ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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四十話

 準決勝第二試合が始まってから、その調理風景はまさしく激しい攻防戦となっていた。

 黒木場リョウの暴力的な旨味を想像させる調理風景に対し、調理過程から脳を刺激するような香りの爆発を起こす葉山アキラ。

 両者の実力は傍目から見て、全くの互角に見えた。それぞれ確固たる個性が調理に現れており、どちらも自然と客の目を引く魅力がある。

 

 恋と創真の勝負と同じくテーマを『洋食のメイン料理』としているが、先程の恋達の品を見た後での試合だ。その評価は、互いの品以上に第一試合の品とも比べられる。今二人は同時に恋や創真とも勝負をしているのと同義だった。

 

 そんな彼らが作っている品は、黒木場が『鰻のマトロート』、葉山が『鴨のアピシウス風』。どちらも素材の良さをそれぞれのやり方で活かした料理を作り上げようとしている。

 創真が素材を含め一皿で個性を表現したり、恋がその芸術性すらある料理に初めてアレンジを加えたり、第一試合とは一風変わった勝負になっていた。

 

「気に入らねぇ……! テメェには勝負に対する温度がねぇ。此処は戦場だ、勝ち残る意志がねぇ奴は――――失せろ!!」

「そうだな……確かに勝とうって意識はお前より薄いかもな。理由は簡単―――この鼻があればお前に負ける方が難しい」

「なんだと……!」

 

 そしてその相性も、第一試合とは対照的。

 どちらも相手を敵として見ており、噛みつき合いをする血の気の多いやりとりが多くなっている。あまりに対照的な試合の様子に、観客の反応も息を呑む様な、手に汗を握るような反応になっていた。

 そうして調理は進んでいく。

 鴨肉にスパイスを搦め、そこから生み出される強烈な香りに食欲がそそられる会場。単にスパイスを使っただけでは作れない極上の香りに、葉山アキラの珠玉の才気が垣間見えていた。審査員側も葉山の実力を見て、その評価と品に対する期待が高まるのを感じる。

 

「見事な香りですねぇ……どうやったらこんな香りを作り上げられるんでしょう」

「地獄の合宿でもそうだったけれど……どんな状況でもコンスタントに実力を発揮出来るタイプ。とにかく状況に対するブレが少ない」

「それだけ自分の腕に揺るぎない自信があるんだろ」

「うむ……自信、それ以上に貫禄すら感じる王者たる風格。既に彼には決勝で戦う己の姿が見えているのかもしれないな」

 

 日向子の言葉に反応するように、それぞれが葉山への興味を示した。

 地獄の合宿でも葉山の実力は相応に発揮されており、それは卒業生の面々の印象にも強く残っていたらしい。香りを圧倒的な武器として扱う葉山のスタイルは、そもそもが相手から一つのアドバンテージを奪う強力なスタイルだ。

 料理を味わう上で使用されるのは主に触覚、味覚、嗅覚の三つ。次点で視覚で楽しむ料理もあるが、主要な感覚はこの三つだろう。

 

 嗅覚を支配する葉山は、その時点で料理を構成する食感、味、香りの内、香りのみなら誰にも負けない料理を作り上げることが出来るということなのだから。

 

「将来十傑入り確定とされるだけある……葉山アキラ、底知れぬセンスの持ち主だ」

 

 堂島がそう締め括れば、観客の中でも葉山への期待値がぐんと上昇した。

 しかしながら、黒木場とて実力では劣っていない。

 

「お前が香りのパフォーマンスをしようが……俺には関係ねぇ! 食い破るだけだ!!」

 

 彼が思いだすのは、先の試合。

 幸平創真と黒瀬恋の作り上げた品だった。どちらも自分には思いつきもしないし、技術的に作れない料理でもあった。それが彼の中で更なる闘志となって、彼のパフォーマンス力を底上げする。

 彼は己の闘志の強さによってその実力が際限なく発揮される料理人だった。

 

 マッシュポテトを作り上げ、自家製のブリオッシュと、次々に己の手札を切っていく。完成度を増していく料理の姿は、葉山へと移っていた興味を強制的に黒木場へと引き戻そうとして―――葉山の笑みで止められる。

 

「ッ!?」

「パフォーマンスで収まるとは思わないことだな」

 

