ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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六十三話

 そして、いよいよ始まる月饗祭当日。

 各々の店の準備も十分に整い、あとは全力で客を呼び、料理を振舞う五日間を生きるのみ。全校生徒が一ヵ所に集まって、開会式を行っていた。

 仙左衛門の挨拶が終われば、流れる校歌の伴奏。

 創真は全員が歌えることに驚いていたが、一番は同じ編入生である恋も歌えていたことだろう。流石というべきか、歌詞を覚えてはいないらしく歌詞カードを用意してきていたのだ。

 校歌斉唱中、恋は歌いながら創真に予備の歌詞カードを渡してきたが、そもそも音程を知らない創真に歌えるはずもない。

 

 創真は黙って、悟った表情のまま口パクを決行した。

 

 という感じで始まった月饗祭。

 極星寮で出す店も、創真の出す屋台も、久我の出す店も、その他入学して恋が知り合った友人たちがそれぞれ出す全ての店が、営業を開始する。

 

「司さん……約束、忘れないでくださいね」

「……ああ、分かっている」

 

 久我と司のそんな会話が掻き消されるほどの、喧騒と共に。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 以前も確認した三つのエリアは、それぞれ場所を異なって営業しているわけだが、その相場はおおよそ以下の通り。

 

 目抜き通りエリア 一食およそ500~1000円

 中央エリア 一食およそ1000~5000円

 山の手エリア 一食およそ5000~∞

 

 山の手エリアの相場は、一般庶民であれば中々手を伸ばしづらいほどの高級店ばかり。∞ってなんだとツッコみたくなるが、掛けようと思えば幾らでも値段を吊り上げることが出来るのだろう。

 なにせこの場所には十傑のほぼ全員が店を構えているのだ。遠月のトップ層が集まるこの場所に、美食家達の期待は大きく寄せられている。

 

「司先輩、こっち完成です」

「よし、次を頼む」

「はい」

 

 そんな中、恋は月饗祭開催直後―――司瑛士の店でその手腕を振るっていた。

 司の構える店はあえて薄暗くデザインされた、テーブルも三つしかないような小さい店だ。中央でスポットライトに充てられた厨房が鎮座し、恋と司がそこで調理をする。

 白髪銀眼の司と、黒髪金眼の恋。

 二人の白と黒が互いに邪魔をせず、狭い範囲で調理を進めていく様はまるで舞踏を見ているようで、料理を振舞われることも忘れて見入ってしまう。

 

 既に三つ全てのテーブルが埋まっており、全員が業界では名の知れた美食家達だ。

 開催した今、現遠月第一席の料理を味わいにきたのだろう。どうせなら頂点の料理を食べたいと思うのは、美食家ならば当然の発想だ。

 だが彼らとしても驚きだったのは、恋の存在だろう。

 秋の選抜を見に来ていた者は知っているが、まさか第一席がサポートとして起用するほどだとは予想も出来なかったらしい。

 

 見ているだけで分かる、その調理技術の鮮やかさ。

 簡単そうにこなしているその工程の一つ一つに、大木の如き積み重ねを感じ、鳥肌すら立つ。

 

「お待たせしました―――どうかお口に合いますように」

 

 そしてサーブされるその瞬間まで、自分が料理を食べにきたことすら忘れてしまっていた。コト、と小さな音と共に目の前に置かれた料理を見て、一瞬どうすればいいのか分からなくなる。

 ハッとなって料理が振舞われていることを理解し、自分達の本当の目的を思い出すと、食器を手に取って目の前の皿に意識を向けた。

 出されたのはフランス料理では定番ともいえる彩り野菜のテリーヌ。

 野菜料理の魔術師とも呼ばれる四宮小次郎が最も得意とするジャンルだが、恋のサポートを受けて司が作ったその料理も、決して引けを取ることはない。

 

 一口、その料理を口に入れる美食家達。

 

「―――」

 

 瞬間、彼らの頬にはつーっと一筋の涙が零れた。

 口の中に広がる、食材達の生命と、生きていた頃以上に躍動する脈動を感じ、幻視した景色はまさしく楽園。美しさと儚さを体現したような、そんな命の尊さが此処にあった。

 

 味を感じる以上の感動で心臓が大きく高鳴る。

 こんなにも生きることが尊いのだと、思考ではなく感覚として理解させられた。

 悲しくもないのに、躊躇する暇もなく涙が流れたのは、彼らにとって確かな感動があったことの証明。

 

