二十話
連休も終わり、それぞれの休日を過ごしていた生徒達が再び遠月学園へと戻ってきた。
恋もアリスと共にデンマークから帰国し、連休最終日の昼には極星寮にいた。分子ガストロノミーの研究施設をフルに使用させてもらい、今の味覚と実際の味との誤差を完璧に修正してきた。また、アリスに教えてもらう形でその筋の知識も学んできたので、十分有意義な連休を過ごせたと言っていいだろう。
帰る際にはレオノーラから、またいつでも遊びに来てくれと言われたので、恋としてはコネクションとしても、人間関係的にもありがたい話だった。
またそれ以外でも、アリスとの二人旅は中々新鮮なものがあり、観光も楽しかった。総じて、良い思い出作りも出来たというものだ。
帰ってからは極星寮の面々にデンマーク土産のお菓子を配り、喜んでもらえたので大満足である。
さて現在は、その連休が終わって授業が再開して少し経った頃だ。
未だ、恋は合宿を終えてからえりなと会えていない。
ここ数日は創真のおかげで自分に自信が付いたらしい田所恵が、授業の課題に対し一人でA評価を取るまでに成長していたり、創真自身も何やら連休中にあった出来事で十傑の一人叡山枝津也と揉めたりしているらしい。
恋は知る由もなかったが、元々創真は色々な所でイベントを起こす台風の目の様な存在だ。そういうこともあるだろうと考えている。
「おっまたせー☆ ごっめんねー、俺ってば十傑なもんで色々忙しくってさぁ!」
「どうも」
そんな中、恋は以前食戟で戦った周藤怪の紹介で、十傑評議会第八席久我照紀と会っていた。勝った際は紹介するという約束だったが、一年は強化合宿で、二年は二年で色々バタついていたのでセッティングが遅れたらしい。
そういうわけで大分時間が経ってしまったものの、周藤はしっかり久我に紹介する場を作ってくれたようだ。
「いやぁ、大分前のことだけど覚えてるよ。研究者としての一面が強いとはいえ、あの周藤ちんに勝った君のことは、ちょっと興味あんだよね」
「いえ、あれはあくまで俺の得意分野での勝負だったので……」
「まぁまぁ、先輩の誉め言葉は素直に受け取っときなって☆ それに、あのえりなちんが一目置いてるってんだから当然っしょ?」
「!」
少々待ち合わせに遅れてきた久我だったが、どうやらかなりテンションの高い人物の様で、恋も十傑のお堅い印象から外れた彼を見て少し驚いている。
その上で以前の食戟を見ていたのか、恋のことを認めているような発言をしてくるが、恋はあくまで得意分野で戦っただけだ。勝敗は決したものの、あれが完全に実力での勝利というには、疑問が残る部分もあるのは確か。
だがえりなの名前を出されては、恋も素直に受け入れることを選んだのか、苦笑してありがとうございますと口にした。
その言葉にニコッと笑顔を浮かべた久我は、待ち合わせのテーブルを挟んで恋の正面に座る。
「で、まぁ? 今回黒瀬ちんと会うことは俺も興味があったから良いとして……あの食戟で賭けられたのは俺を黒瀬ちんに会わせる所までなワケで、もう要件自体は済んだわけだけど……黒瀬ちんは俺に何か用があったりする?」
すると座った瞬間、久我の態度が一変する。
恋のことは認めている―――けれど所詮は一年であり、十傑には届かないという自負があるらしい。久我はあくまで恋のことを見下していた。
「そうですね……久我先輩って十席の中に苦手な人いますか? 俺に似てるタイプで」
「……何が言いたいのかな?」
「いえ……なんというか、久我先輩―――俺のこと苦手なのかなって思って」
「! ……なんでそう思ったのかな?」
「周藤先輩の連絡で、今日久我先輩はオフだって聞いていましたが、遅れて来られましたし……俺の正面に座ってますけど、身体は横に向いてますし、目もあんまり合わないので」
恋は此処に久我が来てからというもの、どうも久我のテンションと態度が噛み合わないのを感じていた。初手で褒めてきたのもそうだが、中々目を合わせない振舞いや、対面に座っても半身で恋に向かう姿勢、興味があると言いながらすぐに帰ろうとする振舞いなど、どうも久我が恋のことを避けているような感じがしたのだ。
だが恋は久我と面識はないし、何かした覚えもない。となると久我が恋を避けるのは、恋に似た誰かに対して強い苦手意識を持っているからと考えた。
そして、それは当たっていたのか久我は高いテンションを抑えて押し黙った。無意識だったのか、半身だった座り方を正面に座り直し、一呼吸の後に恋と視線を合わせる。
