ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

25 / 93
感想、誤字報告、ご指摘ありがとうございます!


二十五話

「それじゃ創真、選抜頑張れよ」

「またな、皆」

 

 その翌朝。

 城一郎と恋は極星寮の全員に別れを告げて、遠月学園を去る。

 昨晩遅くまで皆で料理を作っては試食して、時には料理勝負をして、退学する恋を見送る会やかつての第二席である城一郎の歓迎に大いに盛り上がった。極星寮だけではなく、薙切えりな達部外者達もいたので、その盛り上がりもひとしおである。

 

 どうせ翌日からは夏休みで授業もないので、大いに夜更かしをしたのだ。管理人であるふみ緒さんも懐かしのOBに会えて嬉しかったのだろう。今回ばかりはその大騒ぎを許してくれた。

 

「色々やることは多いけど、昨晩話した通りにいけば戻ってこれると思う、とりあえずは選抜頑張ってな」

「……おう」

「恋君」

 

 恋は昨晩、大騒ぎをした後に創真達にやって欲しいことを話していた。実際今後のことを考えてやって欲しいことという感じであるが、それも大したことではなく、選抜をメインに頑張る中でやれるタイミングがあればという感じの頼み事である。

 だからこそ、こうして創真達に応援の言葉を言えば、創真達は少し寂しそうに頷くばかり。自分達に出来ることは、あくまで今の難関に全力で当たることだけである。

 とはいえ希望が失われたわけではない。

 恋は戻ってくるつもりだし、創真達もそれを信じている。

 

 去り行く恋の前に、えりなが一歩出てきた。

 

「……少しだけ離れるけど、また戻ってくるから」

「……ええ、待っているわ」

「その時は、昨日の返事を聞かせてくれると嬉しいな」

「! ……ええ」

 

 えりなと恋の二人にしか通じない言葉を交わし、お互いに少し名残惜しそうに笑みを浮かべた。城一郎はその二人を見て微笑ましそうに笑みを浮かべて、懐かしの極星寮の姿をもう一度見上げてから踵を返す。

 そしてこのままならいつまでも此処にいてしまいそうな気持ちを押し殺して、歩き出した。恋もそれに付いて歩き出す。

 

「……」

「えりな様」

 

 えりなは憧れの人と大切な人の二人が去っていく姿に胸を痛めたが、それでも別れではない。また会えると、恋は言ったのだから。

 緋沙子が優しく声を掛けてきて、えりなはそれに悲しげな笑みを浮かべることで返事をする。大丈夫だと、そういう意思表示を込めて。

 

「また会えるわ……きっと」

 

 そう、信じて。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 それから数日――恋が遠月を去った後も、学園生活を続いていく。

 えりな達はしばらく胸にぽっかり穴が開いてしまったような感覚があったものの、恋はまた戻ってくるといったので、それまでの辛抱だと言い聞かせて、普段通りに過ごしている。

 夏休みの間に選抜のルールとそのお題も発表され、それに対する試行錯誤に忙しかったのも、そういったマイナスなことを考えずに済んだ理由の一つだろう。

 

 そうして創真達が選抜に向けて四苦八苦している中、恋はと言えば―――……。

 

「そっち、作業終わってるか?」

「はい、あとトマト、アスパラ、玉ねぎの下拵えも終わってます」

「よし、次そっちの下処理頼む」

「了解です」

 

 城一郎と共に様々な場所を巡って料理を作っていた。

 恋の長所は正確無比、一切無駄のない調理技術だ。そしてそれは誰かのサポートに入る場合、メイン料理人の料理の質を更に押し上げる性質を持つ。

 城一郎の実力が恋よりも数段上であることもあり、緋沙子と共に料理をした時ほどの底上げはないが、それでも黒瀬恋という料理人のサポート能力の高さには城一郎も感心していた。

 

 欲しい時に欲しいものが出てくるのは当然として、欲しい調理器具、調味料、香辛料といったアイテムですらもが、気づけば動線の中に設置されているのだ。調理環境が、調理工程によって次々に作り替えられていることが分かる。

 新戸緋沙子が以前合宿で錯覚したように、城一郎もまた、恋の存在を見失うほどに自分という料理人が引き立てられているのを感じていた。

 

「……よし、持って行ってくれ」

「はい」

「……さて、お疲れ黒瀬君」

「お疲れ様です」

 

 完成した料理のサーブを頼み、それが運ばれていくのを確認すると、城一郎は汗を拭う恋に労いの声を掛ける。恋もまたそれに言葉を返すが、城一郎が涼しい顔をしているのに対し、少々消耗している様だった。

 だが城一郎としては、とても目の前の少年が味覚障害だなんて思えないほど、その調理技術の高さに内心驚いている。自分が同じ年だった頃に、此処までの技術を身に付けていただろうかと思うくらいだ。

 血の滲む様な努力の結果なのだろう、と思う。

 

「正直驚いたぜ、お前本当に味覚障害なのかぁ?」

「ええ、そのせいで退学になったくらいですから」

「ハハハッ! それもそうだ……けど、俺はお前を買うぞ黒瀬君。味覚障害を持ちながらもそれほどの腕を持ってるなんて、誰にでも辿り着ける境地じゃねぇ。今は難しいかもしれねぇけど、いずれは世界がお前に気付く……そうなった時が楽しみだな」