 そう言って先に完成させたのは葉山。

 調理中の黒木場を置いて、先にサーブが始まる。

 

「鴨のアピシウス風でございます」

「カラメル化したハチミツがつやつやと……! 鴨肉一面にまぶしたスパイスが匂い立つ! 香りだけでもとろけそうなのに……こんなのを口に入れたら、どうなってしまうの……!?」

「それでは……実食だ!」

 

 一見し、香りを感じ、食べる前から葉山の料理に対する期待が高まる堂島達。

 そして一口食した瞬間、口の中でその期待が想像を超えて爆発する。あまりの衝撃にかつて十傑として名を馳せた卒業生達が揃ってその旨味に悶えた。

 神の舌に比肩する嗅覚と、香りを自在に操る葉山のセンスは、最早学生の領域すら超えているのだ。

 

 スパイシーな味もさることながら、やはり強烈なのは口に入れた瞬間弾ける極上の香り。

 鴨肉の素材を活かしたスパイスの味付けと、そこから生み出される芳醇な香りが舌と脳をダイレクトに刺激し、この品の完成度の高さをこれでもかと主張してくる。

 黒木場がいくつもの手札を切って猛攻を繰り広げていた最中、葉山もまたそれ以上の手札をこの品に仕込んでいたらしい。

 

 まさしく全てを鷲掴みにされたような衝撃があった。

 

「素晴らしい……!」

「確かに……これだけのセンスの持ち主なら、十傑入りも遠い話じゃねぇのは納得だな」

 

 堂島の笑みに同意するように、四宮もまた葉山の実力を認める発言を残す。

 総合して、葉山の評価はとてつもなく高かった。

 

 振り返り、睨みつけてくる黒木場を見る葉山。不敵に笑みを浮かべ、これが格の差だとでも言いたげな目で黒木場を見返していた。

 

「お前がどれだけ手札を切ろうが関係ない……お前の持ち札じゃ俺には届かねぇよ」

「―――……ようやくお前から勝負の温度を感じたぜ、そうでなきゃ……喰いごたえがねぇ!!」

「!」

 

 それでも、黒木場の目は死んでいない。

 彼はいつだって勝負の場で生きてきた男だ。この程度の逆境であろうと、そこに諦めの文字はなく、いつだって逆境を食い破りながら生きてきたが故の闘志が更に燃え上がる。

 葉山も自分の料理に自信があるだけに、黒木場のその闘志を受けて少し怯んだ。此処までの差を見せつけて尚、死んでいない瞳が今まで相手にしてきた料理人との違いを感じさせたのだ。

 

 そうやって完成させた黒木場の料理が、葉山の料理を食べた後の審査員の前に置かれる。

 

「味わいやがれ―――"鰻のマトロート"!」

「まあっ……! なんて力強いボリューム感でしょう!」

「ふん……でも香りの豊かさでは余裕で負けてる。威勢だけがいい奴にどうせロクな品は……」

「早く食え。冷める……!!!」

「あ゛?」

 

 しかし葉山の料理を食べた後の堂島達には、香りというステージにおいては葉山の品には及ばないことが分かる。この段階で、黒木場の料理に対する期待度は葉山より下だった。

 事実、卒業生の中で最も後輩である角崎タキは素直にそれを口にする。対して黒木場は失礼にも強い語気で早く食えと言うが、ともかくは実食となった。

 

 一口食す堂島達―――その一口が、自分達の期待や予想を覆す爆弾の爆破スイッチだった。

 

 口に入れた瞬間に弾けた鮮烈な刺激。

 体の奥底から脳天に電流が突き抜けたような衝撃があった。

 その正体は、黒木場が鰻の中に仕込んだプラムの酸味。港町育ちの黒木場が目利きした新鮮で旨味のあるたぷたぷとした鰻の脂、そこに加えられたプラムのフルーティな酸味が舌の上に広がる。

 まさしく混然一体―――鰻の味を一段階上へと押し上げる工夫がなされていた。

 

 だがここでは終わらない。黒木場の仕込んだ爆薬は更なる高みを目指す。

 

