結局その後、ももの介抱で一色達の店へとやってきたのは三日目も終盤の頃だった。
一色は別に売り上げに執着していないし、極星寮の皆で店を作ることが最大の目的だから構わないと快く許してくれたものの、それでも時間に遅れたのは事実。
恋は残り少ない時間の中、一色達が何故かホストクラブの様な指名サービスをやっているのを見て、従者喫茶の経験を活かした全力サービスを展開した。
結果、恋がやってきてからおよそ二時間で一色達の店には大量のマダムや若い女性が並ぶことになった。恋が一色の店にやってきたのを聞きつけたのもあるのだろうが、ももの店で稀に見るバズりを見せた後ということもあって、一目見ようと尋常ではない人がやってきた。
幸いにして創真の屋台と違い、この店は極星寮の皆で出している店だった故に人手は足りている。料理を作るサポートは最低限に、恋の給仕能力が全面に発揮される二時間であった。
結果的にやってきた時点で十分な売り上げを出していた一色の店も、恋ブーストによってその売り上げを伸ばすことに成功。
最終的なランキング結果はこうなった。
山の手エリア 一位 茜ヶ久保もも
二位 一色慧
中央エリア 一位 幸平創真
二位 久我飯店
目抜き通りエリア 一位 タクミ・アルディーニ
二位 丼研
午前中のみの営業であってもぶっちぎりの売上一位を獲得した茜ヶ久保ももの店に次いで、一色の店は二位に浮上。
中央エリアでは恋ブーストの反動で全員の消耗が激しかった久我飯店の勢いが落ち、結果創真達の猛追に追い落とされた結果に。
目抜き通りエリアでは出張版トラットリアアルディーニを展開するタクミや、水戸郁美が率いる丼研が躍り出る結果となった。
恋が山の手エリアにいたこともあって、目抜き通り、中央通りでの結果には注目がいく。また山の手エリアという高級志向のエリアで、午前中営業の店をトップにしたこと。一色の店が二位になったことで、恋が手伝った店がワンツーフィニッシュを決めたこと。
それらのおかげで、恋の評判も高まるばかり。
特に、棚から牡丹餅といった感じではあるが、茜ヶ久保ももが倒れた後を完璧に営業したことが最も強く効いている様子だった。サポート能力だけかと思えば、メインで料理を作らせても十傑の店を営業し切る能力があると証明されたからだ。
つまり、黒瀬恋=十傑レベルの料理人という図式が出来つつある
「三日目までは十分、というより想定以上の結果だな」
「ええ、まぁ色々ありましたけどね」
「四、五日目は土日ということもあって、より人が来る。一般階級から、上流階級の人間までまんべんなくな。三日目までの結果で、お前には今月饗祭で一番の注目が集まってる。少なくともお前の発言一つで、それなりの影響力が出る程度にはな……十傑ではない十傑、なんて呼ばれてるくらいだぞ」
「SNSでの通称ですよね? 正直、照れくさいですけど」
そしてその夜、恋と叡山は此処までの結果を見て、最終日まで残り二日のことを話していた。
今回、三日目の収穫で一番大きかったのは、茜ヶ久保ももが自身のSNSを使って大バズリを起こしたことだろう。結果的に黒瀬恋という料理人にSNS上で多くのファンが生まれたのだ。茜ヶ久保ももが一種のインフルエンサーとなって、黒瀬恋をトレンドにのし上げた形である。
「そこでだ、ホラこのアカウントをくれてやる。今日からはお前が管理しろ」
「……勝手にアカウント作ってるじゃないですか」
そして叡山枝津也はその流れを見逃さなかった。
恋には伝えていなかったが、茜ヶ久保ももがSNS上で宣伝していることは確認していたのだろう。月饗祭初日が終わって恋が一つ結果を出した段階で、叡山はインスタやツイッターに恋のアカウントを作成していたのだ。シンプルなフリーメールを制作し、恋の名前で始められたそのアカウントには、三日目が終了した時点で既に十万人以上のフォロワーが付いていた。
「うわぁ、なんか大量のフォロワーがいるアカウント買い取ったみたいで、微妙な気持ちです」
「正真正銘お前の実力に付いてきた数だろ。まぁ茜ヶ久保先輩の力もあるんだろうが……お前、元々アカウント持ってたか?」
「ええ、呟いてはいないですけど、料理人のSNSを見る様に。フォロワーも十人くらいで」
「じゃあそっちは消せ、今日からこっちがお前の本アカだ」
「……了解です、あとでフォローしていたアカウントをフォローし直しておきます」
恋はあまりSNSでは呟いたり写真を投稿したりしない。
SNSを開くときはもっぱら人のツイートを見るために使っており、そのほとんどが大体料理人のアカウントだ。なのに今から十万人以上が注目し続けるアカウントを管理しなければならないという事実に、何か呟かないとダメかななんて少しうんざりした表情をする。
とりあえず未だツイート数ゼロのアカウントで、挨拶程度の文章を投稿しておく。
すると即座に大量の反応が返ってきて、コメントでこの三日間の感想がぶわーっと送られてくる。通知が止まらない様子に、冷や汗すら浮かべた。
