ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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感想、誤字報告、ご指摘いつもありがとうございます。
今回はあとがきに黒瀬恋君のキャライラストを掲載しました。
ざっくり描いたので雑なイラストで申し訳ありませんが、読んでいく際のイメージに役立てばと思います汗


三十四話

 食戟が開始されて、同時に調理に入った恋と美作。

 恋が手に取った食材は、鶏肉と人参、長ねぎ、干し棗、にんにく、生姜、昆布など。それを手早く下処理していき、スープ作りを進めていく。その無駄のない調理姿はとても簡単そうに見えて、観客達の視線がグッと集まっていた。

 そしてそれを見た美作昴が、恋が何を作ろうとしているのかを確認してから動き出す。

 

 事前に何かを作ろうとして集めた食材ではなく、無作為に集められた食材の中で即興で何かを作るのだ。流石の美作昴であっても、そこから恋が何を作るのかを想定するのは難しかった。

 だが食材さえ分かれば、おのずと何を作ろうとしているのか察することが出来る。美作も同じ食材を手にして倣う様に調理に入った。

 

「(―――黒瀬の取った食材、おそらく作ろうしているのは『参鶏湯』!! 韓国の王道スープ料理だが、滋養強壮の効果があり、まさしく食後の胃腸に優しい料理!! その食材からまさしくお前が選ぶ品だ!!)」

「見ろ!! 美作の奴、黒瀬と遜色ない無駄のない動きだ!!」

「何ぃ!?」

 

 そして美作が見せたのは宣言通り、黒瀬恋の完全なトレースだった。少し出遅れたものの、編入してきてからずっと恋のことを追い続けてきた美作は、遂にイメージと自分の動きを合致させることに成功したのだ。

 食材の下処理を済ませ、鶏肉のカットに入る。

 もち米を鶏肉に詰めたりすることでよりボリュームを増すことも出来るが、時間が掛かるし何より審査員の腹の容量的にも優しくない。両者今回はスープ作りにのみ注力していた。

 

 だが、美作の表情がどんどん険しくなっていく。

 

「(くっ……嘘だろテメェ……!! まだ―――!?)」

「悪いな美作―――これは俺がお前達に勝つために身に付けた物だ……簡単に真似できるのなら、俺は此処にいない」

「く、そっ……!!」

 

 今までのトレースとイメージトレーニングに加え、目の前で調理をする手本すらいるこの状況で、美作は恋の動きをトレース出来なくなっていく。

 何故なら恋の動きがより迷いなく、より洗練されていくからだ。調理の中でどんどん無駄を削ぎ落し、その料理のクオリティを再現なく高めていく。次第に美作の作業が置いて行かれていた。

 

 やっていることはわかる。でもその通りに身体が動いてくれない。

 幾百、幾千、幾万回と身体に叩きこんだ基礎――それをただのセンスだけで真似しようなどと、土台無理な話なのだ。

 

「ぐぉぉおおおっ!! ならァ!! ―――アレンジで勝負だ!!」

 

 美作は煮込みだしたそのスープの中に、ジャスミンティーを入れた。

 他人の努力を掠め取ってアレンジを加えることで勝ってきた美作昴の本領。本来参鶏湯において鶏の肉に残った臭みを消すのは一つの課題であるが、美作はそれにジャスミンティーの風味を加えることでアプローチをしたのだ。

 華やかな風味が加わり、美作のスープのクオリティが上がったと誰もが感じる。

 

 そしてスープの灰汁を処理していき、しばらく煮込んでいく両者。

 

 恋は美作のアレンジに対して、特に何をすることもなかった。タクミの様に即興でのアレンジをするわけでもなく、ただ淡々と自分の調理を進めていく。まるでそれだけでいいと自信を持っているかのように。

 

「完成だ」

 

 そして出だしが遅れた分、先に完成させたのは恋の方だった。

 審査員達は料理風景と目の前に置かれた参鶏湯を見るだけで、それが美味いことを確信していた。かつて強化合宿で四宮小次郎が恋に感じたことと同じ――無駄のない調理、最適な技術を最適に行使した料理、それだけのものが揃っていて不味ければそんなコミカルな話はない。

 

 一口啜れば、その確信が証明される。

 

「―――美味い……」

 

 ほぅ、と溜息を吐き、思わず陶酔するほどの完成度。余計なものなど何もない、使われた食材全てが調和し、まさしく一つの料理として産声を上げていた。

 

