てにある頂きを目指す。だからこそ、十傑とは気高く重い称号であり、そこに価値が生まれていた。

 

 しかし薊が言っているのは、全くの逆の世界。

 料理界において美食以外のものを存在出来なくするために、遠月にいる全ての料理人に選別した優れた料理人達の技術、アイデア、知識を与えることで、個性を失くし、ただ美食を正確に作り上げる料理人を量産する。

 そういう学校にすると言っているのだ。

 確かにそうすれば全ての生徒が十傑と同じレベルの料理人となることが出来る。いずれ社会に出た時も、きっとあらゆる現場で活躍できる料理人となるだろう。時間が経てば、遠月学園を卒業した料理人は全員確かな実力を持った料理人しかいない、なんて囁かれる時代が来るのかもしれない。

 

 けれど、その先にあるのは己の個性を全て殺し、料理技術だけを持った空虚な料理人だけだ。

 

「逆らう者は、とても残念だが学園を去ってもらうことになる。それに君たちは考え違いをしている。今までのシステムのほうがよほど不条理だ。実力主義を口実にして脱落者は完全放棄……料理人にも性格の差異があり、成長のスピードが違うにも関わらずだ。あまりにも暴力的だとは思わないか?」

 

 だがその言葉の選び方から、まるでそれが今までとは違い、これから先の遠月学園が天国になるのだという錯覚を与えてくる。

 この遠月学園での課題では、確かに多くの生徒が退学になっていた。実力のない者から次々とこの学園を去り、生き残っても次から次へと新たな試練が襲い掛かってくる。

 

 例えば選抜に選ばれなかった者や、月饗祭で黒字でもランキング上位には上がれなかった者――そこには己の実力の無さに悔しい思いをしている生徒達がいるし、立ち直れないほどの挫折に苦しんでいる生徒だっていた。

 そんな才ある者と自身を比較し嘆く生徒達からすれば、薊の改革は天恵のように思えただろう。

 

「これからの調理授業は、すべてセントラルの教えを伝える場となる。誰もが等しくその恩恵を享受する。つまり……十傑レベルの技術、アイデア、レシピをやがてここにいる全員が修得するんだ。そこは無益なぶつかり合いのない世界だ。不必要な退学、不必要な選別、不必要な競争……そこから君たちは自由になる」

 

 幸平創真や黒瀬恋―――才能や環境に恵まれずとも、努力と経験で天才たちと渡り合ってきた料理人のことなど、脳裏にも過ることなくその甘い毒に溺れようとする。

 そんな生徒達の弱い心に、じわじわと侵食する薊の言葉。

 

 

「いいかいよく聞いて――――君達は、捨て石なんかじゃない」

 

 

 その言葉が、実力なき生徒達にとってどれほどの救いになるかを、薊はよく理解していた。

 

 しかし、そこまで言って薊は少し間を空ける。

 とはいえ、この改革を進めるには障害があることも、この場で伝える必要があるからだ。此処で強引に改革を進めると告げることは、今自分に賛同している十傑の裏切りを許すことに等しく、そうなれば自身がやったように、十傑の権限で総帥の座から落とされる。

 故に、薊は少しトーンを落として口を開いた。

 

「だが、今までの環境でやってきた以上受け入れられないと思う者もいるだろう……事実、僕の改革に対して真向から対立してきた生徒がいる。総帥の立場すら危うくなるような方法でね……だから、僕はその生徒を反対勢力の代表としてみなし、新総帥となった以上その意志をきちんと受け止めていこうと思う」

 

 先程までの改革内容とは打って変わって、でも多くの生徒の興味を引く言葉が、更なる注目を集める。

 とはいえ流石は薙切薊というべきだろうか。

 先程まで改革でのメリットや利点を滔々と語った後で、それを邪魔する存在がいるという印象を与える演説の段取りは、まるで生徒達の味方である自分にたてつく生徒がいる、というような認識を擦り込んでいく。

 

 しかも、新総帥として対立してきた生徒であろうとも、誠実にその意見を受け止めようという姿勢を示すことで、よりクリーンなイメージを与えることに繋げていた。

 

「そこで、改革に対する旧体制保守派の代表生徒にも話をして貰おうと思う。遠月学園第一学年、秋の選抜でも決勝に進んだ実績を持つ……黒瀬恋君だ」

 

 保守派の代表―――それは当然、黒瀬恋だった。

 ここでも薊の策略が打たれた結果なのだが、本日早朝に演説の件を薊の手の者から伝えられた恋は、何の用意もなく急遽この場に呼ばれている。

 薊の紹介で演説台に立たされた恋だが、以前から改革内容を詰め、演説に関しても事前に詰めていた薊と違い、即興で、かつ悪印象を植え付けられた状態で、対抗演説をしなければならないこの状況は、明らかに不利だった。

 

 今この場で下手な演説をしようものなら、薊の整然とした演説との比較を以って改革賛成派はその勢力を増し、保守派は勢いを大きく削られてしまう。

 この会場には叡山も駆けつけているが、このどうしようもない状況に、正直やられたと表情を歪めていた。このような一手で黒瀬達の力を削ぎに来るとは想定していなかったのだ。

 

