五十七話
スタジエールを終えて、合格した一年生達が遠月学園へと戻ってきた。
そして、既に一年生であってもスタジエールという現場を生き抜いた時点で、その実力は最早二年生と戦える領域であることを証明出来たも同然。帰ってきた恋達一年生の中には、二年からの食戟を申し込まれる生徒も多かった。
極星寮の中でも幸平創真はその申し込みの数が多く、帰ってきて早々に食戟を連発する始末。まぁ、丼研での騒動や選抜準決勝でも注目を集めたのだ、それも当然と言えた。
と言っても、これが創真の実力を認めたが故の挑戦なのかは分からない。
幸平創真という料理人は、元々大衆料理の定食屋出身という肩書から遠月学園では見下されてきた料理人だ。食戟で勝利しようと、強化合宿で生き残ろうと、選抜で準決勝に出ようと、彼の実力を認めたくない者は未だに多い。
だからこそ、スタジエールから戻ってきた段階で、二年の中に幸平創真を叩き潰そうとする意志が働いた結果の食戟とも言える。選抜では黒瀬恋を潰そうとする動きがあったから隠れていたものの、本来一年の中で問題視されている生徒と言えば幸平創真が真っ先に上がるのである。
無論、彼を強者と認めた者も、それはそれで挑んできているのだが。
しかし、帰ってきた幸平創真は、最早選抜準決勝の時とはその実力を大きく成長させていた。
「お粗末!」
「ぐ、ぅぅ……!」
極星寮に帰ってきて早々に食戟を行った創真は、二年の甲山鉄次を圧倒的な実力差で打倒してみせたのである。
遠月リゾートで各国様々な料理技術を叩きこまれ、その発想力の幅を大きく広げた創真は、今や選抜準決勝の時とは別人。遠月学園では当たり前の様に持っている筈だった知識と技術を身に付け、その技術を現場で研ぎ澄まし、そして超一流の料理人の料理を丸一日ずっと盗み見てきた彼の実力は、最早並の二年生では到底太刀打ち出来ないレベルへと到達していた。
「えーと、他に俺に果たし状出してくれた先輩方って、います?」
「私出した」
「俺もだ」
「じゃあ今からやりましょうよ、ね? いいでしょ?」
そして観戦していた生徒の中から更に果たし状を出した二年を見つけると、その場で食戟を開始。その全てを蹴散らしていく。
「この際だから言っておきますけど、俺に食戟を挑む上で果たし状とかそんなまどろっこしいもん大丈夫っすよ。いつ何時、誰からの食戟でも受け付けるんで……そこんとこよろしくっす」
そう言って突きつけるのは、自分自身が誰にも負けないという確固たる自信と覚悟。定食屋の倅と思うなかれ、たかが大衆料理店の人間と思うなかれ、この幸平創真はこの遠月において玉となり得る資質の持ち主である。
彼をただの凡人だと、実力を認めずに挑むのであれば、その時点で負けている。
スタジエール期間で少し髪が伸びただろうか、やや大人びた風格を纏いだした創真の姿は、見る者が見ればかつての才波城一郎を想うかもしれない。
会場を騒然とさせながらその場を後にする創真。
その足の向かう先、会場出口には、同じく帰ってきた恵達極星寮の面々が驚きの表情で立っていた。
「お、皆久しぶりだなぁ、全員合格したようで良かったぜ」
「呑気な事言っとる場合かーーー!! 幸平アンタ帰ってきて早々なにしてんの!?」
「いやぁ、帰ったら極星寮に俺宛の果たし状がこんもりあってよー。ハハ、燃えちまったわ」
「燃えちまったって……無茶苦茶な」
その面々に笑いかけた創真だったが、吉野がテンション高くそこにツッコミを入れる。
スタジエールはそれぞれにとっても難関だっただけに、それをクリアしてホッとしていた。なのにそれが終わって早々食戟をやらかす創真に、付いていけなかったのだろう。
創真がそれに対してヘラヘラと笑いながらなんのことはないとばかリの反応を返すと、吉野達は勢いを失くしてがっくりと呆れた表情をする。
「あれ、黒瀬はいないのか?」
「ああ……黒瀬君なら、なんか寮に彼宛に呼び出しがあったみたいよ?」
「そうなのか……まぁ、無事極星寮全員クリアしたみたいで良かったわ」
「……ま、そうだね!」
創真はこの場に恋がいないことに疑問を抱いたが、そこは別途呼び出しがあったらしく、榊がそれを説明すると納得した様子。
なんにせよ、スタジエールを乗り越えて全員また集まれたことを喜んだのだった。
◇
一方、創真達同様スタジエールから帰ってきた薙切えりなは、何でもないような表情を装いながらある場所へと向かっていた。凛とした佇まいを崩さず、まっすぐに目的地へと向かう。
そう、黒瀬恋に会いに行くのである。
凛とした表情ではあるが、その瞳にはどこか喜びの色があった。およそ半月ぶりに恋に会える日が来たのだから、当然と言えば当然なのだろうが。