「付け合わせのブリオッシュとマッシュポテト……こいつらとウナギの身も一緒くたにして、全部まとめて頬張るんだ」

「……!」

「さぁはしたなく食らいつけよ! 足腰立たなくなるまでな!!」

 

 その言葉にせっつかれるように、日向子たちは一気に料理を頬張る。次々に連鎖爆発するその味の暴力に、まさしく屈服させられるような感覚に陥った。

 葉山の料理が天にも昇るような香りで鴨を羽搏かせたのに対し、黒木場の料理にはその圧倒的な爆発力で獲物を地に屈服させる力がある。

 

 これまた対照的な料理に、堂島達も手放しで賞賛の声を送った。

 

「一年で此処まで出来る奴がいるとは、今年は豊作だな」

「うむ、どちらも甲乙付け難い、素晴らしい料理だった」

 

 四宮の言葉に同意するように、堂島も頷く。

 だが、二人の料理の実食が終われば、残すは勝敗を決めるのみ。

 

 恋と創真の時とは違い、随分と悩む様子を見せた審査員達だったが、遂にその結果が打ち出される。

 乾日向子、水原冬美は葉山を、堂島銀と角崎タキは黒木場を選ぶ。二対二、残すは四宮の評価でどちらが勝者かが決まる。

 

 会場の注目が四宮へと集まった。

 

「そうだな……俺は―――葉山アキラだ」

 

 そして告げられたのは、葉山アキラの名前だった。

 実際どちらも全く差のない拮抗した勝負であったことは、四宮とて理解している。故に最後に物を言ったのは食べた側の好みの話。黒木場の料理よりも、葉山の料理の方が四宮の好みだっただけの話であった。

 実力だけで言うのならば、どちらもほぼ同じだけの実力を持っている。香りにおいて無類のセンスを持つ葉山に対し、黒木場の戦いにおける執念に支えられた料理センス。互いに恵まれた才を、確たる努力で研鑽してきた者同士、実力勝負では差が付かなったのだ。

 

 これがもしも勝敗をハッキリ付けられない審査員が居たとしたなら、話はまた変わってきたかもしれないが、四宮はそんな曖昧な判断をしない人間である。

 それでも強いて言うのなら、今後の料理界において葉山の嗅覚の方に価値を感じたというだけの話だろう。

 

 

「勝者―――葉山アキラ!!!」

 

 

 堂島銀の宣言に、観客が沸く。

 これもまた、良い勝負だったということだろう。

 

 だが、当人同士は静かに睨み合っている。

 結果が出てから、互いの料理を食してみれば分かったのだ。相手の料理が己の料理に負けているとは思えないことが。そして己の料理が相手の料理に勝っているという確信が持てなかったことも。

 試合の結果は葉山の勝利で決着が付いたものの、互いに引き分けだったと思っている。純粋な実力勝負では勝負がつかなかったと。

 

「……ま、結果は結果だ。先に行くぜ、黒木場」

「チィッ……!! 次こそは絶対に負けねぇ……覚えておけ葉山」

「ああ……俺も次は、白黒はっきり格付けしてやるよ」

 

 故にこそ、葉山は勝ち誇ることはしなかったし、黒木場もリベンジを告げるだけで素直に結果を受け止める。

 

 そして黒木場は会場を去り、葉山はその背中をジッと見送ったのだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 少しして、決勝戦に関する発表の為に会場へと黒瀬恋が現れる。

 恋はそこで、黒木場が去った後に厨房に残っていた葉山と初めて顔を合わせた。話したことはないけれど、それでもえりなに聞いた話や今の試合を見れば、相応の実力者であることは既に十分理解している。

 

 なんなら、神の舌に比肩するセンスの持ち主―――超えておくに越したことはないとすら思ったほどだった。

 

 対する葉山の方も、黒瀬恋という料理人の実力には一目置いている。

 自分の鋭敏な嗅覚とは真逆で、味覚障害を抱えているにも拘らず決勝まで上ってくる実力の持ち主。幸平創真と関わりがあっただけに、創真の人物も努力量も理解していた葉山は、その創真を下した恋に明確な脅威を感じている。

 そもそも感覚のハンデを覆してきた男だ。

 ならば、嗅覚が優れていることはアドバンテージに考えてはいけないと。

 