「ま、有名人になったSNSなんてそんなもんだ。じき慣れる……明日からはそこにサポートに入る店の事前告知をしておけ。既に評判、発言力、発信力共にお前は十分な存在になっている……あとはどれだけの人に直接その実力を体感させるか、そして心を掴めるかが鍵だ。人間なんてトレンドに集まってくるものだからな、明日明後日はおそらくお前のいる場所に人が集まることになるだろう」
「なるほど……四日目は紀ノ国先輩の店と目抜き通りエリアの店が一つでしたね」
「ああ、出来ればどっちも売上トップを目指したいところだが、無理に目指さなくても良い。現時点で想定以上の結果が出せてるからな、欲を掻いてヘマ打つのが一番最悪だ」
「流石は叡山先輩、引き際もちゃんと心得てるってことですね」
「ふん、この程度が分からない奴が多いから、俺みたいな奴が美味しい思いを出来てるのさ」
叡山が鼻を鳴らしてそう言う。
既に恋の名声を高める作戦はおおむね成功している。これ以上求めても大差はないし、これ以上の名声を月饗祭で得られるのであれば、今でなくともいずれ手に入るのは明白だ。なら無理をする必要もないと、叡山は長期的な目線で冷静に判断しているのである。
恋もその意図を察して、了解の頷きを返した。
協力を依頼した時は正直どうなっていくか分からなかったものの、蓋を開けてみれば恋の実力も叡山のプロデュース能力も互いにとって想定以上。
結果として、黒瀬恋は料理業界に新進気鋭の料理人として名を轟かせることになった。
「それで……例の黒幕さんの動きはどうですか?」
「ああ、月饗祭自体には今のところ影響はない……が、不穏な動きが幾つか見られた」
「不穏な動き?」
「十傑の約半数に対して、奴の手先が接触した可能性がある。例の計画を実行する可能性が高くなってきたな」
「まぁ……俺の排除を秘匿して学園の改革という意図でなら賛同しそうな人多いですからねぇー……主に司先輩とかもも先輩は自分至上主義ですから、自分が料理しやすい環境になるのなら喜々として賛同しそうです」
「ああ、俺もそう思う。お前は十傑の面々と随分親しくなってるが、それとこれとは別の話だ……もし奴が黒瀬の排除を公約として掲げたとしたのなら絶対に賛同は得られないだろうが、それは改革が上手くいった後でもいいからな。まずはこの学園の権力を手に入れることが出来れば、結果として十分おつりが出るレベルだ」
「そうですね」
「だが逆に、奴が今回接触した十傑の面々に黒瀬の排除をほのめかすようなことを伝えているのなら……その時点で計画はご破算――残念でしたってことになるけどな」
そして話題は恋をどうにかして排除しようとしていた例の黒幕の話へと移行する。
恋が月饗祭で話題をかっさらう裏で、叡山は別に動いていたのだ。元々十傑にいたことで計画を知っていたこともあり、十傑達に接触する人間がいないか、人海戦術で監視していたのである。
また入場者のチェックも入念に行っており、この月饗祭で不穏な動きがないか事細かに探っていた。
結果、十傑に接触した形跡を発見。
この月饗祭による学園の一般開放に乗じ、事を起こす気なのだろうと叡山は見ている。黒幕の手先らしき石動賦堂が十傑第十席に就いた時点で、既に十傑の中の何名かは黒幕の手の内に取り込まれているのだろうが、恋の影響は十傑にも及んでいる。
楽観的に見れば、恋の影響を受けて黒幕と手を切る十傑がいてもおかしくはないが……そうもいかないだろうというのが叡山の見解だ。
学園が改革されて十傑がこれまで以上に優遇され、動きやすくなった場合、彼らにとってメリットしかない。
例えば司瑛士や茜ヶ久保ももは恋を欲しがっているので、改革が成功したなら校則やカリキュラムの変動から恋を手に入れやすく出来るだろう。恋と料理をする機会も容易に増やせる。
そして恋のサポートを受けた十傑の実力は寧ろ、改革後に生まれるであろう生徒達の反発心を圧し折る強力な一手になり得るのだ。
「薙切えりなの方は大丈夫なのか?」
「ええ、実は月饗祭が始まってから頻繁にやりとりをしてますよ」
「そうなのか? お前も忙しくしてるし、アイツも店があるだろ」
「まぁ、だから朝と夜にちょっとだけですけどね。彼女の店は最終日に一日手伝うことになってますし、向こうも楽しみにしてくれてるみたいです」
「はーん、まぁ惚気を聞く気はねぇ。お前が薙切えりなとやりとりをしていて不穏な気配を感じていないなら、問題はないんだろう」
「とはいえ、気を引き締めていきましょう。お互いに」
「ああ、いざという時の準備はしてきたからな」
恋と叡山は互いに笑みを浮かべ、これから迫りくる黒幕の計画を圧し折る意志を見せる。この学園を好き勝手にやらせるわけにはいかないし、また黒幕に協力するような十傑ならそれこそ違う意味での改革が必要だ。
その為に、此処まで準備を重ねてきたのだ。
月饗祭然り、それ以前のことも然り、恋は恋で、叡山は叡山で手札を用意している。必要ならば、戦う用意が出来ていた。
「一泡吹かせてやる」
叡山の復讐心は、未だ燃えている。
今回少し短めです汗
イチャイチャしたりシリアスしたり、月饗祭も佳境です!
感想お待ちしています✨
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