極星寮に到着すると、恋は校舎裏へ呼び出されて出て行ったと言われたので、現在はそこへと向かっている。誰に呼び出されたのかは分からないが、スタジエール直後の一年には度々食戟を申し込む者がいると聞いてはいたので、おそらくはその類だろうと思っていた。
「(まぁ恋君なら早々負けはしないでしょうけど、わざわざ校舎裏なんて人気のない所に呼び出しなんて……っ!? まさか、告白!?)」
えりなの足が少し速度を上げた。
食戟の話かと思っていたが、よくよく考えたら一般に高校生活で校舎裏や体育館裏に呼び出しと言えば、告白か不良に絡まれるの二択である。勿論フィクションの話だが。
えりなは恋愛漫画を最近よく読んでいたので、もしかしたら告白の呼び出しかもしれないと考えてしまう。
「―――」
背筋に走る冷や汗を誤魔化しながら、校舎裏に到着すると、なにやら話し声が聞こえてきた。ドキッとして、忍び足に近づき、こっそり影から覗いてみるえりな。
すると、そこには恋の後ろ姿とそこに向かう合う大柄の男の姿があった。どうやら告白という雰囲気ではない様子に、えりなは内心ホッとする。
だが、その男の顔を確認して見覚えのある顔に眉を潜めた。
「新、十傑第十席?」
「そうだ……叡山枝津也の失脚を受けて、薙切えりなは十傑第九席に繰り上げられた。その結果空いた十傑第十席に……この俺、石動賦堂が就くことになった」
其処に居たのは、入学以前に顔を見た程度であったが、元十傑第十席に就いていた料理人。二年生の石動賦堂その人だった。
話を聞いてみると、どうやらスタジエールに行っている間に十傑第十席の後任が見つかっていたらしい。これから一年生にも周知されるのだろうが、えりなとしても納得できる人選だった。
石動賦堂。
彼は現二年の中では唯一一年の内に十傑入りした逸材である。
現在の十傑には叡山枝津也を除き、久我照紀、紀ノ国寧々、一色慧と三名の二年生がいるが、彼らは二年に上がった際、旧三年生の十傑勢が卒業した後の空枠に収まる形で十傑になった面々なのだ。
故に、この石動賦堂という料理人は現行二年生の中でも早咲きの料理人だった。
彼は秋の選抜でも決勝に進み、一度はあの久我にも勝利を収めているほどの料理人である。少なくとも、秋の選抜の時点では当時同学年で最強の名を欲しいままにしていた男だ。
「一年の時は最強と呼ばれてもいたが、当時一色や紀ノ国はさほど熱を感じさせない料理人だったからな……俺自身は自分をそう高く評価してはいない。あいつらの本気は、未だ未知数だからな」
「秋の選抜でも勝負は着かなかったと?」
「そうだ、久我は好戦的な奴だからまぁ本気だったと思うが……一色や紀ノ国に関しては選抜での順位など興味はない様子だったからな……そこそこの結果が出せれば良かったんじゃないか。とどのつまり、一年を経て尚、現二年の序列は明確になっていないのが現実だ。実際、二年に上がった段階で俺は十傑の座から落ち、遅咲きの久我達は俺よりも上の座に座ったからな」
「……それで、再度十傑になった石動先輩は俺に何の用ですか?」
自己紹介から二年のヒエラルキーに関して図らずも知ることになった恋は、本題に入ろうと話を促した。
正直な話、今の二年生の中で誰が一番実力があるのかなど、恋にとってはどうでもいい話だ。十傑の序列で言うのなら紀ノ国寧々が二年最強ということになるのだろうが、石動の話を信じるのなら一色慧は本気を出していないとのことだし、久我とて得意分野で勝負するのならその腕は他の追随を許さない。
元々二年に上がった段階で空いた枠に座れず十傑落ちした石動は、実力的に今の十傑二年の面々に劣るのではないかとも思うが、最終的には全員倒して第一席に座るつもりなのだから、恋にはなんら関係のない話だ。
石動はすまない、と挟んでから本題に入る。
「そういうわけで十傑第十席に就いたわけだが、十傑内でも最下位であることには変わりはない。一度十傑第十席を追われた俺が再度この座に就くことを認めない者も少なからずいる……そこで、だ。俺は三年や薙切えりなを除き、現行二年を含めても……今十傑に最も近いのは君ではないかと思っている」
「……それで?」
「君に、十傑第十席の座を賭けた食戟を申し込みたい」
えりなはそれを聞いて、目を丸くした。
十傑に対して誰かが食戟を挑むのならまだわかるが、十傑の方がその座を賭け品に食戟を挑むなど、早々ありはしないからだ。なにせ十傑の座は、学園運営に関われる以上の待遇が得られるのだから。
