ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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六十四話

 初日を終えて、売上ランキングの出た時点では誰も恋の存在など認識していなかった。 

 だが、当然新聞部は優勝候補を押しのけた司や叡山プロデュースの店への取材に走った。叡山枝津也の想定通りに動いたメディアは、確実に叡山と恋の欲していた言葉を引き出すことに成功する。

 

 すなわち、黒瀬恋のサポートあっての一位だったということ。

 

 それはすぐさま紙面のトップを飾り、それは月饗祭での注目を全て恋へと集める力へと変化していく。広がる黒瀬恋の名前と活躍は、生徒達の中にじわじわと侵食していき、その存在感は学年を越えて全校生徒の知るところ。

 

「黒瀬恋の手伝った店が売上一位になるらしいぜ」

「一体何をしたんだ……?」

「さぁな、でもこの店の評判はすこぶる良かったみたいだ」

「第一席はともかく、ほとんど無名だった店も売上一位だからな……明日も同じ場所なのかな」

 

 噂が噂を呼び、全校生徒の中では黒瀬恋の話で持ち切りだった。

 当然だ、二年連続で総合売上一位を取っていた茜ヶ久保ももの店を越えて一位を取ることは、言葉以上の偉業だし、目抜き通りエリアでも注目されていた店があった中で無名の店がトップを取った。

 それが全て黒瀬恋によるサポートがあったからとなれば、彼が一体何をしたのか気になってしまうのは当然なのだ。

 

 とはいえ司の店はともかく、叡山プロデュースの店に関しては恋のサポートもあったが、叡山枝津也のプロデュース力に後押しされた部分も大きい。ようは叡山と恋のダブルパンチでトップへ浮上したのだ。

 まぁ、都合が良いので叡山はこれを全て黒瀬恋の成果として喧伝しているのだが。

 

「黒瀬が手が空いてたらって言ってたのは、こいつか……!」

「凄い、売上一位を取らせるなんて本当に難しいのに……」

 

 そしてそれは当然、久我と勝負をしている創真達の耳にも入る。

 創真達のいる中央エリアのランキングでは久我の店を抜くことは出来なかったものの、手伝った店はちゃっかり上位へと食い込んでいる。恋の活躍は、初日の段階で飛躍的な結果を叩き出していた。

 

 創真は新聞の紙面でソレを知り、恵も黒瀬の偉業に目を丸くしている。

 

「そんなことより、秋の選抜の上位陣が軒並み赤字になっていることについて詳しく訊かせて貰えるかしら!?」

「どうすんだ薙切ィ……発注ミス連発しやがって」

「けれど最終確認は葉山君がするはずだったでしょ!」

「(多分それもお嬢がやるって言ってた気がする)」

「まさかここまで売れねぇとはなぁ」

「あわわ、どうするべ……笑ってる場合じゃないよ創真君……!」

「騒々しい!」

 

 だがそんなことよりも、今この場においては秋の選抜優勝者である葉山を始め、恋と美作を除く選抜上位陣がそれぞれの店で軒並み初日赤字を叩き出したことが問題だった。

 憤慨する薙切えりなの言葉を無視してグダグダと責任のなすりつけ合いをする葉山とアリス。赤字なのにヘラヘラと笑う創真と青褪める恵。

 

 由緒ある遠月の誉れある秋の選抜の名が、このままでは形無しになってしまう。十傑として、また薙切の血統として、えりなとしてはそれが許せなかった。

 

「ともかく切り替えましょう! 今後の売上をどう伸ばすかを考える方が建設的だわ!」

「黒木場、お前の主人をどうにかしてくれ」

「諦めろ……こうなったお嬢はもう止まらない」

 

 それでもアリスはいつも通り自由奔放に振舞っているし、それに振り回される葉山と黒木場はガクッと肩を落としている。

 創真が月饗祭で久我に喧嘩を売るという行動を取って目立ちまくったことで、それをずるいと感じたアリスが汐見ゼミの出店に無理やりメンバー入りしたのが、この三人チームの始まりなのだが、どうやら相性が悪かったらしい。

 

 また創真としても、これからどうするべきかは本気で考えていた。

 恋のアドバイスもあって、初日から胡椒餅に加えて担仔麺を提供していたのだが、結果的には赤字。これは恋が中央エリアでもその腕を振るったことで客が流れたのも影響している。久我の店と恋のサポートを受けている店、二つの店に客を取られた結果だった。