「まぁ、そのつもりですけどね」

 

 言いやがる、と恋の背中をポンと叩いて笑う城一郎。

 それに対して、恋は恋で城一郎という料理人の凄まじさを実感していた。というのも、恋は元々城一郎のことは知っていたのだ。幸平創真の父であることまでは把握していなかったが、世界中を飛び回る料理人としてその名は知っていたし、その腕が多くの場所で買われていることも知っていた。

 だからこそ、極星寮で彼に出会えたことはとんでもない幸運だったし、こうして退学後に面倒を見てもらえるという奇跡にも恵まれたことは、本当に良かったと思っている。

 

 寮で料理を振舞った時に、城一郎は恋の実力をある程度見抜いたのだろう。寮を出てから今日を迎え、初めての現場で即サポートを任せられた。それはつまり恋にならそれが出来ると確信していたからだ。

 恋は全力でサポートに回りながら、度々城一郎の動きを観察し、そこから様々なものを学び取ろうとしている。その結果、城一郎の持つ知識ではなく発想から生まれる調理法や、それを化学反応の様に昇華させていく調理技術、そしてなにより新しいものを生み出そうとする強い開拓心は圧巻だった。

 

「(流石はかつて遠月十傑第二席にして、修羅と呼ばれた人物……生まれ持ったセンスと培われた技術、そして積み重ねた経験から来る自由な発想が、彼にしか生み出せない新たな世界を開拓している……)」

「(全く末恐ろしいな。機械並に正確な調理技術……基礎だけをひたすらに反復し続ける狂気にも似た精神がなけりゃ、こうはならねぇ……しかも、即席の相方の呼吸や動きを一切逃さず最適なサポートをする気遣いまで出来るなんざ、学生に出来るような芸当じゃねぇぞ……)」

 

 そうして互いに互いの卓越した能力に賞賛を覚える。

 

「「(凄い/凄ぇな……!)」」

 

 この瞬間、恋は城一郎を学ぶべき偉大な料理人として、城一郎は恋を自分にはない物を持った一人の料理人として、尊敬した。

 

 すると、料理のあと片付けをしようとした城一郎が、ふと気が付く。厨房で使用された調理器具の大半が既に洗われ、あとは然るべき場所へしまうだけの状態にされていることに。

 そしてハッと恋を一瞥した。

 城一郎の料理のサポートをあれだけ正確に行いながら、使用が済んだ調理器具を洗浄していたというのだ。どれだけのタスク処理能力があるというのだろうか、そう思わされる。

 

「……ハッ」

 

 思わず笑ってしまう城一郎。

 黒瀬恋の正確無比な調理技術を支えるのは、長い年月で多くのことを同時に培ってきたことで身に付いた、人並外れた並行処理能力(マルチタスク)。それを使えばこそ、他人のサポートに此処までの同時処理が可能なのだろう。

 

 感心すると同時に、城一郎はワクワクした。

 こんな料理人がいるのだと、新たな発見に高揚する自分を抑えられない。味覚障害を抱えてなかったとしても、此処まで出来る料理人はいない。寧ろ、味覚障害を抱えていたからこそ生まれた料理人が黒瀬恋なのだ。

 

「お前が成長したらどうなるのか……楽しみになってきたぜ」

 

 ぽつり、そう呟いて笑う城一郎。

 あまりの境遇から面倒を見ると言ったものの、まさかの拾い物に内心興奮が止まらない。自分とは生まれ持った才能も、性格も違うけれど、自分が認めざるを得ないほどの努力で料理人をする男―――そんな彼がどんな世界を開拓するのか、城一郎は心から楽しみだった。

 

「今日の仕事は終わりだ。だが、場所を変えてまだやるぞ!」

「え?」

「お前にも、俺の知ってることを叩きこんでやる。お前がどんな料理を作るのか、見てみたくなった」

「…………それは、燃えますね」

 

 城一郎の言葉に恋の心にも熱が生まれる。

 それもそうだろう――尊敬する料理人から、その技術の全てを教えてもらえるというのだ。隅々まで学び取ってやろうと思うのは、当然のことである。

 

 特に、こと黒瀬恋に関しては、その想いだけで此処までやってきたのだから。

 

「選抜でまた成長するだろう創真達に負けねぇよう、お前も頑張らなくちゃな」

「望む所ですよ、城一郎さん」

 

 創真達の知らない所で、黒瀬恋もまた――成長していた。

 

 

 

 




次回から恋君は一旦不在のまま、選抜戦に入っていきます。
感想お待ちしております✨



自分のオリジナル小説の書籍第②巻が発売となりました!
興味のある方がいらっしゃいましたら、詳細はTwitterにて!
今後とも応援よろしくお願いいたします。

また、Twitterではハーメルン様での更新報告や小説家になろう様での活動、書籍化作品の進捗、その他イラスト等々も発信していますので、もしもご興味があればフォローしていただければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。