十傑とは学園が持つありとあらゆる権限や財力、その一部を手中にしてる存在。己の料理のためであれば、莫大な予算を使い、日本中の職人が喉から手が出るほど欲しがる食材、調理器具、設備を望むだけ手に入れることが出来る。オークションに出れば200万円超え確実の古典料理書にも簡単にアクセス可能であり、研鑽の為であれば学園の力で何処へだって行くことが出来る。
そういう存在なのだ。
だが石動賦堂という男は、己の十傑という地位に待遇以上のプライドを掲げているらしい。己がその座に相応しいことを証明することの方が、彼にとっては重要だということだろう。
「(でも、恋君にとっては降って湧いたような大チャンス……この勝負に勝てば、十傑になることが出来る……)」
「……逆に、その勝負で俺に何を賭けろと? 食戟は互いに賭け品の価値が対等である必要がありますよね?」
「!」
確かにそうだ。
十傑の座という賭け品に見逃していたが、もしも恋が負けた場合に石動は何を要求するつもりなのだろうか。えりなは静かに石動の表情へと視線を向ける。
すると、石動はふ、と笑みを浮かべて口を開いた。
「俺が勝ったら―――黒瀬、お前は遠月を去ってもらう」
何を馬鹿な、と叫びそうになったのを、必死に堪えるえりな。
この勝負で恋が勝てば確かに十傑第十席の座に座ることが出来るが、負けたら自主退学ということだ。確かに石動からすれば、勝てば十傑第十席の座を不動のものに出来るし、その上強力なライバルをこの競争から退場させることが出来る。仮に負けたとしても、元も十傑は彼にとって降って湧いたような称号だ、今までと変わらないのなら痛くもかゆくもない。
釣り合っているようで、あまりにもメリットデメリットの配分がおかしい勝負だ。
「さぁ、受けてくれるか? 黒瀬恋」
「……!」
決断を迫る石動に、えりなはごくりと息を飲む。
恋がどのような判断を下すのか、緊張で息が浅くなるのを感じた。
しかし、恋はその脅しの様にも取れる石動のプレッシャーに、なんら動じた様子もなく睨み返す。
「なるほど―――
「ッ!?」
恋の言葉に目を向いて上体をやや引いた石動。頬に冷や汗を流し、恋の放つ圧倒的プレッシャーを感じていた。
恋はそんな石動に対して、淡々と言葉を続ける。
「……十傑第十席の座を出せば俺が乗ると思いましたか? 石動先輩、自分が十傑第十席の座に就くことを認めさせたいなら、こんな遠回りなことしなくていいでしょ……十傑の座なんて賭けずに、同じ十傑の二年、もしくは薙切えりなに勝負を仕掛ければいい」
「っ!」
「二年のヒエラルキーがどうのこうの言っていたけど、とどのつまり久我先輩達に勝つ自信がないんでしょう? だから第一席じゃなく、十傑第十席の座にしがみつこうとしている……十傑第十席の座なんて要りませんよ、俺が欲しいのは遠月の頂点です」
「ぐ……言わせておけば好き勝手なことを言ってくれる!」
「それに―――お前の本当の目的はそんな小さいプライドを満たすことじゃない」
恋の言葉に青筋を立てる石動に、恋は更に畳みかける。
「俺を学園から追い出すこと……それが本当の目的だろ?」
「!!」
「選抜以前からちょろちょろと鬱陶しい思惑が付きまとっていたけど……遂に尻尾を出したな? 俺を追いだしたら十傑上位の座でも約束されたか? さて、じゃあ食戟の話をしようか。十傑第十席の座は要らない、代わりに……俺が勝ったらお前の裏にいる存在について何もかも吐いて貰う……この食戟、成立させるか?」
えりなはゾッとした。
黒瀬恋をこの学園から排除しようとする動きに関しては、彼女も認識してはいた。だが叡山枝津也を失脚させた以上直接的な干渉はなくなると思っていたのである。それが新たな十傑を添えて、今度は恋に直接的な攻撃を仕掛けてきた。
となれば、一連の黒幕は十傑の采配すらある程度干渉出来る力を持った人物ということになる。元々叡山枝津也を駒として使っていたのだから当然かもしれないが、今回は新たな十傑に自分の駒を就任させているのだ。
それはつまり、石動賦堂を十傑に選抜した十傑メンバーが敵の手先である可能性を示唆している。
「っ……この話は無かったことにしてくれ」
石動は恋のプレッシャーに負けてか、己の抱えるリスクの大きさを察してか、そう言って去っていった。食戟は成立しない。
残された恋は溜息を吐くと、静かにぽつりと呟く。
「……そろそろかもな」
そうして恋もその場を後にする。
結局、えりなは自分の知らない所で起こっていることの大きさを知り、動揺のあまり去り行く恋に声を掛けることが出来なかった。
二年時のエピソードに関しては独自設定です。
シリアスが戻ってまいりました。
でも月饗祭ではイチャイチャします。
感想お待ちしております✨
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