ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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五十八話

 さて、スタジエールも終わり、一年生の間にも十傑第十席が変わったことが知れ渡った頃。すっかり秋となって、赤に黄色にと鮮やかに姿を変えたいた紅葉が美しく、食欲の秋ということもあって料理学校である遠月学園でも、そのモチベーションやテンションは緩やかに上がっているようだった。

 そんな中、秋の恒例行事として一年の中でも実力上位勢と十傑全員との交流の機会が設けられこととなる。

 

 遠月学園秋の恒例行事―――『紅葉狩り』である。

 

 紅葉に包まれた場所に設置された会場で、主に秋の選抜本戦を戦ったメンバーと十傑の面々が交流を持つこの行事。一年側は今年の選抜優勝者である葉山アキラを筆頭に、黒瀬恋、幸平創真、黒木場リョウ、薙切アリス、田所恵、新戸緋沙子、美作昴、タクミ・アルディーニ、そして薙切えりなを加えたメンバー。

 そして対する十傑側も勢揃い。

 

 遠月学園十傑評議会。

 

 第一席 司瑛士

 第二席 小林竜胆 

 第三席 女木島冬輔

 第四席 茜ヶ久保もも

 第五席 斎藤綜明

 第六席 紀ノ国寧々

 第七席 一色慧

 第八席 久我照紀

 第九席 薙切えりな

 第十席 石動賦堂

 

 この十名が、現在遠月学園の頂点である十名。そう聞いたからかもしれないが、やはり目の前にするとオーラを感じてしまうし、上級生ということもあって一年側にも少々の緊張感があった。

 

「今年の一年は多少知った仲だから、去年よりは気楽かな」

「おー、確かに司と黒瀬は一緒に料理した仲だし、選抜の一件で大体顔見知りだもんなぁ」

「そうだな、黒瀬と話すのは正直心が休まるから助かる」

「じゃあ司は黒瀬と少し離れたところに座ろうな。交流会なんだから話したことない下級生と交流するのが上級生としての気遣いってもんだぜ! 黒瀬も協力してくれよな」

「り、竜胆……俺を殺す気か……? 」

「まぁ、俺はいいですけど」

「離すにしても、せめて真ん中くらいの距離にしてくれよ……」

 

 座敷席だったが、座る場所を決める際は竜胆がそんなことを言って勝手に席を指示したので、十傑側は席次順なので自動的に司が一番上座の端に座らされた。そして対面には優勝者である葉山が座り、本来ならその隣に恋が座るべきなのだろうが、黒木場、アリスを挟んで恋が座ることに。

 司としては恋とゆっくり話す良い機会だと思っていただけに、少し肩を落としているのが印象的である。

 

 そうして始まった交流会としての紅葉狩り。全員の前にはお膳でお茶菓子とお茶の入った湯呑が置かれ、思い思いの時間を過ごす。

 

「―――」

「―――!」

 

 静かな空間で会話が盛り上がるようなことはないが、度々言葉が交わされることもあり、特に一色や竜胆なんかは一年生との交流を楽しんでいる様子。

 話している光景があると緊張感も和らぐのか、場の雰囲気的には決して悪い空気ではない。司も、竜胆の助けもあるが、葉山が会話をリードするように質問を投げかけたり、アリスがぐいぐい発言することで大分会話に参加することが出来ていた。

 どうやら、概ね交流会としての目的は為されているようである。

 

 しかしそんな中、恋はというと、対面に座る少女からの視線に、少し困惑していた。

 

「……」

「……」

 

 じぃーっと視線を送られることで、恋は何かしたかと思うものの、ただ興味本位で観察されているらしいことを察し、どうしたものかと頬を掻く。

 大きなぬいぐるみを抱きしめながら、じっと見てきているのは、十傑第四席茜ヶ久保ももである。身長140センチという小柄な見た目の可愛らしい少女だが、これで三年生。敬意をもって接するのは当然だが、何故こんなに視線を送られているのか分からないのでどう接したものか迷うのは当然だろう。

 

「ええと、茜ヶ久保先輩。なにか?」

「……黒瀬恋って名前、可愛いね」

「え」

「響きも綺麗だし、恋って文字が可愛い」

「ああ……ありがとうございます。茜ヶ久保先輩の名前も可愛らしくて素敵だと思いますよ。もも、とひらがななのも音の響きも先輩にぴったりです」

「……恋にゃんは分かってるね、改めて、茜ヶ久保ももだよ。こっちはブッチー」

「黒瀬恋です、よろしくお願いします。ブッチーさんも」

 