 こうなっては無料提供で客を集めることも視野に入れ、なおかつ集まった人を即座に捌く人員が欲しいところ。それも、創真と同レベル以上の仕事が出来る人材だ。

 

「んー……美作とかにヘルプを頼めたらいいんだけど、俺アイツとあまり関わりないからな」

 

 パッと思い浮かんだのは料理人のトレースが出来る美作昴だったが、創真は秋の選抜で美作と戦ったり、話したりはしていない。ようは繋がりが薄い故に、そんなことを頼める間柄でもなかった。となるとどうするべきか、本気で悩みだす。

 このまま赤字が続けば、間違いなく創真と恵は退学になってしまうのだ。なりふり構ってはいられない。

 

「……仕方ねぇか」

「創真君?」

 

 すると創真は大きく溜息を吐きながら難しい顔を浮かべる。

 美作がダメともなると、タクミや水戸郁美が浮かぶが、彼らも自分の店がある。頼みを引き受けてくれる可能性は低いだろう。

 となれば、創真の知り得る限りでヘルプを頼める人物は一人だけだった。

 

「……黒瀬に、ヘルプを頼むわ」

「……そっか、うん、それがいいかな」

 

 絞り出すように零した言葉に、恵は創真の気持ちを汲んで何も言わずに頷いた。創真としては恋を頼ることだけはしたくはなかったのだろう。此処に来るまでの数々の課題、イベントにおいて、自分の遥か先を行く恋の背中を最も意識していたのは幸平創真だ。

 勿論友人だと思っているし、また、いつかは勝ちたいと本気で思っている。

 

 ライバルとして強く意識しているからこそ、手を借りずにこの苦境を突破したかったと思うのは、仕方のないことだ。

 しかし自分の意地やプライドで恵まで退学にさせてしまうのは、創真には許せなかったのだろう。田所恵と自分の意地を秤にかけて、創真は意地を張るのをやめたのだ。

 

「その必要はないぜ、幸平」

「! ――――美作?」

 

 すると、その瞬間その場に入ってきた人物がいた。

 創真が最初に思い浮かべた人材、美作昴だ。

 えりなが緋沙子を連れて葉山達三人にガミガミと説教をしている光景を背景に、現れた美作に創真は思わず目を丸くする。何故此処に現れたのかと思いながら、立ち上がった。

 

「人手がいるんだろ? 手伝いに来た」

「……お前が俺を手伝う理由なんてどこにもなくねぇか?」

「ま、関係は薄いからな……黒瀬がな、幸平がピンチなら手伝ってやってくれって頼んできたんだ。あいつ、お前と約束してたんだろ? 必要なら手を貸すって」

「あ、ああ」

「思ったより忙しくなっちまったらしくてな、だから代わりに俺をよこしたってわけだ。特に問題ないようなら俺が出張ることもなかったんだが、今日の結果を見る限りじゃ大赤字だったみたいじゃねぇか。だからきてやったんだよ」

 

 それは、黒瀬恋からの助っ人だった。

 恋は約束は守るタイプの人物だ。だからこそ、創真に必要なら手を貸すと言っておきながら、頼まれても手を貸せない状況になったことで、代替案を用意したのだろう。それが恋に憧れを抱いている美作に頼むという手段。

 そしてその美作は恋からの頼みを快く承諾し、こうして創真の所へとやってきたのだ。

 

「……ありがてぇ! お前がいてくれるなら、頼もしいぜ」

「当然だ、俺のパーフェクトトレースを舐めるなよ。明日はお前自身が二人になると思いな」

「とはいえ、黒瀬気を回しすぎだろ。いつ頼まれたんだよ」

「ついさっきだよ。多分黒瀬も売上ランキングを見たんじゃないか?」

「ぐぐぐ……なんか情けを掛けられたみたいで釈然としねぇけど、赤字は事実だから何も言えねぇ……!」

「ッハハハ! まさしくぐうの音も出ないって奴だな」

 

 恋の気遣いに対して複雑な表情をする創真だったが、それを見て美作が笑うと、自分の力不足とはいえより悔しそうな表情を浮かべたのだった。

 悔しさはバネにしてより成長していく創真なら、この悔しさを力にいつか恋に勝負を挑む日も近いのかもしれない。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 そして二日目、意気揚々と自分の店の準備に勤しんでいた創真だったが、そこへ同じく店の開店準備でやってきていた久我照紀が近付いてきた。