「―――……素晴らしい、これが現遠月第一席の料理か。かつての堂島シェフにも劣らぬ一皿だ」

「確かに……寧ろ超えているのではないか?」

 

 そして二口、三口と食べ進めるにつれ、冷静な分析が出来るようになる。

 この遠月における史上最高成績保持者である元第一席、堂島銀の料理がかつて遠月で出した料理とも比べて、引けを取らぬと判断する者も多かった。

 

 だが、司はその評価に恐縮ですと返しながら、ですがと続ける。

 

「今日の料理は、僕一人では作れない料理なんです。あちらの黒瀬のサポートがなければ、今召し上がられた料理の感動は半減していたでしょう」

「なんと……それほどなのか? 彼の力は」

「ええ、現状遠月学園で最も高い調理技術を持つのが彼です。次の第一席は彼だと言われても、僕は驚きません」

「なるほどな……未来が楽しみだ」

 

 司の言葉に驚く美食家達の興味が、黒瀬恋へと向けられる。

 これほどの感動を生む料理を作り上げる司が、ここまで推す料理人。気にならないわけがなかった。秋の選抜で恋を見た者は彼が味覚障害者だということも知っているが、それでも彼の実力には舌を巻かざるを得ない。

 

 司と恋の目が合う。

 司がふと笑みを浮かべると、恋は軽く会釈を返した。

 

 

 そしてここから―――黒瀬恋の名前は飛ぶ鳥を落とす勢いで急激に広がっていく。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 月饗祭の開催前日の夜――恋は叡山枝津也の私室にて当日から最終日までの流れを確認していた。恋の目的と、叡山の復讐を同時に進める作戦は、この二人の力があれば十分に実行可能。

 恋の目的は、将来の為と、現状自分に付きまとう黒幕への対抗手段を得る為の、ある種名声を手に入れること。

 彼自身は別に目立たなくても良いが、なまじ一年最強と囁かれていることも知っているし、調理技術においては遠月一と司を始めとする多くの料理人に認められてもいる。ならばそれ相応の名声とそこから波及する発言力を手に入れることは、後々自分を守ることに繋がると考えたのだ。

 

 そこで、この月饗祭で叡山のコンサルティング能力を頼った。

 

「まずは開催初日―――司瑛士の店でサポートだ。第一席の店だ、最終日は予約も殺到するからな……おそらく事前予約で初日に予約を入れているのは、美食家の中でも目抜き通りや中央エリアには見向きもしない、より美食家志向の奴らが来る。そういう奴らの人間性はともかく、発言力、発信力ってのは馬鹿にならない。こいつらの舌を掴めば、高級志向の奴らにはお前の名前は一気に拡散されるだろう」

「なるほど……」

「そしてその拡散力は、時間が経てば最終的に庶民層にまで届くようになる。月饗祭が終わって尚お前の名前は少しずつ広がっていくはずだ」

「流石は第一席の店……司先輩が快く引き受けてくれて良かった」

 

 作戦は単純、現状黒瀬恋の持つ最たる手札であるサポート能力を活かした、月饗祭での売名である。

 第一席の店を皮切りに、恋はこれから五日間多くの店でのサポートをすることになっていた。そしてその中には、叡山のプロデュースする店も幾つか入っている。

 

 更には――

 

「正直、驚いたけどな……第一席司瑛士の店だけじゃ飽き足らず……第四席茜ヶ久保もも、第六席紀ノ国寧々、第七席一色慧、第八席久我照紀、第九席薙切えりな……これだけの店のサポートの約束を取り付けてきたってのは……」

「いえ、紀ノ国先輩以外は皆知り合いでしたし、もも先輩とえりなちゃんに関しては向こうからお誘いいただいていたので」

「つかその紀ノ国にはどうやって約束取り付けたんだよ」

 

  ―――恋は、十傑の約半数の店にサポートに入る約束を取り付けていた。

 

 叡山としては自分の協力なんているのかと思わざるを得ないのだが、それくらい黒瀬恋という人間のコミュニケーション能力の高さは正直驚愕を禁じ得ない。

 ほとんどが知り合いだったからといって、ならば紀ノ国寧々はどうやって口説き落としたのかと訊いてみれば、恋から帰ってきた返答は更なる驚愕を叡山に与えた。

 

 

「それは勿論―――食戟で」

 

 

 一瞬、驚きに思考が止まる。

 