「いやぁ……中々痛い所突くなぁ、その人を見る目はヘンタイ的だね☆」
「まぁ俺としては懇意にしたいと思ってるので、気になっただけですけど」
「……君の言う通り、君は俺の倒したい人によーっく似てるよ。料理をする姿なんて特にそっくりだ……あの人―――十傑第一席、司瑛士に」
「第一席、ですか……」
久我の敵視している相手、十傑評議会第一席司瑛士は三年生の先輩だ。
久我曰く、第一席というだけあって圧倒的な調理技術を持ち、食材の良さを最大限まで活かして卓上に調和を齎すという唯一無二のスタイルを持つらしい。
そしてその根幹にあるのは、皿の上から『自分らしさ』を消すこと。あくまで主役は食材であり、そこに自分自身は必要ないという極端な思想からくる究極のスタイルだった。
更にそれはあくまで圧倒的な調理技術があってこそ出来るスタイル。久我はそこに恋との共通点を見出し、無意識に恋と司瑛士を重ねて見てしまったのだろう。
「といっても、君とあの人じゃ根本的な部分が違うけどね」
「そうですか」
「ま、俺が黒瀬ちんのことを嫌いってわけじゃないから、変に心配しなくていーよ!」
「なら良かったです」
「そうだね……気分を悪くさせちゃったならお詫びと言ってはなんだけど、何かあれば一つだけ、俺が出来る範囲で力を貸すよ。そんじゃ、またね!」
すると久我は自分の苦手意識を見抜かれたことの気まずさと、それによるちょっとした罪悪感からか自分からそう切り出した。奇しくも十傑の力を借りられるメリットを得た恋だが、久我は返事を聞くことなくそれだけ言って去っていく。
先ほど久我が言った通り、今回二人が会う目的は既に果たされている。話すことは無くなった今、久我がこの場に留まる必要はない。
恋もまた、去り行く久我を止めることはしなかった。
食戟で勝利したことで手に入れた権利を使っただけで、元々久我に何か用があったわけではないからである。
とはいえ、恋も久我という料理人がどんな料理人なのかを理解した。
遠月学園全料理人の中でも、人並外れた向上心と上を食い破ろうとする熱を持っており、その上で、司瑛士に対して随分な執着を見せているようだ。
「……アレが十傑ね」
そしてそんな久我照紀―――えりなや一色以外の十傑に出会った恋の感想としては、
「なんというか……拍子抜けだな」
それだけに尽きた。
◇ ◇ ◇
その後、終業式を迎えた遠月学園にて、秋の選抜の出場者が発表された。
遠月学園第一学年で行われる選抜戦。今までの合宿や授業課題とは違って、完全な個人戦……誰の助けもない、完全実力制の戦いの場である。
第一学年の生徒の中から実力ありしとされる六十名の人間が十傑評議会によって選出され、食戟を用いたトーナメントによって現時点での頂点を決める行事だ。
受験の合格者発表の様に、大きな掲示板で名前が掲載されている。
この六十名に選ばれた段階で、第一学年の精鋭であることは確実。現時点でこの六十名が、第一学年を代表する実力者達だということだ。当然というべきか、十傑である薙切えりなはこの中から除外されているが。
その中には幸平創真や田所恵、薙切アリスや黒木場リョウといった恋の顔見知りも名前を連ねており、極星寮の面々の名前も散見する。更には新戸緋沙子の名前の他に、創真の顔見知りである水戸郁美やタクミ・アルディーニといった名前もある。
実力のある者は普段の学生生活の中で既に頭角を現し、その名前も噂になる。薙切えりなを始めとして、幸平創真や水戸郁美、薙切アリス、タクミ・アルディーニなんかはその最たる例だろう。
だからこそ、その名前が選抜メンバーに選ばれているのは、誰もが納得する選抜だった。
「え……?」
「あれ……?」
しかしその発表を見た一年生達の殆どが、ある疑念と共に首を傾げる。
「え、マジで……?」
「なんでだ……?」
掲載された名前に異論はない。確かに実力の高い者達ばかりが名を連ねており、そのメンバーが覇を競うというのなら、選ばれなかった側からしても心躍る戦いというものだ。
だがしかし、掲載されている名前ではなく、
―――そこに無い名前の方が注目を集めていたのだ。
「嘘……そ、創真君……!」
「ああ……変だな」
多くの一年生達と共に掲示板を見ていた創真と恵も、その疑問を抱く。
自分達が選ばれていたのは嬉しいと思うが、ならばこそ疑問に思うのだ。何故、"その名前"が選ばれていないのかと。
そう、この掲示板に―――黒瀬恋の名前は存在しなかった。
一年生達はその事実が疑問で仕方がない。