 薙切仙左衛門はそのわずかな陶酔から目覚めた瞬間、己の服が脱がされていることに気が付く。あまりの美味さ、あまりの完成度に自然とはだけてしまっていたらしい。

 これは薙切家の者が美味な料理を食べた時に起こる現象であり、あまりの美味さに思わず肌を晒してしまうのだ。しかももっと驚きだったのは、仙左衛門以外の審査員の服もはだけていることである。これも薙切家の者が美味な料理を食べた時の現象であり、先の現象を『おはだけ』というのなら、周囲の服すらもはだけさせるこの現象は『おさずけ』と呼ばれる。

 つまりその現象が起こったということは、それだけ恋の料理の完成度が高かったということだ。

 

「比較するわけではないが……先の美作昴とタクミ・アルディーニの品を越えた衝撃があった……これほどの料理人が選抜に出ていなかったとは……!!」

「うむ……美作昴の言葉は正しかったということじゃな」

 

 審査員の一人の言葉に、仙左衛門が頷きを返す。

 すると、その直後に美作のスープが完成した。ジャスミンティーを入れたことによる風味の違いが分かり、審査員達も明らかに恋の料理に加わったアレンジが変化を起こしていることを感じている。

 

 だがしかし、そのスープを一口啜った瞬間―――審査員達の表情が曇った。

 

「……美作、焦ったなお前」

「……っ……」

 

 恋の言葉に、美作は歯を食いしばって俯く。

 彼自身も分かっているのだ、己のアレンジが失敗したということを。

 

「……愚か、とは言わぬ。だが、己のやりかたの限界を知ったか……美作よ」

「はい……」

 

 仙左衛門の言葉に、美作は膝を突いた。

 観客は何が起こったのかを分からないでいる。美作のスープが失敗という意味はなんなのか、そして彼が行った一見良さげに見えたアレンジが、どういう結果を招いたのか。

 

 仙左衛門がそれを改めて説明した。

 

「……参鶏湯における鶏の臭みを消すため、また風味に変化を齎すためにジャスミンティーを使ったのは一見良い選択じゃ……だが、黒瀬恋のトレースを行ったことが仇になったな……彼の調理技術で行われた下処理の段階で、鳥の臭みはほとんど消されていたのだ……そして煮込むことでその臭みは完全に消えていた。しかし美作昴はそこにジャスミンティーを入れたことで、全く別の強い香りをプラスしてしまったのだ。それがスープ本来の香りと喧嘩してしまっておる……!!」

「下処理まで行っていた俺のトレースはほとんど遜色無かった。けど、トレースで追いきれなくなった段階でお前はアレンジで勝負を仕掛けたな」

「それは……逃げ、だったのか」

 

 恋の言葉が決定的だった。トレースをし、そこからアレンジをして勝利を収めるやり方を貫いた美作だったが、恋に勝利を収めるのであればそのトレースから逃げてはいけなかったのだ。きっちり最後までトレースをし続け、その上でアレンジを加えるべきだった。

 トレースから逃げた美作に、勝機はなかったのである。

 

「俺の……負けだ」

 

 敗北を認める美作。

 そしてその次の瞬間、審査員が結果を発表する。

 

 満場一致――――黒瀬恋の勝利だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 食戟が終わり、恋の選抜準決勝進出が決まった。

 予定外の五戦目があったとはいえ、非常に盛り上がった本戦第一回戦を終えて、秋の選抜の熱は最高潮に上っている。

 そして会場内の観客が全員退場した後、選手たちも着替えて裏口から退場していく。会場内には観客選手共にほとんど人がいなくなっていた。

 

 そんな中で、恋は会場内に残っていた。

 というのも条件付きとはいえ退学を取り消されることになったので、司瑛士が準備していた生徒手帳などの受領があったのである。

 会場内で二人きり、第一席である司瑛士に向かい合う恋。白髪のストレートヘアに銀色の瞳を持つ司と、黒髪の癖っ毛に金色の瞳を持つ恋。背丈もほとんど変わらないので、一見して対照的な二人だった。

 

「まずは勝利おめでとう黒瀬……これ、お前の生徒手帳だ」

「どうも」

「素晴らしかったよ、黒瀬の調理技術はまさに基礎を突き詰めた極地だった。美作の話以上の良い腕してるんだな」

「光栄ですね、第一席の貴方に言われるなんて」

「謙遜しなくていい、お前の腕は誇るべきものだ……味覚障害を抱えていても、それほどの腕があれば確かに関係ないな」

 