「初めまして、だな……黒瀬恋」

「ああ、試合見てたよ。良い料理だった」

「どうも…………これは別に偏見とか、差別する意図があるわけじゃねぇが、一つ聞かせてもらえるか?」

 

 声を掛けたのは葉山の方。

 恋もそれに対して素直な賞賛を送り、葉山はストレートな言葉に少しやりにくそうにしながらも、恋に質問を投げかける。

 恋はその言葉に対して少し首を傾げながらも、ああ、と頷いた。

 

 それを受けて、葉山は少し言いづらそうに問いかける。

 

「お前は……そのハンデを背負ってまで、どうして料理人を目指すんだ?」

「……どういう意味だ?」

「知っての通り俺は人より鼻が優れてる。そんな俺だからこそ分かるんだ。人間、感覚器官一つの優秀さで、料理人としてどれほど優位に立てるのか。立てちまうのかが……なのにお前はその一つが損なわれた状態にも拘らず、俺と同じステージまで勝ち上がってきた。その努力はきっと生半可なものではないと思うし、凄いことだと思う……だが、そうまでして料理人でなきゃいけない理由はあるのか?」

 

 えりなもそうだろうが、葉山は自分だからこそ分かると断言出来た。

 嗅覚、味覚、種類は違えど、料理人としてその感覚器官が優れていることがどれほどのアドバンテージになるのか、彼にはよく分かる。努力は勿論積んできたつもりだが、やはりこの鼻のおかげで先程の料理を作れたのだし、遠月の厳しい課題もさほど苦労せずにクリアすることが出来てきた。

 

 仮にこの嗅覚がなかったとしたら、もしくは平凡な嗅覚だったとしたら―――自分はどれほどの料理人だっただろうか?

 

 そう考えれば、黒瀬恋という料理人がどれほど規格外の料理人なのかがよく分かる。彼の努力は、誰にも馬鹿になど出来ないほどに、生半可なものではない。

 だからこそ気になったのだろう。

 それほどの努力、覚悟を持って料理人を目指す理由は何なのか。

 

「なるほど……お前も神がかった感覚の持ち主だからな、そう思うのも当然か」

「気を悪くしたなら謝る」

「いや、別に気にしてない……そうだなぁ」

 

 謝る葉山に手を振って気にしてないと言う恋。

 そしてその疑問に対して少し考えた後、恋はふと笑みを浮かべて堂々と答えた。

 

 

「うん―――俺に勝ったら教えてやるよ」

 

 

 不意打ちだった。

 編入挨拶の時に見せた、金色の瞳に浮かぶ闘志が一瞬で葉山の心を揺さぶる。ギラギラと刺すような鋭い闘志。葉山はその一瞬の衝撃に一歩後退った。

 冷や汗が一筋流れ、目の前にいる料理人がこれから戦う相手であることを再認識させられる。なにより黒瀬恋の目が言っていた、"見下すな"と。

 

 そんなつもりはなかった。

 けれど心のどこかで思っていたのだろう―――黒瀬は味覚障害者だから……と。

 

 侮るつもりも、嘲るつもりもなかった。けれど自分が優れた嗅覚の持ち主で、黒瀬が味覚障害の持ち主であることを、何処か優劣の様に認識していたのかもしれない。

 それが先程の疑問に僅かに含まれていたことを、恋は容易に見抜いたのだ。

 だからこそ、その質問には闘志を以て応えた。

 

「そんな腹で戦おうっていうのか? 随分優しいんだな葉山……俺が何も言わなかったら、お前確実に負けてたぞ」

「っ……ああ……俺が間違っていた。謝るよ……全てはお前に勝ってから訊かせてもらうとしよう―――黒瀬恋、もう欠片ほどだって侮りはしない」

「それでいい……全力のお前を期待している」

 

 そしてテーマが告げられる。

 お題は『秋刀魚を活かした料理』

 決戦は一週間後。

 

 対戦カード

 黒瀬恋 対 葉山アキラ

 

 一年最強を決める秋の選抜。

 最後の戦いがいよいよ始まろうとしていた。

 

 

 




今回は四宮シェフ参戦により三つ巴は無く、決勝は葉山と黒瀬の勝負となりました。
感想お待ちしております✨



自分のオリジナル小説の書籍第②巻が発売となりました!
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