黒瀬恋と言えば、編入時の挨拶で誰もがその存在を認識させられた男であり、一年生にして二年生に食戟で勝利し、強化合宿では全ての課題で高評価。合宿四日目の朝食では課題の合格ラインを大きく超えた結果を叩きだし、卒業生達にも認められ、卒業後の勧誘すら受けていたほどの実力者だ。
しかも薙切えりなや一色慧、久我照紀といった十傑メンバーにも交友があることは、既に周知の事実である。
にも拘らず、黒瀬恋が選ばれなかったという事実が、一年生達の中で信じられない事実だった。
「おかしいわ……恋君の名前がないなんて」
「……そっすね」
創真達だけでなく、アリスや黒木場も同様に怪訝な表情を浮かべており、この選抜においてその一点に納得がいっていない様子である。
―――ざわ……
すると、ある方向がざわついたのを聞き、集まっていた一年生達の視線がそちらへと向かう。
全ての視線が集まった先から現れたのは、当人である黒瀬恋だった。
掲示板の前まで歩いてきた黒瀬はその選抜メンバーの名前を見る。
そして選ばれた名前を一つずつ確認していけば、小さく頷きながらそれを納得している様子だ。幸平達友人の名前を見つければ、笑みすら浮かべるほどである。
しかし当然、彼自身の名前はそこにはない。
「…………あぁ、そういうことか」
ぽつり、とそう呟いた恋は、何かに納得したように溜息を吐いた。
それが何を意味するのか、この場にいる一年生達には一切分からない。それは誰一人として知らない事実があるからだ。
―――どよ……
すると恋が現れたとの同じように、どよめきと共に別の人物が現れる。
恋もそちらへと視線を向ける。
そこには恋の予想していた通りの人物がそこに立っていた。生徒達がモーゼの様に割れて生まれた道を歩き、恋の目の前までやってきた人物。その人物は恋をジッと見つめ、恋が理解したことが起こったことを言外に告げてくる。
恋はそれを理解して、その人物の頭にポンと手を乗せた。
「遂にバレたか、薙切」
「…………ええ、黒瀬君」
薙切えりなの悲しそうな表情が地面を見つめ、大勢の人の目がある中だというのに、その手のひらを受け入れている。完全無欠のお嬢様を取り繕う余裕もないほどに、今のえりなは受け入れがたい何かを抱えているということだ。
そして恋が頭を撫でたその手をえりなの肩に落とし、一呼吸の間を置いて問いかける。
「いいよ、聞かせてくれ」
恋の問いかけに対し、えりなはぐ、と唇を噤んだまま、数秒間その言葉を言うことを躊躇する。しかし言わなければならない。それは彼女が十傑であり、自分自身で引き受けた任だからだ。
意を決して、えりなは告げる。
「……黒瀬君、十傑評議会に匿名で―――貴方が味覚障害者であるという密告があったわ」
空気が、凍る音がした。
「え、えええ!?」
「嘘だろ……黒瀬が……!?」
「味覚障害者……!?」
一間を置いて、周りにいた一年生達が一斉に驚きの声を上げる。その事実を聞いて信じられないという感情が全員の胸中を埋め尽くしていた。
それもそうだろう。今まであれほどまでの功績を残してきた黒瀬恋という料理人が、まともに味を感じられないという事実を、誰もが信じられるはずがない。
だとしたら、自分たちは料理人として欠陥を抱えた男に劣っていたという事実が浮かび上がってくるからだ。
事実、匿名での密告があっただけでそれが真実であるかどうかは分からない。誰もがその密告を嘘であって欲しいと願っていた。
「その、密告を受け、十傑の権限で調査した結果……貴方は……あな、たは……」
「……大丈夫だよ、えりなちゃん」
「ッ!? ……でも!」
「言ってくれ、最初から覚悟していたことだ」
恋に事実を伝えることを恐れるように、えりなは段々と言葉が尻すぼみになっていく。だが恋がかつての様に下の名前で呼んだ瞬間、俯いていた顔をバッと上げた。目尻に浮かんだ涙を隠すこともしなかったえりなだが、間髪を容れない恋の言葉に押し黙ってしまう。
そして遂に、その真実を公のものとした。
「……あな、貴方が……味覚、障害者である確認が……取れました」
「ああ、それで?」
「よって……貴方は、遠月学園十傑評議会六名の賛成により……た、退学となります……!」
―――"退学"。
今まで数々の生徒達を学園から去らせたその言葉が、一学期を終了したその日に突然、黒瀬恋の身にも降りかかった。
匿名の密告者――恋に突如降りかかる退学宣告。
その時恋は……。
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