「(黒瀬からの連絡で駆け付けたはいいが、この状況じゃもう手は出せねぇ……! 黒瀬が下手な演説をすれば、現状折角作り上げた薙切薊と対等な立場が一気に瓦解する……! 月饗祭で黒瀬の発言力、発信力を爆発的に高めたことが仇になってやがる……! 完全に裏を掻かれた!)」

 

 焦る気持ちを抑えきれず、叡山は薊の一手に歯噛みする。

 黒瀬恋という料理人は既に月饗祭での行動のおかげで、話題性、発言力、発信力、影響力、その全てで高い存在感を放つ料理人になっているのだ。そして薙切薊によって集められたメディアも相まって、SNS、テレビ、新聞、雑誌、あらゆる媒体でこの演説は拡散される。

 

 黒瀬の演説一つで、保守派である自分達の進退が決まると言っても過言ではない。

 

「(黒瀬ェ……! 無難な演説でもいい、とにかく堂々とだ……薙切薊の権力に臆していると取られるような態度や言葉を取るなよ……!)」

 

 叡山が苦しい表情で見つめる中、黒瀬恋が数秒の沈黙の後―――口を開いた。

 誰もが注目する第一声。

 

 

「料理人とは―――なんだ?」

 

 

 スッと細められた金色の瞳に、この場に取材として集まっていた全員が気圧された。テレビ越しに見ていた生徒達も、背筋にゾッとした悪寒が走る。それは編入挨拶の時に見せたあのプレッシャーを思い出させるような一撃だった。

 当時あのプレッシャーを直に感じた一年生達は、思い出すようにして、より強い雷を落とされたような気分だっただろう。それと同時に、黒瀬恋という料理人が薙切薊に対立するに値する人物であることを、全員に思い知らせた。

 

 そうして、たった一言で薊の印象操作を塗り替える迫力を見せつけた恋に、叡山も薊も、目を見開いて驚愕する。

 

「薙切薊新総帥の改革内容……一面から見れば確かに料理業界に有能な人材を輩出するために即効性の高い策だ……だがもう一度訊く、料理人とはなんだ?」

 

 ごくり、と誰かが唾を飲み込んだ。

 そんな音が聴こえるほどに静まり返った現場で、恋の声だけがその存在を許されているような気さえする。

 

「決められた人間が作った決められたレシピを、決められた手法で、一定の技術力を持った者が、高い精度で再現出来たらそれが美食か? それが誰よりも上手くできたら、世界一の料理人か? ならこれから先、この由緒ある遠月学園はただの料理人製造工場ってことでいいのか?」

 

 十傑レベルの技術、アイデア、レシピ―――確かに魅力的だ。

 だがそれは現時点での話だ。何故なら、この改革通りに進んでいくのであれば、遠月学園の将来に今の十傑以上の人間が、今後現れることはないからだ。

 今の十傑が作り上げる基盤を伝えていくだけの、十傑という装置が出来上がるだけ。

 

 ならば正しく、遠月は料理人製造工場へと変貌することだろう。

 

「遠月に限らず、この料理業界で培われてきた歴史に真っ向から泥を塗るこの改革に、俺は賛同出来ない。お前達の作りたい料理はどんな料理なんだ? お前達の目指したい料理人はどんな料理人なんだ? 仮にこの改革通りに卒業した後、現場で役に立たないと判断された時、お前は遠月が間違っていたと思わずにいられるのか?」

 

 恋の言葉は単純明快。

 この改革が進めば、こういう料理人になるわけだが、それで胸を張れるのかと問いかけている。それが自分の将来なりたい姿でいいのかと。

 

 

「己の料理に嘘をつくなら、言い方を変えただけでお前達は結局捨て石だよ」

 

 

 薙切薊とは全くの反対意見。

 捨て石じゃないと言い切った薊の言葉を否定し、改革に賛同するなら自ら捨て石になったも同然だと言い切った。

 

 その言葉に、薊の演説に流されそうになっていた生徒達が、思いきり頬をぶん殴られたような衝撃を受ける。そして、甘い毒に内心喜んでいた自分を恥じた。

 

「薙切薊新総帥……先程の改革は、どう進めるつもりですか?」

「っ……そうだね、君達保守派の意見は真向から受け止めると言った以上、同好会やゼミの解体に関しては取り返しがつくよう、すぐに進めるつもりはない。ただ、僕のやり方を知ってもらうためにも、カリキュラムに関してはセントラル中心の授業を始めさせてもらうつもりだ」

「であれば、俺達との交渉の結果が出るまでは、取り返しのつかない運営権を行使するつもりはないということで良いですね?」

「ああ……そういうことになる」

「それが聞ければ、十分です……ではこれで対立派代表としての演説とさせていただきます。それでは」

 

 即興の演説で言いたいことを言いたいだけ言い切った恋は、あまつさえ薊から『取り返しのつかない運営権を行使しない』という言質、このメディアが集まる場で捥ぎ取ってみせた。

 叡山の心配や不安など必要なかったと思わせるくらい、堂々と薙切薊に一発入れて無傷で帰ってきた恋の存在は、まさしく対立派代表たる強烈な印象を与える。

 

 薊が仕掛けた対立派潰しも跳ねのけ、黒瀬恋という料理人は堂々と会場から姿を消した。

 

 




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