 司は生徒手帳を手渡しながら、恋の料理を手放しに褒めた。

 恋もその言葉に軽く頭を下げるが、司の言動がどこか別の所を見ているような感覚があり、素直に喜ぶことも出来ずにいる。味覚障害を抱えていることを変わらず致命的な欠点と見ているらしいが、彼にとっては恋の高い調理技術が素晴らしいものに見えているようだ。

 怪訝に思う恋に、司は不意に笑みを浮かべる。

 

「……単刀直入に言おうか、今から俺と一緒に料理をしてくれないか? この会場を使うわけにはいかないが、事前に厨房は抑えてあるんだ」

「第一席と俺で、料理ですか?」

「ああ、メインは俺が作るから……黒瀬にはそのサポートをお願いしたい」

「……どういうつもりでしょうか?」

「何、そう警戒しなくていい。単に美作の話を聞いて興味が沸いたんだ……一度お前と料理がしてみたくなっただけさ」

 

 そんな司の言葉を受けて、恋はどうするかと思ったが―――第一席と料理が出来るなら良い機会かと思ってそれを承諾する。頷いた恋を見て、司はぱぁっと表情を明るくさせた。

 嬉しかったのか、恋の手を取って上下に振る。

 

「ありがとう! じゃあ早速行こうか、食戟のあとで悪いが竜胆も待たせてるんだ」

「第二席の小林竜胆先輩ですか?」

「ああ、彼女も黒瀬のことが気になっているらしくてな、俺と一緒に作った料理を食べてみたいんだそうだ。どうせだから試食係を頼んだんだ」

「なるほど……」

「少し距離感の近い奴だけど、悪い奴じゃないから緊張しなくていい。さぁ、行こうか」

 

 司瑛士の印象からは少々意外だったが、妙にぐいぐい来る司に恋は戸惑いを覚えつつ、背中を押されるようにして会場を後にした。

 

 

 ◇

 

 

 そして会場すぐ近くの校舎内、厨房室の一つへと移動すると、中には待ちくたびれたのか、いくつかの料理を食べ終えた後の皿が数枚あるテーブルに、小林竜胆が頬杖を突いて待っていた。

 退屈そうにしていたけれど、司と恋が入ってきたことで表情を明るくする。興味の対象がやってきただけだというのに、かなりテンションの上がり下がりが激しい人だという印象を抱く恋。

 

「おー! やっと来たか、待ちくたびれたぞ司ぁ!」

「悪いな、でも快く承諾してくれたよ。黒瀬、こっちが小林竜胆だ……まぁテンションは高いが、気にしないでくれ」

「どうも、一年の黒瀬恋です」

「黒瀬恋なー、あたしのことは竜胆先輩と呼んでくれ。さっきの試合も見てたぜ、参鶏湯めちゃ美味そうだったな!」

 

 がしっと恋の肩に腕を回して挨拶してくる竜胆に、恋は確かに距離感の近い人だなと思いながら苦笑する。ブラウスのボタンを大きく開けた制服の着こなしは異様に煽情的だが、恋は最近えりなの全裸を見たばかりだ。これくらいで動揺するようなメンタルはしていない。

 自然な動きで竜胆から離れた恋は、竜胆を紹介しただけで仲介してはくれない司を見る。彼は先ほどの紹介でやることはすませたとばかりに、厨房で料理の準備をしていた。

 

 この時点で、恋は司の我儘な部分に苦笑する。常識人かと思えば、料理に関しては大分自分の世界がある人物らしい。

 

「さ、やろうか黒瀬。今回作る品は五品、レシピはコレだが……黒瀬にはサポートとして食材の下処理からやってもらいたい」

「……はい、わかりました」

 

 渡されたレシピをざっと目を通し、それがフランス料理の品々であることを理解する。恋は別段問題ないと判断して、レシピを軽く浚っただけで頷きを返した。

 その反応によし、と頷いた司が包丁を手に取ると、恋も厨房の中へと足を踏み入れる。この二ヵ月城一郎のサポートをしていた恋をしても、司の纏う雰囲気で只者ではないことが伝わってきた。

 十傑第一席という称号は伊達ではないということなのだろう。

 

「じゃあ、調理開始だ―――」

 

 司のその言葉と同時、十傑第一席と恋の調理が始まった。

 

 

 




黒瀬恋 キャライラスト

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