 恋の名前を可愛いと褒めるももに、恋は苦笑を返しながら褒め返した。それに気を良くしたのか、ももはむふーっと鼻息を漏らして恋に自己紹介をする。接した感触では人見知りというか、あまり他人に心を許さないタイプの人間のようだが、恋の包容力を以ってすれば打ち解けるのは早かったらしい。

 まして恋は人の感情の機微に聡い。

 ももの機嫌の上下を表情や声色、瞳から汲み取って、上手に気持ちよく話をさせている。恋にとってはコミュニケーションが苦手な者が相手だろうと関係ないのだ。そもそも幼少期から高慢ちきだったえりなと上手に会話をすることが出来ていたし、学園に来てからは色々と我の強い生徒達と巧みに親交を深めている。

 

 恋のコミュニケーション能力は既に遠月の頂点だった。

 

「出来ればもも先輩って呼んでも良いですか?」

「うん、もももそっちの方が好き」

「ありがとうございます。もも先輩はお菓子作りのスペシャリストだと伺ってますけど、SNSもやられてますよね?」

「え、うんやってるよ……見てくれてるの?」

「料理関係の情報は色々チェックしてるので……ほら、もも先輩のインスタもフォローしてます」

「ほんとだ……えへへ、ありがとね」

 

 二人の会話を横から見ていた司は、恋のコミュニケーション能力の高さに恐れおののいていた。

 恋はももが提示した名前という話題から、下の名前呼びまでの最短距離を爆走し、更には相手の得意な話題を提示した上で自分がそこに興味があるという意思表示を的確に示してみせたのだ。もっと言えば、もものインスタをフォローしていることを教えるために、スマホを見せるという自然な流れで物理的な距離まで近づいている。しかもそれが一切わざとらしくなく、他人に対して常に壁を作っている茜ヶ久保ももという人物を知っているが故に、彼女が警戒心を露わにすることなく初対面の人間と接している姿が驚愕だった。

 

「あ……」

「? どうしました?」

 

 すると不意にももが恋と距離が近いことに気が付いたのだろう、小さく声を発した。

 それを聞き逃さなかった司は内心でほくそ笑みながら、冷や汗を拭う。

 

「(そう、茜ヶ久保……お前は人見知り(こちらがわ)の人間の筈だ……他人に対してその距離感は耐えられない……!)」

「司、なんでお前無駄にシリアスな顔してんだ?」

 

 このままではこの状況で人見知りをしているのが自分だけになってしまうことを恐れたのか、司は気が気でない様子でももの様子を伺っている。

 だが、恋が追撃とばかりに柔らかく微笑み、スマホの画面でももが作ったスイーツの一つを指差した。指し示されると見ないわけにはいかず、ももは距離を取るタイミングを失ってしまう。

 

「中でもこのお菓子が一番印象的で……個人的にはこれが一番可愛いなって思ってるんですけど」

「それ、今までで最高傑作のやつ……この時はかなり調子が良くて、色々凝ったんだ」

「このワンポイントで付けられたトランプ柄の模様とか素敵ですよね。全体の雰囲気を上手く底上げしていて、ストロベリーとブルーベリーの色の対比ととてもマッチしてます」

「! そうなの、これは不思議の国のアリスをテーマに作っててね……ちょっと貸して……ほら、こっちの写真は反対側も映ってるんだけど、こっちにはウサギをモチーフしたケーキがあって」

「なるほど……あれ? この配置もしかして上から見たら時計みたいになってますか?」

「!! そう! 上からは撮ってないのに、よく分かったね」

「なんとなく想像したらそうかなって思いまして……色々な工夫があって凄いですね」

 

 すると恋がインスタに上がっているもものお菓子写真の中から選んだのは、ももにとって最高傑作だったお菓子だったらしく、そこから彼女のテンションもグンと上がったのが分かった。

 勿論偶然ではない。

 恋はお菓子の完成度もそうだが、自撮りなので一緒に映っているももの表情から、一番良い顔をしている写真を選んだのだ。結果それは当たっていたらしく、ももは恋の言葉にわかってんじゃんコイツ! とばかりに言葉が饒舌になっていく。

 コミュニケーションが苦手な者にはありがちだが、打ち解けてくると饒舌になっていくタイプらしい。

 

「(何をやってる!! 距離が近いぞ茜ヶ久保! それじゃまるで俺一人が日陰者みたいじゃないか!)」

「なぁ司、涼しい顔で何思ってるかはわかんねーけど、多分超くだらないこと考えてるだろ」

 