「!?!? お前、アイツと食戟して勝ったのか!?」

「まぁ……一応。といっても、アレは状況的にも色々俺に有利だったので、料理で勝ったとは言えませんけど」

「マジかよ…………まぁいい、とにかくこれだけの十傑メンバーの店で名前を売ることが出来るのはデカい。五日間の中でタイムスケジュールを割り振ったが、向こうには伝えてあるな?」

「ええ、この日のこの時間に行きますと各人に伝達済みです」

「よし……その上で、俺のプロデュースする店が数店と、目抜き通り、中央でも数店、手伝える時間は限られるが、これもタイムスケジュールに割り振ってある。かなり忙しくなるし、作る料理ジャンルも変化するから体力の消耗は激しくなるが……大丈夫なのか?」

「ええ、四宮シェフの所で、スタミナだけは鍛えられたので」

 

 不敵に笑う恋に、叡山は頼もしいねと言いながらハ、と笑いを返した。

 なんにせよ協力者がこれだけの結果と実績を引っ張ってこれる人物であるのなら、叡山としてもやりやすいし、やりがいもあるというものだ。

 

 タイムスケジュール表を恋に渡すと、今度は別の話を始める。

 

「だがただ店の手伝いをするだけじゃあ意味がねぇ……人づてにお前の名前は伝わるかもしれねぇが、全ての店で確実にお前の印象を残す手段がいる」

「というと?」

「月饗祭では毎日、各エリアの売上ランキングが新聞で出回るし、一日毎に決まった時間で行われる放送でも、その名前は発表されるんだ。つまり、お前が手伝った店でこのランキングを軒並み席巻しちまえば―――お前の実績は手伝った店側に証明される」

「店側に?」

 

 首を傾げる恋に、叡山はにやりと笑みを浮かべた。

 

「そうだ、例えばスポーツでもいい。優勝候補たちを軒並み押しのけて、無名の奴が優勝した時……お前はどう思う?」

「……どうやってその結果を得たのか気になりますね」

「その通り……つまり、放送や新聞――メディアにとっては美味いネタになる。確実にそれらの店には新聞部などの取材が入る……そこでそいつらはこう言うんだ」

 

 

 

 "―――黒瀬恋のサポートがなければ、こんな結果は出せませんでした"

 

 

 

「!」

「初日でこの言葉が引き出せたなら最高だ。二日目、三日目に黒瀬恋のいる場所は注目を集め、そこに人が集まるようになる。そして毎日売上ランキングに変動が起こせたなら、お前の実力は客にも周知の事実となるだろう」

「……なるほど、流石は叡山先輩。経営のこととなると凄まじいプランニングですね」

「こんなのはプランニングなんて言わねぇよ。お前の馬鹿みてぇな調理技術とサポート能力がなきゃ成立しないんじゃ、こんな賭けみたいなプランは絶対に立てない」

「逆を言えば、この賭けに勝算があると思ってくれたってことでしょう?」

「……ま、事前にお前のサポート能力を見せて貰ったからな。お前の力は俺自身が良く知ってる」

 

 恋の苦笑に叡山は少々居心地の悪いむず痒さを感じながらも、偏屈にそう返す。

 実際、叡山が挙げた十傑メンバーとは別に、叡山自身がプロデュースする店のサポートを彼が許している時点で、叡山が恋のことを認めている証明だ。賭けの様な作戦も、恋の力があれば成立すると確信しているからこそのこと。

 恋は叡山からの信用を理解して、より一層気合いを入れた。

 

「期待には応えますよ、全力で」

「ああ、そうしてくれ」

 

 翌日、叡山の想像以上の結果を出すことなど、予測もしないままに。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 初日午後から恋は司の店の他に、目抜き通りと中央合わせて三つの店をサポートした。内二つは叡山のプロデュースする店。一つは恋が個人的に知り合いだった二年の周藤怪、極星寮では丸井善二が所属する宮里ゼミの出していた店。

 

 そしてその夜、初日の結果が出る。

 

 山の手エリア売上ランキング――――一位 司瑛士

 中央エリア売上ランキング―――――一位 久我照紀

 目抜き通りエリア売上ランキング――一位 叡山プロデュース店

 

 結果的に、三つのランキングの内久我照紀の店を除き、二つの店を売上一位へと押し上げることに成功したのだった。

 

 

 




この結果は叡山先輩の持つ事前宣伝能力で広まった大きな期待に、恋君が応えきった結果です。
異なる方向で飛び抜けた能力を持つこの二人が組むと、店舗経営においてかなり強力なコンビになりますね!

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