 

「やぁやぁ幸平ちん、調子はどう? 昨日の結果を見れば、無謀なことをやってるって分かったっしょ? まだ此処でやるつもりなのかな?」

「ああ久我先輩、胡椒餅食べます?」

「いらねっす☆」

 

 久我としても目の前をちょろちょろと動き回られるのが煩わしいのだろう、創真に対してかなり攻撃的な発言が多い。

 まぁ格下だと思っている一年が無謀にも突っかかってきているのだから、久我としては面白くはないのだろう。現時点で売り上げには天と地ほどの差があるのだ、その自負も自信も当然のものだった。

 

「昨日は夜にもなーんか動いていたみたいだけど、対策は思いついた?」

「ま、ぼちぼちって感じっすね。なんにせよ、まだ勝負はこれからっすよ」

「ふーん……まぁ、好きにやると良いよ。俺の店との格差は絶対に埋まらないけどね……退学にならない程度には、精々頑張るといい」

「久我先輩こそ、油断してると足掬われますよ」

「ご忠告どーも☆ けど今日に限ってはそれはないと思うよ」

「?」

 

 好戦的な久我に対して創真もまた強気に返すが、売り上げの差は歴然だ。創真に何を言われたところで、結果は見えているのだから何も響かない。

 まして初日で赤字を取っているのだ、負け犬の遠吠えとはこのことである。

 しかしそれでも食いついてくる創真に対し、久我はより一層不敵な笑みを浮かべた。

 今日に限っては、その言葉の意味が分からず首を傾げる創真。油断はない、という意味ならば今日に限ってなんて言葉を使うことはないだろう。であれば、初日とは違う要素が今日の久我の店―――『久我飯店』にはあるということだ。

 

 すると、開場したのだろう。ちらほらと客の姿が見え始める。

 

「久我先輩、そろそろ戻ってきてください」

「あいよー、ああそうそう幸平ちん……昨日の新聞見た?」

「―――!!」

 

 それを受けて店長である久我を呼びに、一人の人物が久我飯店から出てきた。

 返事を返す久我は、気分良さそうに創真にそう話し掛ける。

 創真はやってきた人物を見て、目を剥いて驚いた。其処に居たのは、初日でその名を学園中に広めた張本人。

 

 久我は驚いて声が出なくなっている創真を見て、より気分を良くする。

 

「……黒瀬……!?」

「ああ……おはよう幸平。調子はどうだ?」

 

 その衣装はいつもの黒いコックコートではなく、久我飯店のチャイナ風調理服だ。つまり、二日目黒瀬恋が最初にサポートに入る店は―――

 

 

「ってことでぇ! 今日の午前中は黒瀬ちんがウチのサポートに入るから――よろしくねん☆」

 

 

 ―――創真が挑む、『久我飯店』ということだ。

 

 美作の応援は有難いと思っていたところに、その応援を寄越した黒瀬恋が更なる一撃を加えてきた感覚だった。

 居心地悪そうにしている恋を見れば、このタイミングのサポートは意図したものではないのだろう。実際、タイムテーブルを組んだのは叡山だ。恋としては、まさか初日で創真がここまでの大赤字を出すとは想定していなかったのだろう。

 

 少々やりづらそうにしている恋は、頬を掻きながら創真に言う。

 

「まぁそういうことだ……悪いな二人とも」

「…………上等! どうせいずれは超えなきゃいけない壁だしな、この際二人纏めて相手してやる!!」

「俺がいるのは午前中だけだけどな」

「くそったれ!! やるぞぉ田所!」

「う、うん」

 

 最早ピンチに次ぐ大ピンチでやけくそ気味の創真は、ずんずんと自分の屋台の中へと去っていく。恵も恋に軽く苦笑を漏らしながら、その背中を追いかけた。

 

 気付けば久我は店の中へと戻っていたらしく、その姿はない。

 取り残された恋もまた久我の店へと戻っていく。

 

「……明日は時間があるし、幸平の店を手伝いに行こうかな」

 

 少しの罪悪感を抱えながら。

 

 

 

 

 




恋君、鬼畜! と言いたいところですが、叡山先輩ならこの状況を読んだ上でタイムスケジュールを組んだ可能性もなきにもしもあらず。

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