 話していると恋に対する心の壁がなくなって、ももは距離が近いことなど気にならないくらいに、ぐいぐいと恋に自分のお菓子に対する話を饒舌に語り出す。自分のスマホを取り出すと、これもあれもとインスタには上がっていない写真を見せて楽しそうに話していた。

 司はそんな彼女の姿を見て、頭を抱えたくなった。

 黒瀬のコミュニケーション能力の高さは自分も体感したものの、まさかこれほどとは思っていなかったのだ。というか、流石にここまでコミュニケーション能力が高かっただろうかと疑問すら覚えるレベルである。

 司は知る由もないが、従者喫茶での経験が此処で爆発しただけだ。

 

 スマホを見せるために恋にくっつくももは、高揚した様子でついには恋の目を見て話しだす。目が合った時に一瞬我に返ったものの、恋が笑みを浮かべながら興味深そうに聞いてくれるのを見ると、安心したようにまた話を続けていく。

 恋は既に話を展開したりはしていない。

 ももの話に対して相槌を打って、時に質問を挟みながら聞き役に徹している。それでも会話が途切れないのは、ももが恋に次から次へと話を展開しているからだ。

 

「やばいな黒瀬……三年の先輩相手に、しかも初対面の異性にあんな距離感で話すとか俺には出来ないぞ」

「いや美作、お前のストーキングも相当やばいからな?」

「つれないこと言うなよアルディーニ、お前も結構素質あると思うぜ」

「心から放棄したい素質を提示してくるな!」

 

 そうしていると、この交流会の中で恋とももの会話が一番盛り上がっている光景になっていく。自然と周りの視線は彼らに集まり、見た目で言えばまるで兄が妹の自慢話を優しく聞いているかのような二人に、各々色々な感情が浮かんでいた。

 美作の感想に対してタクミが反応するも、ストーキングし、された二人特有の会話が展開される。やや緊張していたものの、いつもの調子を取り戻していく一年生達に、十傑側の上級生たちも若干肩の力が抜けた様子だ。

 

「っ……っ……っ……!」

「えりな様、お顔が、お顔が不味いことになってます」

 

 だがその中で、恋の隣に座っていた薙切えりなは、恋ともものやりとりにガクガクと身体を振るわせて目を剥いていた。嫉妬やら焦りやら不安やら怒りやらで混沌とした表情を浮かべている。

 緋沙子がそれに対して諫める様な言葉を投げかけるも、えりなの耳には入っていないらしい。ももがスマホを見せるために恋の腕にぴったりくっつく度、えりなのこめかみに青筋が入る。

 

「(近いわ! 茜ヶ久保先輩分かっててやってるのかしら……!? あれはもう胸を押し付けてるようなものじゃない? いや茜ヶ久保先輩のスタイルではパッと見た感じさほど気にならないのかもしれないけれど、男性側からすれば胸は胸よね?)」

「えりな様、百面相してます」

「(恋君もあんなに顔を近づけて、人たらしにも程があるでしょう!? 器大きすぎないかしら!? 何、パーソナルエリアがないの? 恋君の距離感オールフリーなの?)」

「えりな様、何を考えているかわかりませんが、戻ってきてください」

 

 司のようにぐちゃぐちゃと目の前の光景に心を乱されるえりな。

 そんなえりなの姿に気付いたのだろうか、ももはえりなの表情と恋を交互に見てから、えりなに対してふっと笑って見せた。まるで敗北者を見下すようなその笑みに、ピキッとえりなの中で何か嫌な音が聴こえる。

 

「そういえば……恋にゃんはお菓子、作るの?」

「ええ、もも先輩ほど専門的じゃないですけど」

「そうなんだ……じゃあももがお菓子作りを教えてあげる」

「本当ですか? 光栄です」

「このあと空いてる?」

「ええ」

「じゃあこのあとももの専用調理室で一緒にお菓子作り」

「わかりました、楽しみにしてます」

「ももも楽しみ。ももが誰かとお菓子をつくるなんて滅多にしないんだから、自慢してもいいよ」

 

 あっという間に二人きりのお菓子作りが決まっていくのを見て、最早止められない勢いに誰も口を挟めない。

 もっと言えば、恋のサポート能力を知っている人間からすれば、コレはフラグ立ったと思わざるを得ない。具体的に言えば司や竜胆、緋沙子あたりである。

 

 そして、まるで旧知の仲の様に親密な距離感で話を続ける二人のやりとりは、結局創真が十傑の座を賭けて誰か食戟してくれないかと言いだすまで続いた。

 

 

 ちなみに創真の食戟は全員に断られた。

 

 

 




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